27話 刻まれた誓いを
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「……顔を上げなさい、タマモ」
凛とした声が耳朶を打った。
主を失い誰もが嘆き悲しむなか、黒髪の美しい女性が立ち上がる。
「いえ。タマモだけではありません。立ち上がりなさい、同胞たちよ。我が契約者様への忠誠が、滅びの獣たる誇りが、まだその胸に残っているのであれば」
「で、ですけど、■■様。ご主人様は……」
私を支えてくれていた姉のひとりが、滅びの獣としては珍しいおっとりとした顔に困惑を浮かべた。
緑色の豊かな髪が、内心を表すように細かく震える。
彼女の若草色の目には、どうしようもない悲しみと諦念が宿っていた。
私が抱いているのと同じ、いや、この場の誰もが抱えているのと同じものだ。
けれど、黒髪を揺らして首を振ると、断固とした口調で■■様は私の言葉を否定したのだった。
「契約者様は失われていないわ」
その姿はボロボロだった。
それはそうだ。
卑劣な罠によって、私たち滅びの獣の大半は最終戦争において主様のそばにいることさえできなかった。
随伴できたのは、わずかに第一、二、三の柱たちのみ。
そのひとりが彼女であり、帰ってきたのも彼女だけだった。
美しかった髪も、玉のようだった肌も、しなやかな手足もズタズタに傷つけられて、血と泥に汚れていた。
にもかかわらず、彼女は美しかった。
何者よりも輝いていた。
「守り切れなかったのなら、また守ればいい。失われたのであれば、取り戻せばいい。我ら世界を滅ぼす獣なれば、この世の摂理のひとつふたつ捻じ曲げられぬ道理もありません。生と死の境を侵し、冥界を蹂躙してでも取り戻しましょう。そして、契約者様が転生された、そのときこそは――」
存在そのものを砕かれかけてなお、壊れた彼女は宣言する。
「――今度こそ、守るべきものを守りましょう」
それは、誓い。
侵されざるもの。
だから、私は。
私たちは――。
***
「――ああ。そうでした」
思い出した。
詳しいことは忘れてしまったけれど、思い出せることはある。
心に刻み付けたものはある。
あのとき、私たちは誓ったのだ。
今度こそ守り抜くのだと。
なのに、私は――なにをしている?
動揺なんてしてる暇はない。
毒ごときで膝を屈してなどいられない。
獣たるの誇りにかけて、立ち上がらなければ。
私には、やるべきことがあるのだから。
「すみません。エステルさん、治療はのちほど」
そう告げると、彼女は安心したように笑って目を閉じた。
それでいいのだと。
「大した娘ですね」
意識を失ってしまったけれど、その寸前まで気丈にふるまっていた。
おかげで大切なことを思い出せた。
まさか世界に終末をももたらす獣たる誇りを、人間に思い出させられるなんて思わなかった。
「さすがは主様の宝石と言ったところでしょうか」
主様を除けば最高の敬意をこめて彼女を寝かせると、私は武器を拾って立ち上がった。
守るべきもののために。




