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混沌始動④




「……ァァ、アァ……」


 人払いがされて、誰も居なくなった区画に存在する、周囲の建物よりも大きく金の使われている建物の部屋の1つに、空虚な呻き声が響く。

 その声を漏らすのは、濃い青の髪と瞳を持った、まだ10代半ばの外見をした少年だ。

 窓から外の景色を見下ろせる位置に椅子を置いて座っているが、その瞳に光はなく、手足は脱力した状態で投げ出され、口の端からは涎が垂れ流されていた。


「アァ、かァ、仇ィ……兄さんのォ……」

「そうだよ、グスタグ君。彼らが君のお兄さんを殺した連中だ」


 本人ですら口にしている事を認識しているかどうか危うい状態で、怨嗟に満ちた言葉を呻き声に混ぜて発する少年の肩に、ポンと手が置かれる。


「アァ、アアアアアァ……こォ、殺しィ、殺してェやァ……」

「そうだね、殺さなきゃね。君のお兄さんの命を奪ったんだ、君にはそれをする権利がある」


 肩に手を置いた人物――緑の基調の髪を何色にもメッシュを入れたカルネイラが、どこか醒めた目で、変わらず呻き声を上げ続ける少年を眺める。


「うーん、珍しい能力だから拾ったけど、脆すぎるよね、精神が。

 復讐するとか燃えてても、その意思がどれだけ強くても、それだけで精神が強固になる訳じゃないっていう好例かな。

 あるいは、本人的にはそのつもりでも、復讐の念が脆弱過ぎたのか」


 そこで少年から視線を外し、首を右に曲げる。


「まあ、君たちよりはマシだよね。希薄とはいえ自我が残っている分、能力も使えてる訳だし。

 それに、所詮は使い捨ての駒だしね。惜しくはあるけど、そこまで執着する程の人材でもないね」


 そこには、少年と同じように虚ろな表情をした男女が8人、2人1組で背中合わせに椅子に座っていた。


「失礼します、カルネイラ様」

「その点君たちは良いよね」

「……何が、ですか?」


 ノックをして扉を開けて入って来た2人組――兄妹であるイースとウェスリアが、入室した矢先にいきなり指差されて賞賛され、戸惑いの声を漏らす。


「だからさ、君たちみたいに自我も完璧で、自由意志も持ったのって、中々居ないんだよね。つまり、君たちはそれだけ精神と意思が強かったって事だよ」

「……はぁ、ありがとうございます」


 どう反応して良いか分からず、結局気の抜けたような相槌しか打てなかったイースを、カルネイラは責めようとはしなかった。


「それで、どうしたの?」

「標的ですが、仕留め損ねました」

「それは知ってる。5人もやられたんでしょ? でも、君たちを含めてまだ12人居たでしょ。もしかして取り逃がした?」

「いえ、まず残る僕たちを除いた10人ですが、そのうちの1人であるアルトニアスが寝返りました」

「ふぅん。ま、驚く事じゃないよね。元見習いの神殿騎士だし、遅かれ早かれ似たような事にはなると思ってたし。

 それで、まずって事は他にも何かあるんでしょ?」

「はい。残る9人ですが、全員殺されました」

「あれ? 彼に殺されたのは5人じゃ無かったっけ?」

「5人であってます。ただ、邪魔が入りました。その者に9人は皆殺しにされました」

「誰、その邪魔って?」

「分かりません」


 キッパリと答えた兄の答えを補足するように、背中に隠れていた妹が、おずおずと口を開く。


