20-26 攻略情報が出回りました
第三エリアボス戦の翌日、三月九日。この日の活動は、次の攻略準備に移る前にまずは結果報告から始まった。
まず結果について言及すると、クラン【十人十色】は無事に三箇所のダンジョン攻略に成功したのだった。
そしてその事実はワールドアナウンスで、全プレイヤーに向けて発信されていた。特に盛り上がったのが、【AWO雑談スレ257】である。
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173 名無し
エリアボスは どこで何をしていますか?
この道の 続く場所にいますか?
174 名無し
>173
おいやめろ
名曲を何だと思ってるんだ
175 名無し
>173
暇なの?
その努力をもっと別の方面に活かせよ
176 名無し
>173
兵士に守られてるダンジョンに居る可能性が高いらしいぞ
詳しくは前スレ見ろ
177 名無し
>176
まだ入る許可貰えない
178 名無し
>177
クエスト進めろボケが
179 名無し
掲示板は今日も酷いな
実家のような安心感
180 名無し
>179
そんな実家で大丈夫か?
181 名無し
兵士が警備しているダンジョンに入る方法は
領内のクエストを進めて貢献度を稼いで
領主からの許可を得なくてはならない
らしい、俺はまだ入れない
182 名無し
俺はもう入ったんだが、途中でヤバくなって撤退したわ
ダンジョン内のモンスターが今までより強いのなんの
183 名無し
お?
ワールドアナウンスだ
184 名無し
ktkr!
185 名無し
ヘル・デュラハン?
東側第三エリアボスはデュラハンなの?
186 名無し
おー!
クラン【十人十色】!!
今回の一番乗りは【VC】だったか!!
187 名無し
でもやっぱ【七色】と【魔弾】しか表示されんかったな
前のスレで予想してたヤツいたけどアタリじゃん
188 名無し
エリアボスの魔力で発生してた大渦が消えた?
それってつまり……船で行けるってコト!?
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東側第三エリアボス、ヘル・デュラハン。
【七色の橋】と【魔弾の射手】に、ユージン・ケリィ・クベラを加えた四パーティで攻略完了。スピード・アタック・ボーナスの制限時間は、戦闘開始から四十五分。
また全サーバー含めて初の討伐となり、金銀のガチャチケットが追加配布された。
ちなみにジン達が討伐を完了した後に、クラン【ルーチェ&オンブラ】と【無限の可能性】も一時間遅れで攻略完了を公式掲示板で宣言している。
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249 名無し
おぉっ!?
今日二回目のワルアナ!?
250 名無し
おかしいな
ワルアナって一日何回もするもんじゃなかった気が……
251 名無し
【騎士団連盟】!!
【LOK】がやりおった!!
252 名無し
西側の第三エリアボスは【LOK】が初討伐か
これで東と西が……
あれ、これもしかして次は南じゃね?
253 名無し
東西南北ってか?
やめろよ、そういう有り得そうな事言うの
当たったらお前のコテハン予言者な
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西側第三エリアボス、カオス・マンティコア。
【桃園の誓い】と【ラピュセル】に、リリィ・コヨミ・ネコヒメを加えた五パーティで攻略完了。
こちらもスピード・アタック・ボーナスは四十五分以内となっており、無事に入手が出来たらしい。
ただ初討伐は同タイミングでボス戦に挑んだ【騎士団連盟】が達成。ケイン達がマンティコアをあと少しで倒せるという所まで追い詰めており、どうやらタッチの差だったらしい。
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273 名無し
北かよ!?
そこは南じゃないのかよ!!
274 名無し
>273
ハァ?
275 名無し
>273
ところがどっこい……南じゃありません……!
北です……! これが現実……!
276 名無し
そういや前スレで【FS】を北で見たって言ってたっけか
277 名無し
それにしても三回連続でワルアナか……
何かこれさ、第二エリアボスが出現した時思い出さね?
278 名無し
予言者にならなくてよかった……
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三番目にワールドアナウンスが流れたのは、ジン達がヘル・デュラハンを討伐した三十分後……そして、【騎士団連盟】が攻略を完了した十分後の事だった。
北側第三エリアボス、カース・オルトロスの討伐……それを成し遂げたのは、【開拓者の精神】だ。
こちらには【十人十色】のレイドパーティは参加していなかったので、【開拓者の精神】が公式掲示板に公開した初出の情報を確認。
どうやらこのダンジョンでは、凍結という状態異常を与えて来るモンスターが多いらしい。勿論、オルトロスも凍結を使用して来るのだが……凍結状態で攻撃を喰らうと被ダメージが上がり、オルトロスの一撃で最悪即死も有り得るのだとか。実に危険極まりないエリアボスである。
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298 名無し
おっ!?
