21話 いまここにいる彼を
21
タマモさんはグレンのことを慕っている。
それは絶対に確かなことだ。
けれど、彼女の見ているものと現実との間には、微妙にずれがある。
「グレンには、万魔の王の記憶はないんだよ。万魔の王がどれだけ完璧な王様だったのか知らないけど、いまのグレンはグレンなんだ」
やがてすべての記憶を思い出し、かつての自分を取り戻すのだとしても。
それは、いまじゃない。
「私はグレンを知ってる。誰よりも知ってる。確かに、グレンはとても頑張り屋で、すごく格好よくて、素敵な人で、いつだって私のことを守ってくれる。でも、だからといって、完璧で完全な存在なんかじゃない」
足りないところを知っている。
およばないことを知っている。
だからこそ必死に成長しようとする姿を、好ましく思っている。
だから私は、タマモさんはわかっていないと言っているのだ。
「もちろん、グレンがかつての万魔の王だっていうのは否定しないよ。たとえ記憶の断絶があるとしても、過去の続きにいまがあることには変わりないもの。ただ、逆に言えば、過去がどうだとしても、いまのグレンのことを見ない理由にはならないでしょ。今回なら、タマモさんは最初からグレンに相談をしていればよかった。そうでなければ、最後まで隠し通すべきだった。そうすれば、グレンも気付けなかったなんて、自分を責めることはなかったんだから」
もちろん、普段であればグレンも気付いてあげられたかもしれない。
けれど、今回に限れば、彼にはその余裕がなかった。
エドワードたちとのむくわれない日々が原因で、タマモさんには失望されないようにと精一杯がんばっているところに、他人の気づかいを完璧にこなすなんてのは無茶ぶりもいいところだ。
それこそ、万魔の王とやらならできたのかもしれないけれど……。
少なくとも、タマモさんはそう思っていたから、弱みを隠しきることを徹底しなかったのだ。
「タマモさんは負担に気付いてほしかった。けど、気付いてもらえなかった。だから、甘えちゃったんだよね?」
「――ッ!」
タマモさんの顔が赤くなった。
やっぱり、わかりやすい。
図星と顔に書いてある。
ただ、頭が回るわりに幼い彼女は、逆に言えば、幼いところはあっても賢い。
逆上したりはしなかった。
「……私にいたらぬ点があったのは理解しました」
大きくため息をつくと、しなしなと尻尾がしおれた。
「悔しいですが、否定はできませんね。確かに、私はいまのあの方のことを見ていなかったかもしれません。だから甘えてしまったと」
途端に威圧感はなくなって、私は内心胸をなでおろす。
すねたような顔をしたタマモさんが、チロッとこちらをにらんできた。
「それで、エステルさんなら、主様をフォローできると?」
「これでも、私はグレンの幼なじみだからね」
私がふふんと胸を張れば、タマモさんはぐぬぬと悔しそうな顔をした。
実際、タマモさんは今回、私がグレンのことをフォローしているのを見ている。
そもそも、そのシーンを目撃したからこそ、ここで戻ったグレンじゃなくて、私のほうについてきたところもあるのだろう。
事実を否定はできない。
とはいえ、私だけが一方的に優位ってわけでもない。




