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Dream Circulation  作者: 深雪林檎
一章 春日井莉亜
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4 証明そして前世



「……なんだ……これ」


静夜は呆然と突っ立ったまま無意識に呟く。

360°見渡す限りの人、人、人。

学校の集まりかなにかとは比較にならない位の人。

気がつくとそんな中に静夜は立っていた。

静夜と同じように周囲の人達も驚き、呆然としている。


次第に周囲の人達がはっとして、僅かな間を空けたあと一転して静寂からパニックに陥り、騒ぎになり始めた。


「学校……ではないよな」


静夜はその中でも落ち着いて冷静に思考を巡らせる。

静夜は高校のブレザーを着ており、周囲の人達も制服を着ていて高校生らしいが、男子はブレザーだったり学ランだったり、女子も同様にバラバラである。

学校では顔の広い静夜だが、知っている顔は近くには見当たらない。

上を見上げると天井が、人ごみの奥には壁があるのに気付き、室内であることが解る。

静夜に解ることはその程度だった。


「やっぱ夢……かな?」


静夜は気が付いた時一番最初に思った事を口にするが、あまりにはっきりと意識があるために自信がなかった。

騒ぎは収まるどころかどんどん悪化している。

このままでは埒があかないと思い、静夜はいったん騒ぎを収めようと動こうとする。


「あの……」




『あははははっ』




「っ!?」


大きな笑い声が突然響き、静夜は反射的に動きが固まる。

周りの高校生達も同じように固まっていて、先程までのざわめきが再び一転して静寂に包まれていた。

そのまましばらく間があいて再び機械音のような声がどこからか響く。


『Dream Circulationの世界にようこそ。ふふっ、長ったらしいからDCって略そうか』


「あっ」


静夜はすぐに謎のメールに思い当たる。

たしかに『Dream Circulation』と書いてあるメールが突然送られてきたことを、静夜ははっきりと思い出した。

静夜が周りの人達を見ると、同様に心当たりがあるらしく静夜と同じ反応を示してざわついていた。


『ふふっ、心当たりはあるよね?まずDCについて説明しようかな。ここはDCという位相空間。夢の中の世界と思ってくれると分かりやすいね。君たちの眠りとともにDCは始まり、君たちの目覚めとともにDCは終わる。バーチャル世界に近いものがあるかな?ちなみに3000人の高校生を招待してるよ』


機械音の主は楽しそうに話し始める。

静夜は3000人もいるのかと驚きながらも人混みを眺めて納得し、話を聞き逃さないよう注意深く聞き取ろうとすると、声があがる。


「ふざけんなっ!何が夢の世界だっ!帰しやがれっ!」


「そうよっ!いったいここは何処なのよっ!」


あちらこちらから不満と苛立ちの声が上がり始める。

次第に勢いや流れに従うようにして、不満の声は大きく広がっていく。

静夜はおとなしく冷静に思案していると、機械音が騒ぎに負けない音量で響く。


『ああ、お望みならすぐに解放するよ?』


騒ぎに対して、なんでもないような口調で機械音はあっさりと返し、騒いでいた人達は耳を疑って再び静まる。

その様子を確かめるように少しの間が空いて機械音は続ける。


『別に強制参加じゃない。無理やりやらせたって僕も面白くないしね。君たちにはゲームをしてもらおうと思ってるんだ。もちろん今言った通り強制参加ではないよ。……ただ、参加者には、特に優秀な結果を残した参加者には賞品があたるんだ。嬉しいよね。あはははっ。あ、あとこれは夢ってのは本当だからね。起きれば分かるけど』


「賞品って何だよっ!」


再び人混みから声があがる。

周囲の人達もざわざわとあれこれ言い始めると、機械音が答える。


『そうだねぇ、願い事を1つ叶える、ってのはどうだい?あはははっ、悪くない話だよねっ』


機械音の甲高い笑い声が響き、高校生達はポカーンとするが、すぐに気を取り直した高校生が再度声をあげる。


「てめぇ馬鹿にしてんのかっ!小学生や幼稚園児じゃねえんだぞっ!」


「だいたいどうやって叶えるのよっ!」


「そもそもお前誰なんだ!」


高校生達は口々に文句を言う。

しばらく罵倒が続き、収まってくるとまた機械音が響き始める。


『ふふふっ、信じれないのは当然だよねっ。解ってるよ。今日はとりあえずそれを言うのと証明するために喚んだんだ。みんな起きたら忘れずに携帯を確認してね。じゃあまた明日』


