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10話 駆ける仮宿

   10



 さっきの銀級冒険者(シルバー)たちがまだ近くにいたので、事情を説明してマーヴィンの身柄を預けたあと、すぐに僕たちは下層モンスターの討伐に動いた。


 ただ、ここでひとつ予想外のことがあった。


「パニックになってる……?」


 広い空間とはいえ、太刀打ちできない強力なモンスターが何体もうろつく密閉空間で、このあたりを狩り場にするメイン層である鋼鉄級冒険者(アイアン)たちが逃げ惑っていた。


 これは予想していなかった。


 経験もそれなりにある彼らは、ある程度は危機的状況に慣れているはずだ。

 なのに、どうして……。


「……いや。そっか。モンスターの侵攻が速過ぎたから」

「どういうこと?」


 同じく予想外といった顔をしていたエステルが尋ねてきたので、僕は思い当たったところを口にした。


「ほとんど防衛線が機能してなかったって、タマモが言ってたよね。そのせいで、もうモンスターは『仮宿』内に散らばってしまってる。だから、どこから入ってきたのかわからないんだ。当然、どちらに逃げればいいのかもわからない」


 それが、パニックの原因だ。


 自分自身ついこの間まで鋼鉄級冒険者(アイアン)だったから、自分ならどうするか考えてみれば割と想像はしやすかった。


「そんな……どうすればいい?」

「大丈夫。逆に言えば、適切な行動さえ示してやれば、自分たちでどうにかできるってことだから」


 周りが慌てていると浮き足立つものだけれど、パニックに釣られちゃいけない。


 冷静さを心がけて、答える。


「モンスターを撃破しつつ、声かけをしていこう」


 さいわい、僕たちは先にシャーロットさんたちと接触しているので、未踏領域方面からモンスターがやってきていることは知っている。

 下層モンスターを倒せるという点も含めて、この状況をどうにかできるのは自分たちしかいない。


「行こう」


 僕たちは壊されたテントが散乱するなか右往左往する冒険者をかわしながら、モンスターがいるだろう悲鳴と騒音のもとへと走った。


 見つけ次第、モンスターとの戦闘に入り、倒し終わればすぐに駆け出す。


 すれ違う冒険者には、かたっぱしから声をかけていく。


「敵は3番入り口から入ってきてる! それ以外の入口から逃げろ!」

「あ、ああ。わかった。ありがとう」


 地味に良かったのは、銀級冒険者(シルバー)に昇級していたことだ。


 ここにいるのは基本的には鋼鉄級冒険者(アイアン)ばかりだ。

 ひとつ上の階級の言葉は、それなりに説得力がある。


 大半は指示した方向に動いてくれた。


 そうするうちに、ひとつの流れが生まれ始める。

 多分だけれど、シャーロットさんたちもこの状況を確認して、似たような動きをしてるんじゃないだろうか。


 流れができてしまえば、僕たちが直接声をかけてない人たちも適切に動いてくれる。


 ここ『仮宿』から逃げ出してさえしまえば、あとはこの階層は彼らの普段の狩り場だ。

 上層に移動するなり、街に戻るなり、どうにでもできるはずだ。


 そうして30分ほどは駆け回っただろうか。


「喰らえ!」

「はぁあああッ!」


 大蟹のモンスターに僕が魔法をまとわせた杖で爆炎を叩き付け、そこにタマモが薙刀を振り下ろす。


 それで7体目に遭遇した下層モンスターが倒れて、僕たちは足をとめた。

 気付けば目に届く範囲に人の姿はなくなり、悲鳴も喧噪も聞こえなくなっていた。


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