19-30 窮地に立たされました
前半部分で糖度警報、レベル極み。
目を覚ました彼が、真っ先に思った事。それは、これあかんやつや……という事だった。
自分の顔の上部分を包み込むのは、薄手の布に覆われた柔らかい何か。その何かの存在について直接的には言及出来ないが、温かくて柔らかい何か。男ならば……人によっては女性であっても、この状況を享受していたくなる……そんな魅力をもった何かだ。
――多分だけど、いつも通りの時間に起きたはず。だとしたらまだ、朝の五時を少し回った頃?
ここで本能のままに暴走しないのが、この寺野仁という少年だ。
彼は何とか冷静に状況を分析して、仁はどうすべきか思案し……結果、何かの持ち主を起こすのはまだ早いという結論に至った。
なにせ彼女……星波姫乃は昨日、自分の誕生日を祝う為にあれこれ頑張ってくれたのだ。この最愛の婚約者はまだ疲れているだろうし、今日は土曜日といえど午前中のみ授業があるのだ。
ならばもう少し、姫乃をゆっくり寝かせてあげたい。
ただそうなると、彼女の豊かなものに頭部が拘束されたままになってしまう。そのまま一、二時間を過ごすのはちょっと精神衛生上よろしくない。
どうしたものかと思っていると、丁度そのタイミングで姫乃が身じろぎをする。その際に腕が緩んだのを感じた仁は、身体の位置をずらしてハッピースポットから頭を引き抜く事に成功した。
――よし、姫はまだ寝ている。
作戦成功と心の中で呟いて、仁は身体を起こして姫乃のすぐ側で座る体勢に移行。先程まで感じていた温もりが、冬場の早朝の室温で薄れていくのを感じた。
少しばかりの名残惜しさを振り払った仁は、姫乃に布団を掛け直してその寝顔を見つめる。安らかそうなあどけない寝顔は、ずっと見ていても飽きが来る事は無いだろう。
薄っすら微笑む様に頬を緩ませているのは、仁の隣で眠る事に不安を抱いていないからか。安心してくれている、信じてくれているのだろう……改めて仁は姫乃と出会い、こうして婚約するまでに至った事を幸せだと実感する。
……
姫乃の寝顔を眺めつつ、仁はのんびりとした時間を過ごしていた。英雄から贈られたワイヤレスイヤホンを携帯端末とペアリングさせたり、恋・鳴子から贈られた歩行補助具の説明書を見たりしていた。
「ん……んぅ……」
そうして六時を回る少し前に姫乃の瞳が開かれ、可愛らしい声が漏れ出た。まだ頭が覚醒し切っていないのだろう、のそりと身体を起こした姫乃はそのまま仁の太腿に向けて身体を倒す。
見えてはいないが、彼女は視覚以外が鋭い。匂いや息遣いで、仁が居る方向や距離を察したのだろう。
「まだ眠い?」
「ん……はぃ……」
寝ぼけながら仁の太腿に頬を摺り寄せる姫乃の姿は、いつもは犬っぽいのに今は猫みたいだなんて思って笑みが零れた。
そういえば今日は二月二十二日で、猫の日などと言われているな……なんて事を考え、仁は口元を緩める。
「おはよう、姫」
優しくそう言って姫乃の髪を撫でれば、その表情がふにゃりと緩んだ。
「おはよう……ございます、仁くん……♪」
仁の手の感触とその会話で意識が浮上して来たのか、トロンとしていた姫乃の瞳が完全に開かれた。
「朝起きて、一番最初に仁くんの声が聞けるの……凄く、嬉しいです」
「……うん。僕も同じ気持ちだよ」
「えへへ……大人になって、一緒に暮らせるようになったら毎日こうなるんですよね」
早くその時が来て欲しいと思っているのだろう、幸せそうながらも待ち遠しそうな笑みを浮かべている。
「んー……そろそろ、準備しないとですね」
「だね。はい、VRギアの充電はバッチリだよ」
仁の言葉に起き上がった姫乃はもう一度微笑み、両手を差し出して「はい、お願いします」と一言。その掌の上に優しくVRギアを置いてあげれば、姫乃は手慣れた動作でVRギアを装着して起動する。
「改めて……おはようございます、仁くん♪」
「ふふっ、おはよう姫」
微笑み合った二人は、軽く唇を重ねるとベッドから出て身支度を始めるのだった。
