遭遇
俺たちは一つに固まって森に突入する。マークさんが魔術を使って周囲の樹魔を腐らせる。
当然樹魔にも意志の様なものは存在するようでマークさんを狙って蔓を鞭の様にしならせて攻撃してくるが延びてきた蔓の端から次々と腐らせた。
しかし樹魔も意外と多彩な攻撃をしてくる。
蔓だけではなく、葉を高速で飛ばしてきたり、樹液を飛ばしてきたりもした。しかもその樹液は消化液に近い様で掛かった石が少しだけ溶けた。
さらに樹魔から霧の様なものが噴出する。無色透明ではあるがとても強い刺激を感じる。
「んだこれ、皆大丈夫か!」
「大丈夫だけどこれ毒みたい!早く抜けちゃお!」
あ、これ毒か!『状態異常無効』持ってるからすぐに気付かなかった。
それにしても毒霧を出すって本当に危険だな。
毒の効果はないが刺激は酷い。おそらく無効のスキルがなかったらとっくに不意打ちで死んでいただろう。
「これ本当に危険な樹木なんだな」
「そうですよ。そこにある平たい葉の樹魔は魔物を捕食します」
そう言われて見た樹魔は巨大なハエトリグサの様だ。確かにあのサイズなら中型の魔物も食えるだろう。
他にも捕食部分が壺の様な樹魔もいるし本当に多種多様だ。
しかしどうしてこの森にこれ程の樹魔がいるんだろうか。
ダハーカが一部の樹魔を回収しているのがほぼ同じ物ばかり。薬として使えるのは二、三種類だけの様だ。
あとは全てマークさんの様に魔術で腐らせている。
そうなると何故昆虫の魔王はこの樹魔を始末しないのだろうか。
魔王と呼ばれる存在であるのなら始末するのも簡単なはずだ。なのに何故しない?
それともこの樹魔も棲み処の一部なのか?それならとっくに魔王の仲間だか部下だかが現れてもおかしくないはずだが……
「もうすぐ抜けます」
マークさんの言葉に身を引き締める。
ここを抜けたら魔王がいきなり現れるかもしれない。そう言った事も想定して森を抜けると、そこには大量の昆虫がいた。
蜂や蝿、百足に蟻など多種多様な昆虫がそこら中にいた。
「キモ‼」
流石にこれは多過ぎる。
そう思った瞬間アオイが特大の炎を口から出す。
「露払いはお任せを」
「私はティアマト様の援護に回ります。樹魔の対処も必要でしょうから」
「パパ!早く行くよ!」
「ああ!頼んだ‼」
アオイとマークさんは俺を魔王と会わせるために残るらしい。
と言っても昆虫はまだまだいる。今目の前には懐かしいポイズンスパイダーもいる。俺が巣を破壊する前にダハーカが魔術で燃やしてくれた。
俺達リル、カリン、オウカは体力温存のため攻撃をダハーカに任せる。
少し走ると大きな雄叫びの様な物が聞こえた。ちらりと振り返ると見えたのはアオイのドラゴンの姿、どうやら本来の姿で戦うつもりらしい。
あの姿なら昆虫の針や顎でも易々とはいかないだろう。それにアオイは確かに言っていた。
殲滅するならドラゴンの姿の方がやり易いと。
正直あの姿でアオイが負ける姿は想像できない。
きっと無事に勝つだろう。
そう思いながらさらに進むと強い気配がする。その相手は人間大のクワガタの様な昆虫だ。
頭からまっすぐ伸びた一対の角、顔は人間に近いような気がする。腕は四本に足は二本、この辺は普通のクワガタと同じか。
手の部分は人間の様になって入るが細部が違う。指と言うよりは昆虫のあのかぎ爪の様になっている。
「魔王様に手出しはさせん‼」
「ここは私が行くのだ‼」
そう言ってオウカがクワガタに体当たりを食らわせる。
「オウカ‼」
つい足を止めて呼び留めてしまった。
確かにオウカは強くなったがまだ子供、という思いが消えない。
しかしリルは俺に言う。
「行くよリュウ」
「だが」
「オウカちゃんは強くなったよ。それにパパもそろそろ心配性直さなきゃ、じゃないといい加減息苦しいよ」
…………これも信頼か。
クワガタに立ち向かうオウカに一言だけ言う。
「オウカ‼絶対に勝て!いいな!」
