第15話 英雄アルトリウス
アルトリウスが大声を放つと、ブリガンダイン達は一瞬驚いてその声がした洞窟の方向に顔を向けるが、アルトリウスが白の聖剣を抜いている姿を見て取り、たちまちその顔が愉悦にゆがむ。
そして彼がたった1人でそこに居る事に対し、遠慮のない嘲笑が浴びせられた。
アルトリウスはぴくりと片眉を上げると、近くにいて大声で笑っているブリガンダインの胸を剣で無造作に突き刺し、その隣で寝転がっている男の首をかき斬った。
更に周辺にいたブリガンダインを1人また1人と斬って捨てる。
たちまち周囲にはぶちまけられたブリガンダインの血と内臓、加えてアルトリウスに刺し殺された者達の上げる絶叫と悲鳴が満ちた。
武器を取る間もなく血祭りに上げられるブリガンダインたち。
既に洞窟の周りにいたブリガンダインは僅かな時間の間に全てアルトリウスの白の聖剣のサビと化す。
それでも手を緩めることなく、周囲のブリガンダインたちを血祭りに上げていくアルトリウス。
今また必死に剣を抜いて切りかかるブリガンダインをあっさりいなし、その前のめりになって晒された首を白の聖剣で打ち落とし、次いで上段から振り下ろされた剣をかわしざまその男の腹を横に裂く。
突き出された槍の穂先に剣先を合わせて切っ先を逸らし、すり抜けながら首を半ばまで切る。
そして正面から躍りかかってきたブリガンダインの斧を持つ手を切り払い、横から剣を突き出してきた男の喉を突いてから後ろ手に剣を持ち直して背後へ突き出し、後方からかかってきた男の腹部を刺した。
「ふん、酔っ払いどもが、笑う暇が有るのなら剣を取れである」
また1人、這いずって逃げようとしたブリガンダインの尻に剣を差込み、悲鳴を上げさせると付近にいた娘達に洞窟を指し示すアルトリウス。
「とりあえず洞窟に避難するである」
「は、はいっ」
この付近では珍しい黒目黒髪の男、恐らく島の南にやって来ている帝国人だろう。
格好こそアルビオニウス人を模してはいるが、その髪や瞳の色はごまかせない。
娘達は何故ここに帝国人がという疑問は持つが、差し当たってブリガンダインから逃がしてくれそうなこの帝国人に従うことにした。
返り血を浴び、血塗れの剣を手にしたアルトリウスは厳しい目つきで周囲を見回す。
混乱に乗じて攫われた娘達は大半が無事に洞窟へと逃げ散ったようだが、まだ逃げ切れていない者や、襲われているところにアルトリウスが乱入したため、そのまま盾のようにされている者もいる。
「うむ……やはり面倒くさい事態になったであるなっ」
そう愚痴るアリトリウスの視線の先には、首領と思しき男に捕まったままのシルヴィアの姿があった。
先程服を破り取られてしまっており、目のやり場に困るようなあられもない姿だが、無表情ながらその灰色の瞳には歓喜の色がある。
期待を裏切るわけにはいかないだろう。
アルトリウスは徐に尻を刺して殺したブリガンダインの死体から短剣を数本取って腰に差す。
更に散らばっている長剣、槍を拾い上げると、気合と共に一気に周囲へ投げ放った。
「ふんむ!」
鋭く飛翔した槍は首領の右肩を貫き、次いで投げられた長剣は回転しながら近くにいたブリガンダインの胸に突き立った。
アルトリウスは絶叫している首領へ駆け寄ると、驚いて振り返ったその顔面に向かって白の聖剣を横に振り抜く。
ばしゃっと湿った音がし、首領の顔の上半分が森の中へとすっ飛んでいった。
傾いた首領の腕からすばやくシルヴィアを抜いて立たせ、腰にしがみついてくるのをそのままに周囲へベルトから抜いた短剣を投げるアルトリウス。
駆け寄ってきていたブリガンダインは顔や首に短剣を打ち込まれてばたばたと倒れる。
「ぬおりゃあ!」
更に気合一閃、アルトリウスは近づいてきた男の首を飛ばし、反対から襲ってきた男を切り下ろし、肩から胸までを一気に切り裂く。
噴水のように切り裂かれた肩口から血を吹き上げ、ゆっくり倒れる男。
そこで怖気を奮ったブリガンダインたちが距離を置き、ようやく膠着状態となった。
剣を構え直し、大きく息をつくアルトリウス。
「さ、さすがに疲れるのである」
「……すてき」
言葉を吐いたアルトリウスの腰にしがみついたままのシルヴィアが、ポツリと言う。
「シルヴィア……おぬしもさっさと洞窟へ行くである」
アルトリウスは渋い顔で避難を勧めるが、シルヴィアは首を左右に振ると名残惜しそうにアルトリウスから離れて破られてしまった上衣を結び合わせ、落ちていた長剣を手に取って言った。
「……お手伝いする」
