19-04 バレンタインデーを迎えました・その4
バレンタインのお話を描く!!
つまり!!
糖が!! 糖が!!
っ【過糖警報】
バレンタインデーの放課後、寺野数満はクラスの女子から配布された義理チョコを持って帰宅していた。彼が貰った数は、クラスに在籍する女子生徒数と一致する。
ちなみにクラスの男子が貰えた数は、数満と同じ数。男子は全員、クラスの女子から貰えたのだ。実に、仲の良いクラスである。
「ただいま、っと……心愛も、もう帰って来てんのか」
玄関には義妹の靴と、義母である心海の靴がある。それにもう一組、家族ではない誰かの靴もあった。数満は、それが心愛の親友である名都代の物だとすぐに察した。
「お帰りなさい、カズ君」
パタパタと、スリッパの音を鳴らせて玄関まで出迎える心海。実子である心愛だけでなく、義息子となった数満にも分け隔てなく接する彼女には、数満も頭が上がらない。
「ただいま、心海さん。羽田さんも来てるん?」
「えぇ、そうよ~。あと、カズ君宛に荷物がいくつか届いていたんだけど……あら、その袋ってもしかして……」
数満が持つレジ袋を見て、心海は表情を緩める。パッと見でも、結構な数のチョコを貰ったのだとすぐに見て取れたのだ。
「あぁ、クラスの女子からの義理チョコ。荷物って?」
「カズ君の部屋に置いてあるわよ~。とりあえず、着替えてらっしゃいね。手洗いうがいも忘れちゃダメよ~」
そんな心海に「はいよ」と答えながら、数満はちゃんと洗面台へ向かう。
……
着替えを済ませて荷物を確認すると、それは遠方に住む面々からのバレンタインチョコだった。
「星波さん達に、和美さん……カノンさんやラミィさんもくれたんか」
姫乃・恋・鳴子・愛・千夜・優・鏡美の、七人分のチョコが一つの箱に収められた荷物。そして毎年恒例の和美のチョコに加えて、今年は紀子からのチョコも一緒に入った荷物だった。
「ったく、ありがたいもんだな……大事に食わせて貰うか」
学校に行っている間は冷房を切っていたが、帰宅したら勿論暖房を付ける。そうなると折角の仲間達のチョコレートが溶けてしまうので、台所の冷蔵庫に入れさせて貰う事にした数満。
クラスメイトからのチョコと仲間達のチョコを持ってリビングに向かえば、そこには心愛と名都代……そして、心海が待ち構えていた。
「お帰り、兄さん! ハッピーバレン……タイ、ン……?」
「お……お兄、さん……そ、そんなにチョコを……貰ったん、ですか……?」
心愛と名都代は、数満が持つチョコの数を見て絶句していた。クラスメイトからの十三個に、仲間内からの九個……確かに、普通の男子高校生にしては結構な数を貰っているのだ。
「あらあら……カズ君も、隅に置けないわね~」
「いや、これクラスの女子からの義理だぞ。俺だけじゃなく、男子全員貰ってんだよ」
袋をダイニングテーブルに置いて中身を見せると、確かにそこには大量生産しました! といった感じのチョコが、百円均一で買える様な袋に入れられた物だ。
「で、こっちのは……心愛と羽田さんも、良く知ってる面子からだよ」
つまりは全部、義理チョコだ。二十二個、全てが義理チョコである。そう考えると数満的には、浮かれる程のものではないと思ってしまうのだ。そもそも、貰った個数を誇るタイプでもない。
「ひ、姫様達から貰ったの!? うわっ、姉君様やカノン殿からも!! あれ、【七色】女性陣コンプリートしてませんか!?」
「し、しかもラミィ殿からも……!! そっか、ラミィ殿はネオン殿と仲が良いんでしたっけ……」
「なになに、何の話~?」
数満の貰ったチョコが、更に三つ……そして内一つは何気に大本命なのだが、それを受け取るまでにはまだ少々時間が掛かるのだった。
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一方、大阪にある広告会社の事務所。そこで仕事に精を出しながら、今夜の事について考えているのはクベラこと梅島勝守だ。
既に昨日までの間に、部屋の片付けやら何やらは済んでいる。見られて困る物は、既にしっかり処分済みである。
ベッドに敷く布団や枕も、シーツも全て洗濯・乾燥済み。相手が不安そうならば、自分はソファで眠る準備も整えてある。
ついでに一緒にAWOが出来るように、使わないでいた冬のボーナスでスペックが一つ上のパソコンに買い替えた。
――期待していないとは言わないけど、まぁそこまではいかないと思うんだよな……紀子さんは、結構内気な所が強めだし。
そう、今夜は紀子が大阪まで会いに来てくれる予定なのだ。それも、勝守の家に一泊の予定で。
とはいえ、勝守も「これはいよいよ?」という期待はあっても薄い。そもそも相手は大学生で、親元からも離れている訳では無い。それも考慮すると、まだ早いのではないか? という気持ちも、勝守にはある。
焦らなくても、自分と紀子はずっと一緒に歩いて行ける……お互いの事を思い遣り、お互いに会話を重ねられる間柄なのだから。
