20-29 幕間・舞台裏の話
アンジェリカことアンヘルを含むギルド【天使の抱擁】の面々と、元・ドラグであったヴィクト=コン。そして【七色の橋】のシオン、【魔弾の射手】のビィトとクラウド、フリーランスのユージンとケリィ。アクアが当事者達と年長者達を集めて説明したのは、アンジェリカが表舞台から姿を消した理由……そして、その裏で進んでいた彼女の”治療”についての話だった。
彼女は過去にある出来事が原因で、精神崩壊寸前の状態になってしまっていた事。
その時にジェイクこと佐田貴志が、彼女も知らない内に違法薬物を繰り返し投与していた事。
その影響で正常な判断力を喪失しており、スパイ達の行動を放置してしまっていた事。
第四回イベントで愛を求めるだけではいけない事……そして、自分が間違いを犯している事を認識する事が出来た事。
離婚によって離れて暮らしていた父親がその事を知り、何もしない母親から親権を勝ち取り『伊賀星』姓から『御影野』姓に変わった事。
薬物を絶つ為の手段として、VR療法……VRにフルダイブする事で、薬物に対する禁断症状を緩和する治療法が採用された事。
ファースト・インテリジェンスの人間として、アクア達が彼女の治療に協力している事。
そしてアンヘルの治療の補助要員として、改心し警察の捜査にも積極的に協力したヴィクトを同行させている事。
それに加えて、第四回イベントのログアウト後……ヴィクトはアンヘルの身を案じて駆け付け、結果としてジェイク達から彼女を守り、罪を償う為に出頭した事も告げられた。
ちなみにVRゲームの中で、AWOを選んだのはアンヘル自身だ。その理由の一つは、自分の事を信じて待つ【天使の抱擁】の面々の存在である。
違法薬物を投与されていた事までは自覚すらないので知らなかった彼等だが、それでも自分を慮って待っていてくれた……【禁断の果実】とは違う、本当の意味での仲間の存在。それは、彼女の心に差した光にも等しいものだった。
迷惑を掛けてしまった仲間達に、ちゃんと謝って……そして、感謝の言葉を伝えたい。それがアンヘルの、理由の一つである。
そして、理由はもう一つあった。それは愛だけを追い求めて、誤った道に突き進んでいた……そんな自分を止めてくれた存在に、逢いたかったからだ。
「アクアさん、ジンと話をする事は出来ますか?」
理由を口にした後、アンヘルはアクアにそう問い掛けた。あの時【禁断の果実】を追い詰め、そして彼等の操り人形同然だったアンジェリカを止めたジン。彼女はどうやら、その時の事を深く感謝しているらしい。
「……少し、待っていてね」
そう告げて、アクアは離れた場所で待機している学生組の下へと向かう。どうしたのだろう? といった顔をしているジンに、アクアは掻い摘んで事情を説明している様だ。
……
「さて、アンジェリカ君……ではなく、アンヘル君だね。あれから、具合はどうだい?」
アクアがジンを呼びに行ったその合間に、ユージンがアンヘルに声を掛ける。
二人は第四回イベントの戦場……スパイ達を討伐した際に、ほんの数分顔を合わせただけの間柄だ。しかしアンヘルにとって、ジンやヒメノに次ぐくらいには彼の存在が気になっていた。
「……あれから、何か楽になった気がする。あなたは、私に何をしてくれたの?」
「うん? あの時言った通りさ。少しだけ、運気が向く様になるおまじないだよ」
ユージンが言う”おまじない”について、彼が何をしたのかを理解する事が出来るのはケリィだけだ。その会話を聞いていた誰もが、その”おまじない”とは何だ? と内心で首を傾げるばかりであった。
「……おまじない」
「そう、おまじない」
ユージンの言う”おまじない”の正体は解らないが、アンヘルにとっては”呪いを解く魔法”でもかけられた様な心境だった。
それはまるで、行方知れずだった自分の心の在処が分かる様な感覚。そして常に感じていたモノ……形容するならば、他人から向けられ慣れていた”纏わり付くようなじっとりとした何か”が無くなり、”清涼感を感じさせる爽やかなもの”に変化した様な感覚だった。
それらはあの日の夜……ジンと対峙して敗北し、ユージンからおまじないを掛けられ、仲間達に身を案じて貰い、そして梶定が自分を助ける為に駆け付けてくれた時からの変化だ。
「何があったのか、今もまだよく解らないけれど……おまじない、ありがとうございました」
「ははは、大した事はしていないけれどね。まぁ……うん、どういたしましてだ」
同時に、そんな会話をしている二人を離れた場所から見守るヴィクト。そんなヴィクトに、ハイドとソラネコ・エミールが視線を向けていた。
