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Dream Circulation  作者: 深雪林檎
一章 春日井莉亜
12/20

11 現実そして苦渋



ピリピリピリピリピリピリッ♪


「ふわぁ」


携帯が大きな音を鳴らして着信を知らせる。

持ち主は布団にくるまったまま手を伸ばして携帯を掴み、すぐに手を引っ込める。



「もしもし、五十嵐くん?」


『ああ、おはよう春日井。起こしたかな?』


「ううん大丈夫。今起きるところだったから……ふわぁ」


布団の中で丸くなりながら莉亜は大きく欠伸をする。


『春日井の方は大丈夫だったか?』


「うん、何とか。五十嵐くんも大丈夫そうだね。なんか質問してたみたいだし」


『あ、聞こえてたのか』


「うん。どこにいるかは分からなかったけどね」


『そっか。長谷川の方にも電話掛けたけど大丈夫だったみたいだ』


「そう。良かった」


『うん、俺の方は朝練があるから、また昼休みに集まろう』


「分かったよ。じゃあまた学校で」


『ああ、それじゃ』


携帯から電子音が流れて、相変わらず布団にくるまったまま莉亜は携帯を閉じる。


眠りの神(ヒュプノス)としてはまだ寝たかったんだけどなぁ」


時刻は7時過ぎで、莉亜がいつも起きる時間より少し早い。

それでも莉亜は布団から這い出て、起きる事にした。



---ゾクッ



「っ!?……何か悪寒が。……うわ、嫌な事思い出した。早く学校行く準備しよ」


莉亜は腕をさすりながら部屋を出て行った。







--------------------------------------






「セロッ!」


「「「「…………」」」」


昼休み、鈴の声が教室に響きわたり、クラスメートたちが苦笑する。


「鈴、アンタ大丈夫?」

「鈴ちゃん保健室連れて行こうか?」

「そんな長谷川さんも大好kへぶっ!?」

「うるせえよ鈴木!」


クラスメートが口々に鈴に話し掛けて、元の会話に戻る。

当の鈴は脳天気に笑っていた。


「おっかしいなぁ~」


鈴が首を傾げて不思議がって呟く。


「うん、確かに可笑しいね鈴は」


「俺もちょっと否定できる自信が無くなってきたな」


「ありがとう莉亜ちゃん、組長」


「「…………」」


にっこりと笑う鈴に、二人は呆れて言葉を失う。

静夜は咳払いを一つして話を始める。


「俺はサクっていう男の子と倒したけど、二人はベルビディアを倒したのか?」


「うん、近くに【leaf】(リーフ)っていうカッコイい女の子がいてね、一緒に倒したよ」


「僕も【citron】(シトロン)ていう女性に拉致……誘われて倒したよ」


静夜と問いに答える鈴と莉亜。

莉亜の言葉に静夜は気になったものの、時間もそんなに無いため進める事にした。


「そっか、じゃあ武器は?俺は最初は“一心”ていう日本刀に、“五常”ていう五本の小太刀だったけど」


静夜は左手の甲を見ながら二人に訊く。

現実世界には刻印は現れていない。


「私は“礼記射義”(らいきしゃぎ)って言う綺麗な弓でね、後からは“八節”(はっせつ)ていう空を歩ける足袋が貰えたよっ。早く使ってみたいなぁ」


鈴は嬉しそうに話し出す。

“礼記射義”とは孔子の「礼記」という礼儀の教えの本の中にある言葉で、かなり簡単に言えば心や精神の正しい在り方を諭す言葉で、弓道で広く使われている。

また“八節”とは一本の矢を射る7つの過程を表した“七道”に「残心」を加えたものである。


「僕は“durindana”(ドゥリンダナ)って言う長剣だったよ。切れ味は良いんだけど長くて使いづらくて。それから“十二騎士”(パラディン)って言う12本の短剣。正直使いきれないよ」


莉亜は顔をしかめて言う。

“durindana”はイタリア語で、フランス語では“durandal”(デュランダル)という“不滅の刃”を意するロングソードの事。

フランスの叙事詩・『ローランの歌』において絶大な切れ味を誇るそれのイタリア語での言葉は、さすがに静夜と鈴には知られてなかった。

ちなみに莉亜の“パラディン”の一本一本の銘は“オルランドゥ”“オリヴィエ”“チュルパン”“リナルド”“リッチャルデット”“アストルフォ”“ワルター”“ボルドウィン”“アヴィノ”“アヴィリオ”“サンソネット”“ベンリンゲリ”でそれぞれ形状が違う。


