対面⑤
「何故なのか、一応お聞きしても?」
眼を閉じ、澄ました表情でしれっと聞いてくる。
「途中から論点がズレているぞ」
「おや、そうでしたか?」
さも驚いたと言わんばかりの表情。
もっとも、おれからすれば白々しい事この上ない。
「最初お前は、自分と手を組まないかと提案してきた。
ところが蓋を開けて話を聞いていくと、段々と提案してきたのがお前じゃなくてお前の父親と、もう1人の師団長に摩り替わっていっている。
そして最終的には、手を組もうと申し出ているのが完全にその2人になっている。一体どっちがお前の本心なんだろうな?」
「…………」
ミネアの唇がゆっくりと釣り上がっていき、弧を描いていく。
完成したのは、ニタリとした笑み。
「……ああ、素敵ですね。とても素敵です。想像以上ですよ」
ニコリという晴れやかなものではなく、どちらかといえば嫌らしい部類に入るであろう笑い方。
しかしその笑みは確かにミネアの雰囲気に似合っていた。
「ええ、貴方の言う通り、先ほどの提案は私ではなく私の父とゼインさんによるものです」
「その2人は、また何でおれに対してそんな提案をして来たんだ?」
「私がそのように提案したからです」
剣を握る手に力を込める。
その後に続く言葉次第では、即座にこいつの首を刎ねられるように。
「と言いましても、貴方について話す際に詳しい事は伏せてあります。
ただ貴方がゾルバの手の者である事は、あの2人に限らず明確な証拠は無くとも殆ど周知の事となっていましたから、それについては利用させていただきましたが。
私はただ、あの2人にあなたの協力を仰げるかもしれないという事をそれとなく話しただけです。その後あの2人は貴方を試す為にちょっとした事をやり、その結果を元に今回の話を提案してきました」
「ちょっとした事?」
「前に夜中に襲われたでしょう。ラジムさんに」
脳裏を過ぎるのは【金剛不壊】という固有能力を持った、ウフクスス家の第7師団長の姿が過ぎる。
「……つまり、あれはお前の差し金だったと受け取って良いんだな?」
「落ち着いてください。それは誤解ですよ」
「お前の固有能力が言った通りの代物なら、予測ぐらいはできたとおれは思っているんだが?」
少し力を込めて刃を押し込む。
あと指1本分の力でも加えてしまえば、刃は皮膚を突き破って血を流させるだろう。
「確かに予測できたであろう事は否定しません。ですが私は決して唆したりした訳でもありません。あれは父の独断専行だったんですよ」
「そんな言い訳が通用するとでも?」
「さて、どうでしょうね。ただあの時点で父が取り得る行動パターンは、私が考えた限りでは3通りありました。ラジムさんかゼインさんのどちらかを唆して貴方を試すか、もしくは何もしないかの3つです。
どの方向に転ぶかは可能性的には大体同じで、尚且つその時はまだ貴方の詳細について推測する材料が足りていない為にどんな結果に行き着くかは私には判断が付きませんでしたので、特に刺激する事はせずに成り行きに任せる事にしました。
結果、互いに手を抜いていたとはいえ最低でもラジムさんと互角に渡り合えるくらいの実力はあるという事が判明しましたので、結果的には良かったと思ってますがね」
「身内ならばまだしも、何を根拠におれが手を抜いていると?」
「不思議な事を仰いますね。貴方はあのエルンストさんの弟子なのでしょう? その貴方が手を抜いていたラジムさんと互角だなんて、普通に考えればあり得ないでしょうに。実際に手札を隠していたようですしね」
視線が自分の首に押し当てられた大剣に向けられる。
「貴方が知っているかどうかは分かりませんが、私や貴方よりも上の世代の公爵家の方達にとって【死神エルンスト】の名前は禁句として恐れ扱われてきました。3年前の作戦が実行されるよりも遥かに前からです。理由は言わずとも貴方ならば分かるでしょう?」
おれでなくとも、ティステアの人間ならば簡単に推測できるだろう。
無能者でありながら能力者すら圧倒する暴虐の個。そんな存在が公のものになれば、ティステアの教えの根幹を揺るがしかねない。
そうでなくとも、大陸でエルンストについて知る者はその存在を必要以上に恐れ、隙あらば始末しようと暗殺者などを送り込んできた。