機械音がそう言い終わると急に静夜は眠気に襲われ、目の前が真っ暗になった。








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ジリリリリリッ


「ん……」


けたたましく鳴る目覚まし時計で静夜は起きる。

春先とはいえ朝はまだ冷え込み、静夜は布団から手だけを出してアラームを止める。


「…………っ!?」


意識がはっきりした途端に慌ただしく布団をはねのけて携帯を探す。

ベッドの上には無く、机を見る。


「あっ」


机の上に置かれた、黒い折り畳み式の携帯。

その折り畳まれた間に紙束のような物が挟まれていた。

その厚みせいで携帯は閉まりきらず、不自然に開いた形になっている。

静夜はゆっくりと近寄って紙束を抜き取る。

長方形の特殊な紙。

某有名人が印刷された紙。

紛れもなく1万円札の束だった。


「……これが証明?いったいどうやって?」


数えてみると全部で10枚。

つまり10万円である。

静夜は驚いて立ち尽くすが今度は携帯のアラームが鳴り、はっとする。


「朝練!」


静夜は1万円札の束を机の引き出しにしまい、慌てて支度を始めた。







--------------------------------------





「ははは、スゲェ!スゲェよ!」


歩夢は1万円札を神からの贈り物のように高々と持ち上げて仰ぎ見、目を輝かしながらはしゃぐ。

歩夢が高揚しているとドアの向こうから声が入り込む。


「えっと……歩夢?何か良いことがあったのかしら」


弱々しい声に歩夢が気付くと急激に顔が歪みドアに向かって叫ぶ。


「うっせぇ!お前にゃカンケーねぇだろ!いちいち来るんじゃねぇよババァ!」


そう言った歩夢は高笑いしながら、つけっぱなしになっていたパソコンに向き合ってキーボードを叩き始める。

ドアの向こう側では、足音と共にすすり泣きの声が遠ざかっていた。







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「莉亜ぁ~見て、万札~」


昼休みの教室。

両手の指先で1万円札を1枚つまんで鈴が莉亜に近付く。

残りの9枚は家に置いてきていた。

また、朝会ったときにも黙っていた。


「いいでしょ~」


いつも以上に間延びした話し方の鈴を、莉亜はじと目で見て口を開く。


「鈴……どこから盗ってきたの?」


「違うよ!朝携帯に挟まってたの!」


鈴は慌てて弁解する。

莉亜はしばらくからかおうと内心で笑いながら、表情には出さずに続けて話す。


「今からなら謝って許してもらえるかも……僕も一緒に謝ってあげるからさ、ね?」


「も~!莉亜ちゃんの意地悪っ!」


「ちゃん付けしないでって言ってるよね!」


鈴と莉亜は教室の角で騒ぐ。

そんなやり取りを男女共に羨ましそうに眺めていたが、1人だけ別の眼で見ていた。

静夜は席から立ち上がって2人に近付く。


「長谷川。もしかして……」








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----前夜



『私迷惑メールなんて初めて……あっ!莉亜ぁ~どうしよう私の初めて奪われちゃtプー、プー、プー』


莉亜は携帯を切ってポケットにしまい、溜め息をつく。


「あら?莉亜ちゃん溜め息なんかついちゃっt「ちゃん付けないで」えー嫌よ」


「莉亜!心配事なら父さんに相談しなs「大丈夫だから」しょぼーん」


莉亜は母親と父親のやり取りで再び溜め息をついてから食卓に座る。

母親・雅は莉亜の前に料理が盛られた皿を置いてウキウキと話し始める。


「今日は大好きなハンバーグよ」


「良かったなぁ莉亜!雅さんの作るハンバーグは絶品だぞっ」


父親・駿も同じウキウキとやたらテンション高く、莉亜はウンザリしながら2人と食事を始めた。







「ったく、いつになったら子供離れすることやら。まぁ僕の方が一応数百倍長生きしてるんだけど」


莉亜はブツブツと愚痴を言いながら部屋に戻る。

いつも通り鍵をしめて明かりを点け、魔術空間を接続していく。

魔術空間は、酸素の多い所で火が良く燃えるのと似たようなもので、莉亜の魔術の質をより高度に、発動方法を簡易にするための空間である。

