20-30 フルレイドパーティになりました
えー、何を警告したらいいか解りません!
ですが最後の方で、恐らく否定的な考えを持つ方も居るかもしれません。
アンヘルから「ジンと話がしたい」という伝言を聞かされ、合流する大人組と学生組。
そこでジン達はアクアから、事の次第を説明される……とはいえ、詳細な内容はぼかされた。かなり簡潔に『アンヘルは諸事情があって、VR環境下での治療が施されている』という事が伝えられた程度である。
勿論、それにファースト・インテリジェンスも協力している事……そのサポートの為に、罪を償う意思を見せたヴィクトを同行させている事も説明されている。
この時点で数人のメンバーは、アンヘルにVR療法が必要な理由……その具体的な状況に思い至ったが、迂闊に口にする様な事はしなかった。非常にデリケートな問題であるし、歳若い少年少女達にそれを聞かせるべきではないと考えたからである。
で、そんな事情を聞かされたクラン【十人十色】の面々は……。
「こっちはこっちで話し合ったんですが……折角こうして機会があった事ですし、このままハイさよならは勿体ないですよね?」
「という訳で、うちのレイドパーティは一枠空きがありますし……一緒にボス戦に挑みませんか?」
合流して早々に、ジェミーとヒイロはそんな提案をしたのだった。
そんな初手・空気清浄に対する【天使の抱擁】の反応は、驚きであった。
「え……!? そ、それは……正直に言えば、助かるけど……」
「……ほ、本当に……? で、でも、良いの……?」
「あれ……? もしかして、天使は彼等の方なんじゃ……?」
実際にその申し出はありがたいものだし、【天使の抱擁】からしてみれば願ってもない話だ。なにせレイド5のエリアボス相手に、フルパーティでもない八人で挑むしかない……と考え、悲壮な決意までしていたのだから。
しかしながら、その話を本当に受けてしまって良いのだろうか? という迷いもある。その理由は、当然過去にあった出来事に起因する。
クラン【十人十色】の……特に直接の被害者となった【七色の橋】の面々からしてみれば、自分達は不正騒動の主犯がかつて在籍していたギルドであり、加えてその旗印に仕立て上げられていたアンヘルが居るギルドだ。
そんな相手と組むのは、不快感を覚える物なのではないか? という懸念があった。
しかし先程まで一緒にアクアと話をしていた大人組は、ジン達の意見に賛成らしい。
「成程、合理的な考えかと。皆様が宜しいのであれば、私としては異論は御座いません」
「あぁ、良い考えじゃないか? 反対する理由は無いな」
「あ、俺も賛成に一票! 戦力としても、不満は無いしさ」
「うんうん。一枠の空きは勿体ないし、この機会を生かす意味でも良いと思うよ」
「戦力が増えるのは純粋に喜ばしいですし、私も賛成ですね」
その境遇や人間性を考慮した結果、今回のレイドボス戦で共にレイドパーティを組む事に異論は無い。その意思を示した大人組に、【天使の抱擁】の面々は有り難さと申し訳なさを感じてしまう。
ちなみにアンヘルは、その提案を聞いて表情は変わらずとも……明らかに、嬉しそうな空気を滲ませている。
なにせアンヘルは自分のギルドを作ってからこれまで、他の勢力と共闘する機会は存在しなかったのだ。それにレイドパーティに参加する事が出来れば、仲間達もきっと喜ぶに違いないという思いがある。
第四回イベントの前ならばそれを希望するギルド……つまり、クランを結成する相手には困らなかっただろう。しかしスパイとの関係が公になり、そしてスパイ達が軒並み討伐された現状では共闘相手を望む事は出来なくなった。
だからこそ【天使の抱擁】の仲間達と共に、ジンやユージン達と共闘する事が出来る機会……それが得られるのだと考えたら、彼女が喜ぶのも無理はないだろう。
そんなアンヘルや【天使の抱擁】の面々とは異なって、ヴィクトは気まずそうに顔を伏せている。
それも無理のない事で、彼からしてみれば【十人十色】……特に【七色の橋】が共闘を持ち掛けて来るとは、思っていなかったのだ。
理由は当然、自分の裏切りである。スパイとして【桃園の誓い】に潜入し、彼等や【七色の橋】を騙した事……それを考えたら、まさかレイドパーティに誘われるとは思っていなかったのだ。
と言うか、それならば自分だけは辞退した方が良いのではないか? という考えまである。
だが、それを赦すジン達ではない。
「ヴィクトさんは、今も戦斧を?」
「え!? あ、あぁ……そうだね、今も戦斧で戦うスタイルだけど……」
ヴィクトがレンの質問に答えれば、彼女は「それは重畳」と笑顔で頷いた。
「良かったです、それならば攻撃役の層が厚くなりますので」
