20-34 辞退の理由でした
ディレックを含む【騎士団連盟】の面々を見送ったヒイロパーティが仲間達にメッセージを送れば、他の四パーティは即座に最下層へと転移して来た。
「迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳ない。正直、我々は助かったけど……」
「そこは言いっこなしです、ハイドさん」
「それよりも皆さん、既に戦闘準備は整っていますか? 問題が無いのならば、すぐにボス戦に挑むのはどうでしょうか」
レンがそう促すと、全員からの返答は問題無しというものだった。
ヒイロパーティが【騎士団連盟】の面々を見送るまでに、ジン達もまたすぐにボス戦に挑む必要があると判断していた。
今回は【騎士団連盟】だったが、他の勢力がエリアボス討伐を目指してやって来てもおかしくはない。そういった外部のプレイヤーとの遭遇を避ける為に、中層の最後の部屋をクリアした段階で休息に入っていたのだ。
ただ、そこでジンがある点に気付いた。
「そうだ……今この場所なら、パーティの再編成が可能なのではないでゴザルか?」
ユージンとソラネコがパーティを入れ替えたのは、≪領主の許可証≫の問題があったからだ。その問題が無いこの段階ならば、パーティ編成を変えて残り二人分の枠を埋める事が出来る。
「確かに、それもそうか。【天使】の皆さんも、それで大丈夫ですか?」
ヒイロがそう問い掛ければ、【天使の抱擁】の面々は勿論だとばかりに頷いた。
「あぁ、勿論」
「ここからは全員で一緒に戦うんだし、その方が良いわよね。皆と一緒に攻略出来て、楽しかったわ!」
「ユージンさん、ご一緒出来てとても心強かったです。本当にありがとうございました」
「ハハハ、大した事はしてないさ。僕は殆ど、ただのバフ撒きおじさんだったんだからね」
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【ジンパーティ】
ジン・ヒメノ・ミモリ・カノン・メイリア・ユージン・ケリィ・クベラ
PACリン・PACヒナ
【ヒイロパーティ】
ヒイロ・レン・シオン・ダイス・ミリア・カイル・アクア
PACセツナ・PACロータス・PACクラリス
【ケインパーティ】
ケイン・イリス・ハヤテ・アイネ・レーナ・トーマ
PACカゲツ・PACジョシュア・PACマーク・PACファーファ
【アナスタシアパーティ】
アナスタシア・アシュリィ・アリッサ・ジェミー・アウス・アヤメ・コタロウ
PACリューシャ・PACナタリア・PACミッシェル
【天使の抱擁パーティ】
アンヘル・ハイド・ソラネコ・エミール・コイル・ジョーズ・ミシェル・ヴィクト=コン
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ソラネコが抜けて残りの枠が三人になったジンのパーティに、ユージンだけではなくカノンとクベラが移動。これでジンのパーティは十人となり、フルパーティ編成になる。
一方、二人と一緒にクベラのPACであるエリーゼも同時に抜けたアナスタシアのパーティは、【ラピュセル】のトップ三人のPACを呼び出した。これで、こちらもフルパーティになった訳だ。
「それじゃあ、準備は万端かな?」
「そうしたらいよいよ、お待ちかねのレイド戦ですね」
「えぇ、早速行きましょうか」
ケインとジェミー、アナスタシアがそう促せば、ヒイロとアヤメも頷いて彼等に並ぶ。
「そうですね、行きましょう」
「サポートはお任せ下さい、全力を尽くします」
そうして五人のギルドマスターの視線は、アンヘルに向けられた。
「……?」
五人の意図が汲めずに、どうしたのだろうか? と内心で首を傾げるアンヘル。そんな彼女に声を掛けたのは、彼女が困惑している事を察したジンだった。
「【天使の抱擁】のギルドマスターである、アンヘル殿も一緒に並んで欲しいのでゴザルよ。折角、こうして一緒に肩を並べて戦うのでゴザルから」
「……あ、そういう事だったんだね。ありがとう、ジン」