やはり来たかワールドアナウンス!
299 名無し
南は……アビス・スキュラ?
スキュラってどんなモンスターだ?
300 名無し
ほぉ……やはり【導きの足跡】か
やっぱこの四クランは強いなぁ
301 名無し
とんでもねぇ奴らと
同じ時代にうまれちまったもんだぜ
302 名無し
あまりに突然のことが次々と起こり
どう反応してよいかわかりません
303 名無し
>299
ggr
304 名無し
Σ( ゜Д゜)!?
たった数時間で、ここまで一気に攻略進むの!?
俺今日こそエリアボス見付けようと思って
急いで仕事終わらせて帰って来たのに!!
305 名無し
>304
お仕事お疲れさんやで……
306 名無し
>302
とりあえず踊ってみたら?
307 名無し
>304
仕事をサボらずちゃんと終わらせて帰って来てえらい
そんな >304 を誇りに思う
308 名無し
>306
今夜はパーリィナイッ!……ってコト!?
309 名無し
>307
お前は >304 の何なんだよ
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最後に【忍者ふぁんくらぶ】が挑んだ、南側第三エリアボス……アビス・スキュラ。
その初討伐アナウンスは、ジン達のアナウンスからおよそ一時間後の事だった。成し遂げたのは【忍者ふぁんくらぶ】ではなく、【導きの足跡】によるものだった。
やはりメンバーの大半が、AGI中心のビルドである事が影響しているのだろう。スピード・アタック・ボーナスも制限時間ギリギリだったらしい。
そんな掲示板の盛り上がりは置いておきジン達は、昨夜の内に得られた情報の精査をしていた。
勿論クラン【十人十色】も、今回のダンジョンアタックで得られた有力な情報を公開済みだ。
「第一形態と第二形態、それにスキルオーブを封印するデバフに、ガッツスキル……これは、どのエリアボスも共通みたいだね」
「はい。後は道中の敵の傾向でしょうか」
「上層は数が多いモンスター、下層は個々の力が強いモンスターが待ち構える点も、同じ様ですね」
「つまり攻略手順とかは、変わらない……と。後は、各ダンジョンで用意すべきデバフ対策ですね!」
「これだけ情報が揃えば、他のクランやギルドもエリアボス攻略に乗り出すだろうな」
「そうね。でも、こうも立て続けにワルアナが流れるとはねぇ……」
「掲示板、大盛り上がりだったみたいですね」
各地域でのエリアボス攻略達成が、立て続けに起きている状況。これは第二エリアから、第三エリアに到達した時の事を思い出すかもしれない。
しかしあの時と違うのは、陰で暗躍する【禁断の果実】の様な者達が居る訳では無い事だ。純粋にトップランカー達が、持てる力を駆使して攻略に臨んだ結果。
つまり健全な競い合いの結果が、このワールドアナウンスのラッシュに繋がったのだ。これはゲームを運営する【ユートピア・クリエイティブ】としても、嬉しい誤算だっただろう。
「さて……それで、ここから先の攻略についてなんだけど……まずは攻略を完了した後の事について、確認しようか」
ケインがそう切り出すと、全員が真剣に彼の次の言葉を待つ。
クラン【十人十色】の各ギルドには、中高生が少なからず在籍している。その為昨夜は、攻略を完了したらすぐに学生組はログアウト。大学生組の一部と社会人組の一部で、新大陸に渡る方法について少しだけ調べたのだ。
「この島の先……他の大陸に向かうには、船が必要になるんですよね」
「でも、すぐに使える船は無い……っていうのが、問題ね」
これは【十人十色】だけではなく、【騎士団連盟】【開拓者の精神】【導きの足跡】も公開している情報だった。
というのも各方面に発生した大渦で、[アウルコア]は封鎖状態にあった。船も大渦のせいで破損したか、手入れされずに放置されている状態だったのだ。
そんな訳で現在は、すぐに海の向こうにある大陸と行き来する手段が無い状態なのである。
だがそれは、一定の期間だけ。その情報は、ある勢力から齎されていた。