ティステアほど極端でないにしろ、大抵の国の中枢には能力者の力に支えられた権威というものが存在する。エルンストの存在はその中枢に存在する者たちにとっては、不都合な事極まりないのだ。
「父とゼインさんは、貴方がエルンストさんの弟子であるという事は知りません。知っていたのならば、私なんかを経由して協力の申し出などせずに直接出向くでしょうね。まあ先ほども言ったように、そうしないように私が意図的に伝える情報を伏せていたというのもありますが。
あの2人にとって貴方の利用価値は、貴方がゾルバ推薦の立場を持っているという事と、そして無能者であるという事だけです。まあそれだけでも彼らにとっては十分な価値になりますが、事が済めばまず間違いなく貴方を始末する腹積もりでしょうね。だからこそ、私にとってはとても好都合な事なんです」
スッ、と左手をおれに向けて差し出してくる。
必然、手を差し出す際に身を乗り出す事となり、結果自分から首を刃に差し出し皮膚が切れて血が流れる。
「私の用件は最初に申し上げたとおりです。私と手を組んで欲しい」
「つまり、お前の目的は件の2人とは異なるという認識で良いんだな?」
「その通りです。私の目的は、5大公爵家という枠組みの破壊ですから」
つまりは5大公爵家を崩壊させるという事ですねと、その5大公爵家に名を連ねる張本人が言う。
「父もゼインさんも、他の方たちも5大公爵家を存続させる事を前提に話を進めています。これは当然と言えば当然の事ですが、同時に現実が見えていないと言わざる得ない。
最も確実な方法は、5大公爵家という枠組み自体を無くす事です。それが最も確実な手段です」
「それがティステアの滅亡に繋がるとしてもか?」
「そもそも、国の定義とは何ですか?」
首から流れる血など気にも留めず、真剣な表情でおれの眼を正面から見据えて来る。
「ティステアという領土があったとして、そこに城があり王と貴族が居たとしても、民が居なかった場合それは国と言えますか?」
「…………」
「私から言わせれば、答えは否です。民があってこその国、民が居てこそのティステアなんです。その民の事を第一に考えるのならば、帝国と争うのは愚の骨頂です。
決してティステアが民にとって悪いとは言いません。国内の民の暮らしは概ね高水準に位置し、飢えで苦しんでいるようなところも多い訳ではありません。仮に幸福度指数というものを算出した場合、大陸中の国と比べたとしてもティステアはまず上位に入るでしょうね。国民にとって、ティステアはかなり住みやすい国と言えます。
ですが、一方で貴族を含む特権階級者による平民に対する専横が存在する事も否定できません。これは神国の成り立ちがある以上ある程度は仕方のない事とも言えますが、しかしながらここ100年間の歴史を鑑みるに度が過ぎ始めています。分かりやすい例がオーヴィレヌ家による行為でしょうか?」
ゼフテル地方でのカニバリズムや、他にもおれがティステアに居た頃に起きた神殿関係者による武装蜂起の鎮圧の際に発生した多数の民間人の死者などが思い浮かぶ。
どれも公式には隠蔽されており平民で知る者など皆無だが、同じ視点から見てみると、オーヴィレヌ家という集団が同じ公爵家でありながら漏れなく忌み嫌われているその理由が良く分かる。
「その点帝国は、中央に権力が集中した絶対王政である為にそういった事態の発生の心配は殆どありません。むしろ併呑された後の方が民の暮らしは豊かになったという事の方が多いですね。
戦時下ならばともかく、併呑した後の政策はティステアと同等かそれ以上で、ティステアと違い自国の人間同士での腹の探り合いを始めとしたドロドロとしたものがなくそれに巻き込まれる心配もない分、民にとっては大人しく併呑された方が現状は遥かに好転するでしょうね。まあ、だからこそゾルバはこの100年間でティステアやゼンディルと並ぶ大国に躍進できた訳ですが。
国が民あってのものとして見た場合、民という大多数の幸福を願うのならば、最良の手は争いを最小限のものとして民の犠牲を最小限に抑えた上で帝国に併呑される事です。5大公爵家という枠組みが長く続いたティステアのみでは、現状の改善はとても望めない」
と、そこで真剣な表情を崩す。
ニンマリとした、人を小馬鹿にしたような笑みへと。
「とまあ、貴方が情に脆い方でしたらこの演説だけで十分なのでしょうが、生憎そうもいきませんよね。貴方にとって民の暮らしなどどうでも良いでしょう?」
