20-32 【十人十色】と【天使の抱擁】で組みました
ギルド【天使の抱擁】とレイドパーティを組んで、西側第三エリアボスに挑むことになったジン達。
夜になってクラン全員で報告会を行った後、攻略に参加するパーティは西側のダンジョン[ヨンストン海底迷宮]へ向かった。
現地で合流するべく、先に待ち合わせ場所に到着していた【天使の抱擁】の面々は……やって来たメンバーの顔触れを見て、表情を強張らせる事になった。特に、ヴィクトは。
―――――――――――――――――――――――――――――――
西側第三エリアボス【カオス・マンティコア】
【ジンパーティ】
ジン・ヒメノ・ミモリ・メイリア・ケリィ・ソラネコ
PACリン・PACヒナ
【ヒイロパーティ】
ヒイロ・レン・シオン・ダイス・ミリア・カイル・アクア
PACセツナ・PACロータス・PACクラリス
【ケインパーティ】
ケイン・イリス・ハヤテ・アイネ・レーナ・トーマ
PACカゲツ・PACジョシュア・PACマーク・PACファーファ
【アナスタシアパーティ】
アナスタシア・アシュリィ・アリッサ・カノン・ジェミー・アウス・アヤメ・コタロウ・クベラ
PACエリーゼ
【天使の抱擁パーティ】
アンヘル・ハイド・エミール・コイル・ジョーズ・ミシェル・ヴィクト=コン・ユージン
―――――――――――――――――――――――――――――――
クラン【十人十色】を構成する、五つのギルド……そのギルドマスターとサブマスターが、全員揃っていた。実に【十人十色】オールスター状態である。
「……えぇと、この状況は……?」
予想外の布陣で表情を引き攣らせるハイドが、代表して事情を聞こうとする。すると前に出て来たギルマス達が、ニッコリと笑みを浮かべてみせた。
「折角、クラン外のパーティと共闘出来る機会だからね」
「話を伺って、今回だけメンバー交代をお願いしたのです」
ケインとアナスタシアがそう言えば、アヤメも黙して首肯する。
――俺達……ではなく、アンヘルさんとヴィクトを糾弾する気だろうか……? いや、【VC】がそんな事をするとは……だがしかし、それならば何故……?
困惑しきりなハイドだが、アンヘルを除く他のメンバーも同様だ。特にヴィクトは表情を強張らせており、顔色が冴えない。
そんなヴィクトに、ケインとイリスが歩み寄る。
「今は、ヴィクト……で良いんだったか? 久し振りだな」
「あ、あぁ……今は……そう、名乗っているよ……」
ケインがそう呼び掛けると、ヴィクトは肩を震わせて怯えた様な表情を浮かべている。恐らくあの日、あの夜……ケインによってギルドから追放され、引導を渡された時の事を思い出しているのだろう。
それでも彼は、ケインとイリス……かつての仲間と向き合うべく、顔を背ける事はしなかった。
そんなヴィクトの様子に、ケインとイリスは苦笑を浮かべる。
「顔が真っ青なのは、あの時の事で詰められるから……とか、思ってるでしょ」
「うっ……!! そ、そうだな……それが、当たり前だと……俺も、今はちゃんと解っているつもりだ……」
「まぁね……方々に迷惑を掛けて、その結果があの結末だしね……」
イリスがそう告げると、ヴィクトの表情は更に沈む。だがその前に、ケインが彼の肩にポンと手を乗せた。
「お前のやった事は、そう簡単に許される事じゃないし……軽々しく、お前を許すとは言えない。でも……それだけじゃあないんだろう?」
伏せそうになっていた視線を何とか戻して、ヴィクトはケインの表情を見る。そう告げるケインの表情と声は、とても穏やかなものだった。
「第五回イベントで、【暗黒の使徒】がやらかした時……あんたも、PKKに参加してたでしょ?」
「……あ、あぁ……」
「なら俺達は……また同じ方を向いて、一緒に戦う事が出来たって事だろう? お前は自分の罪から逃げずに、償う為にここに居る。俺達は、それを認めるよ」
それは、過去の罪を赦す言葉ではなかった。だがしかし、彼の贖罪への意思を受け入れる言葉ではあった。
