17話 従者の戦い1
17
――『深層域の怪物』。
その単語に、聞き覚えがあった。
確かあれは、アレクシスさんの話だったか。
迷宮下層のなかでも、最高位冒険者である彼らでさえも到達できない領域のことを深層と言い、そこにいる怪物を『深層域の怪物』と呼ぶとかなんとか。
「つまりあれは、観測されている限り最強の迷宮モンスターということですか」
とんでもないものが出てきたものだ。
ほとんどそれは、カタチを取った死にも等しい。
とはいえ……それは、戦いを諦める理由にならないのだけれど。
「相手にとって不足なしと言ったところですか」
「な……っ、む、無謀です!」
薙刀をかまえて私が戦う意思を見せると、シャーロットさんが血相を変えた。
「あれは、当時のアレクですらかなわなかった敵! 人の手に余るモノです!」
「なのでしょうね。ですが、私にもひけぬ理由というものがありまして」
意見はごもっとも。
私自身の獣の価値観からしてみても、主様と彼の宝石だけでも守り抜くべく逃げるべき場面だ。
しかし、そうはできない理由があるのだった。
「死者さえでなかったこの状況は、あの方によって成し遂げられたものですもの。従者として、守り抜かねばなりません」
主の戦果を放り出して逃げるなど、もってのほかという話だ。
欲を言えば、私たちで敵を倒す。
それができなくとも、主様たちが意識を取り戻して逃げ出せるだけの時間を稼ぐ。
誰も殺させない。
秘していた力を全開にするとしても。
それこそがあのお方の御意思なのだから。
「まいりましょう。我らが力、ここに示すべきです」
***
最初に動いたのは、逆鉾様だった。
「――ッ!」
人間には聞き取れない雄たけびをあげると、『深層域の怪物』に対して猛然と駆け出したのだ。
もちろん、主様の危機以外では自律して動かない逆鉾様が、自分から攻撃をしかけるわけがない。
あれは主様が意識を失う前に、この状況に叩きつけた最後の攻撃だ。
すさまじい勢いで、鉾が叩きつけられる。
しかし、それはかざされた白い羽に受け止められた。
「――ッ!」
それを見こしていたように、一度は防がれた鉾がひるがえった。
一度で通じないなら何度でも。
繰り出されるのは荒々しい連打だ。
けして流麗とは言えない。
だが、そこには小手先の技術など粉砕する純然たる暴力が込められている。
一撃でオーガを吹き飛ばせる攻撃が、嵐のように叩き込まれるのだ。
その猛攻は、深層域の怪物でさえも、そのまま押し込んでいく。
攻勢防御とでもいうべきか、これでほかの人間たちが攻撃をされることはない。
とはいえ、逆鉾様と深層域の怪物ではいいとこ互角。
あれでは押さえ込むところまでだ。
撃破することはかなうまい。
私も手を貸して、押し込む必要がある――けれど。
それはまだできない。
もうひとり、謎の敵がいるからだ。
「あなたは、私に付き合っていただきます」
油断なく薙刀をかまえ、私はフードの人物に呼びかけた。




