20-35 後の事を話し合いました
[ウィスタリア森林]の中心に建てられた、【十人十色】の拠点である[十色城]。そこに招かれた【天使の抱擁】の面々は、何とも言えない表情で心情を吐露していた。
「正直このまま、ずっと今みたいな状況が続くもんだと思い込んでいたよ……」
「俺もだわ……数カ月の間、ずっと風当たりが強い中でやっていたせいかな……?」
「アンヘルさんが戻って来た後も、守らなきゃ支えなきゃって気持ちでいっぱいだったしね……」
そう口にするのは、アンヘルを除くギルドメンバーの六人である。彼等と話をしているのは、ヒイロ・レンの【七色の橋】代表と、ジェミー・ミリアの【魔弾の射手】代表だ。
「あぁ……成程です。気付かなかったのは、精神力をゴリゴリ削られた結果でしたか……」
「まぁ第四回の初日で事が起きたし、屋外での戦闘や会話は観戦プレイヤーもみていたものねぇ。スパイ達の抵抗で大規模な戦闘になってしまったのが、手痛かったかー」
おいたわしい空気が漂っているものの、【天使の抱擁】の面々が浮かべる表情は先程までとは大きく異なっていた。
ジンとヒメノによる質問と提案……「今のギルドに拘らないなら、新しいギルドを作って再出発したら?」発言は、彼等にとって大きな転換期を予感させるものだったらしい。
色彩を薄れさせていた顔色には血色が戻り、横一文字に結ばれていた口元もわずかながら口角が上がっている。それは二人の発言をしっかりと理解した上で、前向きに受け止める事が出来た証であった。
「とまぁ正直に言えば、アンヘルさんが良いならギルド再結成は問題無いと思う。ただ……クラン加入は、本当に良いのかな?」
ハイドが神妙な表情でそう言うと、ヒイロも真剣な面持ちで頷いて応える。
「フレンドが困っている状況で、見て見ぬふりをする人間にはなりたくないですからね。それに、今打てる最善の手がこれでしょう?」
そう言うと、ヒイロは更に言葉を続ける。
「新しいギルドを発足するにあたって、皆さんのアバター名も変えるのが良いでしょう。しかしそうなると、新たに発足した無名のギルド……それも最前線かそれに近い場所で活動しているとなると、注目を集めるのは間違いないはずです。それなら最初から、どこかしらの勢力に属するのが無難なはずだ」
ヒイロがそう言うと、ジェミーも頷いて説明を引き継ぐ。
「そうね、流石に注目されるでしょう。それを避けるのならギルドを新しく結成する以外に、【十人十色】でどこかのギルドに入るっていう手もあるけど」
そう言いつつ、ジェミーはその選択肢は無いものと考えている。その為、真剣に提案するのではなく、一応は話をする……といった雰囲気だ。
「【七色】や【桃園】、それに【魔弾】は嫌という程目立つから逆効果でしょうね。それに【ラピュセル】はそもそも、女性のみのギルドって公言している」
身内勢の三ギルドに、新加入した女性限定ギルド【ラピュセル】。この四つのギルドは、加入に対するハードルが非常に高いと考えるべきだろう。
「となると、残りは一つなんだけど……【ふぁんくらぶ】に、加入でもする? 忍者らしく潜めば、実際に目立たないだろうし」
「「「「「「あそこまでの熱量は、ちょっと持てないかも……」」」」」」
既にこれまでの関わりの中で、メンバーの実力や人柄は認めてはいる。しかしジンを天上人の如く崇め、ヒメノを聖母か何かと思ってない? という程に、熱量がマグマレベルのギルドカラーである【忍者ふぁんくらぶ】だ。同担というわけではない彼等にとっては、流石に敷居が高い様だった。
とはいえ、彼等も既に恩人であるジンとヒメノのことは、十二分に尊敬と感謝の念を抱いている。今後共、末永く仲良くしていきたいプレイヤー筆頭と思うくらいにだ。
……
一方、【天使の抱擁】に所属していないプレイヤー……ヴィクトは現在、【桃園の誓い】の三名と向き合って話をしていた。もしかして、圧迫面接か何かかな?