レンもおおよその状況は予想しており、ヴィクトが自分達に罪悪感を抱いている事を察していた。だったら尚更、彼には自分達と共に戦って貰うべきだ……とも。
「是非、レイドパーティに参加頂きたいです。ご一緒出来れば、とても助かりますから」
過去の事を悔やんで距離を取り、陰鬱な面持ちで立ち尽くされても何の役にも立ちはしない。そんな暇があるのならば、一緒に戦って成果を挙げて貰う方が建設的だ。この辺りの割り切りの良さは、やはり初音家の教育の賜物だろう。
そんなレンとヴィクトのやり取りに、他の面々も便乗する。
「【天使の抱擁】の皆さんは編成バランスが良いパーティだし、純粋に各ポジションの層が厚くなる感じッスかね。確かに助かるッス」
「だ、だね……重装甲の、盾役……は、凄く……心強い、から……」
「エミールさんは、支援魔法も使えるんですよね? バフ回しの増員は、本当にありがたいです♪」
「ハイドさんとは、第四回イベントで手合わせして頂きましたよね?」
「そうでゴザルな。高い技量と冷静な判断力で、非常に手強かったでゴザルが……こうして肩を並べるとなれば、実に心強いでゴザルよ」
レンの意図とは別の形で、実に大歓迎ムードな【七色の橋】のメンバー達。その空気感に【魔弾の射手】とクベラも加わってみせれば、【天使の抱擁】パーティの面々も早々に陥落するしかなかった。
尚、ジンとアンヘルの対話は、エリアボス戦が終わった後にしよう……という事になった。
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そして五つのパーティでレイドパーティを組み、ボス戦に挑んで三十分程の時間が経った。
「決着ゥゥゥーーーッ!!」
「……星型のアザを持つ血統の人……?」
ドラゴンを象ったデザインの黒い鎧の戦士が謎のポーズを取り、紫色の差し色が特徴的な装備の美女(戦姫が絶唱しそうなデザインのボディスーツと鎧姿)がツッコミを入れる。ユージン・ケリィ夫婦は、今日もいつも通りである。
その眼前で、もうダメとばかりに臥せっているのはオルトロスさんだ。既にHPはゼロ、討伐された直後である。
序盤は【十人十色】側と【天使の抱擁】側での連携を確かめるべく、セオリー通りの戦術でカース・オルトロス第一形態と戦闘。安定した立ち回りで、着実にオルトロスのHPを削っていった。
そして徐々に互いの動きが解る様になった所で、一気呵成に攻撃を開始。第一形態のHPを削り切り、第二形態へと変化したカース・オルトロスに全力攻撃を開始した。【変身】や神話系ユニークスキルの最終武技をフル活用し、強力な攻撃を次々と叩き込んでいく。
ちなみにここで、ハヤテとナタクが提唱したある仮説の検証も行われた。その仮説とは、エリアボスの持つデバフ効果……封印についてだ。
……
時を遡る事、数時間前。それは本日の攻略を開始する前、クラン拠点での報告会での事だ。
「全員分の封印されたスキルと、スキルスロットを確認したんスけど……これ、完全なランダムに見えて抜け穴があるかもッス」
「皆さんが封印されたスキルオーブは、通常のスロットにセットされているスキルで……実は【拡張スキルスロット】のスキルオーブは、誰も封印されていなかったんですよ」
ハヤテとナタクが、報告会が始まる前に封印デバフについて調べている内に気付いた点。二人は仲間達のスキル構成もしっかり頭に入れており、だからこそこの相違点に気付く事が出来ていた。
その説明を聞いたクランメンバーは、自分のスキルスロットを確認し……そして【拡張スキルスロット】を使用して、スキルスロットを増設していた者はスキル編成について思案を巡らせた。
封印されたくないスキルオーブを、【拡張スキルスロット】に装備する……それで切り札が封印されるという、最悪の事態を避ける事が出来る。
「これはもしかしたら、かなり有効な情報かもしれないね」
ケインが感心したように呟くと、アナスタシアも「検証する価値は、十分ありますね」と提案。そのままメンバー全員の総意で、封印デバフ対策の検証をする方向性に決定したのだ。
……
検証の結果、その仮説が正しいという可能性に大きく近付いた。ほぼほぼ確定的だろうが、念の為にまだ試行回数が必要だろう。
ともあれ今回のオルトロス戦では、【拡張スキルスロット】に装備されたスキルオーブは一つも封印されていなかったのだ。これは大きな進展かもしれない。
勿論、初の第三エリアボス戦となる【天使の抱擁】パーティは初耳だ。その為、そんな検証がされていたのかと驚いていたが……同時に、改めて確信する。
――着眼点も凄いし、それを検証するのも流石としか言えんな……やはり彼等は、このゲームでも相当な実力派揃い……!!
