19-27 二月二十一日(1)
二月二十一日の朝。目を覚ました仁は、身体を起こして思う。誕生日とはいっても、起き抜けはいつもと大した変化は無いと。
強いて言うならば、今日は学校が休みである点だろうか。仁達の通う[日野市高校]は入学試験を行う都合で、在校生は休みになっているのだ。
そう思って、携帯端末に視線を落とせば……メッセージの受信を通知するランプが点滅していた。
「どれどれ……って、RAINのメッセージが凄まじいな……」
まず日付が変わると同時に、複数名が誕生日祝いのメッセージを送ってくれていた。こちらは主に、【桃園の誓い】の面々だ。
そして人志・明人といった、クラスメイトの親友達……そして学校の先輩である、伊栖那と夜宇からのメッセージもある。今日が休みだからか、それとも仁の誕生日だからか遅くまで起きていたらしい。もっとも、コアゲーマーな彼等なので普通にいつも通りの可能性もある。
ちなみに【七色の橋】の面々からは、メッセージはまだ無い。何故ならば皆が皆、早寝早起きがデフォルトだ。日付が変わるまで起きている者は、少ないのである。
とはいえ、起床した後にでもメッセージが来るのではないか? と仁は予想している。今は朝の五時なので、まだ仲間達は寝ている頃だろう。
誕生日と言えど、変わり映えの無い日常だと思っていたが……そんな事は無かったなと、仁は思い直した。
十六歳の誕生日は、これまでとだいぶ違う。それもこれも、アナザーワールド・オンラインを切っ掛けにして広がった絆のお陰だ。
それはそれとして、平日の金曜日である事には変わりない。仁はそのままベッドで微睡む事なく、身支度をする為に行動を開始する。
私服に着替えた仁がリビングへ向かえば、そこには既に両親が待っていた。
「おはよう、仁。誕生日おめでとう!」
「お誕生日おめでとう、仁。学校が無いのに早起きなのは、相変わらずねぇ」
真っ先に祝いの言葉を直接贈ってくれるのは、やはり家族からだ。
「おはよう、父さん母さん。ありがとう、お陰様で無事に十六歳になりました」
昨年の誕生日は事故の影響で塞ぎ込んでいた頃なので、仁の返答にも暗い影が感じられた。しかし今年は明るい表情で、「無事に」とまで言ってみせたのだ。俊明も撫子も、そんな息子の変化を感じて心から安心感を覚える。
朝食を済ませれば、仁はいつもの通り星波家へ向かう。姫乃達は当然、普通に学校がある。日課の送り迎えは、外せないルーティンだ。
その道中で、起きたであろう仲間達からのメッセージが届く。信号待ちの合間にそれらを確認して、仁は後でしっかり返信しようと一度端末を仕舞い込む。
そうして星波家に到着した、そのタイミングで……仁が呼び鈴を押す前に、玄関の扉が開いた。
「おはようございます、仁くん! お誕生日、おめでとうございます♪」
満面の笑みで、仁を出迎える姫乃。可愛らしいこの婚約者様は、どうやら仁の到着を待ち侘びていたらしい。
「ありがとう、姫……あと、おはよう。僕が着くタイミング、よく解ったね?」
不思議そうに仁がそう言うと、それに対する返答は姫乃以外の人物によってされた。
「リビングから仁の姿が見えたところで、すぐに玄関に向かったんだよヒメは」
そう言いながら玄関から出て来るのは、仁同様に私服姿の英雄である。彼もこれから来る婚約者様の為、共に[初音女子大学付属中等部]へ同行するのだから当然か。
「誕生日おめでとう、仁」
「ありがとう、英雄」
傍から見たら、実に簡素なやり取りかもしれない。しかし仁と英雄は、正真正銘の親友……だから、それだけで互いの気持ちは伝わっていた。
更に仁の誕生日を祝うべく、大将や聖も姿を見せる。そうこうしている内に、一台の高級車が星波家の前に停車した。ご近所さんも最初は驚いていたものの、最近は慣れたのか日常の風景の一部らしいのだが、それは余談だ。
「皆さん、おはようございます。そして仁さん、お誕生日おめでとうございます」
「僭越ながら、私からも。お誕生日おめでとうございます、仁様」
恋と鳴子からも祝いの言葉を頂戴し、改めて夜……寺野家でお祝いする事について話した後、それぞれの目的地に向けて出発する。