……尚、仁の目の前で着替えようとする姫乃を、なんとか説得するのに五分ほど時間を浪費したのだが……これは余談である。
仁限定でノーガードなのは、相変わらずの姫乃であった。
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「おぉ……凄い! これなら杖無しでも、普通に歩ける……!」
「わぁ、本当ですね……!」
準備を整えた姫乃が[初音女子大学付属中等部]に向かう為、仁はいつも通り彼女を学校へと送り届ける為に家を出た。その際に恋と鳴子から贈られた歩行補助具を装着して、試しに歩き始めたのだが……最初の数メートルを歩いた所で、その効果を実感した仁は感動してしまう。
「走ったり、激しい運動は勿論出来ないけど……これなら皆と同じ速さで歩ける。凄いよ、これ!」
普段は穏やかで落ち着いた雰囲気の仁だが、この歩行補助具の効果を実感して興奮気味だった。
なにせ日常生活での苦労を、大幅に軽減してくれる。更に言えば、かつて当たり前だった”普通に歩ける”という実感……制限はあるものの、それが戻って来た感覚なのだ。どれだけ望み、欲しても簡単には得られないそれである。仁が興奮するのも、無理もない事だろう。
「お出掛けとかも、しやすくなりますね?」
「そうだね、活動範囲や出来る事は広がりそうだね」
とはいえ、激しい運動は出来ない。それは仁も姫乃も変わらないので、走ったりするアクティビティは縁遠いのは変わらないのだ。
念の為に杖は分解して、鞄の中に入れて背負っているが……普通の歩幅で、姫乃と手を繋いで歩く。ゲーム内でしか出来ないでいたそれが出来るとあって、仁の心もいつもより高揚している。
ちなみに今日は寺野家から、直接[初音女子大学付属中等部]へと向かう。その為、英雄や恋と一緒の道中では無い。それもいつもとは異なり、新鮮さを感じる点だ。
「今日の仁くんは、いつもよりウキウキしていますよね?」
そう言って、ふにゃりと微笑む姫乃。どうやら彼女にも、仁の高揚感が伝わっていた様だ。
「そうだね、正直言うとウキウキしている」
「ふふっ、仁くんが嬉しそうなので、私も嬉しいです」
そんな事を言って、繋いだ手に力を籠める姫乃。防寒用に手袋をしているものの、それでも彼女の温かさが伝わって来る。
また物理的にだけでなく、精神的にも仁は姫乃の温もりを感じていた。本当に嬉しそうな、姫乃の笑顔。それを見ているだけで、心が温まっていく。
そうして手を繋ぎながら、並んで歩くこと数分。二人は[初音女子大学付属中等部]の校門に、無事に到着した。そしてそこには、既に英雄と恋の姿があった。きっと二人の到着を待ってくれていたのだろう、英雄と恋はすぐに仁と姫乃に気付いた。
「おはようヒメ、仁」
「ヒメちゃん、仁さんおはようございます」
「おはよう、二人共」
「おはようございます♪」
朝の挨拶を交わした英雄と恋も、杖を使わないで歩いて来た仁を見て喜ばし気に微笑む。
「特に問題無く使えている様ですね、仁さん」
「うん、お陰様で。本当にありがとう、恋さん」
仁がそう言うと、恋は笑みを深めて頷いてみせた。姫乃の視力の事同様、仁の足の事も気にかけて色々と考えていたのだろう。
それから少し会話をした後、姫乃と恋は教室の方へ向かう。その姿を見送って、仁と英雄も自分の家へと戻るのだった。
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その日の晩、AWOにログインしたジン達は[試練の塔]攻略に向けて活動を開始する。いよいよ最上階を目指した、最終局面だ。誰もが気合十分の様子で、各々が攻略する方角へと出発する。
ジン達が北側の[試練の塔]へ向かう転移門のある場所に到着すると、今日も多くのプレイヤーが集まっていた。その中には見覚えのあるプレイヤーも、何人かいる。