話し始めはヴィクトからで、会話の主題はやはり【天使の抱擁】とヴィクトのクラン加入についてである。
「えぇと、【天使の抱擁】については是非、クラン加入を前向きに検討して貰いたいと思っている。しかし、俺は……その、皆を裏切った人間だろう? そんな俺を迎え入れるのは、やっぱり……」
本心では嬉しいと思っているヴィクトだが、クラン加入について彼は難色を示していた。それは当然、今まで自分がやって来た所業を鑑みての事である。
【禁断の果実】のスパイとして、【桃園の誓い】に潜入していた自分。
不正騒動で【七色の橋】がAWO全体から叩かれる事態の、発端となった自分。
【天使の抱擁】が今の現状に陥った、その原因を作り出した一員である自分。
そして償う事を認めて貰えたものの、未だ何も成し遂げてはいない自分。
そんな自分が、クランに加入する資格は無い……ヴィクトはそう判断し、辞退する事を考えていた。勿論本心ではそう出来たらと思っていても、自責の念がそれを許さないのだろう。
そんなヴィクトの言い分も解るし、心情に対しても理解は出来る。だがしかし、それはあくまでヴィクト個人の考えだ。この件に関しては、ケイン達も一歩も引くつもりは無かった。
「あぁ、そうだな。だからこそ、ヴィクトにも俺達のクランに所属して貰いたい」
「他のギルドはさておき、【桃園】はそれで良いって意見が一致してるのよ」
今はまだ、オールスターパーティ以外は攻略中。故にケインとイリス、シオンが居るから一緒にレイドパーティに参加していたダイス以外は不在の状態である。
しかし昨夜、エリアボス攻略を完遂した【桃園の誓い】の面々は、その後話し合いを行っていた。ドラグとしての彼を知らない唯一のメンバーであるラミィ含めて、【桃園の誓い】は満場一致でヴィクトのクラン入りを推し進める方針を固めていた。
ケインとイリスの言葉に、表情を辛そうに歪めるヴィクト。彼は何よりも、かつての仲間達にこれ以上の迷惑を掛ける事を恐れているのだろう。
「そう言ってくれるのは、嬉しい……これは、本心だ。しかし、俺は……まだ、これっぽっちも犯した罪を償っていないだろう? そんな俺が……」
そんな彼と同年代であるダイスが、意図的に呆れた様な表情を浮かべてヴィクトの言葉を遮ってみせた。
「いや、お前さ……ドラグ時代の罪を償うって言ってもさ、具体的に何をどうするんだよ? 方向性も、その分だと決まってねぇんだろ? なら、尚更クランに入った方が良いと思うぞ、ヴィクト」
そんな言葉を向けられたヴィクトは、気まずそうな表情でダイスに視線を向ける。
ダイスの言葉通り、ヴィクトの心の中に償うという強い意思はある。だが具体性は全く無く、まずは最優先でアンヘルの治療の為に尽力する事を優先しているだけだ。
それはヴィクト自身も自覚しており、アンヘルだけではなく【桃園の誓い】や【七色の橋】……【天使の抱擁】に対して、どう償っていくのか? それはまだ、輪郭すら見えていない状態なのである。
正直に言えば、今のヴィクトは実に情けない顔しているな……と、三人は思った。例えるならば、いい年をして迷子になって困り果てている様な顔だ。
そんな訳で、彼が迷子になっているのならば、道を示してやるべきだ。それが出来るのは、自分達【桃園の誓い】をおいて他に居ないだろう。
「ヴィクト。俺達はお前が罪を償うと言うのなら、それを止めたりはしない。そして俺達がお前をクランに勧誘するのは、これがお前にとっての贖罪に繋がると考えているからだ」
「あんたも、散々迷惑を掛けたって自覚があるんでしょ? だったらその分、まずはクランの為に一生懸命働いて貰うってコトね」
「っつーか近くに居れば、俺達が監視・監督出来るしな。またバカやらかそうとしたら、殴ってでも止めてやるぞ」
これらの発言は、レンとシオンの入れ知恵である。罪の意識で首を縦に触れないヴィクトでも、こう言えば断りにくいはず……と考えて、彼を説得する為の建前を伝授したのだった。
その効果は、どうやら抜群だったらしい。現に三人の言葉を聞いて、ヴィクトの心が辞退と承諾の間で揺れ動いていた。それは、彼の表情を見れば明らかである。
……
そんな【天使の抱擁】とヴィクトから少し離れた場所で、アンヘルはジンとヒメノ……そしてアヤメ・コタロウと、アナスタシア・アシュリィ・アリッサに囲まれていた。
ジンが居るのは彼女の意向で、その際にヒメノの事も名指しで同席を求めていた。【忍者ふぁんくらぶ】と【ラピュセル】のトップが同席しているのは、ジンに頼られたからである。