「ヴィクト、折れずに真っ直ぐ進んでくれ」
「そうそう……あたし達が、ちゃんと見守ってあげるから」
”ドラグ”のして来た事を赦す訳にはいかないが、”ヴィクト”が罪を償うべく進んで来た事を認めて見守る。それがケイン達が、ギルド【桃園の誓い】のメンバーが話し合って、出した結論だった。
「ケイン……イリス……皆……っ!! 本当に、済まなかった……!! 本当に……っ、申し訳無い……!!」
ケイン達の想いを受けて、ヴィクトはようやく……これまで伝えたくても伝える事が出来なかった、謝罪の言葉を口にして、深く深く頭を下げる事が出来たのだった。
ケインとイリス、そしてヴィクトの会話を聞いていたハイド達。彼等は改めて、彼等の……【桃園の誓い】というギルドに、圧倒されていた。
彼等の立場ならば、スパイとして潜入し自分達を裏切ったヴィクトを恨み、憎んでいいはずだ。むしろそれが普通だし、だからこそ【天使の抱擁】が今の状況にある。
だが彼等は恨み辛みを胸の奥に仕舞い込んで、真正面から今のヴィクトを見る事を選んだ。その決断を下すのは、恐らく簡単では無かったであろう。
犯した罪を安易には赦さぬ厳しさと、贖罪の意思を認める慈悲深さ……そして彼の歩む道を見守る、心根の優しさ。それが、【桃園の誓い】が示したもの。
ハイド達にとってそれは、自分達が持っていない……眩しさを感じさせるものだった。
――格の違いを、改めて思い知らされた気がするな……。
勿論その格とはプレイヤーとしてのそれではなく、人としてのものだ。自分達の視野が狭まっていた事に加えて、それを突き付けられた気分だった。
だが、まだ遅くは無いはずだ。少なくともヴィクトは……そしてアンヘルも自分の過ちを見つめて、それを正そうとしている。それは間違いないと、今の彼等は理解している。だから【天使の抱擁】の六人は、今日この場から認識を新たにする。
彼等の様に、二人の戦いを見守ろう。もしも再び道を逸れそうならば、自分達がそれを踏み止まらせよう。それが出来るのは、二人の側に居る自分達なのだから……と。
************************************************************
始まりは少しどころではなく気まずい開幕となったものの、攻略が始まればいつも通りの流れであった。
クラン【十人十色】は言うに及ばず、ギルド【天使の抱擁】も相応の強者揃い。しかも今回はソラネコ以外の【天使の抱擁】パーティには、ユージンが加勢する形だ。
その甲斐あって、ダンジョンの道中は順調そのもので進んで行く。
……
「ミリア、盾を頼む!!」
「了解」
「右はシオン君とダイス君、左はヒイロ君とセツナ!!」
「かしこまりました、カイル様」
「うす、任されました!」
「了解です、行くぞセツナ!」
「ふははは!! やはり主との連携が最も血沸き肉踊る!!」
ヒイロ率いるパーティは、主砲のレンを主軸とした高火力パーティ。前衛アタッカーにはセツナ・ダイス・カイル。盾役はド安定のシオン、そしてオールラウンダーなヒイロとミリアである。
更に後方には、魔法攻撃と魔法支援にレンとアクア。その護衛と物理攻撃による支援に、ロータスとクラリスが控えている。
全体的なバランスが良く、様々な戦術に対応出来る万能編成である。
その安定性と突破力を駆使して早々にモンスターを蹴散らしたパーティは、前方を警戒しつつ先へと進む。
その中で、ヒイロはカイルとアクアに気になっていた件について問い掛けた。
「ここなら、部外者には会話を聞かれませんよね?」
「ん? あぁ、インスタンスだからな。何だ、何か内緒話かい?」
「えぇ、素朴な疑問が。【ファースト・インテリジェンス】は、何故アンヘルさんの治療を?」
ヒイロの質問に、カイルとアクアの雰囲気が変わった。これまでの和やかな空気感は一瞬にして霧散し、ピリッと張り詰めたようなものに一変する。