「えと、女の人です。背が高くて、白くて、目が金色で、手足が長くて、綺麗で……」

「一生懸命説明しようとしてくれてるところを悪いけど、それじゃあ結局、何も分からないなぁ」

「え、えっと……自分の事を天使だって言ってました! 良い子にプレゼントを配るのが仕事の!」

「じゃあ、君たちは貰えなかったのかな?」

「ある意味貰えました。役立たずたちの首をプレゼントと言えるのなら、ですが」

「それは、とんだサンタさんだねぇ。子供がトラウマを植え付けられかねないものを配るなんて、実はサンタじゃなくてサタンなのかな?」


 当たらずとも遠からずな答えを、計らずもカルネイラは口にする。

 もっとも、それを知る術はないが。


「詳しい事は分かりませんが、あのまま留まっても、負ける事はなくとも任務を達成する事は極めて困難だと判断し、こちらに戻って来ました」

「まっ、君がそう判断したのなら間違いないね。分かった、下がって良いよ」

「……もうやれる事はありませんか?」

「無くはないけど、君たちを使うのはちょっと勿体無いからね。それに、一端オーヴィレヌ家の方にも戻らないと駄目でしょ?」

「それは、そうですが……」

「なら、戻るべきだ。僕もこれから鑑賞会をしたいからね、できれば1人にして欲しいかな」

「……分かりました。失礼します」


 一礼して、兄妹が部屋から出て行く。


「よし、それじゃあ向かわせようか。数は300……じゃちょっと少ないかな。最低500で、100人ごとに欠陥品を1ずつ付ける方向で良いかな? どう転ぶか楽しみだなぁ」











「またか……」


 突如として現れた、領域干渉系能力によって生み出された迷路とも言うべき通路を探索し始めてからの、何度目かの溜め息を吐く。

 眼前には地面に突き刺さっている、目印として利用させてもらっている、アルトニアスが所持していた余り実用的ではないナイフ。


「またなの? 一体どうなってんのよ?」

「まるで【歪路の宮殿】みてぇだナ」


 アルトニアスはうんざりしたように、ベルは楽しそうに言う。


 大抵は曲がり角こそあれど1本道だが、時たまT字路や十字路があり、どうやらそこで道を間違えると、いつの間にか元の場所に戻って来るようだった。

 おそらくは、それがこの迷宮の――ひいては能力の性質なのだろう。


「昔を思い出すナ。オレもベルフェゴールの奴の居城だった【歪路の宮殿】には、散々苦労させられたゼ」

「厄介なのは、間違えてすぐに戻される訳ではないという事だな」


 ベルの言う宮殿はおれは足を踏み入れた事がない為、参考にする事はできないだろう。


「道を間違えたとしても、すぐに戻される訳ではないから、こちらとしてはそれが正解であると信じて進むしかない。

 おまけに、選んだ道がハズレで戻されたとしても、ハズレを引く直前に戻される訳でもなさそうだ」


 つまり、どこかでハズレを引いたとして、そこからある程度進んだところをチェックポイントとし、その先を進んだところでチェックポイントに戻されるという可能性もあり得るのだ。

 その場合、いくら虱潰しに正解の道を捜そうが無意味だ。

 そもそも、前提からして間違っているのだから。


「壁を壊して進むカ?」

「それでも結果は同じだろうな。領域干渉系の能力の厄介なところは、被術者側は事前に取り決められたルールの中でしか行動できない事だ。壁を壊して進もうが、壁を乗り越えて進もうが、道に沿って移動するのと変わらないだろう。