感謝の言葉と同時に、ふわりと微笑むアンヘル。教えてくれた相手がジンという事もあって、屈託のない純粋な笑顔である。
そんな二人をすぐ近くで見たヒメノは、胸に小さな痛みが起きた様な錯覚を受ける。
――……ジンくんがアドバイスするのは、もう仕方が無いです。誰に対しても優しい人ですし、それがジンくんの良い所ですから……でも、絶対にジンくんは譲りません。
アンヘルに、ジンは渡さない……そんな強い意志を抱くヒメノの行動は、独占欲の表れだろう。
しかしヒメノがそんな事を考えていると、すぐにアンヘルの表情が陰った。
「でも……良いのかな……?」
自分達は、彼等の厚意に甘えてエリアボス攻略に挑める立場だ。そんな自分が、彼等と並んで良いものかという懸念があるのだろう。
それは彼女が自分で考えるという当たり前の事が、ちゃんと出来ている証左でもある。
そんなアンヘルの様子を見たヒメノは、普段通りの笑顔を浮かべながら……スッとアンヘルに距離を詰めた。
「さぁ、アンヘルさん。お兄ちゃん達も、待っていますから」
アンヘルに向ける視線は、とても穏やかなものだった。当然それは、敵対する者に対する視線とは異なる。
ヒメノは、アンヘルの事情やジンへの想いに対しては理解を示している。だから彼女はアンヘルをジンから遠ざけようとは考えないし、彼女に冷たい態度を取ろうなどとは思わない。
――ジンくんを好きになるのは、仕方が無い事です。それにアンヘルさんだって、私みたいに思う所があるはずです。
アンヘルだって、ジンにはヒメノが居る事は理解しているのだろう。それに同じ相手を好きになったからといって、別にヒメノとアンヘルが喧嘩をしなくてはいけない訳では無い。
自分とアンヘルがバチバチのギスギスになったら、周りにも迷惑を掛けるだろう。それに何よりも、そんな事になればジンが悲しむはずだ。それだけは、絶対にあってはならない事である。
そう考える事が出来るヒメノだからこそ、過去にカノンの本心の吐露を正面から受け止めてみせた。そしてカノンの気持ちを肯定して、彼女との仲を深めたのだ。
そんな訳でヒメノは、まずはアンヘルと友好的に接するべきだと判断した。ただし、ジンは譲らないものとする。
「……行っても良い、のかな?」
「はい!」
戸惑うアンヘルの背中を押す、肯定の言葉。アンヘルが仲間達に視線を向ければ、彼等も笑顔で頷いてみせた。
「うん……解った。ありがとう、ヒメノ」
「ふふっ、どういたしましてです♪」
微笑み合う二人の姿は、その容姿と純粋な笑顔のお陰で穏やかな雰囲気を醸し出していた。
そうしてアンヘルはギルドマスター達が並ぶ場所に歩き出して、彼等と肩を並べると控えるレイドパーティの面々に振り返る。
「お世話になる立場だから、こう言って良いのか解らないけれど……一緒に戦えて、凄く嬉しい。だから、私達も全力で頑張るよ」
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そうして、迎えたエリアボス戦。
トップランカーと、それに近い実力の者達……そんなプレイヤーで構成されたレイドパーティによって、カオス・マンティコアはほぼ一方的に攻め立てられていた。
ジン達も第三エリアボスに初めて挑戦した際は、手探りの状態で戦う形である為に苦戦を強いられた。しかしそれは、初攻略だったが故の事だ。
ボス個体の違いによる攻撃方法の相違点や、状態異常の種類が違うとしても……マンティコアは既に一度討伐されている相手。つまり必勝パターンとまではいかないが、対抗策や攻略法が明かされているボスである。
そこが”初攻略”と”初戦闘”の違いと言えるだろう。
そしてクラン名の通り、【十人十色】はそれぞれの特色を生かす事に長けたプレイヤーの集まりだ。
その中でも特に強力なプレイヤーと言えば、当然名前が上がるのはこのレイドパーティの中核となる者達だ。
「疾風の如く!! 【クイックステップ】……からの、【一閃】ッ!!」
エリアボス相手に即死攻撃は発動しなくとも、その最高峰の速さで攻撃を尽く避け、ボスの注意を引き付ける回避盾。
「ナイスだ、ジン君!! 喰らえ、【氷天】!!」