四人で談笑しながら[初音女子大学付属中等部]に向かえば、今日は校門の所で待ち構える少女達の姿があった。
「あ、来たわね」
「おっはよー!!」
「おはようございます」
勿論待っていたのは、愛と千夜、それに優だ。その理由はやはり、一つだろう。
「「「仁さん、お誕生日おめでとうございます!」」」
「ありがとう、皆。もしかして、その為に待っていてくれたの?」
仁がそう問い掛けると、三人は「勿論」と笑顔で応える。照れ臭くなってしまうものの、その心遣いは素直に嬉しい。仁はもう一度三人に感謝の言葉を伝え、英雄と共に少女達が校舎に向かうのを見送る。
「じゃあ仁、学校に行こうか」
「おや? 英雄もそのつもりだった?」
「当然。仁もきっと、そうだと思っていたからね。未来の後輩に、エールを送りに行こうか?」
……
二人で連れ立って[日野市高校]の近くに向かえば、緊張した面持ちの学生達が歩いている様子が見えた。
「俺達も、去年はあんな感じだったんだろうね」
「あー、そうかもしれないね。最近のあれこれが濃すぎて、微妙に印象薄いけど」
「それはそう」
自動販売機で買った温かいコーヒーで暖を取りつつ、そんな雑談で時間を潰す仁と英雄。それから待つ事数分で、待ち人が揃って歩いて来るのが見えた。
「おっと。英雄、あそこ」
「うん、来たね」
腰を下ろしていたベンチから立ち上がった二人は、並んで歩く二人組の中学生に向けて歩を進める。すると、彼等も仁と英雄に気付いたらしい。
「およ? 仁兄に、英雄さん?」
「おはようございます、二人とも今日は休みじゃあ……?」
隼と拓真が不思議そうにしているので、仁と英雄は笑みを浮かべる。
「受験前に、ちょっと応援しとこうかなって」
「二人ならきっと大丈夫だよ、頑張れ」
そんな二人の応援の言葉に、隼と拓真は目を丸くし……そして、笑みを浮かべて頷く。
「あんがとッス、二人共。いっちょ、決めて来るッスよ!」
「僕も頑張ります。お二人共、ありがとうございます!」
二人はそう言いながら、拳を突き出す。そんな未来の後輩達に応じて、仁と英雄はその拳に自分の拳を軽く当てる。
「あ、それと仁兄!! 誕生日おめでとうッス!!」
「そうだった! お誕生日おめでとうございます、仁さん」
受験で頭がいっぱいになっていてもおかしくないのに、二人は自分の誕生日の事も覚えていてくれた様だ。
「ありがとう、二人共」
それから少しだけ会話して、仁と英雄は二人が学校へ向かうのを見送る。隼と拓真の様子はリラックスできたのか、気負いの様なものは感じられなかった。
朝の用事を済ませた二人は、折角だからどこかでのんびり過ごす事にする。ひとまず最寄りの駅に向かった所で、仁と英雄を予想外の人物が待ち構えていた。
「おっ、予想通りだったな」
「やぁ、二人共。待っていたよ」
それは人志と明人の二人であった。彼等も仁達同様に、私服姿である。
「あれ? 二人共どうかしたの?」
不思議そうな顔をする仁と英雄に、人志と明人は笑みを浮かべて肩を竦める。
「サプライズ成功かな? お前等が居るんじゃないかって思ってな、待ち伏せしてたんだよ」
「今日、ウチの学校が入試だよね? で、ハヤテ君とナタク君が受験するって聞いていたからね。君達なら、二人の応援の為に来ているんじゃないかって思ったのさ」
「で、仁の誕生日って今日だろ? お祝いって事で、一緒に遊びに行かないかってお誘いだな。あ、無理なら断ってくれても全然良いぞ。昨日の夜に思い付いた事だし、事前にアポ取ってないからな」
どうやら彼等もサプライズで、仁の誕生日を祝うべく来てくれたらしい。その気持ちが、仁としてはありがたいものだった。
「ありがとう、二人共。英雄、良いよね?」
「人志と明人なら、勿論。四人で遊ぶか」
「あ、委員長にも声は掛けてんだよ。昼前には合流できるってよ」
「お祝いの言葉は、揃ってからにしようか。今の時間だと、どこが空いてるかな」
そのまま相談しながら、四人で連れ立って歩き出す。ゲームではライバルな彼等だが、現実ではこの通りすっかり仲の良い親友達だ。
――うん……やっぱり、今年の誕生日はこれまでと違うな。