 それに壁に傷を付けても、元に戻った時には綺麗さっぱり消えているのを見ただろう」

「なら、絶対に出られないって事?」

「それはない」


 領域干渉系の能力の影響が及ぶ範囲内では、定められたルールの中でしか行動はできないのは確かだ。

 だが一方で、そういった能力には必ず攻略法とも言うべきものが存在するのだ。

 今回の場合で言えば、この迷路から脱出できるゴールまでに辿り着く事のできる、正規のルートがそれに当たる。

 能力は絶大ではあるが、絶対ではない。まさしくその典型的例だ。


「この迷路には、絶対に何かしらの法則性がある筈だ。それさえ分かれば、おのずとゴールに辿り付ける筈だ」


 もっとも、それは容易ではないだろう。

 間違える限り、延々と同じ道を辿らせる事によって相手の気力を削ぎ。

 また歩かせる事で疲弊を狙い。

 そして脱出できずにやがて飢えと渇きによって死に至らしめる。

 それがこの迷宮の狙いの根幹だろう。

 そしてそれが根幹である以上、迷路と言うその名前の通り、被術者を迷わせる事にとことん比重が置かれているだろう事は想像に難くない。


 だが、それでも絶対に攻略不可能という事は絶対にあり得ない。

 被術者は定められたルール内でしか行動できないが、それは術者もまた同様だからだ。


「ただ、今のところは何の手がかりも無いのが現状だがな。それに戦闘における戦術ならばともかく、この手の思考は正直苦手だ」

「オレも考えるのは余り得意じゃねぇナァ」

「……何よ、その眼は」

「……いや、別に」


 今ので分かった。こいつも戦力外だ。


「何か腹立つわねえ。もう治療しないわよ?」

「それは少しだけ困るな」

「……少しだけなんだ」


 無くても問題ないが、あると便利なのは事実だ。


「まいったな……」


 正直、完全に八方塞だ。

 直前に察知できた展開規模から考えるに、ただ適当に歩いていれば攻略できるような、単純な構造ではないだろう。

 あそこまで大規模かつ綿密だと、それに比例するように条件や制約が厳しくなる筈だが、いつの間におれはそれらを満たしていたのだろうか。

 あるいは、単純に巻き込まれたという可能性も否定できないが、それにしてはタイミングが良すぎるというのも確かだ。


「それでも、ここまでの代物は、さすがにちょっとばかり異常だがな」

「……あんまり領域干渉系の能力って詳しくないんだけど、そんなにおかしいの?」

「……お前はゾルバの西側に存在するとある要塞が、その領域干渉系の能力によって生み出されていると聞いてどう思う?」

「凄い、じゃないの?」

「違うな。大陸中を捜しても、そんな事が――言い換えればそれ程の規模の事ができる能力者が、そいつ以外に居ないと言う事に着目するべきだ」


 さすがに今回のこれはそこまでの規模ではないが、それでもそれに近い規模である事は間違いない。

 そんな範囲に能力を及ぼせるような能力者は、ティステアでもそうそう居ない。

 隠していたという可能性も無くはないが、ならば今まで隠していた、言ってしまえば虎の子とも言うべき能力者をわざわざ動員した意図が分からない。


「勿論規模だけが全てじゃない。規模がデカくとも、あくまでそれは要素の1つにしか過ぎない」

「つまり、規模以外にも性質や構成の綿密さも含めた総合的な面において、そのゾルバの能力によって生み出されている要塞や、今回のこれはとんでもないって事ね」

「そういう事だ。ゾルバのそれを除けば、このクラスの能力を使える奴を、おれは1人しか知らない」

「居るんだ、他にも。一体誰なの?」

「【レギオン】に属している能力者だよ」

「……【レギオン】って、何?」

「…………」


 確かに、住んでいる世界が違ければ知らない場合もあるが、それでも少しばかり拍子抜けした。

 面倒さを感じなくもないが、一応簡単に【レギオン】について掻い摘んで説明してやる。

 何より、無言で歩き続けるのは意外と精神的に来るものがある。

 飢餓や渇きといった避けようのない生理現象ならばともかく、そういったある程度の融通の利く要素は、手元に置いてできる限り管理しておくべきだ。


「ふーん、世界にはそんなに凄い人たちが居るのね」

「そんなに凄かったカ、アレ? 多くても少人数専用だロ?」

「エゲツなさを思い出してみろ。それと領域内で引き起こされる現象と、その性質もな」


