18話 幼なじみは呼び出す
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沈黙だけが返ってくる。
誰か見ていたら、馬鹿みたいだと思われてしまうような痛い行動だ。
だけど、私は待った。
彼女を。
「……どうして気付いたのですか?」
瞬きをする間に、目の前に綺麗なヒトが立っていた。
特徴的な単衣に身を包んだ美貌の狐人。
タマモさんだった。
私も中堅冒険者としてはそれなりにモンスターとの戦闘経験は積んできているのに、目の前に移動してくるのがほとんど見えなかった。
こちらに向けられる目には、にこやかでいながらも、ちょっとした驚きのふうがあった。
「まさか私の気配に気付くほど、高度な感知能力をお持ちとは思いませんでした」
「それこそまさかだよ」
きょとんとするタマモさんに、私は肩をすくめてみせた。
「気付いたわけじゃないよ。タマモさんなら来てるだろうなって、予想してただけ」
グレンは余裕がなくてそこまで頭が回らなかったようだけれど、タマモさんが私たちが出て行ったことに気付かないはずないのだ。
多分、タマモさんの性格なら、私たちを心配して追ってきてるはずだと思っていた。
今頃、グレイのほうには逆鉾の君のほうが行っているはずだ。
「あら。これは、引っかけられてしまいましたね」
タマモさんが苦笑をもらした。
「バレてしまったのはお恥ずかしいことですが、丁度良くもあります。お散歩はそろそろいいでしょう。帰りましょう、エステルさん。迷宮の異変のことがある以上、この『仮宿』でも万が一ということはありえますから」
彼女は本気で私の身を案じて、そう言ってくれているようだった。
これに限らず、日常のふとした場面でも彼女は私のことを気づかってくれている。
その態度に嘘はない。
だから申し訳ないと思いつつも、私は切り出した。
「ちょっとね。用事があるんだ」
「あら。そうなのですか。それではお供いたしましょう。ただ、なるべく早く済ませてくださいね。明日に差し支えますから」
「心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫だよ。お供してどこかに一緒に行く必要はないもの」
「ええと。といわれますと?」
「用事があるのはタマモさんにだから」
「私にですか?」
タマモさんがきょとんとした。
ただ、彼女は頭の回転が速い。
すぐに納得した顔になった。
「ああ。とすると、エステルさんは、そのためにお散歩を?」
「タマモさんと話をしたいと思ってね」
追いかけてくる彼女とふたりきりになるのを待って、声をかけたというわけだった。
実際、これまで私たちは同じパーティにいたけれど、こんなふうにふたりで語り合う機会を持ったことはない。
あくまで私たちの関係は――グレンを間に置いたものでしかなかったから。
「いいかな」
「もちろん、かまいません。エステルさんからのお話なら聞きますとも」
タマモさんはこころよく頷いて、耳を傾けてくれる姿勢を見せた。
のだけれど……。
私はかぶりを振った。
「違うよ、タマモさん。聞いてもらうだけじゃ困る」
「……はい?」
「私はタマモさんに話をしたいんじゃなくて、タマモさんと話をしたいんだよ」
「……」
タマモさんは少し考えてから、首を傾げた。
「同じことではありませんか」
「違うよ。わからない?」
「申し訳ありませんが」
だろうな、と思う。
……それでもかまわないのだろうな、とも。
だけど、私はそれじゃ困るから――困るとわかったから、踏み込むことにしたのだった。
「私はタマモさんのパーティメンバーだからね。ちゃんと向き合って話をするべきだって思ってる」
「しているではありませんか」
「してないよ。だって――」
大きく、踏み込む。
「タマモさん、私がなにを言ってもかまわないでしょ?」