起き抜けには変わり映えの無い誕生日の朝だと思っていたが、こんなにも多くの人達が自分の誕生日を祝ってくれる。それがとても嬉しくもあり、ありがたくもある。
だから今度は、自分も彼等の誕生日を精一杯の気持ちで祝いたい。そんな事を考えながら、仁は親友達と街へ繰り出したのだった。
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ゲームセンターで時間を潰した後に、小斗流と合流してファミリーレストランで昼食。その後はカラオケを楽しんだ仁達は、[初音女子大学付属中等部]の授業が終わる頃合いで解散した。
「お疲れー! またこういうのもやりたいな。それじゃ、また学校でな!」
「まぁ、ゲーム内で会うかもしれないけどね? ひとまずは、また来週」
「また来週ね寺野君、星波君! それと、寺野君は良い誕生日を!」
仲の良い高校生同士が遊ぶには、割と早めの時間ではある。しかし三人も仁と英雄のこの後の予定は知っており、流石に婚約者との時間を邪魔するつもりは無いようだ。
そんな三人に、仁も笑顔で頷いて応えた。
「三人共、今日はありがとう。また来週ね」
人志達は別方向の為、駅の改札口で別れる。電車に乗って最寄り駅に向かう中で、ふと英雄から仁に質問が投げかけられる。
「仁はあまり歌わなかったけど、カラオケは苦手だった?」
「いや、そういう訳じゃ無いよ。ただ、陸上一筋だった時期が長かったから……あんまり、最近の曲とか知らないんだよね」
「あー、そういう事か。でも、瑠璃さんの曲歌ってたよね」
それは仁が知る、数少ない最近の曲である。仲間である瑠璃の曲は、部屋で勉強している時などに流す様になっているのだった。
「まぁ、瑠璃さんの曲だからってのはあるかなぁ」
そこで、英雄が素直に感じたある点について言及する。勿論話の流れから、カラオケでの事だ。
「でも仁って声も良いし、歌も上手いと思った」
英雄が言う通り、仁は音程やリズムをしっかり掴めていた。更に言うならば、低音も高音もそれなりに出せる声質の持ち主だったのだ。つまるところ、カラオケ初心者とは思えないレベルだった。それで学校の合唱くらいでしか、まともに歌った事がないというのだから驚きである。
だが仁的には、そんな称賛で鼻を高くする事は出来なかった。
「英雄がそれ言う? めっちゃ上手かったよ、歌」
仁がそう言うのは、決してお世辞などでは無い。星波英雄……彼はやはり、驚く程にスペックが高かったのだ。歌唱力と言えば、やはり音域・音程・声量・リズム感・表現力で評価されるだろう。英雄はそのどれをとっても見事なもので、その圧倒的歌唱力で他の四人は圧倒されるレベルであった。
「今度、恋やヒメ達も連れて皆で行ってみる? 四月には隼や拓真も、一緒に行動できるし」
英雄は仁も喜ぶのではないか? と思ってそう言うのだが、仁の反応は意外にも微妙なものだった。
「あー……そう、だなぁ……うーん、ちょっと隼は……苦手かも……?」
その言葉に、英雄は意外そうな顔をした。隼といえば現実では勉強・運動、ゲーム内では戦闘に作戦立案……そして生産面でも、料理に鍛冶にと何でも出来る少年という印象だったのだ。
「歌うのが、苦手なのかな?」
「本人の名誉の為に言うけど、音痴じゃないんだ。ただリズム感を意識すると音程が少しずれたりするって、隼は言ってた。僕の料理とか、姉さんの運動みたいな感じ」
「イトコ揃って高スペックなのに、何かしらの欠点があるのは呪いか何かなのかな?」
ちなみに数満には、そういう欠点要素は特にないらしい。となると、母方の血筋の呪いか何かか。
「あ、でも隼はラップは出来るって言ってた」
「そこは大丈夫なのも、何というか……」
和美も運動は苦手ながら、何かを投げるだけなら得意中の得意だ。それも天賦の才かな? というレベルで。
そこで英雄は、仁の苦手分野である料理について考える。もしかしたら一般的な料理では欠点が発揮されるが、他に何か抜きんでた才能が隠れているのではないか? と。
