20-10 幕間・リリィの探索
第四エリアを目指す為の、準備期間。その中で、私はすっかり仲良くなったコヨミさんとコンビを組んで素材を集めています。コンビとは言っても私のPAC・スピカちゃんと、コヨミさんのPACであるリゲルちゃんが居るので四人での行動。
「薬草の採取は私が、木材の採取はコヨミさんとスピカちゃんでお願いします。リゲルちゃんには、私と一緒に動いて貰っても良いですか?」
コヨミさんの大剣とスピカちゃんの刀なら、伐採に掛かる時間は短くて済みますからね。それにリゲルちゃんが防御に長けているのも、理由の一つですね。私は前衛が居ないと、戦う場合厳しいですから。
「そうですね。リゲル、リリィさんの護衛をお願いね!」
「はーい! リリィさん、宜しくお願いします!」
「リゲル、マスターをお願いね。マスター、行って来ます」
ここは、第三エリアの森の中。どちらかと言うと、警戒しているのはモンスターではなくプレイヤーの方です。PKer達は先の騒動で、一部を除いて戦力が激減。そのお陰でPKされたという話も少なくなっているらしく、そちらの方面ではあまり不安要素はありません。
どちらかと言うと、心配なのは……。
「おい、本当にこっちにヨミヨミが居たんだろうな!?」
「掲示板に目撃情報があったのは、間違いなくこの辺だ!!」
「リリィちゃん、リリィちゃんに会えるチャンス!!」
こっち方面の不安要素ですね。
「リゲルちゃん、もうちょっと人目に付きにくい方に行きましょうか……あと、声は抑え目でお願いしますね」
「解りました、任せて下さい」
私の要望通り、リゲルちゃんは声を抑えてニコニコしながら頷いて応えてくれる。この子は素直で可愛いので、こういう所は本当に助かります。
勿論、私のスピカちゃんが素直じゃないという訳ではありませんよ? 彼女はどっちかと言うと冷静沈着で、デキる女の子! って感じの、頼り甲斐があるタイプですね。
恐らく私やコヨミさんのファンなのだろうプレイヤー達に見付からない様に、私達は更に森の奥へと進んでいきました。
……
森の奥へと向かって行きつつ、薬草を採取してゲーム内時間で三十分程。結構な量の薬草をゲット出来たので、成果としては上々でしょうか。
そろそろコヨミさんに連絡をして、合流を……そう思った私の耳に、草木の葉が擦れる様な音が届きました。
「リゲルちゃん、何かが近くに居ます。一度、身を隠しましょう」
「はい、了解です」
太い木の幹の影に隠れて、音がした方向を注意深く観察。すると生い茂る草木の中から、馬タイプのモンスターが姿を現しました。印象的なのは、その額……銀色の立派な角が、生えている事でした。その見た目から推測できるあのモンスターの正体は、一つでした。
――ユニコーン。
まさかこんな偶然の遭遇になるとは、思ってもみませんでした。
ユニコーンらしきモンスターは時折、掲示板で目撃情報のあるモンスターです。その目撃情報は森の中という事だけは共通していますが、出現場所は東西南北から、第一エリアから第三エリアまで幅広いそうです。
遭遇する条件も不明で目撃したプレイヤーは男性女性問わず、初心者から最前線クラスのプレイヤーまでレベルも異なります。そして攻撃したら凄い速さでその場を離れるらしく、討伐報告は皆無。
その情報から、徘徊型のレアモンスターなのではないかと言われています。
木陰に隠れて観察をしていると、ユニコーンは小川で水を飲み始めました。どうやら休憩の為に川辺に来たらしく、今はまだこちらに気付いてはいないみたいですね。
しかし、そんな時でした。
「おい、こっちはどうだ!?」
「リリィちゃーん!! どこだー!?」
どうやら、私を探しているプレイヤー達が近くまで迫って来た様です。というか、そんな風に呼び掛けられたら即座に逃げるんですけど……。
ともあれ思わず声がした方向に顔を向け、そしてユニコーンに視線を戻すと……その黒くつぶらな瞳と、私の目が合いました。
身体をこちらに向けたユニコーンは低く嘶いて、こちらを警戒している様です。しかし、襲い掛かって来る様子はありません。
……あれ? 攻撃して来るのではなく、警戒している?
モンスターは基本的に、接敵範囲内に入ったプレイヤーを目視するとすぐに戦闘行動に移ります。これはボスモンスターも、モブモンスターも変わりありません。
ですがユニコーンは警戒態勢ではありますが、戦闘行動にすぐに移る様子は無く……私達の出方を窺っている様に思えます。という事は、ユニコーンは問答無用でこちらを攻撃する事は無いのかも?
