14話 伸ばされた手
14
「それは……」
マリナさんからの突然の申し出にとまどっていると、横からポスンと軽いものが寄りかかってきた。
目を向けてみると、エステルがなんだか優しい目でこちらを見ていた。
彼女はコクリと頷くと、視線でうながしてくる。
自分の気持ちに素直になっていいのだと。
僕は笑いを返すと、改めて、もっと仲良くなりたいと言ってくれたマリナさんへと向き直った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これまで長いこと、エステルとふたりきりでやってきた。
パーティメンバーは他にいても、彼らは仲間とは到底言えない関係だった。
けれど、タマモと出会えて、逆鉾の君もいてくれて。
目の前の新しい『友人』が増えた。
冒険者としての階級を上がっていくだけじゃなく、世界が広がっているのを感じる。
これまで頑張ってきてよかった。
そんなふうに自分のこれまでを素直に認められたのは、エステルとの会話があればこそだろう。
「うん。よろしくね」
にっこり笑ったマリナさんが手を差し出してくる。
僕はその手を取ろうとして――。
――取ろうとした、その右腕が肘から吹き飛ぶのを目撃した。
「は?」
誰ひとり、油断してはいなかった。
こんなやりとりをしながらも、周囲への警戒は一切問題なく行っていたと断言できる。
ただ、あえて想定していないことをあげるとしたら――その攻撃がモンスターがやってくる未踏領域側の入口じゃなくて、『仮宿』側から放たれたものだったということくらいのものだろう。
想定していた側とは、逆からの攻撃。
それでも、直前には僕もマリナさんも反応していた。
繰り返すが、油断は一切なかったのだ。
回避のために動いていた。
ただ、上級冒険者の人並み外れた反射速度でさえ、その攻撃には間に合わなかっただけ。
悪夢じみた速度で襲いかかってきた斬線がマリナさんの肘を通過して、気持ち悪いくらいにあっさりと腕がもげた。
「アァ……ッ!?」
押し殺した悲鳴と、宙に飛ぶ女の子の腕。
赤い光景。
ただ、その行く末を見る余裕は誰もなく、全員が同じ方向を振り向いていた。
「――ッ!?」
バリケードの向こう側ではなくて、僕たちよりさらに『仮宿』の内側。
いつの間にか、そこにフードをかぶった人影がひとつ立っていたのだった。
そして、そのわきに真っ白な怪物がいた。
体はモンスターとしては、そう大きくない。
せいぜい体高2メートルほどだろう。
体はなんとなく人型に近く、のっぺりとした質感をしている。
ただ、人間の腕があるべき場所には、石膏で作った天使の羽のようなものが二対ずつ生えていた。
その一本が長く伸びて、マリナさんの腕を切断したのだった。
「……」
のどが干上がった。
まずい。
あれは、まずい。
そう直感したのは、多分、この場の全員だっただろう。
これまで出てきた下層モンスターなんて相手にもならない。
なにかしら対処の手段を打たなければ――このメンツであっても確実に死人が出る。
けれど、無慈悲にも怪物はすでに他の3本の羽腕を振り上げていて。
「――」
白い暴風が空間を吹き荒れた。