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その後は[初音女子大学付属中等部]で姫乃・恋を迎えに行き、まずは星波家……ではなく、今日は寺野家へと直行だ。
「姫の着替えは(母さんの独断で)うちにあるけど、恋さんは大丈夫なのかな?」
「えぇ、鳴子さんが持って来て下さいます。それに、お義父様とお義母様のお迎えも」
「父さんと母さん、大丈夫かな……初音家の車は、本気で高級車だからな……」
「あはは……私も最初は、すごく緊張しましたね」
ちなみに恋の話では、秀頼と乙姫も誕生日会に来たいと言っていたそうな。しかしそこは、大人数だと迷惑になるからと恋が諦めさせたらしい。
そうして雑談をしながら歩く内に、四人は寺野家に到着。
「お帰り仁、姫乃ちゃん! それに英雄君と恋ちゃん、いらっしゃい!」
満面の笑顔で、四人を出迎える撫子。何気に姫乃には「いらっしゃい」ではなく「お帰り」なあたり、既に娘認定されているのが感じ取れる。
仁は上着を置く為に、一度自室へ。姫乃は制服から部屋着に着替える為に、撫子の部屋へと向かった。
リビングで待つ英雄と恋は、撫子の用意した温かいお茶で一息つく。
そうして仁と姫乃がリビングに戻った所で、姫乃は撫子と共に台所へ向かう。恋もそれに続き、ブレザーを脱ぐと借りたエプロンを装着した。
「恋さん、制服だけど大丈夫?」
「今回は、ヒメちゃんのサポート役に徹しますから。それに念の為、エプロンもお借りしましたし」
そう言って台所に続く恋を見送った仁は、英雄に視線を向ける。
「いいお嫁さんだね、英雄」
「うん、俺もそう思う。けど、仁だって同じじゃないか」
「完全に同意だけど、兄馬鹿かな?」
「ははっ、自覚している」
そんな軽口を交わし合って、二人は料理をする三人を見る……だけであるはずもなく。帰宅する俊明や、鳴子と星波夫妻も来訪すればダイニングテーブルでは足りなくなる。リビングに長机を出して布巾で拭いたり、取り皿や箸を用意したりと出来る事をする。
……
十八時を回る頃に、俊明が帰宅。その少し後に、鳴子が星波夫妻を連れて訪れた。その頃には料理もほぼ出来上がっており、長机には様々な料理が揃えられている。
そうして全員の準備が出来た所で、俊明は仁の隣に座る少女……姫乃に視線を向け、かねてから考えていた言葉を伝える。
「乾杯の音頭は、姫乃ちゃんにお願いするよ」
「えっ!? わ、私ですか!? 俊明さんや、撫子さんの方が良いんじゃあ……」
「うふふ、私達は姫乃ちゃんにお願いしたいのよ。新しい家族として、ね?」
そう言われた姫乃は、チラリと仁を見る。仁も姫乃が音頭を取ってくれるなら、嬉しい事だと思って頷いてみせる。
そんな仁の言葉なきお願いを受けて、姫乃もそれならばと首肯した。
「そ、それじゃあ……仁くんのお誕生日を祝って、乾杯です」
『乾杯!!』
星波家と恋・鳴子は、帰りは初音家の車で帰るので大人達はアルコール、子供達はソフトドリンクの入ったグラスを重ねて乾杯をする。そうして誕生日パーティーが始まると、姫乃がメインで調理した料理に手を伸ばした。
しかし仁の分は、姫乃がせっせと取り分けていく。取り皿に仁の好む料理を取り揃えると、姫乃はそれを仁の前に置いてふにゃりと微笑む。
「どうぞ召し上がって下さい、仁くん♪」
「ありがとう、姫」
甲斐甲斐しいとは、こういう事を言うのだろう……そんな事を考えつつ、仁は姫乃が取り分けてくれた料理を見る。豚肉と野菜の蒸し焼きや、鰹のたたきと野菜のカルパッチョ。サーモンとキャベツのクリーム煮に、トマトソースのチキンソテーといった料理が盛り付けられている。どれも美味しそうで、どれから手を付けたものかと迷うくらいだ。ヘルシー志向なのは、仁の嗜好に寄せられたからなのは言うまでもない。
もっとも大人や男性陣が好む系統の揚げ物料理もそれなりに作っているので、そちらはそちらで楽しんで貰えるだろう。ちなみに仁も大量に食べるつもりはないが、そちらもちゃんと味わわせて貰いたいと思っている。
食事が始まれば、姫乃達の料理に対する称賛の嵐だった。実際レストランで食べられる料理と比べても、そん色ない程に美味しいと仁も思う。