「あ~まあ、そうであるか……では女たちの保護をお願いするのである」
「……お願いされた」
構えからシルヴィアがそれなりの使い手であることを見て取ったアルトリウスは、シルヴィアに役目を与え、シルヴィアもそれを言葉少なく了承する。
「では行くのである!」
「了解……」
アルトリウスの号令で左右に分かれて走る2人。
アルトリウスは固まってこちらの様子を窺っていたブリガンダインに襲い掛かり、たちまち前面の5名余りを切り伏せた。
シルヴィアは女を掴んでいたブリガンダインの顔に剣を刺し、次いで女を盾にして叫んでいた別の男の腕を切って娘を解放する。
「洞窟……走って」
「あ、ありがとう!」
シルヴィアに指示された女達は相次いで洞窟へ避難する。
剣の嗜みのある者は、途中アルトリウスが倒したブリガンダインの武器を拾って洞窟へと向かい、シルヴィアの任務は程無く達成された。
「……がんばれ……!」
自分の胸元に引き寄せた形でぐっと左拳を握り締め、アルトリウスの背中に静かな声援を送るシルヴィア。
一方のアルトリウスは縦横無尽に剣を振るい、ブリガンダインを駆逐していく。
アルトリウスの振るう白の聖剣が鋭い刃音を立て、その度に血煙が上がる。
酔いが回っている事もあって、ブリガンダインたちの動きは何れも鈍く、一方のアルトリウスは絶好調で今までの憂さを晴らすかのような大活躍。
右の男の脳天を割り、左の男の槍を切り飛ばしながら腕を切りつけ、正面から襲って来た男の剣を摺り上げて顔を突き、後方から振るわれた剣を受け止めてから力任せに押し込み、その首筋に相手の剣ごと自分の剣を埋める。
水平に振り込まれた剣をしゃがんでかわし、落ちていた槍を左手で拾い上げざま後方の敵の首を石突で突き、前にいた男の胸を刺す。
下から剣を掬い上げ、剣を振り込んだ男の腹を裂き、左手の槍を横合いから迫る男へ投げつけた。
アルトリウスとシルヴィアに救われ、洞窟に潜んでいた娘達も恐る恐るその様子を覗き見して、アルトリウスの大活躍に目を丸くする。
「おうっ!」
「ぐぼえっ!?」
またブリガンダインが1人、今度は斬撃を防ごうと正面にかざした粗末な剣ごとアルトリウスに真っ二つに叩き割られる。
そしてアルトリウスの剣がもう一閃、横にいた2人の男の首が相次いで飛ばされた。
それを見ていたブリガンダインが一斉に背を向ける。
「今更であるな!」
アルトリウスはすかさず周囲の槍を拾い上げると、すさまじい膂力を発揮して投擲する。
西方帝国重装歩兵戦術の基本、投槍術が遺憾無く発揮され、一直線に飛ぶ槍が背を見せて逃げるブリガンダイン達を次々と貫通する。
腹部を貫通し、立木に縫い付けられる者。
頭を粉砕される者に、2人まとめて貫かれる者。
首を飛ばされる者に、手足を吹き飛ばされる者。
飛距離はともかく、バリスタ並の威力を発揮するアルトリウスの投槍に、たちまち森の中は血泥をこねたような阿鼻叫喚地獄と化した。
「おうりゃあ!」
最後、アルトリウスによって思い切り中空へ放たれた槍は、山形の軌道を描いて最前を走っていたブリガンダインの肩口からその身体を貫き、大地へと引き倒す。
しゅっと身体中の空気を一旦抜き、アルトリウスが大きな深呼吸を数度繰り返す。
「ぶはっ……はあ、はあ、疲れたである……やれやれ」
返り血にまみれた身体を眺め、顔をしかめてから剣にべっとりと付着した血脂を振り落とすアルトリウス。
その傍へ水の入った桶を持ったシルヴィアを先頭に、布や酒精の入った壷を持つ娘達が駆け寄ってきた。
略奪品の中にあった物だろう。
「んっ」
「ああ、済まんであるな」
アルトリウスはシルヴィアがぐっと差し出す桶を受け取り、娘の1人から布を貰って水に浸した。
濡れた布で身体を一通り拭くと、アルトリウスは残った水を頭から被る。
「む、少しすっきりしたである。ありがとう」
次いで酒精の壷を貰って、小さな傷を消毒する。
流石に100名以上の山賊部族を相手に無傷とはいかず、あちこちに小さな怪我を負っているアルトリウスは、丁寧に傷口を検めて酒精をかけていく。
それでも大きな怪我は無く、アルトリウスはようやくそこで一息ついた。
「いやいや、助かったである」
「……助けられたのはこっち、だから……気にしないで」
シルヴィアが言葉少なく謝意を述べると、集まっていた娘達も一斉に頭を垂れる。
それを見たアルトリウスは、ゆっくりと優しげな笑みを浮かべて言葉を発した。
「そこまで感謝戴くと面映いものでありますな。まあ我は我に出来る事をしたまでです。改めて、西方帝国北西辺境担当司令官、ガイウス・アルトリウスであります。無事で何よりでありました」
