19-37 打ち上げをしました
第五回イベントが終了したものの、提示された新たな目標……第四エリアへの道を探す為に、プレイヤー達の活動は活発だった。
「新大陸って、どうやって行けば良いんだろうな?」
「やっぱり船だろ、船!!」
「いや、そろそろゲームの定番……飛空艇ゲットイベントが来るんじゃないか!?」
賑やかにそんな会話をするプレイヤー達の背後で、一人の少女が内心で呟く。
――飛空艇は、流石に無いと思うけれど。
蒼銀色の長い髪を靡かせながら、プレイヤー達で賑わう街路を歩く少女。可憐な容姿と、メリハリのあるボディライン。その身を包む黒いバトルドレスに、青い軽装鎧も彼女の雰囲気に良く似合っている。
穏やかな笑みを湛えて歩く姿に、目を引かれるプレイヤーも少なくはない。しかし彼女……クーラはそんな視線に気付かないフリをして、目的地へと真っすぐ進んで行く。幸いな事に、彼女に声を掛ける不埒な輩は現れずに済んでいた。
代わりに、不埒者ではない人物から声が掛かる。
「あれ~? クーちゃんじゃーん、お久~!」
ギャル風の服装やメイクの少女・リリカが、クーラに声を掛ける。
「リリカさん! 奇遇ですね、ご無沙汰しています」
決して久し振りでも何でもないが……AWOをプレイしている間は、部外者に仲間だと思われない様に演技をする。そう取り決められているならば、全力でそう振る舞うのが彼女達……プロゲーマー事務所【フロントライン】の面々だ。
「もしかしてリリカさん、例のお店に行くんですか?」
「お、もしかして同じ目的かな? なら折角だし、一緒にいこ~!」
「はい、是非!」
最初から目的地は同じだが、偶然を装って共に移動を開始。白々しさを感じつつも、二人は内心で「これなら絡まれにくくなるだろうし、丁度良かった」と考えていたりする。
そうして歩く事数分で、目的地である一軒のカフェに到着する。そこはNPCが経営するカフェで、個室がある為重宝される店なのだ。
NPC店主に「シキと待ち合わせだ」と告げれば、彼が予約していた部屋に入れる様になる。店主に礼を告げると同時に、二人はそれぞれ飲み物を注文して部屋に向かう。
「クーラ、リリカ。お疲れ様」
「「お疲れ様です、社長」」
既に部屋にはテイルズとマスト、そしてレアが居た。
「……ヴェッセルはまだなんですね」
「あぁ、今日は別件で参加出来ないそうだ」
シキがそう言って、二人に着席を促す。クーラとリリカはその指示に従い、席に座って彼が話を切り出すのを待つ。
「君達も知っての通り、我々がアナザーワールド・オンラインをプレイしているのは勝良氏からの要請に応えての事だ。そこで設定した、最低限の期限……それが三月の末であり、あと三日も経てば残り一カ月」
シキがそう告げると、クーラ達は黙って頷く。
「VRMMOは、ビジネスとしての利益は見込めないのが現状だ。勝良氏は我々が公式キャラクターに抜擢……なんて冗談を言っていたが、我々はプレイヤー側が性に合っている。現実的ではない要素に、時間を浪費する訳にもいかないだろう」
あくまでAWOは勝良葉歌郎の意向で始めたゲームで、ビジネスとして成り立たないのであれば続ける理由はない。その言葉はテイルズ達もよく理解しており、社長であるシキが採算を考慮するのも至極当然だ。
しかし、続くシキの言葉はAWOから手を引くというニュアンスの言葉では無かった。
「よって【フロントライン】としてのプレイは、予定通り三月末で打ち切る。もっともAWOを継続してプレイする事を強制しない代わりに、プレイするなという意味合いでも無い」
シキがそう言う理由……テイルズやクーラ、他のメンバーもその言葉の真意を理解していた。
「システムやクオリティで言うと、VR業界では恐らくAWOがトップですからね。時代の最先端に触れるのは、今後の活動にも大いに意味がある……ですよね」
テイルズの言葉に、シキは「そうだね」と微笑んで頷く。次いで彼は、クーラに視線を移してみせる。
シキの視線の意図を察したクーラは、一つ頷いて口を開いた。
「社長から、事前に伺っていました件ですね。AWOプレイヤーを、プロゲーマーとしてスカウトするという案……これまで活動してきた中で、確かに大成しそうなプレイヤーは数多い印象でした」
「おや……? 君がそこまで言うのは、とても珍しいね」
少々以外そうにシキがそう言うと、クーラは「そうですか?」と問い返す。
「特に注目するなら……やはり社長が懇意になさっている、クラン【十人十色】でしょうか。もし本人達にその意思があるならば、迎え入れるに値するプレイヤーが多いと思いますが」