「す、凄く美味しい……ありがとう、姫。母さんと恋さんもありがとう」
「店で食べる物より美味しいんじゃないかな、これ。本気で」
「英雄様の感想に、私も同意見で御座います……本当に美味しいですね、どれも」
「うん! 本当に、どれも絶品だ! いやぁ、これは本当に美味しいよ!」
「ふむ……姫乃の料理、母さんの味にだいぶ近いレベルで美味しくなっているな」
「あら、あなたってば……私に忖度しなくて良いわよ? 近いじゃなくて、もう同じレベルよ姫乃。頑張った甲斐があったわねぇ」
母であり、料理の師匠である聖はかつて料理人だった。そんな師からの太鼓判に、姫乃も照れながらも嬉しそうである。
「ん-、美味しい……」
姫乃達が用意した料理は、不思議と単品で完結する事が無い。最初に食べた料理は実に美味しく、それだけでも満足度は十分だ。しかしその隣に盛り付けられたものに手が伸び、それは次へと続く。
それぞれの味付けや量、そして料理の配置が絶妙なバランスで調整されている……仁はそう感じて、姫乃が取り分けてくれた意図を察する。ここまでを含めて、姫乃は自分に誕生日を祝う料理を用意してくれたのだろう。
普段よりも食が進み、最初に用意された分は綺麗に食べ切れた。更に普段は控える揚げ物料理等にも、仁は手を伸ばそうとする。
「あ、仁くん? こっちも食べてみますか?」
「え? あ、うん」
「はい、解りました♪」
姫乃は笑みを浮かべると、仁の取り皿を手に取る。そして仁が食べようとしていた揚げ物を盛り付け、同時にそれに合う料理を一緒に取り分けていく。
「これでどうでしょうか?」
「……僕の食生活は将来、姫に管理されるんだろうなと実感した。勿論、最高に良い意味で」
彩り、バランス、分量、そして仁の好み。全てを兼ね備えた、最高の配分で取り分けられた一皿。文句など言えるはずもないし、それ以前に文句を付ける点がそもそも存在しないのだ。
「えへへ、頑張っちゃいますね!」
自分の言葉に対して、満面の笑みでそう言う姫乃が愛おしい。二人きりならば、抱き締めていただろう。
そんな事を考えつつ、「無理のない程度でね」なんて言いつつ揚げ物を口にすればサッパリとした味付けだ。そうなると一緒に用意されたレモン汁を利かせたサラダが欲しくなり、仁は再び盛り付けられた料理の消費に勤しんでいく。
料理が消費された所で、料理と同時並行して用意されたお手製のバースデーケーキが運ばれて来る。オーソドックスな苺のショートケーキは、本当に手作りかと言いたくなるほどに見事な出来栄えだ。外観だけを見ても、これは美味しいだろうという確信を抱かせる。
撫子の手によってが一本の太めの蝋燭と、六本の細い蝋燭がケーキに立てられる。そしてその蝋燭に俊明が火を灯すと、仁以外の全員がお決まりのバースデーソングを歌い始めた。
こんな風に、誕生日を祝うパーティーをして貰ったのはどれ程前だったか。陸上に打ち込んでいた頃は、家族だけで簡単に済ませていた。
過去の記憶を紐解いても、こんなに多くの人に祝福された誕生日は無かった。そのきっかけをくれたのは、AWOだった。
そんな事を考えている内に、かけがえのない家族達によるバースデーソングが終わる。そのタイミングで、仁は笑みを浮かべて正直に心の裡を口にする。
「父さん、母さん。英雄、恋さん、鳴子さん。大将さん、聖さん。そして姫……」
感謝の想いを、もっと伝えたい。しかしこのまま時間を浪費してしまえば、姫乃達が作ってくれたケーキに蝋燭の蠟が垂れてしまうだろう。だから今は、こんな簡単な言葉しか言えないけれど。
「今年は、今までで一番素敵な誕生日です。本当に、ありがとうございます」
そんなありきたりな……しかし飾る所の無い素直な気持ちを口にして、仁は蝋燭に灯った火を吹き消した。
さくしゃ、しってるよ
ここまでよんでくださっている、どくしゃさまたちはきっと
いちわでおわるはずがないって、よそうしているんだ。
作者、知っているよ!!
うちの訓練された読者様は!!
もっと糖分が欲しいって、知ってるんだからね!!
勿論、続きます。
次回投稿日は、あえて書きませんね。