高確率で状態異常を付与し、更には高い技量で攻撃・防御面でも高性能さを見せ付ける剣盾使い。
「【炎転化】発動です!! 行きます、【炎蛇】っ!!」
ただでさえ物理攻撃は高威力な上に、精霊の秘技を得た事で火属性限定だが、魔法攻撃も強化された弓使い。
「【展鬼】!! 後衛の皆様には、近付けさせません」
鉄壁の防御は狭い範囲のみならず広範囲をカバーする事も出来、攻撃に転じても実績を出す事の出来る盾職。
「【スラッシュ】……【一閃】……っと、三箇所目となれば、流石にボスの動きも予測しやすいね」
ほぼ確定でクリティカルヒットが発動し、それを【スキル相殺】に活用してボスの攻撃を封じる生産職人。
「【雷陣】……この分なら、早々にダウンまで行けそうですね。【ライトニングカノン】!!」
高い魔法の威力のみならず、複数の魔法を融合させた合成魔法や、生成した符による速攻魔法という凶悪な手札を持つ魔法職。
「これならSPの消費を抑えて戦うのも、全然大丈夫そう……!!」
配信者として鍛えて来た技量の高さに加えて、一日一回限定だが相手に応じてステータスを組み替えられる二刀流使い。
この時点で、エリアボスにとってはやばい連中がやって来たと言いたいところだろう。だが、勿論それだけで終わるメンバーではない。
「このまま行けば、最速記録かもしれない名……【幽鬼一閃】!!」
両手に携えた妖刀を多種多様な武器に変化させて戦術を切り替え、更に右腕の≪鬼神の右腕≫から【幽鬼】を召喚する事が出来る鎧武者。
「一気に畳みかけましょう!! 【昇華】……【スティングスラスト】!!」
磨き上げた技量で繰り出される薙刀の攻撃に加えて、その技巧を更に高めるスキルを駆使して攻め続ける聖刀使い。
「そういう事なら、」こっちもやるッスよ~!! 【アサルトバレット】!!」
固定ダメージ付与という仕様だけでも強力なのに、更に一撃に魔力を充填する事で即死級の威力に昇華させる銃使い。
「うふふ、それじゃあ私もお手伝いしましょうか。【一閃】!! 【フラッシュストローク】!! 【シャイニングカノン】!!」
シングルアクションで細剣に魔法を纏わせた魔法剣と、詠唱省略魔法を使い分けて繰り出す事の出来る聖剣の女神。
惜しむらくはここに一角獣を癒し、その清廉さを認められた魔楽器の使い手が居ない事か。彼女がこのレイド戦に参加していたら、【十人十色】のユニークシリーズ保有者が揃い踏みである。
マンティコアが討伐されるまで、そう多くの時間は掛からず……攻略完了のアナウンスが流れたのは、ボス戦を始めて二十五分程度の事だった。
……
マンティコアを討伐したジン達だが、そのまま外に出ずにボス戦の舞台となった大部屋の中で話し合っていた。理由は単純で、このまま外に出たら再び【騎士団連盟】の面々と顔を合わせる可能性があるからだ。
彼等がボス戦に挑み、そこからそう時を置かずに自分達が攻略を開始。そして精鋭揃いのメンバーによる速攻攻略で、彼等よりも早々にボス戦を終えた可能性は十分高い。しかし万が一の事を考慮して、リスクを回避する事にしたのだ。
という事で、最初は次の攻略についての話し合いである。今回はとある理由で【桃園の誓い】【ラピュセル】【忍者ふぁんくらぶ】のトップ陣がレイドパーティに加わったが、明日は普通に元のパーティに戻る予定だ。
そんな訳で明日は【七色の橋】【魔弾の射手】達と共に、【天使の抱擁】は南側第三エリアのエリアボス攻略となる。ケイン・イリス・アナスタシア・アシュリィ・アリッサの五人と、アヤメ・コタロウは元々組んでいた自分のギルドメンバーと共に、他のエリアボス攻略に挑む予定だ。
ここまでの話し合いは、特に問題無く進行した。三回目ともなれば【天使の抱擁】もレイドパーティを組む事への遠慮が薄れ、申し訳なさそうに感謝の言葉を告げるのだった。
そして、とある理由についてだが……それは勿論、【天使の抱擁】に関わる事だった。
「クラン内でもそれぞれ話し合ったんだが……ギルド【天使の抱擁】の皆とヴィクトを、クラン【十人十色】に勧誘したい」
「これは、私達【桃園の誓い】の枠を使っての勧誘ね。残り二つのギルド枠に、あなた達に入って貰いたいの」
