19-09 幕間・最前線を行く者達2
ハヤテとナタクが、ビスマルク達と遭遇したその頃……別の[試練の塔]でもまた、ただのPKerと化した【暗黒の使徒】に襲われたプレイヤー達が居た。とは言っても、既に勝負は付いている……【暗黒の使徒】側の敗北という形でだ。
「付き合い始めて早々に、面倒臭い奴等に絡まれちまったな……」
「本当だねぇ、まったくもう……」
傭兵風の装いに身を包む二人の前で、地面に倒れ伏すのは【暗黒の使徒】の面々。既に彼等はHPを全て失い、蘇生猶予時間が尽きるのを待つばかりであった。
「ぐぅ……っ!! おのれリア充……!!」
「付き合い始め……一番充実しているタイミングじゃないか……っ!!」
「爆発させてぇ……爆発させてぇよ……!!」
ものっそい悔しがっているのは、年明けにレーナによってボッコボコにされた三人。アバター名は、ネイハム・オシリス・ハーシス。名前だけだと印象が薄いかもしれないので念の為に言及するならば、胸派・尻派・脚派のフェチ三人集である。
そんな三人をあっさり下したのは、【遥かなる旅路】の幹部にしてギルマス夫婦の後継者。カイセンイクラドンが最も頼りにしている男、タイチ……そしてトロロゴハンの弟子である、エルリア。ついにバレンタインの日に結ばれた、付き合いたてホヤホヤの新カップルである。
胸派・尻派・脚派の三人は二人の姿を見た瞬間に、そのリア充感知センサーで二人がカップルになった事を看破……怒りと悔しさのままに襲い掛かったのだ。もっとも、その結果は見ての通りだが。
「三人で組んで、マッチング……その目的が、カップルのPKか。ってか【暗黒】って、決闘PK専門ギルドじゃなかったのかよ」
「年明けに話題になった噂だと、ジン君達と戦ったんだっけ? その時の件で、相手にして貰えなくなったんじゃないかな……決闘は相手に受けて貰えないと、成立しないからね」
二人がそんな会話をしている間に、【暗黒の使徒】メンバー三人の蘇生猶予時間が尽きる頃合いになった。図星を刺され続けて来た彼等は、醜く表情を歪めて悔し気である。
「このままで終わると思うなよ……必ず全てのカップルを、徹底的に爆発させてやる……ッ!!」
オシリスのその言葉を最後に、三人は強制ログアウトさせられ消滅。その所持品が全て、その場にドロップする。
「……スキルオーブや武器、装備品か。しかしそれ以外に……素材とか、消費アイテムは無し。≪ポーション≫すら無いってのは、腑に落ちないな」
「多分だけど、ギルドホームの倉庫に保管しているんじゃないかな。つまり最初から彼等は、PKだけを目的に[試練の塔]に入って来てるってこと」
だからこそ、攻略に必要な≪ポーション≫類すら無いのだろう。その事からも、【暗黒の使徒】の計画性が窺い知れる。
またトップ層の居る最前線では無く、中堅層の多いこの階層帯でPKを始めた。この点も、彼等の計画の一部だと察する事が出来る。
「奴等の噂が広まったら、トップランカーが動く……自分達の討伐に、乗り出す為に。狙いはそれだろうな」
「例えばうちの夫婦とか……あとはジン君とヒメノちゃん、ヒイロ君とレンちゃんみたいな夫婦だね。ユージンさん達や、レーナさん達も狙っているかな?」
「このイベント終盤で、こんな事を仕出かした……本当の目的は、トップ層に対する嫌がらせか?」
今はどの勢力も最上階を目指し、攻略に力を入れている時期である。そのタイミングでこの事件を起こしたのは、足を引っ張るという目的がある……タイチはそう考えた。
「……放ってはおけないな」
「そうだね、放置するのは私達の方針に反するもんね」
ギルド【遥かなる旅路】は、初心者への支援活動に力を入れている。その一番の理由は、ゲームがより長く続く様にという想いがあるからだ。この件を放置したら、ゲームから離れるプレイヤーが少なからず出て来るかもしれない……それは、絶対に阻止したい。
「カイさんの考えた、例の件……もしかしたら、早速役に立つかもしれないね?」
「あぁ……こいつらは、トッププレイヤーを甘く見過ぎたな」
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一方、その頃。