 さっきも言ったとおり、規模は所詮は要素の1つでしかないのだ。


「アア、それで思い出しタ。言い忘れてたけどヨ、今回のコレ、もしかしたらその【レギオン】と関係があるかもしれねえゾ」

「どういう事だ?」

「居るんだよ、この迷路の中にナ。その【レギオン】の奴ガ。あの1人で命を沢山持ってル、無茶苦茶美味そうな奴ダ」

「……ミズキアか」


 苦い思い出が蘇る。


「何故分かる?」

「匂いで分かるゾ? ここに来た時に一瞬だけだガ、アイツの匂いがしタ。今はもうしねェガ、あそこまで美味そうな匂いを間違えたりはしネェ。まず間違いねェゼ」

「もっと早く言え」


 言い忘れてたと言ったが、どこまで本当か疑わしいものだ。

 今の今まであえて黙ってて、出るのが相当難しいというのが分かって、キリの良いところで話したという可能性も十分にあり得る。

 というか、その可能性のほうが高い。

 こいつは、そういう存在だ。


「つうか、本当に巻き込まれただけか?」


 その可能性が濃厚になって来た。


「よく分からないけど、そう決め付けるのはまだ早いんじゃないの?」

「確かに、タイミングを考えてもその通りだがな、そう考えると色々と筋が通るんだよ」


 あいつを正攻法で殺そうと思ったら、それこそ完全武装の1個軍団でも足りない。

 相性やその他の要素を無しに単純に計算すれば、あいつは冗談抜きで単身で国を滅ぼせる。

 個としての実力はそれなりだが、それに加えて固有能力によって、多数の命のストックを抱えている。

 勿論能力の行使には莫大な魔力を要するが、あいつは相手の放った魔法を、そして死体から還元して自分のものとする事ができる。それは命も同様だ。

 実質、魔力切れが存在しないのに等しい。

 理論上でいけば、無限に戦い続けられる。


 だが、搦め手を使えば話は別だ。

 うまくいけば、損害ゼロであいつを仕留められる。

 そしてこれは、その搦め手としては打って付けだ。


 考えれば考えるほど、あいつを仕留める為に仕掛けたという線が濃厚に思えてくる。

 おまけに、シロからあいつを含めた【レギオン】のメンバーが王都に侵入したと聞かされて間もない。


「アイツを喰えバ、ちっとは飢えも満たされるよナァ」

「冗談じゃない。誰が好き好んであいつと戦うものか」


 単純な攻撃手段しか持ち合わせていないおれとは、特に相性が悪い。


「何か、会話についていけないわ」

「ついて来なくて良い」


 見覚えのある分岐点に戻って来る。

 目印のナイフが見当たらない辺り、どうやらチェックポイントは更新されたようだが、それが正解なのかハズレなのかは不明だ。


「……いや、考えてみればわざわざ探索する必要はないか? 本当に巻き込まれただけなら、下手に動かずに待っていれば自然に解放――」


 自分で言いかけた言葉を飲み込む。

 それが過ちであると気付いたからだ。


「そうだな。考えてみれば、力尽きるのを待つ必要性はどこにもない訳だ。相手からすれば、ここはもう領域テリトリーなんだからな」


 正解の道順を、そしてよく分からない移動の原理を事前に知っていれば、相手にとってはこんな迷路、庭と大差ないだろう。

 そして仮に巻き込まれただけだとしても、遭遇した相手を見逃すかと言えば、答えは否だ。


「ベル」

「……マッ、良いだろウ」


 瞬時にその姿を、見慣れた黒色の剣身に真紅の紋様が浮かんだ大剣へと変貌させる。

 着ていた衣類は購入した物の筈だが、それがどこにいったのかは全くの不明だ。


「えっ、何よいまの――」

「説明する義理はない。そんな事よりも、構えろ。面倒を見るつもりは毛頭ない」


 壁を乗り越え、あるいは前方にある分岐路から歩いて、そいつらが姿を現す。


「こいつら……」


 統一性のない、そしてまるで場に似つかわしくない格好をした20名近い男たち。

 その瞳は総じて虚ろで光が宿っておらず、また全体的に放っている雰囲気もおかしかった。

 その中に、見覚えのある人物が4人居た。

 それは、この王都を訪れた時に絡んできたチンピラたちだった。


「……シロの言っていた、ベスタを襲った連中か」


 となると、一転して状況が複雑になって来る。

 今回のこれに、ミネアの言うカルネイラとやらが絡んでいるのだとしたら、それがさっきの考えどおりミズキア討滅の為ならば良いが、そうでない場合面倒事となる可能性が高い。