こうしてプレイヤー達が安心して攻略に挑むことが出来るのも、マッチングPKを阻止する事が出来たからだろう。そんな事を考えながら、ジン達は転移門へと進んでいく。
その姿に気付いたプレイヤー達は、興味津々な様子でジン達に視線が向ける。それだけに留まらず、歓声まで上げるプレイヤー達も居た。まるで、芸能人を見たファンの様な反応である。
「お前等、ほんっと有名人なんだな」
「イカヅチも既に、その一員でゴザルよ」
軽口を叩き合うイトコ同士の会話に、ヒメノ達も微笑まし気だ。そんな和やかな雰囲気のまま、ジン達は[試練の塔]へと転移していくのだった。
リスタート地点は六百九十階層の、マッチング地点。いよいよここからが本番だと、七人は突入前の打合せを始める。
既に判明している情報では、七百階層のボスは五体。プレイヤーの情報をコピーして襲い掛かって来る、超難敵である。
「でもコピーするのはあくまで異邦人で、PACの皆はコピーされないんですよね」
「そうでゴザルな。故にPACが居る分、人数の面ではこちらが有利になるはずでゴザル」
例えばジン達のパーティならば、リンとヒナが同行する。二人をコピー出来ないならば回復役が居ないし、回避盾も一人不足する形となる。
「要するにラスボス戦は、PACが居るパーティの方が有利って事だろ? それを知ってりゃあ、俺も自分のPACになってくれる現地人を探したんだけどな」
そう言ってぼやくイカヅチに、ジン達はフッと笑みを浮かべる。PACや現地人をNPC扱いせず、ジン達同様に人間だと思って接しているのが感じ取れたからである。
「んー……今回の攻略で戦力が不足していると思う様なら、応援者の皆さんに声をかけるのはどうでしょうか?」
「そうだね! ボクと兄さん、ハヅキちゃんが契約すれば、パーティメンバーが三人増えるし! まぁ契約したばかりだとレベルもそんなに高くはないし、連携の事もしっかり考えないといけないかもだけど」
ハヅキとイナズマの意見に、ジン達も頷いて応える。このメンバーで苦戦する場合は、増員を意識するのも間違いでは無いだろう。
「ひとまず一度、戦ってからでゴザルな。さて、まずはその前に……」
「はい、ボスラッシュですね!」
最上階に到達するまでに、九フロアでボスとの戦闘がある。そこで負ければ、またここからやり直す事になるのだ。そうならない様に、七人は気を引き締め直す。
……
そうして始まった[試練の塔]攻略は、戦闘不能者が出る事無く進んでいく。最終戦闘に備えて回数制限のあるスキルや、クールタイムが長いスキルは温存する方針だ。
しかしそうなると、突破力が下がるのは仕方のない事である。故にゲーム内時間でも結構な時間が掛かり、ジン達は現実時間で二十一時半となる頃にようやく七百階層に到達した。
「なんとか、無事にここまで来ましたね……」
「ボスラッシュって、本当に厄介なんだなぁ……結構、時間かかっちゃったね」
「この連戦、ヒナが居なかったら詰んでたな……」
回復と防御に長けたヒナの存在は、今回の攻略で大きな役割を果たしていた。AIも随分成長し、自発的に仲間をサポートすべく行動を起こしているのだ。その恩恵は決して少なくない。
「ふふっ、いつもありがとうございますヒナちゃん」
「えへへ、お役に立てて嬉しいです!」
そっくりの顔で嬉しそうに微笑み合う二人を見ると、本当に姉妹の様だと改めて感じる。イカヅチも柔らかい表情でその様子を見守り、イナズマとハヅキは目を細めていた。
そんな二人に癒されたジン達は、いよいよ最終階層へと突入する覚悟を決める。
「それじゃあ、行くでゴザル」
ジンが扉を開けると、そこは最終階層らしくこれまでのフロアとは大きく異なるものだった。
頭上に天井は無く、青い空が広がっている。闘技場を囲う大きな壁は円形で、囲まれた範囲内に障害物になりそうな物は全く無い。床は綺麗に均されており、足を取られる心配などは無さそうだった。
