午後の修業
今日の昼飯は熊と蛇、熊は大量にあるので色々な料理にしたが蛇に関しては全て唐揚げにした。ちなみに唐揚げを希望したのはカリンだ。意外と脂っこい物好きだよな。
腹ペコなティア達はできる先からどんどん腹の中に収めていくので中々の速さだ。エレンにはあらかじめエレン用に皿準備しといてよかった。カリンはさっきから唐揚げばかり食べてる。
「お前らどんだけ腹減ってたんだよ」
「鬼ごっこの直後にグランドグリズリーと戦わされたらお腹空くって。簡単なのにしてって言ったのに……」
「そうですよ。いきなりあんな強敵と戦わされるなんて……」
ティアとタイガが思いっきり文句を言う。他の飯を食う事に集中しているパーティー達も食いながら頷いている。特に魔術師の人。
「強敵って言ってもまだマシだろ?俺の時なんか一人でコカトリスを相手にさせられたんだからな」
「え、ソロで?」
「ソロだったよ。群れの皆に認めさせるとか言われて一人で狩らせられたんだからお前らはまだマシだろ。あの鶏まさか飛ぶんだぞ、鶏のくせに」
「でもそれって今みたいに強くなってからでしょ」
「いんや、結構来てすぐだった。爺さんの牙一本で戦ったから本当に厳しかったなぁ」
しみじみと思いだしながら喋っているとティアがじっと見ていた。いや、ティアだけじゃなくタイガや他のパーティーも俺を見ている。
あ、エレンも俺の事見てる。
「群れで狩ったのですか?コカトリスってフェンリルの大人なら狩れますけど人間にはキツイんじゃ……」
「流石にそれは嘘だよね……素人にコカトリスなんて」
「ホントホント、嘘だと思うんならリルとか爺さん達に聞けば分かるって。本当に爺さんの牙一本で夜中に狩りしたんだから」
「しかも夜中って、確かにコカトリスを狩るには夜が良いって言うけど本当に実践する人が居るなんて……」
ティアが信じられない物を見る様に言う。てか夜中の方が良いってのは人間の間でも知られていたんだ。でも知っているなら夜に狩るぐらい皆しそうなものだが何で驚いてるんだ?
「リュウ、確かにコカトリスを狩るなら夜が良いってのは知られてる。でもそれを実践できるほどの実力者が少ないんだよ」
「どういう事ですかゲンさん?」
「コカトリスの尾は知ってるだろ、その蛇の部分が本体に伝える事で夜目でも関係なく石化されるんだよ。初手限定なら夜の方が良いが結局最初に蛇を仕留められなければむしろ危険なのはこっちって事だ」
「あぁ、だから爺さんが蛇に攻撃しろって言ってたのか。ようやく納得」
「やっぱりリュウ様って昔から特殊だったんですね」
エレンにまで言われる始末、俺だって突然で無我夢中って感じだったし特殊だ、異常だって言われてもな……勝てたのも爺さんの牙のお陰ってだけな感じだったし。
「と言うか爺さんとは一体誰の事だ?この森に俺達以外の人間が居るとは思えないが」
ゲンさんがそのまま爺さんについて聞いてくるがアリスから聞いてないのか?そう思っていると少しずつ近付いて来る……この気配は爺さん婆ちゃんか?
森の中を静かに近付いて来ているのでティア達はまだ気付いていない、気付いているのはゲンさんだけだ。血の匂いがするという事は何か獲物を仕留めた帰りなのか少し臭う。
『儂を呼んだか?』
森の中から突然現れた二匹の巨大なフェンリルにティア達は臨戦態勢になるが爺さん達は歯牙にもかけない。
「どうかしたのか爺さん?食事の後みたいだけど」
『なに、たまには孫娘の婿の仕事ぶりを見ようと思ってな、こうして妻と共に来たまでじゃ』
『リュウ、お仕事の調子はどうですか?』
「ティア達の育成なら始めたばかりで何とも。爺さんから見てどう思う?ティア達の力は」
『まだまだじゃの~。この程度ならダハーカの時、邪魔される前に死んでおったかもしれん』
「まだ体力作りの段階だからな……戦闘技術にはまだ遠いかも。子供達に頼んで鬼ごっことかしてるけど即効性はないからな」
『まだまだ赤ん坊の様ですね』
「婆ちゃんもキツイ事言うね。これでも勇者なのに」
「フェンリル様、そして奥様こんにちは」
『エレンか、こんにちは』
『エレンちゃん、こんにちは』
緊張感のない会話をしているとティア達は戦う意思がないとようやく分かったのかとりあえず武器を下ろす。
その瞬間爺さんはティアの後ろに回り込んだ。俺でも気配を追う事でようやく分かる速度、ティアは回り込まれた事にすら気付いておらず辺りをきょろきょろしている。
