36話。魔王の力を100%発揮する
ヘレナが驚愕に息を飲んでいる。
私はその隙に、拘束されたユリシアの鎖を魔剣で、断ち切った。
「アンジェラ様、その赤い瞳は……」
支え起こしたユリシアが、私の変化に気付く。
だけど、その表情に恐怖は無いわ。代わりに腑に落ちたというような静かな驚きがあった。
「騙していて、ごめんなさい。私は【水の聖女】じゃなくて、魔王なのよ」
覚悟を決めていた私は、恐れることなく真実を告げる。
「バカな……! 魔王がなぜ、人間を助けるようなマネを!?」
ヘレナが理解不能といった声を上げる。
私は構わず、ユリシアに語りかけた。
「私の目的は、死の淵にいるお父様を──大魔王を復活させることよ。そのために、四聖女の力が必要なの。【エリクサー】で人々の病気を治していたのは、その計画の一環ね。奴隷にした人間にお給料を払わなくちゃいけなかったから」
「アンジェラ様、お給料とは……? 奴隷にお金を払うのですか?」
なぜか、ユリシアはきょとんとしていた。
「えっ? 私のために働いてくれたのなら、お給料を出すのは当然でしょう? 配下に繁栄と幸福を約束してあげるのが、偉大なる支配者──悪のカリスマの務めだわ」
「……その配下というのは、ロイド様たちのことですよね?」
「そうよ。あっ、ロイドたちは全員無事だから、安心して。みんなユリシアに感謝していたわ」
きっと、ユリシアも心配しているんじゃないかと思って、教えてあげた。
「私からもお礼を言わせてちょうだい。ロイドたちを庇ってくれて、ありがとう」
もし、配下の誰か一人でも死んでいたら、私の悪のカリスマとしての名誉に傷がつくし、なにより寝覚めが悪かった。
「……なるほど。わかりましたわ。やっぱり、アンジェラ様は、アンジェラ様なのですね」
するとユリシアは、花が綻ぶように微笑んだ。
「ロイド様たちは、わたくしのために命がけで戦ってくださって……みんな、アンジェラ様の配下であること、ロイド商会の仕事に誇りを持っておいでのようでした」
「ロイドたちは薄給なのに、よくがんばってくれているわ。私の大事な配下よ」
私は腕組みをして、ウンウンと頷いた。
ここまでがんばってくれたのなら、今度、お給料アップも考えなくちゃね。
「アンジェラ様は、正体が露見することも厭わずレオン様のお命を救ってくださいました。あの時から、ずっと考えていたのです、アンジェラ様のことを……」
「まっ、まぁ。レオンに目の前で死なれたら気分が悪いし、ユリシアが悲しむ顔は見たくなかったからね」
ユリシアに見つめられて、私は照れ隠しで頬をかいた。
「……あなた様は魔王でありながら、人間よりもずっと、善なる心を持っていらっしゃるのですね。目の前で誰かが苦しんでいたら手を差し伸べ、人間と魔族の分け隔てなく慈しみ、幸福に導く。まさに、わたくしの理想である聖女の在り方ですわ」
「えっ、聖女? ……そ、そうかしら? 私は大魔王復活だけじゃなく、私に敵対した人間をことごとく奴隷にする【人類奴隷化計画】っていう、邪悪な計画を推し進めているんだけど?」
私の驚愕をよそに、ユリシアは聡明な光を宿した瞳で、問いかけた。
「一つお尋ねします。アンジェラ様のその計画で『奴隷』とした人々を、どのように扱うおつもりなのでしょうか? ロイド様たちのように、繁栄と幸福が約束されるのですか?」
「もちろん、配下たちみんなから『魔王様、スゴイ!』って崇拝されなくちゃ、悪のカリスマとは言えないわ。私の支配下に入ったのなら、誰であろうと、今までより、ずっと良い生活を約束してあげるわよ!」
ユリシアは驚きに目を大きく見開いた。
繁栄と幸福の約束は、魔王が人間を悪へと堕落させるための常套手段よね。
「ずっと良い生活とは、具体的には、どのようなモノでしょうか?」
「……そうね。少なくとも、飢えと病気の無い生活、ここは最低ラインね。あと、魔物や魔族から、襲われないことも保障してあげるわ!」
それ以上となると、難しいかも知れないけど、このラインなら、なんとかなるでしょう。
敵を懐柔するために『世界の半分をやろう』とか言う気前の良い魔王もいるけど、さすがに現実的じゃないし、嘘は言えないわ。
口に出したことは、ちゃんと守るのが、悪のカリスマだものね。
「民を飢えと病気から解放するですって……! そ、そんな王は!」
なぜかヘレナが驚愕に震えていた。
「しかも、魔物や魔族から襲われなくするとは……その意味するところは、人と魔族の共存! 真なる平和を、貴様は目指しているとでも言いたのか!?」
「アンジェラ様、心から尊敬いたします。なんと、壮大なる理想……! あなた様こそ、誰よりも高潔なる王にして、真なる聖女です」
「へ……っ?」
2人の予想外過ぎる反応に、私は硬直した。
ええっと、私の考えていることは、人と魔族の共存なんて大袈裟なものじゃなくて、配下同士が争っていたら、魔王としてビシッと言って止めなくちゃって、感じなんだけど?