そうしている内に、私はもう一つおかしな点に気が付きました。ユニコーンの頭上のHPバーが、半分程の状態なのです。更によくよく見るとその白い体毛で覆われた体のあちらこちらに、ダメージエフェクトの痕があるのです。それが無ければ、見た目はきっと真っ白で美しい馬体なのでしょう。
でも、ダメージエフェクトの痕跡……それは時間経過で消えてなくなるはずなのに、ユニコーンの身体にはそれが残っています。
「あの、もしかして……それは私達、異邦人が付けた傷痕ですか?」
それくらいしか、考えられないですね。ユニコーンが攻撃をしないで、こちらを警戒しているのも当然かもしれません。
「それなら……待っていて下さいね」
ここで≪魔楽器・笛≫を使うと、あのプレイヤー達が気付いてこちらに来てしまうでしょう。だからそれは避けて、通常の魔法の詠唱を開始。
私が詠唱を開始した事で、ユニコーンは地面を蹴って私に向かって来ました。その額に生えた、立派な角を突き出しながら……。
「リリィさん!!」
「大丈夫!!」
戦闘態勢に入ろうとするリゲルちゃんを言葉で止めて、私は詠唱を続ける。ユニコーンはきっと、怖がっているか驚いているだけ。それに私の詠唱は、もう完成するから。
「【メガヒール】」
ユニコーンに向けて回復魔法【メガヒール】を発動すると、その馬体に刻まれた傷痕が癒され消えていきます。頭上のHPバーも、一気に八割くらいまで回復する事が出来ました。
そして自分が回復した事に気付いたらしく、ユニコーンは足を止めました。
「大丈夫、私はあなたを傷付けたりしないから。もう一回で、全快になるかな? それじゃあ……」
私はもう一度詠唱を始めようとしますが、そこで時間切れになってしまいました。恐らく、今の回復魔法の光であの人達がこちらに何かいると気付いたのでしょう。
「いた!! リリィちゃんだ!!」
「うおおおっ、リリィちゃーん!!」
「ま、待て!! あれって……!!」
「ユニコーン!? レアモンスターじゃねーか!!」
「ラッキーだ!! ユニコーンを倒してリリィちゃんに良い所見せるぜ!!」
あぁ、なんてタイミングの悪い。私を追い掛けて来たプレイヤー達が、武器を構えながら駆け寄って来ます。ユニコーンを攻撃しようとしているのは、明らかでしょう。
私がこの場を離れれば、もしかしたら私の方を優先して追い掛けて来るかもしれない。でも、その前に……!!
「【ヒール】」
短い詠唱時間で発動出来る回復魔法【ヒール】を、ユニコーンに向けて発動。全快まではいきませんでしたが、これでユニコーンのHPは九割まで回復する事が出来ました。
「またね、バイバイ。リゲルちゃん、行きましょう」
ユニコーンに軽く手を振って私は、リゲルちゃんと一緒にその場から駆け出しました。ユニコーンから彼等を引き離す為に、逆の方向へと。
「あっ、リリィちゃん!?」
「待ってくれ、リリィちゃーん!!」
「リリィちゃん!! 俺達は【リリィちゃんファンクラブ】の……!!」
……いや、だからですよ。
……
予想通り、彼等は私を追い掛けて来たみたいです。つまり、あのユニコーンは攻撃されずに済んだ訳ですね。それは良かった点でしょう。
とはいえ、これからどうしましょうか……私のステータスはINTとMNDをメインに育成しているので、AGIはそこまで高くはありません。このままだと追い付かれて、彼等に囲まれてしまうのではないでしょうか。
まぁそうなった場合は、リゲルちゃんを送喚してログアウトですね。ついでにゲームはプライベートの時間なので、アイドル・渡会瑠璃として扱って欲しくないとハッキリ言っておきましょう。
するとどこからか、足音が聞こえてきました。それはプレイヤーの足音ではなく……明らかに、馬が走る様な音です。
それはどんどん近付いて来て、そして後ろの方から「うわぁっ!?」という声が。
何事かと振り返ってみると、追い掛けて来たプレイヤー達が足を止めていました。そして……。
「あなたは……さっきの、ユニコーン?」
私の近くまで駆け寄って、そして並走する様にスピードを緩める純白のユニコーン。もしかしてこれは、さっきの回復のお礼なのでしょうか。
「助けてくれたの? ありがとう」
私がそう言うと、ユニコーンはスピードを速めて私達より少し前を走っていきます。まるで、どこかに案内してくれるかのように。
「リゲルちゃん、あのユニコーンの後に付いていきましょう!」
「了解です!」
しばらく後を追い掛けて走っていくと、ユニコーンはその足を止めました。後ろから追い掛けていたプレイヤー達は、いつの間にか撒いていた様です。
……あれ? 私が前衛職のプレイヤー達を、撒けた? 追い掛けて来た彼等の方が、明らかにAGIは上だったのに?