そこで爺さんは爪でチョンとティアに触れた。
『隙ありじゃ、勇者ティア』
「っ‼!?」
ティアはようやく気付いて飛びのくがそこは既に爺さん殺せる範囲内なので意味が無い。
「爺さん、ティアを驚かすのもその辺にしてくれよ。まだ森に来て二日だぞ」
『すまんの。実力差と言うものを知らしめるいい機会だと思ったのでの』
「あ!お爺ちゃんお婆ちゃん‼」
カリンは唐揚げを食べ終えるときちんと口を拭いてから抱き付いた。カリンがリルの事をお姉ちゃんと言っているように爺さんの事もお爺ちゃんと言う様になった。爺さんは他種の子供であっても構わない様でカリンを可愛がっている、たまに可愛がり過ぎてカリンの母親が爺さんをじっと見る事も多いが。
その時は爺さんがカリンを母親の方に促すので喧嘩になった事は今の所はない。
『カリン、また少し成長したの』
「えへへ、育ち盛りだからね。お爺ちゃんとお婆ちゃんもパパに用事?」
『勇者の様子を見に来ただけじゃよ。アリスに話だけは聞いておるが目の前で見てみたいと思っての』
『私はその付き添いです』
「そうなんだ……温かーい」
カリンは爺さんの毛に身体を埋めている。俺もリルにしてもらう様な状態になってる、あれ本当に気持ち良いんだよね。
「そういや子供達は昼寝中か?」
『そうじゃよ。しばらくは起きんじゃろう』
「そっか」
「えっとリュウ、このフェンリルの言葉分かるの?」
何やらティアが不思議そうに聞いてくる。分かるも何も向こうから話しかけられているんだから分かるに決まってるだろ。
『勇者には儂の声を届けておらんから聞こえておらんのじゃよ。あくまでこれは意思を伝えるための魔術じゃからな』
「じゃあティアから見ると俺は」
『儂に向かって独り言を言っている奇人じゃな』
マジか、それじゃ不思議そうな顔をしてるのも当たり前だ。てっきり全員に言ってるものだと思ってたから普通に話してた。
なら紹介から始めた方が良いのか?
「えっとこの魔物が初代フェンリルでリルの爺さん、俺にとって一番最初の師匠でもある。で、その隣が奥さんの婆ちゃん」
『フェンリルじゃ勇者ティア』
「は、初めまして。ティアです」
ティアは爺さんを前に震えている。緊張なのか、恐怖から来るものなのかは分からない。でもこれが普通の反応だろう。
ただ見ているだけのタイガも爺さんをじっと見て警戒している。すでに怯えてきっているのは魔術師の人ぐらいだ。
『してリュウよ、この勇者達を強くしてどうする?』
「どうって、まぁ今の所は恩を押し売りして人間社会でも知性のある魔物に害はないって伝えるために利用するぐらいかな」
ティア達の前で堂々と言うのもどうかと思うが今の所はそのぐらいだ。広告塔になってもらうのが第一目標であり、その後は共存社会にするために頑張ってもらうぐらいかな。
『それはどれほど難しいものなのじゃ』
「かなり難しいと思う。人間の政治ってのは俺もよく分からん」
『ふむ……それに武力も関係するのか?』
「多分、ないよりはあった方が良いと思う」
『では儂も協力しようかの』
「え」
『儂自ら勇者を鍛えてやると言ったのじゃ。不満はあるまい』
不満どころか俺にとっては良い事尽くめだ。
そうなると午前中だけは鬼ごっこにして午後は爺さんとひたすら組手か、この方が戦闘経験も積めるしこの方が良いな。初めからこの方法を取らなかったのは相手をして殺されては困るからだ。その点、爺さんが倒される姿なんて想像出来ないし問題ないだろう。
「……お願いしても良いですか?」
『儂から言ったのじゃ、良いに決まっとる』
「おーいちょっと集合!午後の訓練変わったぞ」
という事で早速ティア達に報告、爺さんが自らティア達を鍛えてくれる事を話した。
そしてティア達は絶望した。
「止めてよリュウ‼そんな事になったら、本当に死んじゃう‼」
「子供達との遊びにすら付いていけないのに戦闘訓練なんて無茶だ!?」
「…………SSS級との戦闘」
「……私とっっっても遠い所から支援しますね」
「どう足掻いても勝てそうにないな」
「…………書くものを下さい。遺書の準備をしないと」
「子供の何倍ぐらい速いんだこいつ?」
「それじゃカリン、エレン、仕事に戻るか」
ティア達を無視してそろそろ行くかと思ってカリンとエレンを連れて仕事場に戻る。
「「「「「「「逃げるなー‼」」」」」」」