「実際に【天使の抱擁】を結成したのは、ジェイク達から勧められたからだったんだ。私を応援してくれる人達が、たくさん集まるって言われたから」
そう告げるアンヘルは、【天使の抱擁】というギルドそのものに対する思い入れはそこまで深くない様だ。
勿論ギルドに所属しているハイド達の事は、彼女も大切な存在だと感じているらしい。だからこそ彼女は、薬物依存のVR治療の場所をAWOにしたのだから。
しかしギルド【天使の抱擁】の名前や実績、そしてギルドホーム等に対する執着は無い様で、ギルドを解体する事に異論は無いとの事だった。
しかしそこで、アンヘルは更に言葉を続けた。
「でも、ギルドを解体する前に……私、やらなければいけない事があると思っているんだ。これは私が始まりだったんだから、ちゃんと私が終わらせないと」
しっかりと姿勢を伸ばして、ちゃんと顔を上げて告げたその言葉。その言葉に、アナスタシアが言葉を返した。
「終わらせるとは、どういう形ででしょうか?」
そんな質問を受けたアンヘルは、真っすぐアナスタシアに顔を向けて頷き、答える。
「私自身の言葉で、迷惑を掛けた人達に話をしないといけない。だから、ギルドを解体する前に……アンジェリカとして、最後の配信をしたいんだ」
その言葉に、ジン達は驚きの表情を浮かべてしまう。それは過去の彼女ならば考えもしなかった事であり、現在の彼女が本気で自分の過ちと向き合うという意思を感じさせるものだったからだ。
しかしながら、彼女の口にしたそれは手放しで受け入れて良いのか、判断に迷うところである。
「アンヘルさんの気持ちは、理解できなくは無いです。その為には少なくとも、治療に協力してくれている人達……カイルさんやアクアさんの許可を得る必要がありますね」
ジンは彼女の決意を汲んだ上で、最低限抑えるべき部分について言及する。今の彼女は精神治療の為にAWOにログインしている立場であり、それを監督しているのが初音家の三人だ。彼等の意向を無視した行動に出るのは、彼女の為にも周囲の為にも良くないだろう。
ちなみにカイル・アクア・アウスは現在、ログアウトしている。理由は【ユートピア・クリエイティブ】の方に顔を出して、色々と指示を出したり意見交換をしたりしている最中だ。
「あ、うん。確かに、そうだね。私、今は治療中なんだし」
やはりその点には思い至っていなかったらしく、アンヘルはジンの進言に初めて気が付いた様子だった。
そんな二人のやり取りに、ヒメノや他の面々も話に加わる。
「配信をする時は、以前の姿で行わないといけないですよね? そうだとしたら、周囲に人がいない場所で配信する必要があると思います」
「姫様の仰る通りでしょう。今の【天使の抱擁】に対する風当たりを考慮するならば、アンヘル殿がアンジェリカとして姿を見せたら……」
「……そうですね。良からぬ考えを持つプレイヤーが、行動を起こす可能性は十分あり得ます」
彼女達が懸念しているのは、やはり他のプレイヤーの動きである。
かつてはAWO中が称賛の対象としていたアンジェリカという名前は、今や不穏分子として扱われている。そんな中でアンジェリカが再び行動を起こせば、外部のプレイヤーがどの様な行動に移るかは想像に難くない。
「安全を考慮するなら、録画したものをアップロードする方が良いと思うんだけれど……アンヘルさんは、それでは嫌なのかしら?」
「うん……アリッサが言う事は、解ってる。でも出来る限り、これまで関わって来た人達に、誠意を見せたいと思っているから」
アリッサの提案に対して、アンヘルはハッキリと答えた。その様子からも、彼女の意思が強い事が良く解る。
「アンヘル殿の強い決意は、理解した。だとしても、書き込まれるコメントに一つずつ応じるのは難しいだろう。長時間の配信になれば、部外者による介入の危険性は高くなるはず。それに恐らく、コメントの大半は聞くに堪えないものである可能性が大きいだろう」
「うん、それも解ってる。だけどそれも全て、私が受け止めなければいけないものだと思う」
かつての意思の希薄さはどこへやら、今のアンヘルは頑なだった。それだけ彼女が本気で、AWOで関わった全てのプレイヤーに言葉を届けたいという事。そして自然消滅などではなく、ちゃんとした形でギルド【天使の抱擁】の幕を引きたいと考えているのだろう。