そういうとオウカは一瞬だけこちらに顔を向けて笑って頷いた。
それを見て俺は再び走り出すと今度はかなりスピードで飛来してくる昆虫がいた。目で追い切れないほどの速度、しかし走っているような感じはいない。おそらく飛んでいる。
そいつは何も言わず俺たちを殺そうと向かって攻撃してくるがそこにカリンが前に出た。
「あれは私やる」
「……頼んだ」
『私もあれを相手にしよう。流石に一人では厳しいだろ』
「お願いします。ダハーカさん」
すぐさまに相手の力量を見極めてとてつもない速度の昆虫に立ち向かう二人。
俺とリルは魔王に向かってひた走る。飛行する相手では俺とリルでは相性が悪い、飛行戦に対して得意と言えるカリンに任せるしかない。
もう一つ感じる魔王の腹心と思われる相手は魔王のすぐ隣にいる事を感じる。
それに魔王に近付くにつれて雑魚昆虫の数も減っている。都合はいいが……他の連中が気にする必要のない程に強いという事なんだろう。
気を引き締めていると城の様な物があった。
様なというのはその城は俺の知っているレンガや石によってできたしろと全く違う材質で出来ていたからだ。
ぱっと見て思うのは蟻塚、蟻塚の様に土の色をしたつなぎ目も見えない見事な城。普通の人間が通れるほどの扉もあるし知性は高い様だ。
その前に二体の人型昆虫がいる。
一体は一メートル五十センチほどの蜂。
もう一体は三本の角を持っているカブトムシだ。体長は三メートルほど、体格もよく、分厚そうな外骨格が太陽に当たって光っている。
「あんたが魔王だな」
カブトムシの方に言う。隣にいるのも力が強い気配がするが、さらに強い気配がするのはカブトムシの方からだ。それに何となく魔王や龍皇、精霊王に似た気配もする。
これが王のオーラと言う奴なんだろうか?
「そうだ。名はアトラス、お前がリュウだな。ガルダから聞いている」
「へぇ、魔王にも名が轟いているとは意外だ。そこまで派手に動いた事はないと思ったんだけど?」
「ガルダの娘自慢の際に少し聞いただけだ。それにしても……恐ろしいな」
昆虫魔王、アトラスは俺の後ろの方を見る。その方向ではアオイが蒼い炎を出している様だ。
他にも殴り合うような音も聞こえるし皆が戦っている証拠だろう。
「あの『蒼龍女王』に『魔賢邪龍』、高位の悪魔に龍皇の娘、さらに同じ魔王を名乗る迦楼羅天の娘、そして目の前にいる神喰狼の孫娘、それらを全て携えているお前は何者だ?」
……確かにそう考えると異常だよな。種族が違うだけではなくその巨大な力を有している存在達だ。普通なら誰かの下に就くような事はないはずだろう。
自由気ままに生きる事が出来る強者達だ。そう考えると確かに俺も異常だと言えるな。
そして俺はアトラスの疑問に答える。
「俺は……力の無い雑魚だよ」
「そんな訳がない。あれだけの強者達が下に就いているのだ、力の無い存在のはずがない」
「俺の中ではねぇよ、俺は必死こいて修業してきてやっと手に入れた力だ。初めから強者だったら皆と出会ってはいない、弱者だったからこそ出会えたと考えている。あえて力があるというなら運だろうな、いい女に、いいダチに出会えた人の縁とでも言うべき運だけの人間だよ」
あくまでもこれが俺の答えだ。
俺自身は特別力に恵まれていた訳ではない。恵まれていたのは人と縁だ。皆と出会えたからこそ、今の力がある。
そういうとアトラスは拳を構えた。
「そうか、それではそう言う事にしよう。我にも大切な縁というものはあるのだからな、そのためにあの森は頂く」
「させるかよ。あそこは俺だけじゃない、いろんな奴らの家なんだ。黙って明け渡す訳がねぇだろ」
俺はロウを引き抜いてアトラスに突きつける。久しぶりの全力を出そうか。
辺りから聞こえていた翅を震わせる音、戦闘の音が遠くに感じ、何も聞こえない無音のような感覚になった時、俺とアトラスは動いた。