ハイドはそんな事を考えて、視線を横に向けてみる。そこには自分と同じ様に、感心しきりという表情を浮かべた仲間達の姿があった。
流石に下火であるものの、今でも彼等が不正を働いているなんて考えのプレイヤーもごく少数いるらしい。だがそんなプレイヤー達も、こうして考察と実践を繰り返して攻略法を見出していく彼等の姿を見たら、口が裂けてもそんな事は言えなくなるはずだ。少なくとも、ハイドはもう二度とそんな考えが頭を過る事は無いという確信があった。
ともあれ検証は更に大きな進展を迎えたが、そうなるといずれはこの情報を公開する事になるだろう。
そこで、一人の青年がシステム・ウィンドウを開いて唸ってみせる。
「ふむむ……この攻略法が確定して、公開されたら【拡張スキルスロット】は品薄になるやろな。今の内に、取引掲示板に出回っとる【拡張スキルスロット】のオーブを買うておこかなぁ……お値段はそこそこするけど、この情報が公になったらペイ出来そうやし」
「た……確かに、この情報が広まったら……需要が……高く、なりそうです……よね」
実は取引掲示板では、スキルオーブも売買がされているが……その中に、ちょくちょく【拡張スキルスロット】も売りに出されているのだ。売りに出す理由は単純に、【拡張スキルスロット】を使う程スキルオーブを持っていない……という理由だったりする。
初期スロットは三つで、そこから20レベル毎にスキルスロットが一つ解放。現在のレベルキャップは80であり、レベルカンスト勢であればスキルスロットは七つある。そこまで到達していなくても、大体のプレイヤーはスキルスロットが六つはある訳だ。
そして物理攻撃系プレイヤーの主要なスキルオーブは、メイン装備に該当する【○○の心得】。更に需要が増している【体捌きの心得】や【感知の心得】に、サブ装備用の心得系スキルオーブというのが殆どのスキル構成。
これに加えていくつかの補助スキルを装備出来れば、十分探索に耐え得るのが現在の環境である。
つまりスキルスロットばかり増えても、そこに装備するスキルオーブが無ければ宝の持ち腐れ……と考える層が、一定数以上居るという事だ。
逆に魔法主体のプレイヤーにとっては、【拡張スキルスロット】は喉から手が出る程欲しいモノだったりする。それもやはり、スキルオーブとスキルスロットの仕様に由来している。
魔法スキルを使用するにあたり、確定で必要になるのが【杖の心得】。基本的にはこれが無ければ、詠唱が出来ないのだから当然だろう。そして、加えて必要になるのが【〇魔法の心得】のスキルオーブだ。
【魔法の心得】系において、店売りスキルオーブは火・水・風・土・雷と、回復・支援。そしてガチャ限定で、光・闇・氷が排出される事が確認されている。
一つのパーティに入る魔法職は、基本的に多くても二人から三人。その中で回復専門や支援専門、攻撃専門というプレイヤーは少ない。
つまり【杖の心得】と一緒に、スキルスロットに装備するスキルオーブは最低でも三つか四つ……半分以上のスロットが、既に埋まる事になるのだ。
そんな事情もあって装備できるスキルオーブの数は、使用出来る魔法属性を増やす事に直結する。だから、魔法職プレイヤー的には【拡張スキルスロット】は非常に有用なアイテムと言えるのだった。
「ちなみにクベラ殿。【拡張スキルスロット】は、取引掲示板ではどのくらいの値段でゴザル?」
プレイ開始二日目で【拡張スキルスロット】を三つゲットして、それからもちょこちょこ入手しているジン。もしかして、まだスロットを増やす気なのだろうか。
ともあれ、そんなジンの質問にクベラは笑顔で答える。
「せやなぁ……やっぱガチャ産限定のスキルオーブやし、このくらいやな」
そう言って右手の指を五本立てるクベラに、ジンは「うん?」と首を傾げる。
「五百万ゴールド?」
「いーや、五千万や」
「五千!? 最高品質の船より高いんでゴザルか……!?」
「あっはっは、せやな! 船はまぁ、ゲームの進行に必要っちゅー事でそこそこなんやろな。スキルオーブだと、スーパーレアで排出率が高いモンなら一千から三千万くらいや。けど、低排出のオーブなら四から五千万。【拡張スキルスロット】は現時点でも、相場は五千万で出回っとるで」
「かなりお高いのでゴザルなぁ……」
