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王都襲撃⑫

 



 【強欲王】マモンはホワイトバーを後にし、すっかり静まり返ったティステア王都の街中をだらだらとした足取りで歩く。

 その歩く様は怠惰な事極まりなかったが、それでもこうして自主的に自らの足で立って歩くという事自体、ここ20年ほどでは数えるほどしかない稀有な事だった。

 そんな超が付くほどの珍事を引き起こした理由は、1つだった。


「……そろそろ出て来たらどうだ。この辺りならば問題あるまい」


 普段ならば人の往来の激しい、そして相当な賑わいを見せるであろう広間に出る。

 そこにはやはり普段あるべき人影は無く、それどころか喧騒の1つ、物音の1つすらしない。

 それは実に奇妙な事だった。同時刻では同じ地域にて、避難勧告が出されるほどの大きな騒ぎが起こっているというのに、余りにも静か過ぎた。

 それどころか、何の形跡すら見られなかった。

 あるべき筈の破壊の後も、あるべき被害者の痕跡も。


 そんな異常すぎる空間内に、あるべきものの代わりに周囲から純白の甲冑を纏った、背中から複数の甲冑に負けず劣らず白い翼を生やした非日常の存在である者たちが姿を現す。


「……無粋だ」


 その人間ではあり得ない者たちの姿を見ても微塵も驚きを覚えたりはせず、ただ心から面倒そうな表情でそう吐き捨てる。


「1箇所にオレたちが集まっている事に、無用な危機感でも抱いたか? それともそれ以外の理由か? まあ、きっかけの理由などどうでも良い。いずれにせよ、貴様らが介入して来るのは不愉快極まりない。

 人の世界で何が起ころうとも、それはあるべき流れでしかない。それを我が物顔で管理しようとするのは頂けない。どのような事が起ころうとしているのであっても、それが人の手による出来事である以上は介入などしないで静観するべきだ」

「…………」

「だんまりか。いや、そもそも貴様らには語れるだけの言葉も意識も、最初から持ち合わせていなかったか。小物だな」


 マモンが語りかける存在――ごく一部の人間にとっては信仰の対象であり、魔族にとっては不倶戴天の天敵である神族たちは、無言でマモンの包囲網を縮めて行く。

 それをマモンは、ただただ面倒くさそうに眺める。


「……確かに、大元を正せば身内の不始末だ。貴様らに介入する権利は十分にある。

 だが、そうとなっては困るのだ。オレにとってはどうでも良い事ではあるが、あいつにとってはな。いや、困るかどうかすら不透明ではあるのだが、オレ個人としてはそうするべきであると思っている。

