5 学校そして期待
「えー!組長も見たの?」
鈴が突然に大きな声をあげる。
と言っても昼休みで生徒たちは騒いでいるため、近くにいた数人が振り向く程度でそれほど注目を浴びなかった。
「長谷川もか。春日井は?」
「僕も見たよ。お金も携帯電話に挟まっていたし」
実際に莉亜自身もあの人ごみに紛れていた。
静夜には普通に返す莉亜に、鈴が頬を膨らませてむくれる。
「だったら最初から言ってよ!莉亜ちゃんの意地悪っ!」
「別に嘘はついてないし。あとちゃん付けするなって」
「……話を進めてもいいかな?」
静夜が遠慮がちに二人の間に立ち、話を進める。
「俺1人だけでも信じられないのに、他にも見た人が近くにいるならただの夢じゃなさそうだな。あの声の話が本当ならまだ2997人いるはずだけど」
「でも私の周りにいた人みーんな見たこと無い制服着てたよ」
鈴が腕を組んで思い起こすように上を見る。
「だとしても全部で三億円なんて考えられないよね」
「さ、三億!?」
鈴が再び大きな声を上げる。
周りの生徒たちも驚いて三人の方を見るが、鈴はお構いなく莉亜に訊く。
「三億ってどういうこと?」
「え、1人10万円で3000人でしょ?」
「ん~?10の3000の……?」
鈴は両手の指を使って考え出す。
それを尻目に莉亜と静夜は話し出す。
「五十嵐君、今日もあの夢を見ると思う?」
「あの話し振りだと多分な。ゲームって何だろう」
「なんか普通のゲームではなさそうだよね?」
「だろうなぁ。こんな現実味のない夢のなかで普通に『3000人でかくれんぼ』とか言われてもパッとしないし」
静夜の冗談で二人は笑う。
「ははは、それはそれで楽しそうなんだけどね」
「そうだな。まあ、本当かどうかわからないけど、願い事を叶えてくれるそうだから頑張ってみるか」
「うん」
「わかったぁ!」
三度、鈴が突然大きな声を出して周りの注目を集める。
莉亜と静夜は驚いて目をぱちくりさせて鈴を見る。
女子からはクスクスと笑われ、男子からはうっとりと眺められているが、鈴はたいして気にもせずに二人に言う。
「答えは三億です!」
「……は?」
「ぷっ、長谷川って本当に面白い子だよな」
何を言っているんだと呆れ顔をする莉亜と笑う静夜。
莉亜は鈴をジト目でみながら静夜に言う。
「五十嵐君、こういうのは『面白い』じゃなくて『可笑しい』って言うんだよ」
「ありがと、莉亜ちゃん」
「いや、褒めてないし、ちゃんつけるな」
結局このまま昼休みが終わり、放課後も静夜と鈴が部活で忙しいためDCについて話をせず、それぞれが
帰路についた。
鈴はのん気にすぐに眠りにつき、莉亜も今日は魔術を使うことも無く夜が更けるとすぐにベッドに潜り込んだ。
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----同じ日とある学校にて
「河岸川!河岸川咲汰!」
教室に教師の声が響く。
呼ばれている当の本人河岸川咲汰は上の空で全く気付いていない。
“夢……なのかな?でも本当に願いが叶うなら……”
---バシッ!