ケインとイリスがそう告げれば、アンヘル以外の【天使の抱擁】のメンバーとヴィクトは「やっぱりそうだったか……」という顔をしていた。無論、その表情は明るい物ではない。ちなみに、アンヘルだけは嬉しそうに【十人十色】の面々に視線を巡らせ……そして、ジンとヒメノに視線を固定した。
ハイド達、アンヘル以外のギルドメンバーが渋るのは当然、現在の【天使の抱擁】に対する風当たりの強さを懸念しての事だ。だからこそ、彼等の返答は決まっていた。
「……申し訳ない。その誘いは本当に嬉しいし、ありがたいんだ。でも……だからこそ、その勧誘を受ける事は出来ないよ」
苦しそうに、名残惜しそうにそう告げるハイド。アンヘルは「え、駄目なの?」と彼を見て、そしてギルドメンバーの仲間達の表情を伺い……自分以外が、悔しそうな表情を浮かべているのを見た。
それを見て、流石にアンヘルも気が付いた。
――そっか……私の、せいなんだ。私が愛される事しか考えずに、彼等の言葉を全く考えずに受け入れたせいで……。
脳裏に浮かぶのは、転生する前のヴィクト……ドラグと、それ以外の【禁断の果実】の面々。アレクにエレナ、ルシア、ジェイクの顔だった。
ちなみに、もう一人……そこにはカイトという母方の縁者が居た。
しかしマキナ時代のナタクに暴力を振るったカイトを、アンヘルは既に嫌悪の対象と認識している。更に彼は殺人未遂を自白して少年院に送られ、アンヘル自身も母親と絶縁し父方に引き取られた。そんな理由で精神的にも、血縁的にもその縁は完全に途切れている。
そこでヒイロやジェミー、アナスタシアも前に歩み出る。その表情は真剣で、まだ彼等の勧誘を諦めていない……という思いが伺える。
「勧誘を受けられないのは、【天使の抱擁】に対するプレイヤー達の風当たりの強さが原因……ですね?」
ヒイロがそう問い掛けると、ハイド達も素直に首を縦に振る。
「あぁ、その通りだよ。運営がスパイ達を重犯罪者認定し、君達や他のトップランカー達の手で彼等は追放された。しかしAWOの殆どのプレイヤーは、未だに我々が【禁断の果実】のスパイ達と同類だと見ている」
勿論の事だが、理性的に考えればそれでは筋道が通らない。
あの時【ユートピア・クリエイティブ】によって重犯罪者にされたのは、ルールやマナーから逸脱した行為をした者達だ。そうならなかった時点で、ハイド達がそういった輩ではない事は解るはずである。
それに加えてアンヘルの帰還を待ちながら、周囲からのバッシングに耐え忍ぶ【天使の抱擁】……彼等は決してルールから逸脱せず、マナーを守り、孤軍奮闘しながら活動して来た。色眼鏡無しにその姿を見れば、彼等が真っ当なVRMMOプレイヤーである事が一目瞭然のはずだ。
それでも今の様な状況に立たされているのは、情報を鵜呑みにしたプレイヤー達が騒ぎ立てているせいだ。これが実に厄介なもので、錯綜する情報の真偽は問わない輩が多い。
特に問題なのは、本当に【禁断の果実】によって不利益を齎されたプレイヤーではない。全く関係ない、ほとんど気にしていないにも関わらず、攻撃されている者達を見て便乗する輩が居る点だ。
これは【禁断の果実】によって流布された不正騒動で、ジン達も似た様な経験がある。だからこそ理解できる事なのだが、こういった問題を一個人や一ギルドで改善するのは極めて困難だ。
だからこそ、【天使の抱擁】は無理に抗う事を諦めていた。むしろそういった輩に正論をぶつけても、数の暴力で圧し潰されるだろう。詰まるところ、逆効果になる……そう確信していた。
だからほとぼりが冷めるまでは細々と、しかし確実に前に進んで行く。そうしていつかは、もう少しゲーム内の精神的な環境に変化があるかもしれない。
そんな淡い期待をしながら、アンジェリカ……アンヘルが戻って来るのを待つつもりだったのだ。実際の所、彼女がこんなに早く復帰するのは予想外だったらしい。
そして、そんな事情があるからこそ……【十人十色】に加入するという選択肢を、差し出された手を取る事が出来ないのだ。