「調査の結果、現在の【暗黒の使徒】はかつての規模から大幅に縮小。ギルドメンバーは二十七人、PACは無し……まぁ、当然と言えば、当然と言える」
「ギルドクレストだけでも、この程度の情報は手に入りますからねぇ」
クランメンバーが被害に逢った事で、【暗黒の使徒】によるマッチングPK対策を考える者達。【白狼の集い】と【真紅の誓い】が結成したクラン、【無限の可能性】である。
会話しているのは【白狼の集い】に所属する、メギドとレムの二人。そして【真紅の誓い】のカーディナルとルビィ、ガーネットの三人だ。
五人は昨夜、クランメンバーが【暗黒の使徒】に襲われたという話を聞いた。そこでヒューズやクリムゾンに、まずは事前調査を提案。社会人組に先駆けて、学生組で集められるだけ情報収集を買って出た訳だ。
「という事は、【暗黒】は恐らく九組で行動している……か」
カーディナルがそう言うと、メギドとレムは頷いてみせる。
「ギルドクレストの記載は、誤魔化し様が無いですからね」
「はい。そしてカップル狙いで三人一組を組んでいるなら、間違いなく九組になるかと」
そこまで予想できたのは良いのだが、問題はそこからだ。
「問題はこれに対し、どう対処するかだな」
「うーん、全員が重犯罪者になっているんでしょうか? 少なくともシン・フォウ・ギアは三人共、重犯罪者だという事は解りましたが……」
「奴らのPK行為を食い止めるなら、やはり一番良いのはPKKする事……相手が重犯罪者だっていうなら、KILLすれば所持品全ロスですもんね」
すると、掲示板等で情報を集めていたルビィが立ち上がる。
「見付けた!! ってか、ついさっきの書き込み……しかも、これって!!」
「どれどれ……? マジで!? このコテハン、【七色】の……!!」
このゲーム内では、【七色】と聞けば即座にどこを指しているのかが解る。他の三人も集まって、ルビィのシステム・ウィンドウに視線を落とした。
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880 七色の名無し
【注意喚起】
現在、試練の塔にて重犯罪プレイヤー三人組によるPKが多発中ッス
俺等が遭遇したのは【暗黒の使徒】のビスマルク・モーリ・ナイン
首尾よく三人共倒したッスけど、他の連中も同じ様に動いているかもしれないッス
イベントに参加している人達は、どうか気を付けて欲しいッス
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「ハヤテ君……だな」
「一組は全ロス喰らって、脱落か」
「しかも、ビスマルクってサブマスだったわよね? これは幸先が良い話だわ」
かつては決闘PK専門ギルドとして、名が知れ渡っていた【暗黒の使徒】。対人戦において実力者揃いとされていた彼等の中でも、ギルドマスターであるダリルとサブマスターであるビスマルクは手強い相手という認識だった。
その片割れが、ハヤテ達によって討ち取られた……これは、実にありがたい話である。
「【七色の橋】なら、多分【暗黒の使徒】を止める為に動くはずだ。ヒューズさんなら、彼等と足並みを揃えると思う」
「となれば、他の【VC】加盟ギルドも動く……かしら。協力出来るなら、これ程頼りになる存在はそう居ないわよね」
「他の大規模さん達は、どうかしらね?」
当然ながらこれからの事は、ギルドマスターであるヒューズとクリムゾン……そしてサブマスター達を含めた上層部で、行動方針を決定する。だがこのクランのトップ達は、下の意見を聞き入れない様な度量の狭い面々ではない。
自分達の意見も予め纏めておいて、方針が決まったら即座に行動出来るようにしよう。そう考えて、五人は更に意見交換をしていくのだった。
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同じ頃、ハヤテの書き込みを見たプレイヤー達。彼等は【暗黒の使徒】によるPKに対し、呆れた様な様子を見せていた。
「なんと愚かしい……女神が用意した試練、その理を己の欲望の為に悪用するとはな」
