6 設定そして開幕
やっと異世界に入ります
「あ……」
静夜が気が付くと、前回と同様に人混みの中に立っていた。
静夜の周囲の高校生が前回と同じ人から、場所が決まっているのか、と静夜は思う。
最初は静寂に包まれていたのが次第にざわつき始める。
“気が付くのは全員同じタイミングなのか?”
静夜は周りを見渡しながら疑問に思う。
もし仮に自分が遅くに気づいたなら周りはすでにざわついていたであろうし、その逆ならば周りはぼーっとしている可能性がある、と静夜は考えるが、高校生たちはまるで静夜と同じタイミングで気がついたような反応だった。
しかし静夜にはまだはっきりとは分からなかった。
静夜が寝たのは11時30分~12時の間であり、他の高校生の就寝時間はまたバラバラなはずである。
静夜にはまだ分かってなかったが、ここDCは現実の時間とは切り離された別世界である。
仮に高校生の睡眠時間を7時間として、DCでどれだけ過ごしても現実世界では7時間しか進まない。
逆にDCで7時間より短い時間しか過ごして無くても一緒である。
また静夜の疑問の通り、DCで気が付くのはほぼ一緒。
現実世界での高校生の就寝時間は関係ない。
『ははは、いらっしゃい。携帯はちゃんと見たかな?』
突然の機械音に一斉に静まった。
『ああ、心配しなくても危ないお金だとか偽札だなんて事はないし、勝手に使っちゃってくれたって構わないよ。ふふっ、僕が勝手にプレゼントしたんだしね』
機械音は楽しそうに笑って話し続けるが、そのたびに耳障りな音が響く。
『ああ、帰りたいって人を帰さないとね。もし帰りたいと思う人がいるなら、心の中で強くそう思うといい。そうしたら帰してあげられるからさ』
機械音がそう説明すると、静夜の隣の女子が目を瞑って一生懸命に念じて始めた。
静夜はそれに気付くと、どうやって『帰る』というのか確かめようと注意深く観察する。
---パシュン
「なっ!?」
静夜はあまりの光景に声を上げて驚く。
周囲の者も口をあんぐりと開けて静夜の隣見続けている。
そこには【returnee】という文字がフワフワと浮いていて、そこにいた女子の姿はなかった。
一瞬にして、光が収束するようにして女子が消えていったのを静夜はしっかりと見ていた。
『んー、これで残り2584人か。けっこう減っちゃったかな』
静夜たちが驚愕していると、残念そうな声をして機械音が喋る。
静夜の見た光景は、ほぼ同時に416ヶ所で起きていた。
高校生たちは一様に驚きのあまり言葉を失う。
『ま、いっか。じゃあ後は参加って事で良いかな?途中離脱は無いけど』
「ちょっと待て!何しやがったんだよ今の!」
いち早く気を取り直した高校生が、震えた声ながらも強気な言葉で叫ぶ。
『何、って望み通り帰しただけなんだけど。と言っても夢から覚ましただけなんだけどね。もう帰りたい人はいない?最終通告だよっ?』
機械音は高校生たちに訊ねるが、元からその気が無いのか、今の光景を見てしり込みしているのか、静夜の見える限り誰も帰らなかった。
『じゃあここにいる2584人が参加って事で、みんな気になっているゲームについて話そう。何をするかって言ったら、まあ簡単に言えばRPGだね』
機械音が楽しそうに説明すると高校生たちはまたざわざわしだす。
そういうのをしない静夜にでも何となく分かったが、女子の大半や一部の男子は良く分かってないようで、キョロキョロしている姿は静夜にも見えていた。
『まあそんな複雑なものじゃない。RPGってのが分からない人は所謂冒険だと思ってくれて構わないよ。じゃあ早速準備を始めよう。まずは名前を決めようか。アルファベットで10文字以内でね』
機械音の指示におとなしく従って高校生たちは名前を考えていく。
大半の高校生は最初の不安を、今の興奮とワクワク感でとうに忘れていた。
静夜は冷静ながらも、名前を考える。
“名前を適当にもじっておけばいいかな?”
静夜はニックネームを【night】にしようと決めた。
night(夜)というシンプルな名前だ。
決めたは良いが、どうすれば良いのかと静夜が思っていると機械音が話を進めた。
『名前は決まったかな?それじゃあその名前を強く頭に思い浮かべてみて』
静夜は目を閉じ、一文字一文字頭に思い浮かべる。最後まで思い浮かべたところで静夜は目を開けた。
「えっ!?」
静夜は目の前の光景に驚く。
前に立っている何人もの人。
彼ら自体に驚くべきことはない。
静夜が驚いたのはその上である。
頭の上に文字が浮かんでいるのだ。
先程の【returnee】のようにフワフワとして頭の上に浮かぶ文字。
静夜が驚いている間に、まだ文字が無かった人の上に突然文字が現れる。
静夜ははっとして、自分の頭の上を見た。
【night】
確かに自分の考えた名前がそこにはあった。
静夜が不思議っていると機械音が再び響く。
『ふふっ、みんなちゃんと名前を付けたみたいだね。じゃあサクサク進んでいこう。次は冒険には欠かせない武器の説明だ。ここ、『始まりの場所』じゃ狭いから場所を変えようか』
機械音がそういい終わると、静夜の視界は白く染まり、徐々に色彩が戻ると静夜はまたもや驚かされた。
下は緑の原っぱ、上には広い青空。
そして先程まで手の届く距離にいた周りの人たちとの距離は5m程に広がっていた。
『じゃあ片手を手を前に伸ばして。そうしたら【sello】って唱えるんだ。はい、やってみよう』
「「「セロ!!」」」
あちらこちらから我先にと声が聞こえる。
静夜も左手を前に突き出して呟く。
「……セロ」
---パシュン
「あ……」
静夜が唱えた瞬間に、左手に光が収束して武器が姿を現し始める。
それは長さ4尺程で白く輝き、左手に納まる。
「これは……日本刀?」
静夜は右手で柄を握り、その美しい程白く輝く鞘からゆっくりと抜き取る。
シャッ、と鞘から刀身の抜ける心地良い音をたて、刀は鞘から離れた。
光が反射し、より一層きらめく鋼の刀身。
普段使う竹刀より数寸長くかなり重いはずが、重さも感触も不思議なほどよく手に馴染んでいた。
刀身の鍔元に“一心”と銘がうってある。
静夜が純白の日本刀に見惚れていると、機械音がまたなり始める。
『どうかな?みんな気に入ったかな?個人の性格や趣味に応じた武器が出たと思うんだけど。じゃあ次はしまい方だね。これも簡単だ。もう一度セロって言えば良いよっ。大事だから忘れないようにね。それじゃあ早速しまってみて』
「……セロ」
静夜は刀を鞘に納め、再び呟くと確かに出てきた時と同じように光が収束して消え、今度は左手の甲に日本刀の鍔をモチーフにしたような刻印が残った。
静夜が周りを見ると、まだ消してない人がいて、静夜の日本刀のように剣のようなものや、銃、斧、弓などが静夜の目に入った。
『ちゃんと手の甲に残ったかな?じゃあ最後。頭の上を見てご覧』
気が付くといつの間にか高校生たちの頭の上に赤色の棒のような物が、名前と同じように浮いていた。
『それ、LPね。無くなったら死亡……とは言わないけど。今日の冒険はお終いさ。じゃあとりあえず3日間。生き残れるように頑張ってね』
「はっ!?ちょっ……」
静夜や高校生たちがしゃべる間もなく、突然目の前が再び真っ白になった。