ジンはそう言うが、それは一般的な戦闘職の感想。だが商人であるクベラの個人資産であれば、無理をしなければ二十個くらいは買う事が出来るはずである。
「せやな。だからこそ儲かるってのは、実際そうなんやけど……こういった商売はな、客だけが相手っちゅー訳やない。実は、同じ商人相手にもええ商売になるで」
「……えっ?」
そう不思議そうに首を傾げるカノンに、クベラは微笑みかける。
実はこの時点で、彼の脳裏には複数名のプレイヤーの顔と名前が浮かんでいた。それは情報を事前に渡しても良いと思える、商人プレイヤーの顔だ。
「この情報の売買で得られるのは、普通の商売で得られんモンやな。確かに、これは大きな儲けのチャンスや。せやけどそれを自分一人だけのモノにしたら、商人としてデメリットがあるっちゅー話でな」
情報を独占して自分一人だけがボロ儲けをすれば、同じ商人プレイヤーから顰蹙を買うだろう。しかもその理由が、クラン【十人十色】に所属しているからだ……などと言われて、自分だけではなくクランの仲間達にまでヘイトを集めかねない。
「せやけど、これがワイだけの儲けやのうて、ある程度の人望と実績を持っている商人……そうやな、大体四、五人くらいやったらどうや? 勿論、クランとは関係ない連中でや」
「一人で情報を独占しているとは、言えなくなる……ですか?」
勿論、多少の嫉妬はあるだろう。だが大半の商人は、「あいつらは事前に情報を集めていたんだな」と考えるだろう。
「ご明察や、ヒイロ君。それにな、同格の商人に情報を提供する事で、得られるモンもあるやろ?」
「……成程、貸しですね」
「正解、流石やな。この手の貸しっちゅーのは、案外バカに出来んもんでなぁ」
そんなクベラの説明を聞いていたカイル・アクア・アウスは、彼の商才に感心していた。
商売における嗅覚と、情報収集能力は言わずもがな。その辺りは、商人ロールプレイをするならば必須なのだろう。
重要なのは自身と帰属する組織にとっての、メリット・デメリットのバランス調整。それに加えて、想定し得るリスク管理も徹底している。更にそれを見越した人脈作りと、それを可能にする余裕を持った予算の確保。これを平然と実行に移せるだけの経験値も、侮りがたい点である。ぶっちゃけ、欲しい人材。
「流石ですね、クベラさん。一時の儲けには目もくれないとは」
ミリアもカイル達と同感だったらしく、感心した様子である。そんな彼女の称賛に、クベラはいつも通りの胡散臭そうな笑みを浮かべて肩を竦める。
「大したこっちゃないで? 商人プレイヤーとして名前が売れてるなら、大体こんなもんや」
「ふふ、御謙遜を」
この時点で、この場に居る誰もが同じことを考えた……このクベラという青年が、味方で良かったと。
そこでレンが、アンヘル達に視線を向ける。その視線に込められた意味合いに、真っ先に気付いたのはソラネコだ。
「大丈夫です、レンさん。全員、お口チャックしときます」
「そう言って頂けるなら、良かったです」
そう言って可愛らしく微笑むレンだが、ソラネコからしてみれば冷や汗モノである。
既に大きな借りがあるのに、今回のレイドパーティの件で借りが増えたのだ。これ以上の借りはいらないし、それが負債の意味合いならばもう本当に勘弁して欲しいところである。
が、まだ借りは増える事になりそうで。
「ちなみに皆さんは、次はどこのダンジョンへ? 俺達は、西側の方へ行こうと考えてるんですが」
「……え? あー、その……もしかして……?」
「今回の共闘で、結構いい感じでしたし。皆さんさえ良かったら、次も一緒にどうですか」
ヒイロがそう口にすれば、【十人十色】の面々は笑顔で頷いてみせた。どうやら既に、意思統一は出来ていたらしい。
そんな彼等からの誘いに、【天使の抱擁】とヴィクトは言葉を失ってしまうのだった。
尚、彼等は気付いていない……とあるメイドが、恋人と先程からシステム・ウィンドウでやり取りをしている事に。
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その後、レイドパーティから少し離れた場所で……ジンとアンヘルが、正面から向き合っていた。これは二人の会話を邪魔するまいという、双方の配慮によるものである。
ちなみに、ヒメノの機嫌は少し悪そうだった。ジンはログアウト前に、彼女のご機嫌取りが必要だと覚悟を決めていた。