そんな、開放感を感じさせる広大な闘技場。その中心に、五体の天使の姿があった。三メートルほどの巨体は宙に浮いており、腕を組んで挑戦者を待ち構える様にしている。
その威容から感じ取れる重圧は、エクストラボス達に匹敵するのではないかと思わせた。
ジン達が警戒しながら歩を進めると、いよいよ天使達が動きを見せる。その視線がジン達を射貫くと、その身体が黄金の輝きを放っていく。
その光が一際輝いた所で、天使達がジン達を模した姿へと変貌を遂げた。本人の姿そのものではあるが、敵か味方が解りやすくするためか……天使達は金色の光を纏ったままで、顔ものっぺらぼうの様になっている。
しかし武器を構えるその様子は、自分達の取る姿そのものだ。
「……いざ、参る!!」
やはり、先陣を切るのはジン。彼以外、ジンをコピーした天使……能天使の名を関する天使、【エクスシーア】を止められないという考えからだ。
そんなジンに向けて、ヒメノを模した力天使の名を関する【デュナメイス】が矢を射る。その射撃方法は、ヒメノが鍛錬の末に会得した速射法と全く同じ射ち方だ。
「む……っ!!」
迫る矢をひらりと躱すが、そこへエクスシーアが向かって来る。その速さ……そして駆け抜けるフォームは、自分のそれと同じである。
そしてイカヅチを模した主天使【キュリオテテス】、イナズマを模した座天使【スローンズ】も前進を開始。ハヅキをコピーした智天使【ケルビム】は、その場で武器を召喚する。
「よりによって、あれを選びましたか……!! 皆さん、気を付けて下さい!!」
ハヅキがそう警告している間に、ジンとエクスシーアの戦闘が始まっていた。互いに両手の小太刀を振るいながら、相手の攻撃を尽く回避していく。ジン対エクスシーアの攻防は、他のメンバーが見切るには速過ぎるものだ。
もっとも、その戦いを注視している場合では無い。イカヅチは自分を模したキュリオテテス、イナズマは同じくスローンズへと接近。その距離は近く、ほぼ二対二の布陣である。
二人は先手は譲らないとばかりに、渾身の力を込めて武器を振るう。
――一番倒しやすいのは、俺をコピーしたコイツだ!! 【スーパースター】を発動させて、その攻撃を凌ぎ切ればHPはたったの1になる!! そして……っ!!
――ボクの弱点は、VITとMND不足……!! それをコピーしているこの天使は、打たれ弱いはず!!
キュリオテテスの【スーパースター】発動を誘う為、スローンズは攻撃に転じさせない為に。二人は果敢に攻撃を繰り出し、攻め立てる。
自分のデメリットは、今回の攻略においては突破口になるのだ。そこを突かない手は無いだろう。
そしてヒメノをコピーしたデュナメイスには、リンが接近していく。その圧倒的なSTRも、当たらなければゼロである。
「奥方様の攻撃に、よく似ていますが……」
そう言って攻撃に移ろうとするリンに対し、デュナメイスは弓刀の刀身を分割させてそれを振るう。ヒメノの【八岐大蛇】の武技、【蛇腹剣】だ。
――主様の力を与えて頂いている私ならば……避けられる……!!
そこでケルビムが、手にした巨大な武器をヒメノに向けた。発射音と共に打ち出されるのは、巨大な杭。そう、手にしているのは≪パイルバンカー≫だ。
「来ましたね……!! 【武の護甲】!!」
愛用の弓刀≪大蛇丸・改参≫に付与した、四神スキル。亀の甲羅を模したエネルギーのシールドが張られ、迫る巨杭を防ぐ事に成功する。四秒間だけ展開できるこの盾の強度は、ヒメノの攻撃でも耐え凌ぐ事が出来るのだ。
そのままヒメノは弓に矢をつがえ、素早く発射。狙いは当然、ケルビムだ。非戦闘織であるハヅキのステータスを模しているならば、VITはそこまで高くない。ヒメノの攻撃が当たれば、その時点でケルビムを落とす事も可能である。
しかしケルビムは素早くそれを避けて、そのまま駆け出した。これはハヅキも【忍者ふぁんくらぶ】らしく、AGIをそれなりに上げているからだろう。その数値はヒメノより高く、彼女の攻撃を避けるのに支障は無いらしい。