「彼等か……しかし、彼等はエンジョイ勢だろう? ゲームをゲームとして楽しむスタンスの人に、ゲームをビジネスとしてプレイさせるのはね」
「そこは、本人の意思次第かと」
涼しい顔でそう告げるクーラに、シキは「まぁそれはそうだけどね」と苦笑する。
「ちなみに私はこれからも、息抜きとしてAWOをプレイするつもりでいるよ。この異世界に何が隠されていて、何が待ち受けているのか……それを今後も楽しむつもりさ」
そんなシキの言葉に、他の面々は笑みを浮かべた。純粋に、いちプレイヤーとしてゲームを楽しむ。それがゲームにおいて一番大切だと、常日頃からメンバーに説いているのは彼だ。しかし社長という立場である以上、彼はゲームをビジネスの場として認識せざるを得ない。
そんな彼が、ただの一人のプレイヤーとしてゲームを楽しむ事を宣言した。それは彼の言葉通り、良い息抜きになることだろう。
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そんな会話がされているのと、時を同じくして……AWOにログインしたジン達は、クラン【十人十色】の拠点となるウィスタリア森林[十色城]に居た。
メンバーが城に集まる際に、最も多く使われるのは大広間だ。そんな大広間には、各自が丹精込めて作った料理や飲み物……勿論大人向けのアルコール類や、摘まめる物も取り揃えられている。
まるで、ちょっとしたパーティーの様だが……事実、これはイベントの打ち上げパーティーであった。趣旨としてはクランとして第五回イベントや、PKKの為に活動した事に対する労いの意図が込められている。
それと同時に、集ったメンバー同士の交流の場となるはずだと考えた面々……主に各ギルドの中枢を担う者達が相談して、こうして打ち上げの宴を催す事になったのだ。
「ローストビーフ、うまーっ!!」
「信じられるか……? これ、モンスター肉なんだぜ……?」
「いや、何を今更」
「サインバードの肉で作った、チーズタッカルビが出来たぞ」
「コタさん、相変わらず料理面では忍者やめてますねぇ」
「何だか、クリスマスパーティーを思い出しますね」
「あー……アナとアシュ、テオは参加したんだったわね……くぅ、何でそういう時に限って私はバイトなのよ!!」
「あはは……今回は参加出来て、良かったですね」
「他のクランも、ウチと同じ様に慰労会をしているみたいだね」
「まぁ、攻略重視とは言ってもな。イベントの打ち上げをするくらいは、やっぱ必要だよなぁ」
「そうかしら? 今までの【聖光】だと、速攻でエリアボス探しに向かっていたと思うわよ」
「うーん、無いとは言い切れないわね……」
案の定、ギルドの垣根を越えてメンバー同士が談笑し、話に花を咲かせている。そんな光景を見ながら、ジンは笑みを浮かべてサイコロステーキを口に運んだ。
「ゲーム内だと好きな物を好きなだけ食べられるから、ありがたいな」
そんなジンの言葉に、ヒメノは笑みを浮かべて頷いていた。
ジンは陸上から離れた今でも、筋肉が衰えない様に日頃から食生活に気を配っている。だから彼は脂分の多い物や、糖分の多い物はあまり手を付けないのだ。
とは言っても、そういった料理が嫌いなわけではない。単に身体作りの為であり、イベント事やお祝い事の場ではそれらに手を伸ばす事もある。
そしてフルダイブ型VRの中であれば、普段は控えている物も気にせずに食べる事が出来る。その為、ジンはゲーム内では食も思う存分楽しんでいるのだった。
「実際に糖尿病の方や、点滴治療中の患者さんに疑似的に食事を楽しんで貰うといったVR治療もありますからね」
レンがそう言うと、ヒイロも「そうらしいね」と頷く。
「元は医療や教育面を中心に、フルダイブのVR技術は発展したって言うしね」
「はい。実際にフルダイブ技術が一般に浸透した要因はVRゲームと言われていますが、技術の進歩の発端はそちらがメインですね」
実際にヒメノが使用しているVRギアが、その良い例だ。フルダイブVR技術が発展した事で、視覚や聴覚に障害をもつ人々の暮らしは大幅に変わったのである。
そして医療現場では、治療中や入院中の患者のストレスケアとしてもフルダイブVR技術が活用されているらしい。
そこで、ジンがぽつりと呟いた。
「僕も、VRの可能性に賭けてみようと思うんだ」
その言葉を聞いたヒメノとヒイロ……そしてレンは、ジンに視線を向ける。その目に映るジンの表情は、普段の穏やかな表情とは異なっていた。
