24話。賢狼ワイズに勘違いされ、ますます尊敬される
「アンジェラ様。おくつろぎのところ、申し訳ありませんが、大事なお話がございますぞ」
水の聖女のために用意された、キンキラキンな調度品に囲まれた豪華な部屋。ようやく人心地ついてソファに沈み込んだ私の耳に、通信魔導具の水晶玉から、ワイズおじちゃんの声が届いた。
「ふう、何……? おじちゃん」
私は、部屋に届けられたお菓子を摘みながら応える。
「そこは敵地のド真ん中。このワシが昼夜問わず通信を繫いで聞き耳を立て、アンジェラ様を見守り申し上げますが、よろしいですかな? もし、危険が迫れば、【狼吼】で援護いたしますぞ」
「あっ、なるほど。音波攻撃なら通信越しに放ってるって訳ね。もちろんいいわよ」
【狼吼】は、耳にした人間を数秒間、動けなくする効果がある賢狼ワイズの特殊な雄叫びよ。
この部屋の周囲は、【水の聖女】に忠誠を誓う聖騎士たちが、がっちり鉄壁のガードを敷いてくれているけど。彼らの中に、私を殺そうとするヘレナの手下がいないとも限らないわ。
「夜行性のワイズおじちゃんが、私が寝ている間も見守ってくれているなら、安心ね!」
「はっ! しかし、これを放てば、アンジェラ様がワシ──すなわち魔族と繋がっていると露見しますので、最後の切り札となります。ワシが緊急事態と判断した時か、アンジェラ様のご命令があるまで、使用はいたしません。もし、寝込みを襲われるようなことがあれば、まずは大きな音を立ててお知らせしますぞ」
「そうね。昼間みたいに、おじちゃんの声で私をピンチに陥れることだけは勘弁してね?」
「はっ!」
ふふっ、ワイズおじちゃんってば、やっぱり頼りになるわね。
それにしても、うん、このクッキーってば、美味しい! なんか、ピリリと舌が痺れるような刺激があって、癖になるわ。
もっとたくさん用意してもらって、魔王城に持って帰ろうと。
「それともう一つ、大地の聖女ユリシアから、友達になりたいとの提案をお受けしておりましたが」
「え、えっと……ユリシアと友達になったのは……!」
私はどう説明したものかと、言葉を濁した。
さすがに魔王が、聖女と友達になったりしたら、四天王からは怒られるわよね。
漫画を楽しむ心を持った陰キャ仲間だから、思わず絆されてしまったなんて言っても、きっと理解してもらえないだろうし……
「素晴らしい! 実に素晴らしかったですぞアンジェラ様!」
「……はい?」
「レオン王子と【大地の聖女】を懐柔して、勇者王を討つ計画は、これ以上なく順調でごさいますな! このワイズ、あのお小さかったアンジェラ様のご成長ぶりに、うぐぉおおッ! か、感涙にむせんでおりますぞぉおおッ!」
ワイズおじちゃんは、感動に打ち震えている様だった。
彼にとって、私は孫娘みたいなもののようね。
「へっ……? あ、うんうん! その通りよ! さすがはおじちゃん、お見通しってわけね!」
何かうまいことワイズおじちゃんは勘違いしてくれているみたいだったので、全力で乗っかることにする。
「おおっ、なんとも頼もしい! ところで、昼間、アンジェラ様を襲ったヘレナの手下どもですが……身体能力が異常に高く、使用していた魔導具のマントも見たことのない特殊な品。明らかに、ただの人間ではございませぬ。もしかすると……かの秘密結社【薔薇十字団】の関係者やも知れませぬぞ」
「……【薔薇十字団】?」
聞き慣れない単語に、思わず首をひねる。
私の大好きなゲーム【ルーンブレイド】の本編には、そんな組織は出てこなかったはず……
「あっ!」
記憶を漁っていた私は思わず手を叩いた。
続編の敵として登場する悪の組織が、確かそんな名前じゃなかったかしら?
「……確か、この世界を裏から支配しようと暗躍している錬金術師の集団?」
Web検索したら、公式サイトに情報が出ていたわ。
当時は「ふ〜ん、また物騒な敵が出てくるのね」くらいにしか思ってなかったけど、まさかこの世界で遭遇しちゃったってこと……?
続編はかなり気になっていたんだけど、発売ははるか先だったし、結局、その内容については、ほんの触り程度しか知らないのよね。
「おおっ、お耳にされたことがございましたか!? さすがはアンジェラ様! 奴らは、聖女の力について、長年、研究しておるようですが……その痕跡を巧妙に隠しており、このワシめも、全容は掴めておりませぬ」
「ふうん? もしかすると、【火の聖女】ではなくなったヘレナが、ユリシアを圧倒する炎魔法を放てたのは、【薔薇十字団】のおかげかもね」
捕らえた殺し屋の一人に奴隷契約を強要したら、彼はここ数年の記憶をごっそり失ってしまったようで、何も聞き出せなかったわ。
これには驚いたけど、【薔薇十字団】が背後で糸を引いているなら、納得できる。記憶操作なんて、悪の組織のお家芸だものね。
「それは有り得ますな。ヘレナが勇者王に取り入り、ヘレナ商会を作って私腹を肥やしていたのは、【薔薇十字団】に資金を流すためだったのやも知れませぬ」
ワイズおじちゃんが、驚きの推理を口にする。
「ヘレナには【風の聖女】を暗殺したという黒い噂がございましたが……その【風の聖女】の墓が暴かれ、死体が無くなっていたそうです。毒殺の証拠を隠蔽するためだと思われておりましたが、もしかすると、【風の聖女】の遺体を、【薔薇十字団】の研究のために提供したのではないかと?」
「あっ、それ、すごくあり得るわ! 点と点が線で繋がった感じがする!」
いかにも、ゲームで有りそうな裏設定だった。
「無論、憶測に過ぎませんが……【薔薇十字団】が、もし本当に勇者王とヘレナの背後に控えているとするならば、アンジェラ様、いかがいたしましょうか?」
「ふんっ! 決まっているじゃないの!」
私は不敵な笑みを浮かべ、胸を張って宣言した。
「この私に敵対した愚か者は、どこの誰だろうとも完膚無きまでに叩き潰す! それが悪の美学にして、我が覇道よ!」
「おおおお……っ!」
「なにより、世界を裏からコソコソ支配しようとしているのが気に入らないわ! この魔王アンジェラこそ、最強にして至高なる絶対悪! この私を差し置いて世界征服なんて、ちゃんちゃらおかしいわ!」
「さすがはアンジェラ様! それこそまさに魔王にふさわしき覇道! ははーっ! 引き続き、あの殺し屋どもの監視を全力で続けまする!」
ワイズおじちゃんは、感嘆の声で応えた。
私は密かに闘志を燃やしていた。
ゲームの続編の敵ってのは、初代の敵より強大で、スケールアップしているのがお約束……
私は、あの勇者王とヘレナだけでなく、おそらくその背後で糸を引いているであろう、胡散臭さ満点の【薔薇十字団】をもまとめて叩き潰すことを決意した。
私こそが、「最強にして至高なる絶対悪」であると、証明するために!
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