「……成程、聞かない方が良い系の話なんですね。じゃあ、質問は取り下げます」
そこから更に突っ込むのではなく、あっさりと質問を無かった事にするヒイロ。その判断の速さに、レンとシオンも異論は無いといった表情だ。
「……随分と、あっさり引き下がるのね?」
アクアが笑顔でそう口にするが、その内心ではヒイロの真意を探ろうという考えがあった。
ヒイロはギルドの長であり、仲間達に責任がある立場の人間。それはレンとシオンの指導を受けた彼ならば、重々承知している事だろう。
そんな彼にとってのアンヘルは、かつて敵対した相手であり、今はその立ち位置が定まっていない存在だ。例えるならば、どう爆発するか判断出来ない不発弾にといった所か。
聡明な彼が、それを放置するだろうか? という疑念があったのだ。
だが、ヒイロはそんなアクアの心情を察しているのかいないのか……フッと笑みを浮かべてみせた。
「お二人がそうした方が良いと、判断しているのならそれを信じます。必要になれば、きっと話してくれるんでしょうしね」
それはただ単に、二人の事を信頼しているからこその発言。何の計算も打算もない、素直な言葉だった。
「「……」」
真っ直ぐで純粋なその言葉に、二人は顔を見合わせ……そして、苦笑した。
──これはモテる訳だわ……レンってば、本当に素敵な人を見付けたのね。
──そこまで信頼してくれてるとはなぁ……純粋過ぎて、ちょっと不安だけど。
ともあれ、そんなヒイロの信頼の念には応えておくべきだ。二人はそう判断して、頷いてみせた。
「そうね、あなた達にはいずれ話す事になるわ。色々と混み合った事情があるから、すぐという訳にはいかないけれど」
「今はまだ、事態が完全に落ち着いたって訳じゃ無いんでな。それも考慮して、情報統制がいる感じだ」
つまり、アンヘルをただ治療しているだけではない。二人の言葉は、暗にそう告げていた。
つまり初音家は、アンヘルの治療と並行して何かしている……という事だ。
──恐らくそれは、レンやシオンさんも知らない何かなんだろう……そうじゃなければ、二人は俺にやんわりと教えるはず。
そう思って視線を二人に向けると、レンとシオンは「勿論です」と言わんばかりに頷いてみせる。
つまりそれは大人の領分であり、自分達がまだ立ち入るべきではない事情。むしろ自分達が迂闊に首を突っ込む事で、取り返しの付かない事態になる可能性も考えられる。
となると、二人に言うべき事は単純明快だ。
「了解です。そうなると俺達は、アンヘルさんや【天使の抱擁】とどう関わるのが良いですか?」
大人の事情を汲み取り、可能な限りその意向に沿う問い掛け。それは話せない事情がある事を匂わせた二人に対する、信頼のお返しという意図を多分に含んでいた。
「君は……ははっ、本当に末恐ろしいね」
「そうねぇ、可能であればだけど……彼等とは、良好な関係を保って欲しいところね」
……
「インスタンスマップだから、≪大烏丸≫と≪小烏丸≫が使えるのは嬉しいな」
そう言いながら、モンスターを次々と斬り裂いていくアンヘル。その動きは洗練されており、彼女の技量の高さが窺い知れる。
かつてアンジェリカと名乗っていた頃は、大勢のファンからの支援に加えてスパイ集団【禁断の果実】に擁されていた。そんな手厚いバックアップを受けていたお陰で、彼女はプレイヤーレベルやスキルレベルを急激の上げる事が出来ていた。
だが彼女はそれだけの、所謂『養殖プレイヤー』ではない。彼女はVRアイドルとして、配信者としてゲーム配信を行っており、自らの腕を磨いてきたプレイヤーでもある。それらの要素が噛み合った結果、最高峰プレイヤー……その一人であるジンと、一対一で渡り合える実力者になったのだ。
そして彼女と一緒に前線で果敢に戦うのは、戦斧を駆使して戦うヴィクトだ。
「はぁっ!!」