「ダレイル族のシルヴィア……みんなを代表して深い感謝とお礼を……あなたは私たちの誇りを守ってください……ました」
再度深く頭を下げる娘達。
全員で50名はいるだろうか、あちこちで攫われてきたのだろう、中にはまともな格好をしていない娘もおり、その苦渋や屈辱、絶望は察するに余りある。
アルトリウスが間に合わなかった者も中にはいるのだ。
「我はここで起こった事、見た事は口外しない。皆の秘密と名誉は守られるであろう」
アルトリウスの言葉に、すすり泣く一部の娘達。
周囲の者達がその娘を慰めているが、決して負わされた傷は元に戻らない。
「今日はもう日も落ちる。あまり良い環境ではないが、今夜はここで休んで欲しいのである。明日の朝、最寄のウーステン村に向かうのである」
最初の高揚感も失せてしまったアルトリウスは、それだけ言うとその場を後にした。
その夜、アルトリウスは満天の星空を眺めながら物思いに耽っていた。
今まで彼が成した多くのことは、多くの人々に希望と幸福をもたらしたはずだった。
最初は西方国境で、進入してきた都市国家エクヴォリスの軍が村々を略奪しているのを阻止し、その軍を少数の国境警備隊で押し返したアルトリウス。
村は焼かれ、男は攫われ、女は犯されて老人は殺された村々。
逃げた人々を呼び戻し、攫われた人々を取り戻し、傷ついた人々を励ましてその村々を再建したアルトリウスだったが、辺境の地で名声を大いに高める百人隊長に嫉妬した国境警備隊長に任務を外された。
その後、アルトリウスが苦労して復興させた村は、彼がいなくなった事を知ったエクヴォリスの再侵攻を受け、今度こそ完膚なきまでに壊滅させられたとの知らせを聞く。
図らずも2度も村人達に苦渋を、苦痛を、そして悲哀と絶望を味わわせてしまったアルトリウス。
一体自分の存在意義は、やった事は何だったのか、何の意味があったのか?
自問自答の日々が続き、そうしている間にアルトリウスは南方大陸に左遷される。
今度こそはという思いがあった。
赴任したのは苛酷な自然環境と強大な部族に悩まされ、常に安全を脅かされている地。
帝国に従う人々が虐げられている現状を打破するには、帝国領南方を圧迫している部族を撃破する他無かった。
現状を正確に把握したアルトリウスは、苦労してその部族と敵対関係にあるサウシリア族と攻守同盟を締結し、虐げられた現状を維持しつつ機会を待った。
ようやく巡って来た好機を捉え、アルトリウスは反撃に出る。
その結果大勝利を得ることが出来、攻め寄せた3つの部族は壊滅、勢威を拡大させたアルトリウスに従う南方部族も増え、ゴーラ族にも正面から挑んで勝利した。
アルトリウスは下った部族を差別することなく帝国に編入し、その文化や社会制度を尊重したので統治も円滑に進み、南方大陸の北半分を制するまでになったのだ。
もうあと一息、あと一息で公平無私な帝国の良い部分を十分に生かした属州が出来上がるはずだったのである。
虐げられる者の、極力少ない属州、その実現まで後一歩だった。
しかし無情にも発せられる進軍停止命令と召喚状、アルトリウスは再び失敗してしまったのだ。
帝国はアルトリウスの掌握した部族と領土を一方的に放棄し、しかもまずい撤退作戦でゴーラ族に追撃を受けて大損害を出したと聞こえてきている。
西方帝国はせっかく降った南方諸族からの信頼を失い、再び帝国領南方は元の状態に戻ってしまったのだ。
アルトリウスは表向きこそ平民の英雄と呼ばれ称えられてはいるが、実は何も無いのだ。
帝国の領土を広げたわけでもなく、民を平穏に導く事も出来なかった。
戦には勝利するものの、常にその後任者の敗戦が全ての戦果を台無しにしており、むしろ死傷者が出ている現状を考えれば、損害を出したという事実だけが残っている。
何も残せない、何も成し遂げられない、何もさせて貰えない。
何も出来ない英雄、果たしてそれは英雄であろうか?。
「……からっぽであるな」
視線を星空から落とし、安らかに眠る娘達を見てゆっくり頬を緩めるアルトリウス。
「せめてこの地においては何かを残したいものである、せめて……何か」
小さくなった焚き火に薪をくべ、アルトリウスは再び空を見て小さくつぶやいた。
「今度こそは、失敗せぬようにせねばならんである」
星も空も、月も何も答えない、ただそこにあって西方で、南方で、その他の場所でそうであったように、アルトリウスを静かに見下ろしているだけだった。