無我夢中で走っていたので気付きませんでしたが、そんな事が起こり得るのでしょうか。もしかして、ユニコーンが何か……例えば私に、AGI上昇のバフを掛けてくれたりしたのでしょうか。もしくは、彼等にデバフが掛けられた? 走る事に意識を集中していたので、全然気が付きませんでしたけど。
そう思って視線を向けると、ユニコーンは穏やかな雰囲気で私に視線を向けていました。
「助けてくれたの? ありがとう。そうだ、お礼に残りのHPも回復してあげるね」
私はすぐに詠唱を始めて、ユニコーンのHPを【ヒール】で癒してあげました。すると身体のダメージエフェクトは完全に消え、その額の角も光を反射してキラキラと輝き始めます。
「はい、これで全快だよ」
私がそう声を掛ければ、ユニコーンはその頭を優しく擦り付けて来ました。これは、甘えてくれているんでしょうか?
その時でした。
『エクストラクエスト【傷付いた一角獣】を受領しました』
私の脳裏に、そんなアナウンスが流れたのです。
まさか、エクストラクエストの起点だったとは……いえ、でも確かにユニコーンといえば伝説の生物。それを考えたら確かに、ピッタリなのかもしれませんね。
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私はコヨミさんに事の次第をメッセージで伝え、エクストラクエストをそのまま進める事になりました。コヨミさんの居る場所は現在地から離れており、すぐに合流するのは困難だからです。離れてしまった理由は言わずもがな、私達を追い掛けていたあの人達の影響ですね。
私とリゲルちゃんはユニコーンの後に続いて、森の更に奥深くへと入っていきます。そうして歩く事十分程で、森の木々に囲まれた広場に辿り着きました。そしてそこには、二十体前後のユニコーンの姿があります。
「……もしかしてここは、あなた達の休憩場所なのかな?」
よくよく見ると、どのユニコーンもHPバーが減少していて、所々に傷を負っています。最初の子と同じ様に、徘徊している時にプレイヤーから攻撃された傷なのでしょう。その予想を裏付ける様に、最初からここに居たユニコーン達は私とリゲルちゃんを警戒しています。
「ここに連れて来たのは、仲間の傷を癒して欲しいから……かな?」
私がそう問い掛けると先導してきたユニコーンは、また頭部を擦り付けて来ました。きっとこれは「そうだよ」とか「お願い」という意思表示ではないでしょうか。
「うん、任せておいて。リゲルちゃんは、あの人達が近寄って来ないか警戒しててくれるかな?」
「はい、了解です!」
私の≪魔楽器・笛≫による演奏は、パーティメンバーでなければ癒す事は出来ない。だから一体ずつ、通常の回復魔法をかけてあげるしかない。
私が詠唱を開始するのを見たユニコーン達は、最初の子と同じ様に攻撃に移ろうとします。しかし最初の子が、それを阻止する様に私の側に立ってくれました。きっとこれは、私を守ろうとしてくれたのでしょうね。
「大丈夫、怖がらないで。あなた達の怪我を、治してあげるだけだよ……【メガヒール】!」
私は合間にMPを≪MPポーション≫で回復させながら、ユニコーン達の傷を癒していきます。私が回復魔法で傷を治し始めると、ユニコーン達の警戒心はどんどん薄れていきました。
それに幸いな事に、ファンの人達が来ることもありません。余計な横槍が入らないのは、正直助かりますね。
そうして全てのユニコーンが全快になったのは、十数分が経過した後でした。
「これで皆、元気になったかな?」
私がそう言うと、ユニコーン達は嬉しそうに傷が消えた自分の身体を見ていました。
そうして私の耳に届いたのは、エクストラクエストの終了を告げるアナウンスです。
『エクストラクエスト【傷付いた一角獣】をクリアしました』
アナウンスと同時に、システム・ウィンドウが自動的にポップアップします。高難易度クエストにしては、思ったよりも難しくないクエストでしたね……これで終わりで、本当に良いのでしょうか?
そんな事を考えていると、一体のユニコーン……多分、最初に出会った子が何かを咥えて、私の前にやって来ました。ユニコーンは咥えていた物をそっと私の足元に置くと、そのまま私に視線を向けます。拾う様に、促されているのでしょうか。
「これは……もしかして、角?」
角が無いユニコーンは居ないので、もしかしたら彼等の角には生え変わりがあるのかもしれません。恐らくは、生え変わって抜けた角をくれたのでしょう。
ユニコーンの角と言えば、浄化や治癒といった力を宿すというのがファンタジーの定番。とても貴重な物だろう事は、想像できます。そんな貴重な物をくれたユニコーンに、私は心からの感謝を伝えました。
「ありがとう、大切にしますね」
そう告げて角に手で触れると角は光となって消え、これは私のストレージに収められます。そしてポップアップするシステム・ウィンドウに、視線を向けると……
「……って、えっ……!?」
『ユニークアイテム≪完全な一角獣の角≫を入手しました』
『≪神獣の卵≫を入手しました』
次回投稿予定日:2025/6/30(本編)
業務多忙に突き、6/20の更新はお休みさせて頂きます。
楽しみに待って下さっている方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。