――まぁ……うん、せめてキスくらいは許して貰えるかな……まぁ、紀子さんが嫌じゃないなら。
そうして勝守は、予定通り定時に仕事を終わらせてタイムカードを切る。
「お、なんや梅ちゃん。普段もはよ帰るけど、今日はえらく早いやんけ」
「もしかして梅、コレか? コレなんか?」
小指を立ててニヤける同僚に苦笑しつつ、勝守はそのまま会社の扉を開けて挨拶する。
「あー……まぁ、今日は用事があるので。お先に失礼します」
「おいおいマジか? ちょい話を……」
引き留めようとする同僚だが、勝守は有無を言わさず扉を閉めて歩き出したのだった。何故ならば、既に近くのカフェで紀子が待っていると連絡が入っているのだ。
……
「そ、それじゃあ……お、お……お邪魔、します……」
「ど、どうぞ……紀子さん。えーと、大した部屋じゃないからさ。そんな、緊張しないで?」
勝守がリラックスする様に促すが、紀子は勿論それどころではない。緊張するな、というのが無理な話である。
「とりあえず寒かっただろうし、まずは暖房付けるね。部屋が温まるのは時間かかるだろうから、温かいお茶を淹れるよ。緑茶と紅茶、どっちが良い?」
電気ケトルに水を注ぎながら勝守が問い掛けると、紀子はたどたどしくも自分の要望を口にする。
「こ、こ……紅、茶で……おね、がい……します……」
ゲーム内で鍛冶をする時以外は、紀子はこういった喋り方だ。勝守もすっかりそれに慣れて、紀子の言葉が終わるのを待つ事を自然体で行う様になっている。
「了解。荷物は……窓際のスペースで良かったら、自由に使って大丈夫だよ」
「あ、は……はい……あり、がとう、ござい……ます……」
そうして流れる、静寂。しかし二人にとって、それは居心地の悪いものではなかった。
やがて勝守が、ティーパックで作った紅茶を持って来て話題を振る。
「そうだ、晩御飯はどうしようか。紀子さんが好きって言っていた、パスタのお店が近くにあるけど」
「え、そ……そうなん、ですか……? あ、でも、その……その前に、ですね……」
紀子は少し緊張気味に、ここまで来た理由を鞄から取り出した。
「……う、生まれて初めて……本命、チョコを……手作り、しました……」
「は、初めて……? な、何か凄く……それは、嬉しいな……」
勝守がそう言うと、紀子は顔を真っ赤にしながらもチョコを差し出した。その手は震えていて、彼女が勇気を振り絞っている事が伺える。
勝守はそのチョコを大切そうに受け取って、紀子の頭に手を乗せ撫でる。
「本当にありがとう……こんなに貰って嬉しいと思ったのは、初めてだ……」
「……うれ、しい……です……」
そう言った紀子は、少しずつ、少しずつ勝守に近付いていく。そんな紀子の様子に、勝守は彼女の意図を察する。
──い、良いのか……!? いや、しかし怖がらせないように、俺は落ち着いて待つべきでは!?
──だ、大丈夫かな……? 嫌じゃないかな……で、でももう、気付かれてるよね……ここでやめたら、ガッカリさせちゃうよね……?
紀子は勝守に到達するまでの時間稼ぎのつもりか、ジリジリと近付く作戦に出た。
その結果として、二人の唇が重なるまで……十分近くの時間を要したのだった。
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一方その頃、和美はせっせとアルバイトに勤しんでいた。彼女はケーキ屋でアルバイトをしているのだが、バレンタインチョコの代わりにチョコレートケーキを買って贈る女性も多い。その為、バレンタインデーは結構忙しいのだ。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております!」
どんなに忙しくても、和美は笑顔を絶やさず接客を務める。一人一人に、丁寧に対応していくのだ。そんな彼女なので、アルバイト先の店員からは慕われ頼りにされていた。
同時に、和美目当てで訪れる客も少なくはない。ケーキ屋のイートインスペースには、ちらほらと男性の姿があった。小さなケーキとコーヒーを頼み、長々と居座る男性が。その中には、和美と同じ大学に通う者もいる。
目的は勿論、和美にアプローチをする為だ。バレンタインデーという大イベント、今日この日こそはと意気込んでいるらしい。
「ねぇ、麻守さん……あの人達は……」
同僚に声を掛けられた和美は、苦笑しつつ首を横に振る。
「あはは……全然知らない人達です」
「だよねー……もうすぐ上がる時間でしょ。私で良かったら、送ろうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ……迎えに来てくれるそうなので」
迎えについて言及する時、和美の表情が普段とは大きく違う表情だった。甘やかな、蕩ける様な笑顔を浮かべたのだ。同僚はその顔を見て察した……迎えに来るのは、和美の恋人なのだろうと。
「そっか、それなら大丈夫そうだね」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