「これはまだ非公開情報だけど、実は【ルーチェ&オンブラ】と【無限の可能性】から新情報があったんだ。東側の領主は大渦が無くなった事で、海の先の大陸との航行を再開させるらしい」
ケインが口にしたその情報は、【真紅の誓い】のクリムゾンから送られたものだ。かつてはクリムゾンからの一方的なライバル意識を向けられていたのだが、クリスマスパーティー以降はたまにやり取りをする様になったらしい。
何気にケインも、アークやクリムゾンといった強力なプレイヤーから、好敵手と認められているのだった。
「今は急ピッチで船の整備を進めているらしいが……その時、良かったら護衛代わりに乗船しないかと言われたみたいだ。どうやら、最初の足掛かりは各地方の領主と話す事みたいだね」
ちなみにその整備が終わるのは、半月後という話も聞けたそうな。つまり新エリアには、今はまだ行けないらしい。
「これって、PKerはどうするんでしょうね? 流石に他の大陸に行かせない……っていう事には、出来ないと思うんですけれど……」
イザベルがそう告げると、確かに……という顔をするメンバーが大半だ。そんな仲間達の様子に、ユージンが肩を竦めて口を開く。
「恐らく、PKer向けの抜け道があるんじゃないかな。NPCが全員、善人という訳では無いだろう? エリアボスを討伐して、船で大陸に渡る……というのは、きっと共通。ただその際に、やり取りをする現地人が同じとは限らないんじゃないかな?」
「成程……実は街の中とかフィールドマップに、盗賊とか暗殺者みたいな連中が潜んでいる……って感じでしょうか」
人型のNPCと戦闘する機会も実際にあるし、その傾向は第三エリア以降に多くなっている事もある。となれば領兵達が見張る場所とは別のルートでダンジョンに入ったり、船を秘密裏に隠しているなんて事も有り得るかもしれない。
「ともあれ、半月後までに四箇所のエリアボスを討伐出来れば良い……という事だろうね。そして半月後、領主の船に乗船して第四エリアに渡る。つまり今やれるのは……」
「エリアボス攻略! ですね!」
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その頃、とある場所。黒を基調とするプレイヤー達が集まっている場所に、二人の少女が一人の男性を連れて歩いて来た。
「御頭、お待たせしました」
「連れて来ましたよ~」
少女達……ビヴァリーとコルデーが声を掛けると、瓦礫の壁にもたれ掛かっていた青年が顔を向ける。
「おう、ご苦労さん。で、そっちの情報屋さんはようこそだ」
「ほいほい、お邪魔しますよっと。初めまして、【漆黒の旅団】の皆さん?」
目深に被っていたフードを外して、素顔を見せる男性。無造作ヘアーの赤い髪以外は、平凡そうな目鼻立ちである。しかしグレイヴは、彼の顔……いや、目を見て只者では無いと確信した。
――この男の目は、そこら辺のプレイヤーとは全く違う……噂以上に、とんでもなさそうな男だ。
ビヴァリーとコルデーのツテで招かれた、情報屋を営む詳細不明の男……スオウ=ミチバ。グレイヴは初対面で、彼が相当な実力者だと見抜いた。それも恐らく……一対一で戦えば、相当厳しい戦いになるだろうと。
同時にスオウの視線から、自分達を見定めようとしているのだとグレイヴは感じ取った。
もっとも自分達がPKギルドであるのは、スオウも承知の上でここまで来ている。PKされる可能性を考えれば、無理もないだろう。
だが、事実は全く異なったりするのだが。
「……よし、オッケー」
「あん? いきなり何だ?」
いきなり何かを評価したらしいスオウに、グレイヴは訝し気な視線を向けるが……スオウを両脇から挟む様に、ビヴァリーとコルデーが彼に詰め寄った。
「もう……だから私達、何度も言ったじゃない。良い人達で、可愛がって貰ってるって」
「そうですよ。皆さん優しくて、とても良くして頂いていますよ」
「いや、二人がそう言うなら間違いないとは思ってたけどさ? ほらぁ、やっぱこの目で見るまでは、気になっちゃうんだってば」
どうやらスオウは、彼女達と親しい仲らしい。だが男女のそういう感じでは無さそうだし、かと言って友人とも思えない。