 それに付け足すなら、貴様らを野放しにした場合身内が好き放題に動いて、オレが自主的に動くよりも遥かに面倒な事になりかねないのでな。

 であるからこそ――今回に限り容赦はしない」


 そこでマモンは小さく「レヴィアタンの言葉も、あながち的外れではなかったな」と付け加える。

 もっともその言葉がどういう意味なのかは、本人にしか分からない事だったが。


「とても面倒ではあるが、常に怠惰で居続けると錆びるし、何より飽きる」


 マモンが背筋を伸ばし、眼を閉じる。

 再びその双眸が開かれた時、そこには常日頃より付き纏っていた怠惰な雰囲気は欠片も残さず消え失せていた。

 その瞬間をもって、実に20年ぶりにマモンは完全なる臨戦態勢に入った。


「故にこの時に限り、オレは【強欲】に戻るとしよう」










「……見事だ」


 声が変わる。

 ジン君の姿をしているのに、声は以前聴いたものとは全くの別人のだった。


「なるほどね、声そのものは変えられないのか。変えられないから、ジン君を選んだんだね」


 多分声帯模写っていう技術を使っているんだと思う。

 その声帯模写を使って声を真似られるのが声帯の都合から同姓に限られて、尚且つ私が隙を見せるほどの対象となり得る男の人がジン君だけだった。

 だからこの人は、ジン君の姿を借りた訳なのか。


「この世界には、術者自身も居なければならない。そして被術者はその術者を見つけ出して殺す事ができれば、能力から脱する事ができる訳だね」

「その通りだ。しかし、通常は自分を見抜く事は困難極まりない。加えて見抜く事ができたとしても――」

「私みたいに躊躇い無く刺せる人は居ない、って訳だ」

「……一体、どうして見抜けた?」

「その前に、その姿を解いてくれないかな」


 これ以上彼の姿を他人がとるのは、不愉快極まりない。


「…………」


 ジン君の姿が溶けるように消えて、変わりに別の男の人が姿を表す。

 赤い髪の、ゴテゴテとしたコートを着た男の人。

 ジン君には似ても似つかない。


「質問の答えだけどね、私の能力は元々はジン君が持っていたものなんだ」

「…………」

「それに気付いたのは、あの選別の儀で、ジン君が無能者だって結果が出てすぐの事だったね。ていうか、余程勘の鈍い人じゃない限り、すぐに気付くよね。

 だって、その前日には私は無能者だって結果が出ているんだよ? おまけに、その翌日に持っているって判明した能力が、よりにもよって【願望成就】。加えてジン君が今度は無能者って判定。気付かない方がどうかしているよ」


 そしてその日から、彼は徹底的に迫害された。

 その挙句、存在を抹消されて放逐された。

 その後に私にできる限りの範囲で彼の足取りを辿ってみたけど、結局辿れたのは、非合法の奴隷商に拾われたところを、叔父さんが非公式に動かしたウフクスス家の人たちによって粛清しようとしたというところまでだった。 

 その作戦も、動員された人たちが全滅っていう結果に終わったお陰で、それ以上の消息は掴めなかった。

 それでも何となくだけど彼がどれだけ苦労したかは、簡単に想像する事ができた。


 こんな力は欲しくなんかなかったなんて、彼のした事を踏み躙るような恩知らずな事を言うつもりはない。

 だけどそれでも、彼には自分の人生を投げ出してまで、私に渡して欲しくはなかったよ。


「なるほど……つまり、自分の失態故の事という訳だ」


 周りの景色が溶け始める。

 そんな中で、その世界を作り出していた術者である男の人は笑っていた。


「ならば良い」


 溶けた世界の代わりに現れたのは、見覚えのある景色。

 私の生家である、アルフォリア家の本邸にある庭園。

 その庭園の真っ只中に、私は立っていた。

 そして対面側には、息を荒げて膝を付いている術者の人。

 その人の胸からは血は流れていなくて、それどころかどこにも刺した筈の傷がなかった。


「確かに刺した筈なんだけど……」

「あれは夢の世界。夢の中で傷を負おうとも、それがうつつに反映される事は無い」

「なるほど。ていう事は、解放されたのは私が能力を破ったからって訳じゃないみたいだね」

「然り。確かに術者が死ねば能力は解除されるが、今回は自ら解除した。生憎即死する傷では、無かったのでな。夢の中では死なない限り、どのような傷を負っても現実に戻れば露と消えてなくなる」