それはさておきアンヘルなのだが、彼女はジンから視線を逸らさない。しかしながら、彼女からは何も言葉を告げようとはしない。その為、ジンは気まずさでいっぱいであった。
「えーと、アンヘル殿? お話があると伺ったでゴザルが……」
既に数分、お見合い状態が続いていた。なので、ジンから口火を切ったのだが……アンヘルは、そんなジンの言葉に「うん、そうだね」と頷いて……また、口を噤んだ。
どうしたものか? とジンが苦笑すると、そこでようやくアンヘルが二の句を継げた。
「……ごめんね、どう言葉にすれば良いのか……ちょっと、解らなくて。でも、そう……まずは、お礼。そうだ、お礼を言いたかったの」
アンヘルはジンの瞳を真っすぐに見つめながら、口元を緩ませた。
「私を止めてくれて、ありがとう……あの人達を止めてくれて、ありがとう……君には、たくさん感謝しているんだ」
あの人達というのは、当然【禁断の果実】のスパイ達。そして彼等を操っていた、ジェイク・カイト・アレク・エレナ・ルシア……ドラグの事だろう。
「確かに貴女と主に対峙したのは、拙者でござったが……あの一件は拙者一人の働きではござらぬし、感謝される程の事ではない……」
そこまで言うと、アンヘルの口元がキュッと横一文字に結ばれた。そして彼女が何かを口にしようとするが、その前にジンの言葉が紡ぎ出される方が早かった。
「……というのは、少々人情味に欠けるでゴザルな。拙者は貴女の言葉を、否定したい訳ではござらぬ故。大した事をした訳ではござらぬが……アンヘル殿のお言葉は、ありがたく頂戴するでゴザルよ」
ジンも、アンヘルの治療……その原因が、精神的なものに起因するのは察していた。ならば彼女に対して決してしてはならないのは、”突き放す様な言葉”や”頭ごなしに否定する言葉”だろうと考えた。
まだいち高校生であるジンだが、その人生経験は一般的な同年代のものより豊富だ。すぐに自分が彼女にどう接し、どう対応すべきかを見出していたらしい。
そんなジンの言葉を受けて、アンヘルの表情が和らいだ。彼女もまだ、自分の心が癒え切っていないのは自覚していた。そして精神の崩壊と違法薬物によって自我が混濁し続けていたせいで、他の人にとって当たり前の事が当たり前と思えない事も薄々気付いていたのだ。
だからこうして、自分の言葉を受け入れてくれた……感謝の想いをちゃんと受け止めてくれた事が、とてもうれしかったのだ。
「うん……伝えられて、嬉しい」
そう言って微笑む彼女の様子は、その言葉通りとても嬉しそうだった。先程まで、皆と一緒にやり取りしている中でも……そんな様子は、特に見受けられなかったのに。
そこでジンは、明らかに嫌な予感を覚えた。
アンヘルの視線は穏やかながら、静かに……だが確かに、熱を帯びている。その熱は燃えるような強い激情ではなさそうだが、吹けば飛びそうな淡い灯のように感じられた。
――よし、これ以上はマズい。
ジンは「さて!」と声を上げて、仲間達の方へと視線を向ける。強引に軌道修正をして、それを避ける……今の自分に出来る、最大限の配慮がそれだと確信して。
「それでは、アンヘル殿。皆と一緒に、明日の予定について相談するでゴザルよ」
「……ジン、君は……」
皆と、一緒に話そう。明日も一緒に、攻略に挑もう。彼女を否定しない様に、突き離さない様に。それを意識して、ジンはアンヘルに合流を促す。
しかし彼女はその場から動かず、ジンに視線を固定したままだ。そしてその形の良い唇が開かれて、漏れ出た言葉は……今の彼女の、本心からの言葉だった。
「……私にとって、特別な存在で……多分、これが本当に好きっていう気持ちなんだと思う」
嫌な予感が、的中してしまった。それでもジンは様々な考えを振り切りながら、アンヘルに向き直ってみせる。
「……友人枠であれば、喜んで」
せめて彼女を否定しない様に、突き離さない様に……しかし期待を持たせない様に、ハッキリとした言葉で。
僅かな胸の痛みを努めて無視しながら、ジンはアンヘルの好意に対してそう返した。
次回投稿予定日:2025/11/30(本編)
アンヘルに対しての非難のコメントがあるんじゃないかと思って、作者ガクブル。
話の流れがこうなったのは、私の責任だ。
だが私は謝らない。