彼は転生前から戦斧をメインウェポンにしており、その技量は実に高い。重量武器である戦斧だが、攻撃の際に適切な立ち回りをする事で、攻撃後の隙を最小限にする事も可能だ。そして、ヴィクトは実際にそれを駆使して被弾を避けている。言うだけなら簡単だが、それをこの難易度のダンジョンで行えるのはプレイヤースキルが高い事の証明である。
元より彼が【桃園の誓い】に籍を置く前は、ソロプレイヤーながら最前線級のプレイヤーとして名前が知られていた。そんな彼が、弱いはずも無かった。
そんなヴィクトとは逆側、アンヘルの右側で戦うハイドも動きが良い。
「……このメンツなら、道中の攻略は楽勝みたいだな」
呟きながら振り抜いた長剣は、モンスターの鎧の隙間に命中した。着々と敵の防御力が低い所を狙って、ダメージを与えていく正確な剣筋。
安定感抜群の立ち回りと、的確な判断力でモンスターの前進を阻止。そして後方に控える仲間達の攻撃チャンスを作りつつ、自身も狙い澄ました様な攻撃でダメージを与えていく。
「ま、ここまで楽が出来るのは……あの人のお陰でもあるな」
そんなハイドが言う、あの人……【十人十色】側から、このパーティに参加しているおじさんはと言うと。
「この実力のパーティだと、正直僕は支援魔法くらいしか仕事が無いね。はい、コイル君。これは【バイタリティアップ】と、【マインドアップ】だよ。継続時間は三分だ、カラータイマーが鳴る前に終わらせる事だね」
「俺、ウルト〇マンじゃないですが!?……まぁ、ありがとうございます! っし、アンヘルさん! スイッチだ!」
支援魔法を施す【クレストエンチャント】で、パーティメンバーのステータスを強化。突出したアンヘル・ヴィクト・ハイド以外のメンバーも、強力な支援効果によって最前線クラスまでステータスを底上げしてのダンジョンアタックである。
「……正直、羨ましいユニークスキルですね。他に、どんなことが出来るんですか?」
魔法職として、支援魔法も得意とするエミールだが……ユージンの支援の多彩さと、その効果には劣る事を見せ付けられる形だ。それでも穏やかな口調や態度なので、嫉妬や対抗心というものは無いのだろう。
だがここぞとばかりに、世間話の様な流れでユージンのユニークスキルについて情報を得ようとしているらしい。エミールはただ穏やかな青年というだけではなく、随分と強かな一面も持ち合わせている様だ。
だが、流石に相手が悪かった。
「ハハハ、流石にそれは企業秘密だね」
ユージンはエミールの魂胆を見抜きつつ、笑いながらそれを躱す。エミールは内心で「引っ掛からなかったか」と肩を落としつつ、表情や態度は穏やかなまま「それもそうでしたね、失礼しました」とそこで話を終わらせようとした。
「教えて欲しいならば、企業関係者になれば良いんじゃないかな?」
終わらせようとしたはずなのだが、ユージンはそんな事を宣った。
――そりゃあ企業の関係者ならば、企業秘密を開示できるだろうとも。だが、そう上手く行くはずが無い……そうさ、それはリスクが大きすぎる……。
ギルド【天使の抱擁】は、今やAWO中の嫌われ者だ。そんな自分達が、真逆の立場と言って良い【十人十色】に加入する……それは実際の所、不可能ではない。
だが、リスクが大きすぎる。自分達を受け入れたりしたら、【十人十色】までもがバッシングの対象になるだろう。まだ年若い少年少女が多いクランであれば、それは避けて然るべきだ。
そう出来たならば、有難い。しかし、それは決して適わない。そう考えるエミールは、「自分からは、何とも……」と言葉を濁したのだった。
……
一方≪領主の許可証≫を持つユージンが【天使の抱擁】のパーティに入る事で、交換メンバーとなったソラネコ。彼女がメンバーに加わっているのは、ジンが率いるパーティである。
クラン外のプレイヤーが加わる為、パーティメンバーの上限は八人。それによってパーティメンバーの実力、バランスが重要になるのが常なのだが……このパーティにおいては、その不安材料は無いに等しい。
何せそもそも強者揃いの【十人十色】において、更に上位に位置するプレイヤーが揃っているのである。