「ふぅん。でもさ、能力に掛かっていない状態で負ける要素は皆無だよ?」

「それもまた、当然の理だろう」


 男の人が立ち上がる。

 苦しげに胸を押さえているけど、やっぱり傷は無くても痛いのかな。いまの私は特に何も感じてないんだけど。


「だが、引き下がる事はできぬのでな」

「そう……」


 なら、容赦をする必要はどこにも無いね。

 敵対する以上、私が手心を加える意味なんてどこにも無い。


「……ッ!」


 と思った矢先に、先に構えた男の人が、先に構えを解く。

 とほぼ同時に、1つ魔力を持った人が近付いて来ているのに気付く。


「だ、団……長?」


 かと思えば、その魔力を持った人は、いつの間にか男の人の傍に立っていた。

 いつの間にか移動して、ナイフを肝臓の辺りに突き込んでいた。


「何、を……」

「邪魔を、余計な事をするな」


 すぐにナイフを引き抜いて、心臓を、そして喉を突く。

 その動きはとても速くて、辛うじて眼で追えた程度だった。

 当然、そんな風に徹底的に急所を破壊されて生きている人なんて、不死以外に居ない。

 そしてその人は倒れて、ピクリとも動かなくなる。


「さて、名乗ろうか。オレはリグネスト、リグネスト=クル・ギァーツ。アキリア=ラル・アルフォリア、君に頼みたい事があって来た。叶えて欲しい願いがある」

「……内容も聞かないうちに失礼なのは百も承知なんだけど、断る……って言ったら?」


 対面して、直感的に脳裏に思い浮かんだ光景があった。

 それは3年前に遭遇した、無能者の人の顔。

 目の前の人は紛れもなく魔力持ちなのに、何故かその人の顔が思い浮かんで仕方が無い。

 あの時に感じた空気が、いまの私を包んでいた。


「断られた場合……そうか、その場合を考えていなかったな」


 つまり目の前のリグネストって人は、その人に匹敵する――言い換えれば、同じ領域に立っているっていう事になる。


「その場合は、殴って言う事を聞かせるのが一般的なやり方らしいな」


 一体どこの地方の風習かなそれは。そんな風習、願ってでも変えたくなるよ。


「まあ、多少の事では死にはしないだろう」

「冗談じゃないよ、本当に」










 ミズキアは荒廃した街中を悠々とした足取りで歩く。

 その足取りは直前まで激戦を繰り広げていたとは到底思えないほどに軽く、僅かな疲労も見られない。

 それも当然の事で、還元している命を入れ替える事で治るのは傷だけではなく、消耗した体力もまた同様である為だ。


「居ないな。もう全員避難し終えたのか? 平和ボケした国にしては、意外と危機感が高いみたいだ」


 立ち止まり、耳を澄ませて戦闘能力のない一般市民の消息を探る。

 理由としては単純なもので、殺して還元する事で先ほどの戦闘で消費した大量の命を、少しでも補填したいが為だ。

 その事をミズキアは悪いとは思わない。

 勿論客観的に見れば最低な行為には違いなければ、それをしているという自覚もあるのだが、ミズキアの中では最低の行為を働くという事と悪いという事はイコールにはならない。

 彼にしてみれば弱いのが悪いのであって、弱いから殺されても、死した後もその命を良いように利用されるのも文句が言えないのだ。

 それはミズキアほど極端ではないにしろ、彼の仲間である【レギオン】のメンバーの大半が共有している見解であり、またもっと広義的な傭兵という集団においても共通した見解であった。