「いやはや、失礼。改めて、情報屋なんてものやってるスオウ=ミチバだよ」
「……ハジメマシテ。俺ァグレイヴ、こいつらの親玉だ。ヨロシク、あー……」
「スオウでも、ミチバでも、ミッチーでも好きに呼んでくれていいよ?」
「ハァ?……じゃあ、ミッチーって呼ぶぞ」
「それで呼んでくれたの、君が初めてだよ。ありがとう、グレイヴ君」
手を差し出すスオウに、グレイヴは表情を変えずに応じる。少なくとも、互いに敵意が無い事は確認できただろう。
だが、腹の探り合いはそこまでだった。グレイヴが握手した所で、スオウがフッと笑って口を開いたのだ。
「ビヴァリーとコルデーが、いつもお世話になっているね。君達だから教えるけど、俺はこの子達とは……所謂、親戚関係なんだよ」
「……! そうかい、道理で。こっちこそ、二人にゃ世話になってるんでな。お互い様ってやつだ」
そう言うとグレイヴが握手をする手に軽く力を籠めたので、スオウも同じ様に少し握手の力を強めた。それは儀礼的な握手から、友好的な握手に変わった事を意味する。
握手を終えて二人が向き合うと、ビヴァリーとコルデーはグレイヴの側に立って控える。そして他の【漆黒の旅団】のメンバーも、グレイヴの後ろに集まっていく。
「どんなツテかと思えば、まさか親戚のにーちゃんだったとはな。わざわざ来て貰って、申し訳ねェ」
「ハハッ、にーちゃんって年でも無いけどね。それに、そんな畏まんないで良いよ。二人のお仲間に会えるなら、第四エリアまででも飛んで行くさ……まぁ、飛ぶ手段は今は無さそうだけど」
スオウが出した、第四エリアという言葉。それを受けて、【漆黒の旅団】の面々はハッとする。既にスオウは、自分達が何を依頼したいか察している……それに気付いたのだ。
グレイヴはビヴァリーとコルデーに視線を向ければ、二人は微笑みながら首を横に振った。それは「自分達からは、まだ何も説明していない」という意思表示だ。
「驚くほどの事じゃあないって。他のPKer連中はどうかは知ら……いや、まぁ知ってんだけどね。君達は、ゲームをゲームとして楽しんでる。となれば、第四エリア到達を目指しているのは解るさ」
「……話が早ェのは、助かる。俺達は『第四エリアに到達する方法』を探してる」
グレイヴがハッキリとそう言うと、スオウは腕を組んで頷く。
「良いね、明確に伝えて貰えるのは、俺としても超助かる。互いの要求が曖昧だと、トラブルの原因になるからね」
そこまで口にすると、スオウは笑みを消した。その瞬間、場の空気は一気に変わる。
雰囲気が変わったスオウは真剣な表情で、グレイヴとその仲間達に向き直る。
「さて、俺からの要求は”俺から情報を買った事を口外しない”事と、”情報を悪用して不当な利益を得ない事”。君達は、この要求に応えられるかい?」
「ほぉ……成程な。ちなみに確認だが、他のゴミクズ共より先に第四エリアに到達するのは”不当な利益”に該当すんのか?」
グレイヴの問い掛けに、スオウはニッと笑って首を横に振る。
「しないね。自分達で情報を搔き集めて、自分達の力でエリアボスを倒し、自分達で新エリアに到達する。実に真っ当なプレイだろ? 俺から情報を買うってのも、ちゃんとした情報収集だし。ってか、じゃないと俺が商売あがったりじゃん」
「そりゃそうだ」
グレイヴはおどける様に肩を竦め、そして改めてスオウに正面から向き直る。
「俺等はPKerだが、約束を反故にする様なクズになるつもりはねェ。アンタの要求は、至極真っ当なモンだしな。口外はしねェし、荒稼ぎもしねェ。約束する」
約束を明言したグレイヴは、後ろに控えるメンバーに視線を向ける。
「お前等も、それで良いな?」
そのグレイヴの問い掛けに対する反応は、すぐだった。
「当然だ、御頭」
「私達も約束するわ、情報屋さん」
「御頭の決定に従うよ」
それぞれの言葉で意思表示をするメンバーを見て、スオウは満足げに頷いてみせる。
「オーケー、文句無しだ。それじゃあ改めて、依頼内容について伺おうか」
スオウがそう言うと、グレイヴは真剣な表情で言葉を紡ぎ出した。
「『PKerが第四エリアに到達する方法』……この情報を、売って貰いてェ」