一番近いのは、ゲームの中で戦っている時……いや、駆け抜けている時の表情か。
「VRでどれだけ鍛えても、現実の身体には影響しない。でもフォームを覚え込ませたりする事は、VRで出来ると思う」
その言葉の根拠は、ジン自身が実感している。VR内で手裏剣や苦無を投げ続けた事で、現実でも最適なフォームで物を投げられるようになったのだ。
最初にそれを実感したのは、[日野市高校]の文化祭の時。ヒメノと二人で輪投げに挑戦し、全て的を捉えたあの時である。
そんなジンの言葉を聞いて、ヒメノは嬉しそうに微笑む。それはジンの抱える密かな苦悩を、知っていたから。そして彼が、その悩みを振り払い……もう一度、夢に向かって走り出そうとしているのだと察したから。
「未来の金メダリストを、育てる……それを、僕の新しい夢にしようと思うんだ」
そう言って、照れ臭そうに笑うジン。しかしすぐに、その表情は戸惑いのそれに変わった。何故ならばこの場に集まっている全員が、ジンに視線を向けていたのだ。
大きな声で言った訳でもなく、周囲が静まり返っていた訳でもない。しかしその言葉は、この大広間に居る全員が耳に届いていた。事情を知る知らない問わず、ジンの言葉を聞いて驚いていた。
そんな静寂を破るのは、ユージンだった。
「君なら本当に成し遂げてみせると、僕は思うよ。良い目標だね、ジン君」
彼はそう言って、穏やかに笑う。その笑顔は例えるならば、眩しいものを見るようでもあり、温かく見守るようでもあった。
「ふふっ、凄い目標だね? って事は、監督とかコーチになるのかな」
ユージンに続いて声を掛けたのは、レーナである。彼女も柔らかい笑みを浮かべており、ジンの目標を大袈裟な夢ではなく現実的なものと受け止めているのが解る。
そんなレーナの質問に、ジンは少し迷いを見せている。
「日本陸上競技連盟の公認コーチ資格は、取得したいとは思ってますけど……専業にするかどうかは、迷っているんですよね」
全員がジンの足の事を知っている訳では無いので、懸念点については明言できない。監督やコーチを専業にした時に、自身の足にどれだけ負担が掛かるかはまだ予想できないのだ。
夢を夢で終わらせるつもりはなく、本気で目指すつもりである。だからこそジンも、しっかりと考えていかなければならないと思っているのだ。
「ふむ……専業の監督やコーチ以外だと、中学や高校の先生という手もあるかな? そっちも、ジン君はマッチしそうな気がするね。ウサギとドラゴンくらい」
「あはは、ベストマッチとまでは行かないと思うんですけど……」
「いや、宇宙の力で一つになるかも」
「Be The Oneじゃないですか」
ネタを交えての会話に、仲間達からは「またそういったネタに走るんだから」といった笑みを頂戴してしまった。ジンとしてはユージンにつられただけなのだが、彼のネタ発言に良い塩梅のレスポンスを返してしまうのが原因な気もする。
ちなみに当のユージンは、ケリィとバヴェルに窘められていた。
そんなユージン達よりも、仲間達の意識はジンに向いていた。しかしこれ以上掘り下げても、具体的な事はまだこれからなのだ。なので現実的な目標とは言えないとジンは思っているし、決意表明の場みたいな雰囲気を払拭すべく今現在の将来の見通しについて言及するしか出来ない。
「まぁ、大目標に向けてどういった進路があるか……そして、そこに至るまでにどんな条件をクリアしなければならないか。その辺りをしっかりと調べて、今後の進路を選ぼうと思ってます」
現実的では無いと言ったな、あれは嘘だ。高校一年生が考えるにしては、めっちゃ具体的な見通しだった。
「ほほぅ、随分と計画的に考えているんだね? でも、うん……良いと思う! ジン君はその辺りしっかりしてそうだし、これから頑張っても何か行けそうな気がする!!」
そう言って微笑みを深めるレーナを見たジンは、どことなくイトコにして姉であるミモリと重なって見える様に感じた。もしかしたら、近しい何かがあるのかもしれない。
それと同時に、これまでの交流もあってか【魔弾の射手】のメンバーは皆、ジン達に深い信頼を寄せてくれている。中でもレーナは、特にそう感じさせる人物である。
ユージンやレーナに続き、他の面々もジンの話を聞いて笑顔を浮かべていた。
「ジン君なら、本気で実現してみせそうだな。俺も、相談とかあれば受け付けてるからね」
「うん、私も同感です! 差し当たっては、大学だよね。それならアドバイス出来るかも」
「はい、素晴らしい目標です!! 流石は、頭領様……!! 無論、私共も全力で協力致します!!」