「イタッ!?」
突然頭に衝撃が走り、咲汰が頭をさすりながら上を見上げると、教科書を丸めて持った教師が呆れた顔をして立っていた。
「あ……えと、すみません」
咲汰は自分がぼーっとしていたと気付き顔を伏せて謝る。
「河岸川がぼーっとするのは珍しいな」
それ以上教師は何も言わず、教卓に戻る。
周りのクラスメートはクスクスと笑い、囁きあっていた。
授業が終わり咲汰が次の授業の準備をしていると、隣のクラスの数人の男子が咲汰に近づいていく。
「よう、咲ちゃん。授業中にぼーっとするなんていけない事なんだぜ?」
どこから聞いたのか意地悪く笑う先頭にいた体の大きい男が咲汰の机の上に座り、教科書や筆記用具がクシャクシャになる。
それを見ながら咲汰は唇をきつく閉じ俯く。
男子たちはそんな様子を見てげらげらと下品に笑い出す。
机に座っているのは佐々木克
おとなしい咲汰に毎日のように嫌がらせをし、いじめ、かつあげ、暴力と気の赴くままに咲汰ばかりにねちっこくまとわりついている。
「おい、黙ってんじゃねーよ。克さんが話しかけてんだろーが」
「っ!」
取り巻きも一人が咲汰の髪を引っ張って無理やり顔を上げさせる。
それでも咲汰は抵抗したりはしない。
佐々木たちが咲汰の反応を見て楽しんでいる事を知っているからだ。
「ちっ」
髪をつかんだ男子はつまらなさそうな顔をして乱暴に手を離す。
人気のない所ならともかく、教室のなかで堂々と暴行をするほど佐々木たちも馬鹿ではない。
佐々木は侮蔑するように咲汰を見て、机から降りる。
「じゃあな咲ちゃん」
それだけ言って佐々木が離れていき、取り巻きが不思議そうについていく。
咲汰がそのままでいると佐々木たちの話し声がまだ聞こえる。
「あれ?今日は何もしないんすか?」
「ああ、今日はコイツで遊びに行くぞ」
「うわっ、どうしたんですかコレ?」
「くくく、さあな」
「十万円もあるじゃないっすか!」
「証明だとよ」
「はい?」
「なんでもねえよ。じゃあ今から行くぞ」
「はい!」
佐々木たちが咲汰から完全に見えなくなったところで声も聞こえなくなった。
“もしかして同じ夢を見てたのかな?”
咲汰は考える。
佐々木も見たというのならDCというのは本当の事だと思われる。
“願い事か……本当にかなえてくれるのかな”
「咲、大丈夫?」
「あ、岬」
咲汰が顔を上げると女の子が心配そうな顔で咲汰を見ていた。
三枝崎岬。
小柄で眼鏡をかけたおとなしい女の子で、咲汰の幼馴染みである。
咲汰は佐々木に絡まれる前は大抵の人から好かれていたが、今では避けられている。
佐々木からとばっちりを喰らいたくないからだ。
咲汰もそれが分かっているから何も言わない。
今では咲汰に話しかけるのは佐々木たちと、それでも咲汰を気にかける岬だけだった。
咲汰は笑顔を作るように努める。
「僕と話してたら佐々木たちに岬までいじめられるよ?」
「……でも咲を放って置けないし」
岬が消え入るような声で言う。
「ありがとう。そう思ってくれるだけで嬉しいよ。どうせすぐに飽きられるから大丈夫」
「……うん」
岬がしぶしぶ離れて行き、仲の良い女子のグループが近づいてきて注意する。
岬はちらちらと咲汰の方を見るが、咲汰は目を合わせないようにする。
咲汰は岬を安心させるように言ったが、そんなことは無いと思っている。
佐々木の父親が宇津宮グループの人間だからだ。
宇津宮グループは咲汰の父親・勇汰の店を手に入れるために、客が来れないように裏で手回しするなどしてきていた。
それでも勇汰は折れなかったために、標的が咲汰に変わった。
それを勇汰は知らない。
男手一つで咲汰を精一杯育てて、母親の愛情に飢える事も無く元気に生きてこれた。
そんな父親に心配を掛けたくなかった。
幸いに佐々木たちは教師を警戒して、顔や腕などの目立つ場所に痣など残すことはなかった。
しかし当然ながら、出来ればこの状況が終わって欲しいとも思っている。
“願い事……か”
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「これでよし、と」
静夜は竹刀を袋にしまい、立ち上がる。
就寝前に必ず竹刀を調整する事は静夜の日課である。
緩みを直したり、不備を探して取り替えたりしていると不思議と落ち着くのだ。
静夜が真剣に剣道に打ち込んでいる証拠かもしれない。
時刻は11時30分。
いつも静夜が寝始める時刻である。
静夜は何の気なしに引き出しを開け、1万円の束を見てすぐに引き出しを閉めた。
“寝てみないと始まらない、か”
昼休みから静夜は時間の空く限りにDCについて考えていたが、さっぱりと解らなかった。
現時点で謎を解明するヒントも少ないので仕方のない事でもある。
静夜は部屋の電気を消してベッドに横になるものの、なかなか眠れなかったが、日付が替わる頃には眠りに落ちていた。
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ははは、DCの世界にまたまたようこそ
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