『魔王様の御前であるぞ、控えよ』と、腹心に言わせて、『ハハァ!』と、それまで争っていた配下たちが、魔族、人間関係無しに全員平伏するところが見れたら、楽しいなぁって。
……それなのに、高潔なる王にして、真なる聖女というのは、訳がわからないわ。
「ディルムッド陛下をはじめとした王たちは、民の安寧よりも、自分たちの栄華を求めてきました。それ故に、魔王の侵攻が無かったこの200年間は、同じ人間同士で醜い戦争を繰り返して……アンジェラ様が、もし人々の上に立たれるなら。この世界は間違いなくより良い方向に向かうでしょう」
「そ、そうかしら……?」
「はい、間違いなく」
ユリシアは断言した。予想外過ぎる返答だった。
ううんと、つまりこれは……ユリシアが私の悪の美学を理解し、肯定してくたってこと?
しばらく呆気に取られていたけど、じわじわと、心に喜びが溢れてくる。
私は思い切って、尋ねてみた。
「……な、なら、ユリシアは私の友達になってくれる?」
「はい、喜んで。もとより、わたくしたちはお友達ですもの」
どひゃああッ! こんなことって、ありえるの!?
私は思わずユリシアの手を掴んで頼んだ。
「ユリシア、あなたには、私の大好きなお父様の……大魔王復活を手伝ってもらいたいのだけど、お願いできるかしら? それが、私の一番の望みなのよ!」
「もちろんです。アンジェラ様、それで人間と魔族の永劫の争いが終わるのなら」
「ほ、ほほほ……ホントに!?」
私は天まで舞い上がりそうになった。
「ワイズおじちゃん聞いて! ユリシアが闇落ちして、大魔王復活に手を貸してくれるって!」
喜びのあまり、通信魔導具ごしに、ワインおじちゃんに報告する。
『お見事でございますアンジェラ様! 大魔王様復活が叶えば、多くの魔族が人間との共存に前向きになりましょうぞ!』
なんと、四天王筆頭のワイズおじちゃんが絶賛してくれた。
「やったぁああ! 悪を貫いて本当に良かったわ!」
「まさか、魔王でありながら、これどまでに善なる心を持つ者がいるなんて……!」
私たちが盛り上がっている一方、ヘレナだけが、信じられないといった顔で立ち尽くしていた。
「お、お前は、支配する者の頂点でありながら、なぜ、底辺の者の幸福のために動こうとするの!? なぜ搾取し、踏み付けようとしない!?」
ふっ、どうやらヘレナには、悪の美学が理解できないようね。
三流の悪役が、悪のカリスマである私の考えに触れれば、動揺するのも無理はないわ。
「答えなさい、魔王アンジェラ! 貴様は、どうして、そうまで高潔でいられる!?」
「ふん! そんなの決まっているでしょ、カッコイイからよ!」
私は、堂々と胸を張って答えた。
「か、カッコイイですって……?」
「そうよ。配下を搾取し、踏み付けになんてしたら、『うわぁあああっ、魔王様、カッコイイ! 一生付いていきます!』って、配下にお目々キラキラで慕ってもらえないでしょう? そんなの何が楽しいの?」
私は指をビシっと突き付けて、この世の真理を教えてあげることにした。
「悪たる者、格好良く生きなれはば、何の価値も無いわ! 良いこと? 他人から奪うだけの三流の悪役は、物語の序盤で退場させられるのがオチなの! 私の漫画を読んで、一流の悪とは何なのか!? 勉強しなさい! 一冊貸してあげるから!」
「す、素敵ですアンジェラ様! 気高く生きることこそ、人の目指すべき道なのですね!」
「うん……?」
隣でユリシアが、何か壮大な勘違いをしている気がするけれど……今はそれどころじゃないわ。
ヘレナが癇癪を起こしていた。
「お、おのれ、この私が三流ですって!? 貴様の言っていることは、何一つ、何一つ、理解できないわ!」
ヘレナは風の最上級魔法【風の暴帝】を撃ってきた。
廃城が内側から崩壊するほどの暴風が、私とユリシアに襲い掛かる。
「今度こそ、バラバラに斬り刻んでやる!」
「無駄よ」
私は【絶対零度剣】を振るって、その暴風を掻き消す。
「はっ? な、な、何……?」
ヘレナは心底驚き、目を瞬いた。
「残念ね。赤眼に戻った今の私は、魔王としての力を100%振るえるのよ」
その上、ここまで移動するのに飛竜を使って、十分に休息を取り、魔力を回復したしね。私を罠に嵌めたつもりでしょうけど、逆効果だったわね。
「この魔王アンジェラは、最強にして絶対悪! さあ、複合聖女ヘレナ、あなたに真の悪の力を見せてあげるわ!」
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