「今日から本番って言ってたけど、どうなるのかな?」


「さあ?ろくな事をしないような気がするけど」


莉亜の疑問に静夜は顔を曇らせる。

ヒュプノスは現実世界に影響が無いとは言っていたが、あまりに酷いゲームだと思っているからだ。

サクみたいな子にも、生きるために自分の手で殺生を強いるようなゲームに憤っていた。

静夜が考えていると、そういえばと鈴が声をあげる。


「組長と莉亜ちゃn「ちゃんつけるな」て名前どんなのにしたの?」


「ああ、俺は【night】だよ。静夜の夜を英語にしただけ。長谷川は?」


「私も。鈴を英語で【bell】(ベル)。莉亜ちゃんは?」


相変わらずちゃん付けする鈴をちょっと睨みながら莉亜も答える。


「だからちゃんつけるなって。僕は【air】(エア)だよ。反対から呼んだら【ria】だしエアと莉亜と似てるし」


「なるほど」


静夜は納得する。

莉亜の名前が一番ひねりあるものに思えた。


「みんなで一緒に行動できたら良いねっ。あ、でもリーフとも一緒が良いな。連れてきても良い?」


「ああ、俺もサクって子を放っとけないから。春日井もシトロンって人と一緒にいたんだよな?今日はその6人で集まれたら集まらないか?」


「集まるのは全然良いんだけど……ね。ただあの人がちょっと……」


莉亜がどこか遠くを眺めるような眼をする。



“なんで僕があんな目に……”



“春日井……何があったんだろう”



“今日も楽しみだなぁ”



三者三様の考えのまま昼休みが終わった。






--------------------------------------





---トン、トン、トン



しっかりとした造りの高級そうな扉がノックされ、その音で部屋の主が目を覚ます。


「ん……」


柚希は広く豪華な部屋に置かれたベッドの上で体を起こす。

長い金髪の髪に整った顔立ち、豊満な胸にモデルのような体つき。下着にシャツを羽織っただけ、しかもボタンを一つもとめていないその姿は、男子が見ると即座に劣情を催すだろう。

実際、宇津宮柚希(うつみやゆずき)は学校中で憧れの的であり、一部の男子は妄想の中で夜な夜なお世話になっている。


『柚希様、入りますよ?』


一言断ってから羽哉が部屋の中に入る。

宇津宮家の女中でありながら、フリフリしたメイド服ではなく、ビシッとした執事服を1人着込む阿波野羽哉(あわのわかな)

ボーイッシュながらも美形な顔立ちで、学校では男子よりも女子に圧倒的な人気がある。


「柚希様、大丈夫でしたか?」


羽哉が心配そうに柚希に近付く。


「………じゃないわ」


「はい?」


柚希が呟くが、聞き取れなかでた羽哉は聞き返す。


「大丈夫じゃないわ!せっかくあんなに可愛い男の娘に出逢えたのにっ!」


「…………もう学校に登校なさる準備をされないと」


羽哉は聞かなかった事にして、柚希の支度を手伝い始める。

柚希の一番の欠点がこれである。


“柚希様……そんなに男の子が良いんですか……”


羽哉は手を動かしながら心の中で嘆く。

正確に言えば“男の子”ではなく“男の娘”である。

羽哉にとって、理解出来ないそれはどちらでも変わりはなかった。



「……今日はお父様はお帰りにならないの?」


ひとしきり(20分程)男の娘について恍惚の表情で語っていた柚希がようやく元に戻り、羽哉に訊く。


「そのようです」


「ふーん……」


柚希が残念そうな顔をするのを見て、羽哉は表情を暗くする。


“柚希様……”


宇津宮グループ取締役社長・宇津宮啓二の一人娘である柚希。

表向きは環境保護や慈善活動、省エネなどの今日問題になっていることや福祉的な貢献も行っている宇津宮グループ。

全国的に支持が厚く、知らない人はほとんどいない大企業。

その実、裏でどんな事をしているかは柚希は知らない。


「ま、いいわ。はぁ~、それにしてもエアちゃん可愛かったなぁ。次会えたら……ふふふ、ふふふふ」


“っ!?またおかしくなられた!”






--------------------------------------






「ただいま」


静夜は玄関に入って声をあげる。

部活の稽古で声が枯れたはずだが、不思議と大きな声が出た。


「静夜か」


「あ、父さん。今日は早いんだ」


静夜が居間に入ると、疲れきった様子で父・真也(まさや)がソファに座り込んでいた。


「ああ、たまには早く帰れって言われてな」


「そうした方がいい。働き過ぎだよ父さんは」


静夜はため息をついて真也に言う。

真也は生真面目で努力家であり、捜査官としての誇りを持っているため、どんな事であろうと我が身を削ってまで解決に導こうとする。


「お前も捜査官を目指すなら今の内に覚悟しておくんだな。決して楽な道ではない」


「ああ、分かってる。けど、本当に無茶はしないでくれ」


父を心配しつつも、誇りに思っている静夜もまた捜査官を目指していた。

静夜は苦笑する真也を見てまたため息をついて、二階の自室に向かっていった。




「……神楽坂近似に宇津宮啓二、か。」


真也はそう呟きながら、背もたれに深くもたれ掛かって目を閉じた。




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