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同時刻、北側第三エリアにある氷原都市[フリズェベネ]。その都市を治める領主の館の前に、数名のプレイヤーの姿があった。
「……これで、やっと一箇所目か」
「そうだな……でも、意外と短期間で行けた方じゃないか?」
手にした≪領主の許可証≫を見つめながら、そう呟くのは赤い鎧の上に防寒用のフード付きマントを身に着けた青年。
「他のエリアなら、もっと楽だったのに……本当に厄介よね、今の状況。あっ、もうそろそろバフ切れるわね」
そう言いながら寒そうに身を縮こまらせる女性は、システム・ウィンドウを開いてアイテムを取り出す。
「はい、アンヘルさん」
「ありがとう、ソラネコさん」
寒冷ダメージを防ぐ消費アイテム≪火竜の溜息≫を手渡すのは、【天使の抱擁】のソラネコ。そして受け取ったのは、第五回イベントでPKKに参加していた仮面を付けた女性・アンヘルだった。
「使い方は大丈夫かしら」
「うん、わかるよ」
アンヘルにアイテムを手渡したソラネコは、もう一人の人物……アンヘル同様に仮面を付けた、青年に視線を向ける。
「……必要なら、渡すわ」
「……お願いします。代金は、後日必ずお支払いします」
アンヘルに手渡した時とは違う、厳しさを隠そうともしない態度のソラネコ。それに対し、心底申し訳なさそうに頭を下げるのはヴィクト=コンだ。そんなヴィクトにあからさまに溜息を吐いて、ソラネコは≪火竜の溜息≫を渡した。
その間に他のメンバーは、自分で用意したアイテムでバフを継続させていく。
「これで北側のダンジョンに潜れる様になった……まぁ、スタートラインに立っただけで、本番はここからだがな」
「トップ勢はもう、少なくとも一カ所を攻略完了だものね」
各勢力が第四エリア到達を目指している現在、ギルド【天使の抱擁】も同様に活動を続けている。
しかし彼等【天使の抱擁】は、周囲のプレイヤーからの風当たりが強い状況が続いている。そんな事情もあり、東・西・南のエリアでは心無いプレイヤーの視線や言葉が集中する事が懸念された。
自分達だけならばまだしも、今のパーティ内にはアンヘルが居る。彼女がそれらに晒される事を、ハイド達は良しとは出来なかった。だからこそ常時寒冷ダメージを受けるせいで不人気であり、プレイヤーが多くない北側第三エリアの攻略を進めていたのだ。
寒冷ダメージ対策となる«火竜の溜息»を用意したせいで所持金は心許ないが、領主のクエストを達成する事に成功し«領主の許可証»を入手出来た。
これでいよいよ、海底のダンジョンに入る事が出来る様になったのだ。
「よし、俺達と組んでくれるパーティとかは期待出来ないし、そもそも不人気マップで他のパーティが居るかどうかも怪しい。まずはとにかく準備と確認だ」
「【開拓者の精神】の情報公開があっても、そもそも領主から許可を得ていないとダンジョンに入れないしなぁ」
「領主クエストの情報をくれたジンさん達には、何らかの形でお返しがしたいな」
「だなぁ。そしてヒメノちゃんがめっちゃ可愛かった……また会えないかな……」
第四エリアへの切符を手に入れる為に、都市内で攻略準備を進めるべく動き出す【天使の抱擁】。そんな彼等は自然に、アンヘルを囲む様に陣形を形成する。
「ジンと、ヒメノ……」
ポツリと、二人の名前を呟くアンヘル。その呟きを拾うのは、彼女の左右を固める女性二人だ。
「どうかしたかしら、アンヘルさん?」
「ジンさんとヒメノさんが、気になるとか?」
ソラネコとミシェルがそう問い掛けると、アンヘルは首を縦に振ってみせる。
「うん。私の理想は……きっと、あの二人だと思う」
……
「ハ……ファ……ハァックションッ!!」
「ふぁ……くしゅんっ!!」
「ジン君、ヒメノちゃん? 二人共同じタイミングでくしゃみ? 本当に似た者夫婦ねぇ」
「ヒメノちゃんのくしゃみ可愛いな」
「北側は寒いからな、しっかり対策をして行こう」
次回投稿予定日:2025/11/15(本編)
くしゃみたすかる。