そんな戦場を支援するのは、ハヅキとヒナの二人。ヒナはいつも通りそれぞれにバフをかけて、必要に応じて回復をしていく役割だ。
ハヅキはヒナの手が回らない時に回復薬を投げたり、天使達が強力な攻撃を放とうとするのを遠距離武器で阻止していく。
やはり問題は、強力なスキルを保有するジンとヒメノのコピー天使……エクスシーアとデュナメイス。【変身】されでもしたら、倒すのには相当な労力を費やす。勿論、【九尾の狐】や【八岐大蛇】も同様だ。またジンには【クライシスサバイブ】があり、エクスシーアの攻撃で【ディザスター】が発動でもしようものなら……その時点で、即死である。一瞬たりとも気が抜けない、本気でギリギリの戦いだ。
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戦闘開始から二十分が経過するが、未だ五体の天使は健在。
リンは徐々にデュナメイスのHPを削っているが、まだまだ七割残っている。そしてキュリオテテスとスローンズは既に半分まで削っているものの、イカヅチ・イナズマ兄妹も同様にダメージを受けている。
ケルビムのHPは四割程まで削ったのだが、ハヅキが持つ≪回復薬≫もコピーしていたのだろう……それを使用されて、八割まで再び回復している。
そしてジンとエクスシーアは、互いにノーダメージ。ここまで攻防が途切れる事無く、攻撃と回避の剣舞を繰り広げ続けている。
しかしエクスシーアに無く、ジンに存在するもの……それは、精神的な疲労感だ。流石のジンもこの高速で繰り広げられる刀の応酬に、集中力が切れそうになる。
それでも必死に意識して、エクスシーアの攻撃の軌道を予測。それを避ける方向に身体を滑り込ませ、逆に相手を斬り付けるべく小太刀を振るう。
しかしそこで、イカヅチが声を上げる。
「くっ……来やがったな!! ぐぬぅ……ッ!!」
「兄さんっ!? まずい……っ!!」
どうやらキュリオテテスが、【スーパースター】を発動させたらしい。一瞬そちらの方に意識がいってしまった、その瞬間。
「しまっ……!?」
エクスシーアの攻撃が、ジンの左肩にヒットした。その瞬間、ジンの全身からゴッソリと何かが抜け落ちていく。
――しまった……このタイミングで……っ!?
初めて感じるその感覚に、ジンは何が起きたのかを察した。最も警戒していた【ディザスター】が、発動してしまったのだ。
「ジンくん!?」
「と、頭領様ッ!!」
全身から力が抜けて、膝から崩れ落ちるジン。このまま蘇生猶予時間内に蘇生がなされなければ、ジンはリスポーンさせられてしまうだろう。
そして問題は、ジンが倒れた事でエクスシーアがノーマークになってしまう事だ。エクスシーアは後衛三人の方に視線を向けると、一気に接近すべく駆け出した。
「ヒナちゃん、ジンくんをお願いします!!」
「お姉ちゃん!?」
「姫様っ!?」
ジンを蘇生させなければ、壊滅も有り得る。そう判断したヒメノは、エクスシーアを自分が止めるべく弓刀を構える。更に彼女は緊張した面持ちで、スキルを発動させる。
「【変身】!!」
エクスシーアを前に、悠長に変身ポーズを取ってはいられない。発動宣言だけでスキルを発動させ、その全身に変身専用装備≪火の姫鎧≫を纏う。
しかし同時に、イカヅチが【スーパースター】状態のキュリオテテスの攻撃を喰らってしまう。そのHPがぐんぐんと減っていき……そして、ゼロに到達してしまった。
「く……そ……っ!!」
「お兄さんっ!!」
同じタイミングで、二人が戦闘不能。既に詠唱を進めている、蘇生魔法【リヴァイヴ】のクールタイムは一分間。その間に蘇生できなかった方は、蘇生猶予時間が尽きてしまうのだ。
「ど、どうすれば……っ!!」
ヒナはジンも、イカヅチも蘇生させたい……しかし自分一人では、どちらかを助けられない。どちらを選択するか迷ってしまい、その表情が曇る。
だが、エクスシーアの攻撃を受けたヒメノがその腕を掴み、ヒナに呼び掛ける。