「嘘、この人たちって……」


 アルトニアスも違和感を感じたばかりか、こいつらの状態をある程度以上理解したらしく、瞳が驚愕で見開かれていた。


「っ!?」


 そしてそいつらが、一斉に襲い掛かって来る。

 想定していたよりも、遥かに速い動きで。


 だが、あくまで想定していたよりも速いだけで、対応自体はそれほど困難ではなかった。


「ちょっと、何やってんのよ!」


 最も近くに来ていた奴を縦に両断し、翻して2人分の首を纏めて刎ねたところで抗議の声が聞こえて来る。


「見て分からないか?」

「あんたこそ、見て分からないの!? この人たち、精神支配を受けていて――」

「だからどうした」


 おれの方が近くに居る為か、こいつらの殆どはおれに向かって来ている。

 それを幸いに、首を刎ねたり、体を両断したり、あるいは足を切断して動きを封じたところに頭部に足を踏み下ろしてトドメを刺す。

 動きは確かに速く、脅威にもなり得るが、その反面動きそのものは単純極まりなかった。


「お前は、相手が自分を殺そうとして来ている状況下で、そんな甘っちょろい事を抜かすのか?」


 最後の1人の首根っこを掴んで地面に倒し、足で重心を抑えつけてアルトニアスを見る。


「でも、この人たちは精神支配を受けているのよ!? 本人の意思なんて、どこを見ても皆無だわ! それを一方的に殺すなんて――」

「なら、お前は黙って殺されてろ」

「なん……ッ!?」


 おれの言葉が予想外だったのか、眼を白黒させ、口を開閉させる。

 だが、おれの言った事は何も異常ではない。

 むしろ、同業者の殆どが口を揃えて同じ事を言うであろう事は容易に想像できる。


「まだこいつは生きている。このまま放せば、そしておれが下がれば、おそらくお前を殺しに掛かるだろうな。そういう命令を受けているらしい。殺されるにはちょうど良いだろう?」

「…………」


 アルトニアスは答えない。

 答えられない。


 それを律儀に待っていた訳でもなければ、そんな事もできないだろうが、押さえ付けていた男がより強くもがき始める。

 その力は相当なもので、押さえつけているおれに対して、十分すぎるくらいに抗えている。

 想定外の力の強さに僅かに驚きを覚えるが、重心を抑えていた足を退かし、そいつが立ち上がると同時に剣を振り下ろす。


「その覚悟も無いくせに、綺麗事を抜かすな。殺すか、殺されるか、そんな単純な事をわざわざ複雑にするな。

 世の中、綺麗事だけで回りはしない。国によっては5歳に満たないガキでも知っている常識だ。

 精神支配を受けているだとか、あるいは復讐が目的だからだとか、そんな事は一切関係が無い。相手がこっちを殺しに掛かって来ている以上、こっちには殺し返してやる権利がある。それだけの事だ。

 弱い奴が淘汰されるのは当たり前の事だし、それに関して怒りを覚えるのも個人の勝手だが、それに対してどう思いどう行動するかも、また個人の勝手だ」

「……それでも、あんたなら殺さずに無力化する事だって、できた筈よ。結果的に取った行動はともかく、それすら考慮しないって言うの?」

「逆に聞くが、お前におれの何が分かるんだ?」


 いや、こいつの言が正しければ過去に面識があるらしいが、生憎おれの記憶に触れるものはない。


「自分の都合を押し付けるな。自分の考えを押し付けるな。それを正しいと思うのは勝手だが、他人にまでそれを適用するな。

 それが元で死んだら、全てが無意味だ。何の意味もない。

 無力化など考えるだけ無駄で、やるだけ無駄な労力を割くだけで、鬱陶しいから殺した。ただそれだけだろう」

『随分な言い草だナ』


 せせら笑うベルの声。

 随分な言い草というのはこっちの台詞でもあるが、腹立たしい事に的を射得ている。


 これもある種の八つ当たりだ。

 他でもないおれがそれを自覚している。

 それをベルの奴もまた理解している。いや、理解していると言うよりは、勘付いたという方が正確か。こいつに過去を語った事はない。

 だがアルトニアスは、そうとは分かっていないだろう。それが当たり前だ。

 わざわざそれを、話してやる義理もやはりない。


「単純に考えて、敵はこれだけじゃないだろうな。再び遭遇する可能性はかなり高い。

 その時に、無力化したいというならお前が勝手にやっていろ。それでお前がピンチになろうが、おれには何の関係もなければ、逆に成功したからと言ってとやかく言うつもりもない」

「…………」


 ああ、本当に不愉快だな。

 他でもない、おれ自身の事が。











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