「今でゴザル!」
「はいっ! 【スパイラルショット】!!」
「私も……【ラピッドショット】!!」
ジンとリンが回避盾としてモンスターを引き付け、ヒメノとソラネコが弓で攻撃。ミモリとヒナのバフ支援や回復、メイリアとケリィがそんな後衛の護衛をしつつ中衛で攻撃。人数差を感じさせない快進撃で、ダンジョンを進んでいるのが現状だった。
「会敵から、一分程度で全滅かぁ……敵として戦った時は恐ろしい相手だったけど、味方になるとこんなにも頼もしいのね」
前日はボス戦のみでの共闘だったが、今回は道中の攻略からのスタートだ。そんな訳で、改めてジン達の凄まじさを実感するソラネコであった。
そんな感嘆の声を零す彼女に、同じく後衛メンバーとして同行するミモリが微笑み頷いた。
「そう言って貰えて良かったです、やりにくかったりはしませんか?」
「全然です!! AWOを始めて……ううん、VRMMOをやって来て、こんなに快適な攻略は初めてですよ!!」
ソラネコはお世辞ではなく、本気でそう思っていた。
言葉だけなら回避盾二人・弓使い二人・前衛アタッカー二人・回復支援職二人の編成だ。文字だけで見ると、物理盾無し・ダメージディーラーが弓職二人という火力不足編成だる。
ところが実際はユニークスキル持ち忍者とそのPAC、ユニークスキル持ち一撃必殺姫とそのPAC、ユニークスキル持ちな細剣使いの女神、銃撃戦が本領の鎌使い美少女、投擲適正MAXなトップ調合職人である。
――このメンバーで文句を言うなんて、贅沢過ぎるでしょ……!!
しかも、それだけではない。実力以外にも、とても重要な点があるのだ。それは……。
「ソラネコさん、お疲れ様です♪」
「流石でゴザルな、ソラネコ殿」
とても爽やかな笑顔でそう告げる、忍者とお姫様な夫婦。
「ソラネコさんはいつも最適な動きをして下さるので、連携しやすくて助かっていますね」
「ん。メンバー二人抜きなのに、順調」
お淑やかに微笑む女神と、無表情ながら満足気な美少女。
「本当に、ソラネコさんとはやりやすいです。被弾も抑えめにしてくれるし、援護し甲斐もあるし」
ふわりとした笑みを浮かべる、トップ調合職人。
そう、全員性格が良い。プレイヤーだけじゃなく、PAC含めて性格が良い。これでやりにくいとか、有り得ない話だった。こんなに平和なダンジョンアタックは、ソラネコとしても本気で生まれて初めてである。
ここ最近は周囲のプレイヤーからの風当たりが強くて、肩身が狭い日々だった。仲間同士の連携はさておき、周囲の環境が最悪の部類である。
そうなる前……スパイ騒動が起きる前は、アンジェリカの近くに寄ろうと競争心が強いプレイヤーばかりだった。つまり仲間同士での足の引っ張り合いなどがあり、その気がなかったソラネコ達もそれに巻き込まれる事が日常茶飯事だったのだ。
文句を言う輩は居らず、足を引っ張る仲間も居ない。モンスターのレベルはこれまでより手強いものの、そもそも味方となるパーティメンバーが強過ぎる。
これを快適と言わずして、何と言うべきだろうか? 天国か、それとも楽園だろうか? ダンジョン内ではあるが。
そんな状況下である為、ソラネコは張り詰めていた緊張の糸が緩んでしまっていた。ふと内心で、考えない様にしていた願望が脳裏に浮かび上がってしまったのだ。
――あぁ……【十人十色】に住みたい……。
流石にあり得ない……それは、ソラネコも理解している。この快適な旅は、第四エリアへの切符を手に入れてお終いだ。しかしそれでも、心の奥底で考えてしまう。
万が一、何かしらの考えの下に彼等がそれを申し出てくれたとしても、自分達はそれを断らなくてはならない。
ギルド【天使の抱擁】は、アナザーワールド・オンライン全体から厳しい視線を受けている。そんな自分達が、彼等と共に歩めるはずが無いのだ。
彼等がこれまで積み上げて来たものを、自分達が崩壊させるなんて事があってはならないのだ……と。