「ヒナちゃん、大丈夫です!! ハヅキさん!!」
「は、はいっ!! お兄さんは、私が!!」
ヒメノに呼び掛けられて、ハヅキは即座にイカヅチの方へと駆け出した。≪蘇生薬≫を投げるには、少し距離があるからだ。
「大丈夫、落ち着いてヒナちゃん。ヒナちゃんは私の自慢の妹です……いつも通りにやれば、大丈夫ですから」
優しくそう声を掛けるヒメノに、ヒナは不安そうな顔を浮かべ……一度目を閉じる。そして、その瞳が開かれた時……ハッキリとした、強い意志を感じさせる表情で頷いた。
その瞬間。
『ヒメノとPACヒナの絆が、最大まで深まりました。【スキルスロット】を一つ共有する事が可能となります』
二人の脳裏に、そんなアナウンスが流れた。
「……!! これは……!!」
「お姉ちゃんと、私の……」
そうしている間に、ヒナの詠唱が完了する。その瞬間、ヒナは≪聖女の杖≫をジンに向けて魔法を発動させる。
「【リヴァイヴ】!!」
眩い光がジンに向けて放たれれば、そのHPが一気に半分程まで回復する。その瞬間にジンは腕に力を込めて、勢いのままに跳び起きる。
「【縮地】!!」
向かう先は、ヒメノが食い止めているエクスシーアのすぐ横。瞬間移動したジンは片足で地面を踏み締め、そしてもう片方の足をエクスシーアに突き出す。
「【ハイジャンプ】!!」
全力で【ハイジャンプ~ただし跳ぶのは相手~】を繰り出せば、エクスシーアが水平に吹っ飛ぶ。そのまま外壁に衝突して、動きが完全に止まった。
「皆、手間をかけて済まぬでゴザル!! ヒナ、感謝するでゴザルよ!!」
「あ……はいっ!!」
ジンは感謝の言葉もそこそこに、ハヅキが向かう先に立つ天使達に向け全力疾走。その間に、ここから反撃とばかりにスキルを発動させる。
「【変身】!!」
ヒメノ同様に発動宣言だけで【変身】したジンは、更に加速。イナズマに襲い掛かるスローンズ、ハヅキを狙うデュナメイス、イカヅチから視線を外してハヅキを襲おうとするキュリオテテスを確認し……そのまま、更にスキルを発動した。
「幻影の如く!! 【分身】!!」
一度限界突破を果たした事で召喚されるNPCジンの数は、六体。本人を含めた七人の狐面忍者が、三体の天使に向かって疾走する。
そんなジンの復活を喜びつつ、ヒメノはヒナに駆け寄る。
「ヒナちゃん……いっぱいお話したいけど、今は……」
「はい! 皆の為に戦いましょう、お姉ちゃん!」
そうして二人は、システム・ウィンドウに指を伸ばし……共有するスキルを選択した。
「お、お兄さん!! これを……っ!!」
ようやくイカヅチを射程内に収めたハヅキが、≪蘇生薬≫を投擲。これでイカヅチが復活する……と思いきや、突如その場にエクスシーアが現れて≪蘇生薬≫を小太刀で斬って落とした。
「な……っ!?」
「チッ……【縮地】かよ……ッ!!」
蘇生可能な時間まで、もう五秒しかない。今からエクスシーアの妨害を潜り抜けて、イカヅチを回復するのは……もう、間に合わない。
イカヅチとハヅキが、そう思った瞬間。
「【リヴァイヴ】!!」
イカヅチ目掛けて、蘇生の力を宿した光が飛んで来た。それはまるで矢の様に真っ直ぐに、勢い良く。その光がイカヅチを射貫くと、その全身が光に包まれる。その回復量は、ヒナの【リヴァイヴ】と異なりわずかなものだった。
「よ、嫁さん……!?」
「姫様っ……!!」
ヒナが共有したスキルスロットに収まっているのは、【回復魔法の心得Lv10】。そしてヒメノは使用可能な魔法を、ユニークスキル【エレメンタルアロー】の力で魔法の矢として即座に射る事が出来る。
絶体絶命の窮地を打開したのは、姉妹が育んだ絆の力だった。
次回投稿予定日:2025/3/5(本編)
絆マックスの二組目は、皆さんも予想していたであろうヒメノ&ヒナコンビ。
仲良し姉妹が絆マックスになった事で、また強烈なシナジーが発生している気が……。
さて……ヒメノの方が共有したスキルは、一体何になるのでしょう。