「然り。斯様な愚行に至るとは、余程”開闢の断罪”が堪えたのだろう」
何か重々しい雰囲気で会話をしている、二人の青年。彼等はクラン【ルーチェ&オンブラ】に加盟するギルド、【闇夜之翼】のロゴスとマクスウェルだ。その正面には、瞳を閉じて瞑目しているシモンが居る。
ちなみにここは【フィオレ・ファミリア】のギルドホームで、シモン達三人は【暗黒の使徒】の情報をクラン仲間である彼等に伝えに来たのだ。ちなみに、ギルドマスターであるセシリアはまだログインしていない。
そんな三人を迎えたフィオレは、難しい顔で掲示板を見ている。そして、一つ頷くとシモンに視線を向けた。
「シモンさん、今回の件について意見を聞かせて欲しいのですが……【暗黒の使徒】の行動、これは計画的なものと思えませんか?」
真剣な様子のフィオレに対し、シモンは目を開けて佇まいを正すと……しっかりと、頷いてみせた。
「此度の宴が終幕を迎える、その直前に行動を起こした点。そして五人が巡り合う宴の原則を利用し、その三席を自らが埋めて恋人達と遭遇する確率を上げる手法……【配信界の御令嬢】の言う通り、彼奴等は狙いを定めているだろう」
「あ、私そんな呼び名されてたんですね……それは置いとくとして、やはりそう思いますか」
知らない間に付けられていた妙で微妙な異名に苦笑しつつ、それを流して本題を進める。これだけでも、フィオレが優秀なギルドマスターである事が解るだろう。
しかし彼女の優秀さは、それだけに留まらない。彼女は【暗黒の使徒】の動きから、その本当の狙いを看破していた。
「恐らく、最大の狙いは……復讐かしら」
「うむ……彼奴等にとって許容できない存在は、光に満ち溢れた未来図を共に描く事を約束した者達……だがそれ以上に、その心の深淵に色褪せる事なき聖痕を刻み付けた者達に対する憤怒で身を焦がしていると考えられよう」
絶好調なシモンは、訳知り顔で肩を竦める。ロゴスやマクスウェルはさもありなんとばかりに頷いているが、フィオレ達はそろそろよく解らなくなってきていた。むしろ、ここまで良く頑張ったよ。
そして、そんなフィオレ達に助け船が出される。
「……シモンさんはリア充と呼ばれる様な恋人達以上に、年明けの騒動で自分達を倒した彼等を許せない。そして本当の狙いは後者、と言いたいんですよね?」
「セシリアさん」
「おぉ、我等が女王。無事の帰還、まずは歓びの言葉を以って……」
「ゲームにログインするのを、帰還というのは辞めましょうね……かなり、手遅れな感じに思われますよ?」
「む……う、うむ……」
流れが変わったな。
「お疲れ様です、セシリアさん。もう、話は聞いている様ですね?」
「はい、ミラさんが要点を纏めたメッセージを送って下さっていたので」
セシリアと共にホームに訪れたミラことミラージュは、不敵な笑みを浮かべて一礼する。地味にこうして、ギルドやクランの為にあれこれやってくれている様だ。
――言動や挙動に目を瞑るなら、地味に優秀なメンバーなのよね……一応、礼儀も気にかけているみたいだし。
それもあって、セシリアもミラを……いや、シモン達全員を無碍にするような事はしないのだろう。
それは、フィオレ達としても理解出来る。実際にクラン結成から今日に至るまで、彼等の働きによって様々な恩恵を得ていたりする。地味に【フィオレ・ファミリア】の面々は、シモン達を受け入れて仲良くしているし。
それはさておき、問題は【暗黒の使徒】だ。
「やはり本当の狙いは、自分達を止めようとする勢力を誘き出す事……自分達の手で、年明けの雪辱を晴らす事でしょう」
「ついでにトッププレイヤーが足止めを食らえば、それだけイベント攻略が遅れる。最前線組の更なる強化を、阻止する腹積もりですね」
小賢しいが、地味に効果的な手段でもある。しかしながら、【暗黒の使徒】は気付いていない……最前線を征く者達が、どの様な関係性を構築しているかなど。
「恐らく彼等は動くでしょう……そこで、私から提案があるのだけれど」
「えぇ、私も同じく提案があります……ふふっ、やはり気が合いますね?」
「そうみたいね……それじゃあ早速、連絡を入れましょうか」
次回投稿予定日:2024/10/20(本編)