「俺達がバッシングを受けるのは、納得はしていないが……しかし、そうなるのも理解はしている。でも不正騒動やスパイの件で被害を被った君達に、これ以上の迷惑を掛けたくない。だから、気持ちは本当に嬉しいんだけど……申し訳ない」
本心で言えば、誘いはとても嬉しいものだった。そう思ったのは、当然アンヘルだけではない。ハイドやソラネコ・エミール……コイルもジョーズも、ミシェルも心から嬉しいと感じていた。それは、ヴィクトだって同じだ。
だからこそ、頷くことは出来ない。
【十人十色】の面々とこうして攻略を共にして、実力だけではなくその人柄に触れて……とても胸の躍る一時を共に送る事が出来たからこそ、彼等のVRMMOライフがより良いものである事を願うからこそ、その誘いを受ける事は出来なかった。
そして実際の所、ヒイロ達も正直に言えばその返答は予想していた。しかし、これで諦めるつもりはなかった。
ヒイロ率いる【七色の橋】は、かつて不正騒動で自分達が似た様な思いをした経験がある。だからこそ、同じ思いをしているであろう彼等を放置する事が出来ないのだ。
ケイン達【桃園の誓い】はアンヘルとヴィクトの更生、そして【天使の抱擁】の現状を見て見ぬ振りが出来ないからである。
ジェミー達【魔弾の射手】は、元より三人の運営メンバーから何かしら話があったのだろう……もっとも打算の裏にあるのは、当然ながら人情があるのは間違いあるまい。
アナスタシア達【ラピュセル】も、ギルドカラーを考えれば当然だろう。彼女達は心無いプレイヤー達の被害に遭った、女性プレイヤーの駆け込み寺的なギルドなのだから。
アヤメとコタロウ、【忍者ふぁんくらぶ】はもっと単純明快な理由だ。ジンとヒメノ、そして【十人十色】の面々がそれを望んでいるからである。勿論、【天使の抱擁】に対する好印象は必須条件だ。
だからこそ、ヒイロは苦笑しながら肩を竦めた。
「説得しても……返って来る答えは、同じなんですね。少なくとも、今は」
今、現時点では……そう匂わせたヒイロに、ケインも苦笑いをしつつ頷く。
「あぁ、そうみたいだね。今回は一旦話を切り上げるけれど、改めて……少し時間が経ったら、また話をさせて欲しいな」
それは、また改めて勧誘するという意思表示だ。ハイド達は、何故自分達にそこまでしてくれるのだろうかと、歓びと困惑が綯い交ぜになった様な表情を浮かべるしかない。
ひとまずは、これで話は終わり……そう思った所で、ある人物が声を上げた。
「……あの、ちょっと良いですか?」
それはヒメノだった。
「ヒメ? どうかした?」
兄であり、ギルドマスターでもあるヒイロがそう問い掛けると、ヒメノは一つ頷いて言葉を紡ぎ出した。
「はい。昨日、ジンくんとちょっとお話をしていて……気になった事があったんです」
そう言ってヒメノがジンに視線を向ければ、ジンも「あぁ、あの事でゴザルな」と頷いてみせた。
「確かに、この件にも関係するかも……うん、ちょっと質問? 確認? があるでゴザルな。【天使の抱擁】の皆さん、もう少々お時間を頂いても良いでゴザルか?」
ジンとヒメノがそう言うので、ハイド達は「構わないよ」と受け入れた。
「その……この質問は、もしかしたら失礼に当たるのかもと思ったんでゴザルが」
「でも今のAWOの風潮や、過去の事も考えたら……どうしてかな? って思う事があったので……」
そこまで告げて、ジンとヒメノは【天使の抱擁】の面々の顔を真っすぐに見て、ハッキリとした声で問い掛ける。
「アンヘルさんが復帰したのなら、【天使の抱擁】であり続けるのは、何でなのかな? って思ったんです」
「あー、乱暴な言い方かもしれないでゴザルが……もしも特別な理由が無いのならば、一旦はギルドを解散して、新たなギルドを再結成する……という手も、あると思ったでゴザルよ」
その言葉が発されて、ハイド達の表情が固まった。否、彼等だけではなく、自陣営の面々の表情もフリーズしている。それはまるで、時間を止められたかのようだった。
そんなフリーズ状態の面々を見て、ジンは思わず「あ、宇〇猫ってミームのやつみたいだな」などと考えてしまうのだった。