数日前に、アンヘルと共に彼等の前に姿を現したヴィクト。彼は言い訳をする事なく、ありのままの真実を彼等に伝え謝罪した。勿論それでハイド達がヴィクトを赦す事は無く、アンヘルの取り成しがなければこうして行動を共にする事すら無かっただろう。
しかし、先のアクアの事情説明……その際に、彼がジェイク達からアンヘルを守ったという事は知らなかった。スパイ騒動の捜査に協力している事も、初耳の話だったのだ。
それは恐らく、敢えて話さなかったのだろう……と、ハイド達は考え始めたのだ。
――多分、自分の罪を自覚して……それも償いの一環なのだと思って、そうしたんだろうが……。
これまでは彼がジェイク達の仲間であり、スパイであり、精神が崩壊している伊賀星美紀を利用した存在で……自分達が現在の状況に陥った、元凶の一人だという認識だった。
だから彼は基本的には居ないものとして扱い、やむを得ない場合でも仲間として扱わずに接して来た。これは「自分達がアンヘルを守る」という意思の表れであると同時に、「多くの人を騙し傷付けたスパイ達を決して許さない」という無言の警告でもあった。
しかし先の話を聞いて、少なくとも未だにアンヘルを傷付けてでも手中に収めようとする輩ではないのでは? と感じる事が出来た。今でも赦す事は出来ないが、他のスパイ達とヴィクトは違うのかもしれない……と。
だから、ハイドはヴィクトに小声で問い掛けた。
「……何故、そうまでして彼女を守ろうとする?」
思えば彼と会話らしい会話をするのは、これが初めてかもしれない。そんなハイドの言葉を受けて、ヴィクトの視線が彼に向く。ヴィクトの視線は真摯さを感じさせるもので、あの騒動の夜に垣間見たドラグの濁った視線とは丸っきり別物だ。
「……一番最初に償わなければならない相手が、彼女だからだ」
そう口にしたヴィクトの声は、若干震えている様に聞こえる。
――一番、最初……か。
アンジェリカこと伊賀星美紀は、アンヘルと名を変えた。そして現実でも、父方に引き取られて御影野美紀となった。
精神崩壊状態だった彼女の治療が進めば、彼女もきっと正常な思考能力を取り戻すだろう。その時彼女が、自分がどんな目に遭わされたのかを自覚したら? その怒りと憎しみは、ヴィクトやジェイク達……そして、スパイ達に向けられる可能性がある。
恐らくそうなれば、真っ先にその矛先が向けられるのは……ヴィクト=コンとして彼女の治療をサポートする、益井舵定だろう。
罪を償うつもりで、彼女のサポートをすれば……その憎悪を緩和できるか? 等といった、底意地の汚い目的でもあるのだろうか。少なくともハイドから見た限り、目の前の人物にそんな狡賢い考えは見受けられない。
――アンヘルさんの治療が完了すれば、ヴィクトは彼女自身に断罪される……それを理解していて、それでも尚、彼はアンヘルさんの治療に協力する事を選んだ……って事か? それも贖罪の一つだと、覚悟している……そういう事なのか。
そして、彼等の被害者は彼女一人ではない。
自分達……ギルド【天使の抱擁】に、スパイを潜入させていた各ギルド。不正騒動によってその名誉を著しく傷付けられた、ギルド【七色の橋】。そして彼自身がスパイとして潜入し、裏切りの果てに追放という決断を迫られたギルド【桃園の誓い】。
償わなければならない相手の多さも、何を以って償うのかという困難さも、彼にとっては重く圧し掛かる逃れ様が無い現実だ。
その現実に向き合い、背負う覚悟。それがどこまで保てるかは彼次第だが、少なくとも現時点では……彼は、逃げずに真っすぐに向き合っている。
思考で口を閉ざしていたハイドは、結論を出すには早計だと判断した。今は良くても、しばらく経てば……なんて事も、十二分に考えられる。だから、そうならない様にしなくてはならない。
「……そうか。そうである事を、祈っておく。俺達は、その言葉が嘘じゃないか……徹底的に、見張らせて貰うぞ」
アンヘルだけではなく、ヴィクトも近くに置いて監視するべきだ。それが出来るのは、現時点では自分達だけなのだから。
――後で二人が居ない所で、メンバーと話し合おう。折角アンヘルさんが、俺達を仲間と信じて戻って来たんだし……今のままギスってるのも、楽しいゲームとは言えないしな。
それは何よりも、アンヘルの為……加えて、自分達の為に。
そしてほんの少しだけ……ヴィクトが最後まで、折れる事無く罪を償う為に。
ギスギスを長々と描きたくないので、少し緩和させます。
ユージンさんの、おまじない? それってまんま【解j……