「……あっちか」


 弱いから自由が無い、弱いから搾取される、弱いから権利を持てない、弱いから死ぬ、全部弱いのが悪い。

 逆に強者には自由があり、強者は搾取でき、強者には権利があり、強者だから生き永らえる、強者こそが正義を決める。

 世の中はそんな単純なものだと、ミズキアは認識していた。


「それが嫌なら強者になれば良い訳だ」


 それは彼がそうだったが為だ。

 ミズキアは、いまは無き小国にすらなれずに終わった国の王族だった。

 その王族の末弟として生を受け、固有能力を持っている事が確認されて一層の英才教育が施され、そこそこの年齢を積み重ねたところで侵略を受けた。

 もとより大した国土も持たないその国は軍備も満足に持たず、碌に戦わずにして降伏した。

 それに対する相手国の幸福条件は、王族の一族郎党の首を差し出す事。

 そしてその条件が明朝までに達成できない場合には、兵も一般人も関係なく虐殺すると通達された。

 そうなれば、兵たちが寝返るのは必然の事だった。

 それどころか、一般市民の者たちが寝返るのもまた当然の事だった。


 父親が捕らえられて殺され、兄たちも捕らえられて殺され。

 母親たちは捕らえられた際に辱めを受けた上で殺され、姉たちもまた同じ末路を辿った。

 ミズキアが殺される順番は、1番最後だった。

 そしてミズキアは、大人しく殺される事を良しとしなかった。

 だから最初は、殺された親類の命と魔力と能力を自分のものとして還元した。

 それらを駆使して、周りの兵たちを殺した。


 元々が英才教育のお陰でそこそこの実力を持っていた彼は、弱小国家の兵程度ならば競り勝てるだけの力を持っていた。

 その力を振るって殺し、殺されたら命を入れ替えてさらに殺し、着実に命のストックを増やしていった。

 そして周辺の兵たちが全員死んで還元された事を確認すると、次に民衆の虐殺に乗り出した。

 既に敵国に囲まれている為に逃げ場のない民衆たちを、淡々としたペースで殺し、還元していった。

 中には死にたくないと叫び、中にはミズキアに罵声を浴びせかける者もいた。

 その全てに、淡々と答えていった。


『お前たちが弱いのが悪い』


 弱いからこの国はこんな事になっていて、弱いから親族たちは売られて殺された。

 だから逆に、強者であるミズキアは奪う側に回っただけの事だと本気で言っていた。


 そうして民衆を殺し尽くした後は敵国の派遣された兵たちが標的となり、それらも殺しつくして還元した後は、その兵たちの本国が標的となった。

 単身でやっているが故に時間は掛かったが、殺せば殺すほど経験を積み、魔力を増大させ、能力を得ていき強くなっていくという冗談みたいな存在と化したミズキアを殺し切る事はその国の者にはできず、元いた人口の8割近くが殺されて還元され、残る2割未満は国を捨てて逃げ惑うしかなかった。


 当然、それだけの惨劇を生み出したミズキアは、大陸全土で手配されるようになった。

 しかし、誰も討つ事は叶わなかった。

 個として強大な暴を持つミズキアには、それに対抗する為に数を揃えても、むしろ相手に塩を送る事になる。

 つまり、少数かつ強大な戦力という全くの正反対の要素を兼ね備えた者でなければ到底敵わなかったのだ。

 それ故に、ミズキアの存在はいつしか理不尽な災害と同列に語られ、また無用な恨みを買う事を恐れて手配書も撤廃され、後に【レギオン】の最古参のメンバーとして属する事でいまに至る。


 その来歴の中で、ミズキアが弱者に回った事は殆ど無い。

 慢心も油断もするが、その信条の通り、その価値観の通り、それでもミズキアは【レギオン】の中でも指折りの実力者で、強者であり続けてきた。

 もはや手に負えないレベルにまで到達したミズキアを倒せる者が居るとすればそれは――


「……待て」


 同じく突出した個であると共に、その不死性に対して抗い続けられるほどの強靭なまでの意志の拠り所を持つ者ぐらいである。


「それ以上は、進ませぬ」

「……驚いたな、本当に驚いた。ヴァイスが仕損じるなんて、一体何を……いや、そうか。【改変】だったな、お前の能力は」


 ベルゼブブに食われた腕をさらに自ら能力を用いて切断する事で強引に止血し、全身に負っていた傷も完全ではないにしろ魔法による治療である程度まで治癒したゼインが、ミズキアを睨む。

 その視線に、ミズキアも正面から受けて立つ。


「まだやろうってか?」

「貴様は、貴様の存在は、秩序を乱す害悪だ。捨て置く理由が無い!」

「カッコいいなぁ、カッコいいなぁオイ! いいぜ、とことん最後までやってやる!」


 状況を常に把握し、優先順位を間違えない事を第一とする傭兵にとって、それはしてはならない判断。

 まずは大分少なくなったストックの補充をと決め、そしてそうするのが合理的な選択だったのにも関わらず、その合理的な選択を破棄して不合理な選択をする。

 何でそんな判断をしたのか、ミズキア自身にも良く分かっていなかった。


「後悔するぞ! 仲間を連れて来ていればってなぁ!」

「あいつらは仲間ではない。本来ならば犬猿の仲で、粛清対象に近い。馴れ合う理由などありはしない」


 ゼインは胸に手をやる。

 そこにあるのは、ウフクスス家の中でも師団員にのみ配給される特製のジャケットに縫い付けられている、ウフクスス家のエンブレム。

 それを握り、宣告する。


「粛清してやろう!」

「やってみろ!」











第3ラウンド(カイン戦も含めれば第4ラウンド)開始。

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