しかしその行動によって発生するであろう、多くのリスクを無視するわけにはいかない。彼女の精神は未だ治療の最中……そんな彼女が押し寄せる悪意に晒された際、その精神が無事である保証はどこにも無いのだ。
「ひとまずは、皆と相談してからですね。アンヘルさんも解っていると思いますけど、念の為に……自分一人で行くのは、止めて下さいね?」
念の為にと思って、そう釘を刺すジン。そんな彼の言葉に、アンヘルは首を傾げた。
「一人では行ってはいけない、か……解った。でも、それは何故?」
「ここにいる皆が、あなたの事を心配しますから」
ジンが即答したその言葉に、アンヘルは目を丸くする。
「……何で、君はそう断言できるの?」
それは咎める様な言い方ではない、純粋に疑問に思ったが故の言葉だろう。声色や表情からそれが伝わって来て、ジンは苦笑する。
「仲間になるっていうのは、そういう事だと思うからです」
迷いなく紡がれたその返答に、アンヘルはどういう根拠なのだろうかと思わずにはいられなかった。しかしジンは自信に満ち溢れているし、彼が嘘偽りを言っているとは思えない。
――私が知らない、私に見えていない何か。きっと、ジンはそれを知っていて、見えているんだ。
アンヘルは、元々あったジンへの入り混じった感情が、また大きくなった事を感じる。それと同時に、自分自身の輪郭がはっきりしていく様な感覚。彼女がジンという少年に強い興味を抱いた理由は、それだった。
第四回イベントの初日の夜、彼と一対一で戦った時……彼女はこれまでにない程、気分が高揚していた。彼と戦う中で、自分の中から抜け落ちてしまった何かが返って来たような実感があった。ジンに勝ちたいと思い戦いながらも、心の片隅でもっと彼と向き合う時間が続いて欲しいという想いが生まれていた。
そんな彼女の無意識の願いとは裏腹に、彼との戦いは苛烈さを増し……そして、決着の寸前。
『それが正解かは、拙者も解らぬでゴザル。しかしそれは求めるものでも、与えるだけ……ましてや、押し付けるものでは断じて無い』
『一緒に、育てていくもの……それが拙者の考える、愛でゴザル』
あの時と同じ、自分が今まで感じた事の無い、未知の愛。彼はそれを知っていて、彼はそれを受け止めていて、彼はそれを与えているのだろう。
そうして彼は、ヒメノの力を借りた……愛の力で、自分を破った。その時に彼女が感じたのは、ジンに対する尊敬と称賛、そして憧憬だった。その瞬間から、彼女の中でジンという少年の存在はとても大きなものになったのだ。
そんな彼が、断言するのだ。だとしたらきっと、それは事実なのだろう。
「そっか。君がそう言うなら、解った」
そう言ってアンヘルは、口元を綻ばせる。
「君も、ヒメノも、あなた達も……皆、皆優しいんだね」
浮かべた微笑みは天使の異名に相応しい、純粋な美しさだった。
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一方その頃、とあるギルド。
「ギルマス! ちょっと、ご報告が……」
「どうした、そんなに慌てて。何かあったのか?」
「これ、見て欲しいんですけど……」
そう言って青年は、自分の所属するギルドのマスターが見えるように可視設定にしたシステム・ウィンドウを開く。
「フリーで生産職やってるダチにメッセを送ろうとして、フレンド欄を開いてみたんですけど……そこに、見覚えのないアバ名があったんすよ。この『アンヘル』って名前のプレイヤー」
「んん? そんなの、有料アイテムを使ってアバター名を変えただけじゃないか。それが何だってんだ?」
ギルドマスターが呆れた様子でそう告げると、青年は真剣な表情で首を横に振った。
「俺もそう思って、フレンド一覧をよーく見たんです。そしたら一人だけ、フレンド一覧から名前が消えていたプレイヤーが……」
そう言って、言葉を止めて溜めに入る青年。そんな彼に、ギルドマスターは「勿体ぶるんじゃない」と先を促した。そんなギルドマスターの様子も意に介さず、青年は表情を変えずに口を開いた。
「一人だけ、名前が無くなっていたのは……『アンジェリカ』だったんすよ」
次回投稿予定日:本編更新は未定
業務多忙の為、本編の更新が滞る見込みです。
その為、あらかじめ次回投稿予定を未定とさせて頂きます。
しかしながらクリスマスシーズンや年末年始が迫っている事もありますので、手が空いた際に短編でも上げられればと思います。
お待ち頂いている皆様には大変申し訳ございません、何卒ご容赦頂ければと思います。




