突撃
俺は全員を体内に移動させて走り出す。
この中で一番体力があるのはリルだと判明してはいるが、いざと言う時のために温存してもらおう。その次に体力があるのは俺だし、『一体化』によって楽に動けるので余計都合がいい。
ただ不安もある。例の昆虫の魔王がこちらに寄こした昆虫がとんでもない数だとよく分かるからだ。
今俺は人間の国などを無視して一直線で昆虫の魔王の縄張りに向かっているのだが、その頭上がとんでもない事になっている。
一見遠めに見える黒い雲の様な物、全てが昆虫だからだ。
視覚以外の方法でも感じるがあれ全てが昆虫だと思うとぞっとする。
おびただしい量の昆虫が空を飛び黒い雲の様になっている。
実際俺が人間の国を素通りできているのはその昆虫たちのせいでパニックになっているからだろう。老若男女問わず悲鳴を上げて絶望している。
別に龍皇や爺さん達の方が強いのは分かっている。しかし子供達はどうだ?精霊達はどうだ?不安ではないと言えば嘘だ。不安しかない。
一部の強者達はどれだけの数が揃おうと何事もなく殲滅する事が出来るだろう。だがあの森に居るのはそんな者達だけではない。餌となる知性の少ない魔物だっている。
例え土地を守る事が出来たとしても、生態系が狂えば結局住めない森になってしまう。
そうなったらあの森はお終いだ。
そうならないためにも早く行くか。
ふと走っていると前方から魔物の気配がする。
しかし目には見えない、魔力探知をすると地中に居る事が分かった。おそらくこれも昆虫の魔王の僕なんだろう。ついでに殺しておこう。
「ヘルハンド」
地属性の魔術を使用する。
ヘルハンドは地面の中にいる敵を圧殺する魔術だ。つまり地面の中にいる昆虫を地面の中にいる状態で潰したと言えば分かりやすいだろう。あくまで地中限定の魔術なので使い道は難しいが初めっから地中にいる連中には丁度いいだろう。
悲鳴も何も聞こえなかったが命が消える気配はした。遠くにいる昆虫達は回避行動を取っているがそれを逃すつもりはない。
「ヘルコキュートス」
ヘルコキュートスは地中の敵を凍らせて殺す広範囲魔術攻撃だ。
地中にある水分を利用して凍らせる、地中から出てくる霜柱がそのまま地中で凍ったと思ってくれて構わない。
と言っても絶対零度の氷漬けだが。
『容赦ないね』
『当たり前だ。俺の家を壊そうとする害虫なんだから、容赦する方がおかしい』
体内からウルが声を掛けてきた。
今の俺は普段と違って殺す気満々だから、冷静に、確実に、殺す。
何故か今までにない程に頭が冴えている。
冷静に相手を見定め、確実に殺していく。作業的な感情ではあるけれど、的確に無駄なく適した行動を取っている。
地中の敵を全滅させながら移動していると大分熱くなってきた。湿気も多く、気温が高い。だが今向かっている方向からとてつもない嫌な気配がする。
だが気負いはない。無駄な力は入れず、適した感じがする。
そして大森林とはまた違った雰囲気の森が見えた。
大森林と比べると生物、正確に言うと動物の数が異様に少ない。感じるのは途中で見た昆虫よりも多い昆虫と思われる気配と意思があると思われる植物の気配。
意思のある植物と言っても精霊が宿っている樹木ではない。おそらく魔物化した樹木、食虫植物だろう。
いや、感知したサイズからすれば動物も食えるかもしれない。
それだけ巨大な食虫植物、でも何故だ?ここが虫の楽園とも言える場所ならば食虫植物など生えているとは思っていなかった。
遠目に観察していると俺の中から皆が出てきた。
そしてじかにその森を見てリルやカリン、オウカは顔をしかめる。
それに対してアオイ、ダハーカ、マークさんは怪訝そうに森を見ている。
「あの森何か変か?」
「ええ、確かに変です。確かあの植物は強力な樹木型の魔物です。確か好物は……昆虫型の魔物ではなかったでしょうか?」
「ティアマトの言う通りだ。しかも樹魔は厄介だ、切られようが殴られようがそう簡単にくたばらない。最も楽な方法は腐食させる事だ」
……何故そんな樹が生えているんだ?
森の防衛のため?それとも何らかの得があるのか?あの樹木型の魔物の方がいい住処になるとか。
まぁとにかく今はいい、あれはどう見ても俺達にとって邪魔な樹だ。
さっさと消してしまおう。
「……燃やすのはダメか?」
「出来なくはないがそう簡単には燃やされんぞ。燃やそうとした場合地中の水分を取り込み、燃やされまいと抵抗するからな」
……カリンやアオイの炎で軽く燃やせないか考えたがそう簡単にはいかないか。
となるとこういうのに得意そうなのは……
「マークさん、魔術で樹木型の魔物を腐らせる事は出来ますか?」
「お任せ下さい。邪魔な樹魔は全て枯らしてしまいましょう」
「それじゃマークさんは邪魔な樹木の撤去を中心にお願いします。ダハーカも余裕があったら手伝ってやってくれ」
「承知した。だが一部薬草となる樹魔がいる、そいつらは回収したい」
「……それどうすんの?」
「私の手で栽培する。なに、屋敷や大森林には問題は起こさせん」
「……安全第一にな」
ダハーカが何か悪い顔をしているが……大丈夫なんだよな?
マークさんもその話を聞いてダハーカと一緒に相談してるし。金になるのか?それともマークさんも薬でも作るのか?
あとでとんでもない事にならないようしばらくあの二人の行動を気に掛けよう。
それじゃ細かい作戦はなしでとにかくちゃっちゃと片付けよう。
「それじゃ作戦は特になしでも問題ないよな?」
「ないけどリュウは最初は戦わないでね」
「え、なんでだリル」
「だってリュウが魔王に勝たないといけないんだから当然でしょ。ここに来るまではリュウが頑張ったんだからそのぐらいはするよ」
「……分かった。でも無理はするなよ」
「分かってるって」
リルの言葉に俺は頷く。これだって信用だろう。
「パパの邪魔はさせないから」
「それにリュウから貰った力を試すにはいい機会なのだ」
「リュウ様と魔王の一戦を邪魔させないよう励ませていただきます」
「俺は状況に合わせて勝手に暴れさせてもらおう」
「では私は皆様のサポートをさせていただきます。戦いに専念してください、雑魚退治はお任せを」
「……お前ら、それじゃ頼むぞ」
周りを見て特に大きな力を感じるのは四体、その中で特に戦闘力が高いと感じるのは一体だけ。その一体が魔王なんだろう。
久しぶりの強敵との戦いにぞくぞくしている俺が居る。
『楽しそうだね』
『分かっちゃうかウル』
『ええ。だってここ最近感じていなかった感情があるんだもの、こういう感情だけはどれだけ時間が掛かっても分からないな~』
『そういうもんか?とにかく魔力供給よろしく』
『ちゃんと仕事はするよ。リュウは私の旦那様だからね』
ちょっと気恥しいがまぁいいだろう。
今のやり取りも当然聞いていたようで女性陣は俺を睨み、残った男性陣は笑いをこらえている。
ちょっと咳払いをして落ち着いてから俺は言う。
「それじゃ、魔王と戦争を始めようか」