はるか昔では必要としなかったものだが、魔術の衰退と共に大気中の魔力が衰えた為、莉亜が一世代かけてやっと編み出したのがこの魔術空間である。


簡単な魔術ならば普通の空間でも詠唱さえすれば発動できるものもあるが、大抵のものは魔術空間を利用しないと発動できなくなっていた。


「魔術空間接続完了」


幾何学模様が完成したところで莉亜が呟く。


「さて、と」


莉亜は左手の手袋を外しながら意識を集中させ、銀色のトランク3箱をどこからか転送して部屋に召喚する。

その中には札束がギッシリと詰まっていて、莉亜は楽しそうにニヤニヤする。


「全部で三億円プレゼントか。ふふっ、これ位でも信じてもらえないかもね。それじゃ早速転送準備開始、と」


莉亜の開始の合図で左手の刻印が輝くと同時に、トランクの中の万札が1枚ずつ凄まじい速さで消えていく。

高校生たちの目覚めとともに現れるように別の空間に待機させているのだ。

たっぷりと5分程かかってやっと最後の1枚が消えるのを確認した莉亜はトランクを魔術で消し、電話をかけ始める。


『……もしもし』


携帯のスピーカーから警戒した声が流れる。

莉亜はパソコンを起動させながらまじめそうな声で話し始める。


「あ、宇津宮グループの宇津宮啓二(うつみやけいじ)さんですね」


『……どちら様でしょうか』


自分の身分を言われてさらに警戒した様子が携帯越しに窺える。

そんな様子がおかしくて莉亜は笑いをこらえる。


「あれ?分かんない?啓くん♪」


『っ!?まさか!いや、そんなはずは……』


宇津宮が電話越しに狼狽する。


「ははは、そのまさかだと思うよ?神楽坂近似(かぐらざかきんじ)。1921年7月12日生まれ。2000年6月5日没。享年78歳。死因は脳卒中で宇津宮啓二の目の前でパタンッ。その三日前に宇津宮啓二にある事を言い残す。その内容は……」


『生まれ変わって20年以内に電話をかけるから待っていろ。遺産は好きに使って良い……でしたよね?』


「その通り」


宇津宮に言葉を続けられて莉亜はにやりと笑う。

宇津宮もその会話で確信を得ていた。

二人以外はこの言葉を聴いていないし、宇津宮も誰にも話していなかった。


『……老人の戯言かと思っていたが本当にかけてくるとは』


「ははは、17年振りの会話でそんなこと言っちゃう?」


莉亜の前世の神楽坂近似の右腕であった宇津宮。

神楽坂近似が拾った孤児で、その時神楽坂近似61歳、宇津宮14歳であった。

神楽坂近似の死後、遺言通り遺産約2000億を使って宇津宮グループを設立。

そして現在48歳である。


『いまいち現実味に欠ける話なのでね。まあ、生前も不可解な事を何度もやってのけましたからいまさらな話ですけど。今はどこに?』


「ああ、今は春日井莉亜って名前の高校生をやってるよ」


『……お迎えは?』


「要らない要らない。しばらくは一般人としてやってくから……ああ、さっき口座から三億引き出して使ったから」


『……それが一般人のすることですか。どうやって……と聞くのは野暮なんでしょうね』


呆れながらも宇津宮は苦笑する。


「そゆこと。さすが啓くん」


『出来れば先に連絡していただけばこちらで用意したものを……』


「はは、面倒くさいからね。それにしても宇津宮グループか。景気良さそうだね?」


莉亜はキーボードを叩いて画面を見る。


『生前のあなた程ではないですよ。なかなか上手く進まないこともありますし』


「でも悪評を流してまで欲しい物件かなぁ」


『……勝手にハッキングしないでください』


宇津宮を無視して情報を漁る莉亜。

宇津宮もそれで止めるとは全く思っていない。


「えーと?喫茶店“河岸川”ねぇ。子供のほうは随分と酷いいじめにあってるね。いつか自殺するんじゃない?」


どうでも良さそうに情報を眺める莉亜。

宇津宮は軽く笑って莉亜に問いかける。


『そのほうが話が早く進む……あなたも同じ考えでしょう?』


「まぁね。ま、頑張って僕の資産を増やしといてよ」


『ええ、何かあればまた連絡してください』


「はいはい。じゃあね」


莉亜は電話を切って再びキーボードを叩き始めた。





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