「あえて感想を述べるとするならば、長々とした演説をご苦労様と言ったところだ」
こいつの言う通りだ。
おれは物語の中に出て来るような英雄でも勇者でもない。
どこにでもいるような、むしろ大衆から見れば悪と分類されるような人間だ。
おれに関係のない奴がいくら苦しんで死のうがどうだって良いし、心を痛める価値もない。
「それで、建前を抜きにした本音は?」
「いえ、今のも一応本音ですよ。ただ、他にも本音が存在しているだけでして。
5大公爵家という枠組みはやはり消えるべきだと思います。5大公爵家は少しばかり長く存続し過ぎ、骨子となる部位が古くなり過ぎた。他のところならば切除すれば良いのですが、そこばかりは1度壊さなければ建て直す事もできません。
ただ、カルネイラさんとは違って私はティステアという国が滅ぶのは私にとって困ります。
国土が削られるのは仕方がありません。併呑される側の民の待遇も、帝国の政策を考えればそう悪いものではありません。
ですがそれはあくまで平民に限った話であって、曲がりなりにも5大公爵家に名を連ねている私にとっては不都合です。だからこそ、ティステアという国自体は存続してもらわねば困ります。しかしその為には、5大公爵家という存在が邪魔なんです」
「その守護家が存在しなくなって、ティステアが存続できると?」
「そればかりは生き残りの方々の腕の見せ所と言ったところですね。一応私もその後のビジョンは持ち合わせてはいますが、私は王になるつもりも指導者になるつもりもありませんから。
というよりも、そのどちらにも私は向かないんですよ、潜在的に。なれて精々が、アドバイザーといったポジションでしょう。
ですが、5大公爵家が存在する事を前提に考えるよりも遥かに可能性は高く、寿命も伸びる」
「だから、おれはお前と手を組んでその手伝いをしろと?」
「そうなりますね。利害は一致しているでしょう?」
しているかどうかと言えば、間違いなくしている。それこそ、気持ち悪いぐらいに。
何より、波風立てずにウフクスス家との繋がりができるというのは大きい。
だからこそ、納得しかねる。
こいつの言うビジョンとやらがどういうものなのかは、おれには判断する事はできない。
仮に説明されたところで、おれ自身がこいつの言う内情の真偽すら判断する材料を持たない以上、確証まで至る事はないだろう。
「よりにもよってウフクスス家に属する私がそんな事を言う事自体が怪しい――今の貴方の心情を要約するとそんな感じでしょうか?
しかし先程も言いましたが、私にとってウフクスス家の語る秩序などどうでも良いんですよ。私の考えがウフクスス家において異端である事は理解しています。ですが何と言いますかね、頭が良いからこそウフクスス家のやっている事が不合理極まりない事であると分かるんです。それにしがみついている限り、ウフクスス家は勿論の事私にも未来はありませんから。
敗戦国の貴族の処遇など考えるまでもない。その立場に転落する事を黙って受け入れるほど、私は人生悟ってなどいませんよ。そうなるくらいなら自死を選んだ方がマシとすら思ってます。しかし、生き延びる術があるのならばそちらに賭けます」
「死にたくないし、悲惨な目にも遭いたくないから、手を組むという事か」
「身も蓋もない言い方をしますね。否定はしませんが。客観的に見れば私の言い分は何と表現できますかね?」
「そりゃ当然、自分勝手だろ」
「でしょうね。ついでに意地汚いも追加しますか」
自嘲するようにクスクスと笑うが、おれからすればこいつの言った事に嫌悪感は無かった。
人間は誰しも自分勝手で自分が可愛いものだ。おれだってそうだし、他の誰だって大なり小なりそういったものを抱えている。
それを悪いとは思わないし、むしろ当然の事だとすら思う。
もし自分の身を顧みず赤の他人の為に何の打算も抜きに身を犠牲にするような奴が居たら、おれはそいつに偽善者の嘘つき野郎と言ってやる。
「まあ、それでも最優先するべきは私の身の安全ではなく、ティステアの存続です。これだけは信じて欲しいですね。そしてその為には、必要なのはカルネイラさんではなく貴方の存在です。
5大公爵家の方々の思い描くビジョンには、カルネイラさんの存在が必要不可欠です。それと同じように私には貴方の存在が必要不可欠です。だからこそ私は貴方と組みたい。納得できませんかね?」