「ふふっ……私も同じ気持ちですね。私も応援しますよ、ジンさん。ジェミーさん同様、私も大学関連であれば色々とお話出来ると思います」
誰一人として、ジンの目標を笑う者はいない。それはジンが本気だという事が解っているからであると同時に、彼ならば本当に成し遂げても不思議ではない……いや、成し遂げるだろうという予感があるからだ。
そう思わせるだけの影響力と、そして人望がジンにはある。だからこそ誰もが彼の目標を受け入れ、そして応援するのだった。
そして、同時にもう一つ……ジンなら、大丈夫だと思わせる要素がある。
「それじゃあ私は、ジン君の夢を叶えるお手伝いをしますね♪」
そう言ってジンの腕に、自分の腕を絡めるヒメノ。こぼれんばかりの笑みは、いつもよりも嬉しそうだという印象を与える。
ジンもヒメノの笑顔を見て、花開くような笑顔というのは、正にこれではないか? などと考えてしまう。それ程に、彼女の笑顔は輝いて見えた。
そして、周りに集まって来てくれる仲間達。
「ヒメだけじゃないよ、ジン。俺が協力できることがあれば、ちゃんと相談してくれよ?」
「ヒイロさんの言う通りです。私達の間に、遠慮は不要ですよ」
「微力ながら、私も協力できる事があれば喜んでお手伝い致しましょう」
ヒイロとレンはそう言って、嬉しそうに笑う。その傍らに控えるシオンも、表情を和らげて微笑んでいる。
「ジン兄! 俺も、何か出来る事があれば言って欲しいッス!」
「うんうん! 私も一緒にお手伝いしますよ!」
「ふふっ、私も全力で応援するからね。でも、ちゃんと息抜きもするんだよ?」
「わ、私も……あ、あまり力になれるか、解らないけど……!!」
ハヤテが心底嬉しそうにそう言えば、側に居るアイネもうんうんと頷く。ミモリが慈しむように微笑む横で、カノンも瞳を潤ませながら笑顔を浮かべる。
「僕も応援します、ジンさん!」
「同じく! 全力で応援しちゃいますよ!」
「ふふっ、そうですね。私も日頃お世話になっていますし、出来る事があれば是非」
「勿論、僕もです。ジンさんには、助けて貰ってばかりですからね」
そう言いながら目を輝かせるヒビキに、センヤとネオン・ナタクも自分もと加わった。その表情からは、純粋な尊敬と信頼の念が伝わって来る様だ。
「ハッ、また大きく出たもんだ……でもまぁ、お前ならやり遂げんだろーしな。その為にも無理はすんじゃねーぞ、何かあれば聞いてやっからよ」
ぶっきらぼうにイカヅチはそう言うが、その口元は明らかに緩んでいる。
――あぁ……僕は本当に、恵まれているな。
家族、友人、仲間達……そして、最愛の少女。皆が自分を信じ、認め、支えてくれる。それがどれだけありがたく、得難いことか知っている。
だからこそ大言壮語と言われない様に、努力をしていかなくてはなるまい。
元々、金メダリストになる事も、金メダリストを育てる事も狭き門だ。必要なのは、世界レベルの選手達から抜きん出る可能性。そしてその可能性を才能に昇華すべく、弛まぬ努力を積み重ねてやっと手が届くか届かないかという世界。
自分がそれをするよりも、誰かにそれを託す事の方がはるかに困難だろう。しかし、それでも……それを理解して尚、ジンは決めたのだ。もう一度、夢に向けて走り出す事を。
――覚悟は決まった……皆と一緒にゲームを楽しみながら、頑張ろう。
それは、もう一度夢を追い掛ける覚悟。しかし、それだけではない。
「姫、ありがとうね。姫のお陰だよ」
ジンがそう言うと、ヒメノはふにゃりと微笑んで言葉を返す。
「私はまだ、側に居るくらいしか出来てないですよ……でも、ジンくんが新しい夢を見付けられたので、嬉しいです! えへへ」
そう言って微笑むヒメノだが、ジンは本気でヒメノのお陰だと思っている。
彼女の言葉で、自分はもう一度走る喜びを受け入れる事が出来た。彼女が居たから、ひたすら走るだけが幸せじゃないと実感する事が出来た。そして彼女のお陰で、新たな目標を見定める事が出来たのだ。
陸上界の期待を背負い、不幸に見舞われ夢を諦めた少年……彼が再び公の場で注目を集めるのは、そう遠くない日の事かもしれない。
次回投稿予定日:2025/3/31(第19章の登場人物)
もしかしたらジンの秘められた苦悩が出てから、その答えが出るまで随分短いと思われるかも? と考えたりもします。
ですが主人公として、物語を引っ張っていく存在として、あまりウジウジしているジンは作者的に解釈違いかなと思い、このスピード感となっております。




