8話 ひとやすみ
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オーガを倒したことで、当面の安全が手に入った。
となれば、いろいろとタマモから聞き出したくなる。
万魔殿とはなんなのか。
滅びの獣とはなんなのか。
自分はなんなのか。
しかし、彼女のほうから先に提案があった。
「お話し合いをするのは大賛成ですけれども、治療をしながらといたしませんか。主様が負傷しているのを、これ以上、そのままにしているわけにはいきませんので」
もっともな話だった。
と言っても、できる治療はたかが知れている。
僕の左腕は完全に壊れている。
携帯している下級回復薬では焼け石に水だ。
というか、町に戻ったところで、僕に支払えるレベルの治療では後遺症は避けられないだろう。
下手をすれば、切り落とす羽目になるかもしれない。
まあ、覚悟していたことではある。
それでも、痛み止めや気付けの応急処置をしておけば気休めにはなる。
そう考えていたのだが、タマモの提案は違っていた。
「回復魔法まで使えるんだ?」
「乙女のたしなみ程度ですが」
オーガを一蹴した力から純粋な前衛だとあたりをつけていたので、驚きだった。
彼女が魔法を使えるとなれば、話はまったく変わってくる。
たしなみ程度――乙女の、はよくわからないけれど――なんて謙遜しているものの、タマモが使ってみせたのは中級回復魔法だった。
中堅冒険者である鋼鉄級冒険者の神官エドワードが使えたのが、初級回復魔法と下級回復魔法までだと言えば、どれだけすごいかわかるだろう。
上級冒険者クラスでないと、このレベルの魔法は使えない。
街で同じ治療を受けようとすれば、目が飛び出るような費用がかかることだろう。
「近接戦闘に寄った神官戦士ってとこ?」
近接戦闘と回復魔法の両方を使えるのが神官戦士だ。
自分では割と妥当なところだと思ったのだけれど、タマモはおかしそうに噴き出した。
「あはは。なにをおっしゃいますか。私たち滅びの獣が、神に祈るわけないじゃないですか。変な主様ですねー。巫師というならわかりますけれど」
ちなみに、巫師もやや補助系に寄っているけれど、同じく回復魔法が使える。
回復魔法の輝きを手に宿したタマモが、こちらをまじまじと眺めてきた。
「にしても、主様は本当に覚えていらっしゃらないのですねえ」
「ごめん」
当然、かつての自分は彼女が回復魔法を使えることを知っていたはずだ。
親しい知り合いのことを覚えていないというのは、それが仕方ないことであっても、なんだかひどく申し訳ない気持ちになる。
「なるべく早く思い出すから」
「いえいえ。お気になさらず」
ただ、当のタマモはさほど気にした様子もなく、むしろ少し嬉しげにしていた。
「私は主様に教えていただいてばかりでしたので。こういう逆の機会は嬉しいです」
「そうなの?」
覚えていないので、それが本当なのか彼女が気を遣っているのかわからない。
けれど、どうやら表情を見る限り、本当のことのようだ。
「ええ。私は、滅びの獣の第十柱。末の娘でしたから」
「滅びの獣か。それが、僕が契約を交わしていた存在だったよね」
「そうです。それでは、まずそこからお話をいたしましょうか」
嬉しいという言葉は本当だったようで、弾んだ声でタマモは答えてくれた。
「滅びの獣は、世界を滅ぼす真性の怪物です。その力はまさに強力無比。それぞれが千の魔なるモノどもを従えて、単独で世界を滅ぼすほどの力を持っていました。そして! それを調伏されたのが主様なのです! ちなみに、最後に調伏されたのが私ですね」
「なるほど。それで、末の娘なんだ?」
「はい。なので、兄様や姉様方に邪魔されずに主様を独占できる機会は貴重なので、とってもハッピーです」
えへへとタマモは表情を笑み崩れさせると、僕の手を握ってきた。
滑らかな肌と少女の体温が手を包み込んでくる。
思わず、ドキリとしてしまった。
タマモは本当に綺麗なので、仕方のないことではあるのだけれど。
……どうやら現在の僕は、自意識については現世の少年のまま、感性や常識については前世寄りになっているらしい。
この世界で湧出してから17年間。
男女の概念が決定的に違う世界で生きてきたせいで、この手の感覚とは縁がない。
ただ手を繋がれているだけなのに、なんだか妙に気恥ずかしい。
……って、あれ?
そういえば、さっきからこんなふうに、手を握られてドキドキできているけれど。
左手にさわられているのに、あの酷い痛みがない。
もう治っている。
さすがは上級冒険者クラスの回復魔法。
ある程度の時間をかければ、あのレベルの負傷を治すこともできるらしい。
感心する僕の手をにぎにぎしつつ、タマモが言った。
「あと、主様がお若いのもポイント高いです。いえ。歳の差萌えも私としてはありですけども」
「前はけっこう歳が離れていたんだ?」
後半はよくわからなかったので、わかる前半について尋ねる。
そういえば、記憶のなかのわたしはむしろ彼女を娘のように扱っていたような気がする。
タマモがこくこく頷いた。
「ええ。別にご老人というわけではなかったのですが、主様は長い年月を生きていらっしゃいましたので。そもそも、半分骨でしたし」
「え!? 僕、半分骨だったの!?」
「禁呪の影響だと聞いてます。詳しくは存じませんけれど、元は人間だったそうです」
割と衝撃の事実が発覚。
元は人間だったらしいけれど、それにしたって、なんだかちょっと微妙な気分だ。
「しかし、いまの主様は違います!」
と、タマモが握った手をそのままに熱弁した。
頬が赤く上気していて、なんだかとても可愛らしい。
「お年頃! しかも、生です!」
「生って」
食べ物じゃあないんだから。
まあ、確かに骨ではないけれど。
それに、自分の年齢的にも彼女を娘扱いする気にはならないのも確かだった。
とはいえ、だからなんだという話で……。
「とても重要な話です!」
「あ。うん」
前のめりの言葉に、少し圧倒されてしまった。
タマモ的に、これは重要なところらしい。
ぽっと染まった顔を押さえて、彼女は言った。
「ええ、ええ。ふたりの将来にとって、とても重要な。お姉様たちもいらっしゃいませんし、私の想いを妨げるものはありません」
「想い?」
首を傾げると、彼女は恥じらいつつも笑顔で答えた。
「はい。私は主様を、お慕い申し上げておりますので」