「たかだかおれ1人と組んだぐらいで、どうにかなると思っているのか?」
「私は勝算ない事をするつもりはありません。貴方を私が手伝えば、結果的に私の目的も叶うと踏んでいるからこその提案です」
「口ではどうとでも言える。もっと明確な信用に足る材料がない限り、納得する事はない」
「思ったよりも提示するのは簡単ですね」
剣を下ろして貰えませんか、そう言われる。
その言葉に逡巡し、有事の際に剣を振るえる間合いを維持したままでいる事を条件に剣を下ろす。
身動きを妨げるものが無くなったミネアは、テーブルの上にあった瓶を手に取り、中に自分の首から流れる血を掬い取り、封をしてから跪いて献上するかのように差し出して来る。
「貴方が私の申し出を受けてくだされば、私は貴方に全てを差し出します。貴方にとって都合の良いように私の身を利用してくださって結構です。
そして信用に足る材料として、貴方に隷属します。ティステアでは違法ですが、帝国ならば条件付きで奴隷は合法ですから、貴方ならば私に隷紋を刻む事は可能でしょう?」
「……なるほど」
確かに、信用に足る材料としては十分だ。
隷紋が刻まれた相手は隷紋に定められた主人の命令に背く事はできない。背けば隷紋は刻まれた相手に激痛を与え、設定次第では死も齎せるからだ。
「ついでにもう1つ、貴方が了承してくだされば良いものを差し上げます」
「何だそれは?」
「それは呑んでくださった後で。というのも、今ここで話したところで信用して頂ける可能性は低いので。後日現物を提示します」
ミネアは跪いたまま動かない。だが、おれが見下ろすその背からは、確固たる何かが感じられた。
おれはようやく理解した。
こいつは自分の命も天秤に掛ける類の奴だ。
こいつにとって、自分の身の安全など然程重要ではない。さっき言っていたのはおれの人間性を読んだ上でのブラフ、嘘も良いところだった。
奴隷に身を堕とすいう事は、命を握られる事と同様だ。それを身の安全を図るような奴が甘んじて受け入れたりはしない。
自分の命すら贄にすればどれほどの効果が望めるか、それを冷静に勘定できる、とことん理屈のみで動く人間。それがミネア=ラル・ウフクススの本質だった。
確かに、王や指導者には到底向かない。自分の命すら損得勘定の材料にし粗末にするような奴がなれる筈がない。
だが参謀に据えてしまえばこの上ない者となる。
おれが最も嫌いとするタイプの人間だった。
「チッ……」
おれは情報を元に類推や分析はできるが、本分はやはり戦闘だ。戦いに関連したものならばともかく、それ以外での情報戦は得意ではない。
そしてシロと言えば、収集能力は抜きん出ているがそれ以外となるとおれと似たり寄ったりで、ベスタも似たようなものだ。
合理的に考えれば、こいつを迎え入れた際のメリットは計り知れない。特にシロと組み合わせれば、おれの選択肢は何倍にもなるだろう。
だが一方で、こいつは運用次第では毒ともなる。
目的達成の為ならば、おれやシロ、ベスタも容赦無く切り捨てる。そういう人間だ。
「…………」
こんな時エルンストならばどうするかを考える――前にやめる。
考えるまでもない。エルンストならば斬り殺して終わりだ。
エルンストには、それをした上で万事をやってのけられるだけの力があった。
だがおれにはそれだけの力はない。
エルンストを基準にではなく、他でもないおれを基準とした選択肢をおれが選ぶ必要があった。
「ディンツィオ、ちょっと来い!」
「へっ? ちょい待ち、一体何の用な訳よエルジンっち」
「次そのふざけた2人称で呼んでみろ、麻酔なしの抜歯を経験させてやる」
「怖っ!? じゃなくて、ホント何の用!?」
「隷紋を施せる奴に渡りをつけろ。それぐらいの伝手はあるだろう」
「いやいやいや、無い訳でもないけど何で!? 事情の説明くらい――」
「黙れ、時間が惜しい。今日中に渡りをつけろ」
「今日って、日付が変わるまで2時間もありませんよ!? そんな短時間にゾルバまで行く事自体が無理――」
「黙って付いて来い! できなければ後悔するだけだ」
「だから怖いって! 何だってのホントに! おれがゾルバの人間だって確証得た途端にこの扱いですか!?」
今年最初の投稿になります。これで畳もうとしたらかなり長くなりました。
今年もよろしくお願いします。