……
そうして勤務時間が終わり、和美は更衣室で着替えを済ませる。バックヤードの扉を開けて店内に視線を向けると、粘っていた男達は既に会計を済ませて外に出たらしい。となると恐らく、店の前で和美が出て来るのを待っているのだろう。
「お先に失礼しまーす!」
「お疲れ様! 気を付けて帰ってね!」
入れ替わりでレジに立った女性スタッフに見送られて、和美は店外へと出る。
――やっぱり、待ち伏せされてるっぽいわね……そもそも名前も知らないのに、ワンチャンあると思われてるのかしら。
向けられる複数の視線に気付きつつ、和美はそれを無視して駅の方に歩き出す。しかし、その足は一歩踏み出して止まった。
「やぁ、和美君」
ガードレールに腰掛けて、和美に微笑みかける一人の青年。その姿を見た瞬間、和美の表情が綻んだ。
「あれ……駅で待っていると言ってましたよね?」
「なに、ちょっとしたサプライズさ……クセになってんだ、サプライズで喜ばすの」
「どこの殺し屋の息子ですか」
ボケに対するツッコミに笑みを浮かべて、立ち上がった青年は和美に歩み寄る。
「お仕事、お疲れ様。お腹は空いてる?」
「そうですね。講義の後にすぐバイトだったので、お腹ペコペコです」
「だろうと思った。皆がご馳走を作って、君が来るのを待ってるよ」
青年の言葉を聞いて、和美は思う……彼がご馳走というくらいだから、本当に凄いモノが出て来そうだなと。
しかし、その前に……まだ、二人だけのその間に済ませておきたい事がある。
「えーと、それより前に。これ……受け取ってくれますか、優人さん」
そう言って差し出した紙袋の中には、今までにないくらい頭を悩ませて作ったチョコレート。和美が生まれて初めて作った、本命チョコである。
「……勿論、受け取るよ。ありがとう、和美君」
そんな青年と和美の様子を見て、出待ちしていた男達は呆然としてしまう。
長身黒髪の青年は、二十代後半から三十代前半くらいだろうか。絶世の美青年とは言わないが、整った顔立ちだ。それでいて慈しむ様に穏やかな表情を浮かべており、若々しいながらも包容力を感じさせる。
何より、和美がチョコを手渡す時の表情だ。その表情は、大学で見せるモノやバイト先で見せるモノと大きく違った。
目は潤み、頬は紅潮……形の良い唇は緩み、溢れんばかりの感情を押し留める様な笑みを浮かべている。それはどこからどう見ても、目の前の青年に心を奪われていると一目見ただけで理解させられるものである。
――か……彼氏が、居たのか!? そんな素振り、今まで一度も無かったのに……ッ!?
男達がそんな事を考えていると、和美が青年の腕に自分の腕を絡める。
「わ、めちゃくちゃ指が冷たいじゃないですか……もー、いつから待ってたんですか?」
「ほんの少しだよ、気にする程じゃないさ。それじゃあ、良いかな?」
「はい、お願いします」
「じゃあ、そこの小路から行こうか」
寄り添いながら二人は歩き出すと、駅の方に向かう大通りでは無く小路へと曲がり入る。
「ま、待っ……!!」
和美と同じ大学に通う男は、無意識ながら二人の後を追う。曲がって小路へ踏み込むが……そこには、二人の姿は無かった。
「……き、消えた……? バカな……夢でも、見ていたのか……?」
大学生に続いて、数人の男が小路へ入って来る。その内の一人が膝から崩れ落ち、地面に向けて叫ぶ。
「う、嘘だ……ウゾダドンドゴドォンッ!!」
身体では無く、心がボドボドになってしまったらしい。
数十分後、近くのファミレスでやけ食いフードファイトをする男達が目撃されるのだが、それはどうでも良い余談である。
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ファースト・インテリジェンスの本社。その建物の前に、とある女性を待つ一人の大学生が居た。彼、名嘉眞真守は恋人である鳴子の仕事が終わるのを待っているのだった。
ちなみに真守の迎えは徒歩では無く、オートバイクだ。ヒューゴこと言都也や、大学の仲間とツーリングを楽しむ為に購入した物だ。だからバイクはちゃんとした物で、痛車でも族車でも無い。勿論鳴子を乗せる為に、ちゃんともう一つヘルメットを用意してある。
――うーん、見られているな。
大手企業の前で、バイクを停めて待つ大学生。そんなの、目立つのは承知の上だった。しかしながら、今から悪目立ちしても良いものかと真守は苦笑する。
真守は将来、このファースト・インテリジェンスに勤める事を最初の目標にした。理由は勿論、鳴子と共に歩む為だ。
そして、それは同時に彼が所属するグループ……ギルド【桃園の誓い】の理念にも、関与している。
いずれ初音家の次女である恋は、このファースト・インテリジェンスに入社するだろう。そんな彼女と共に歩む為に、婚約者である星波英雄も同様だ。
鳴子が恋を支えるならば、彼はそのパートナーである英雄の側近になる。それが、真守がファースト・インテリジェンス入社を志す理由だった。
鳴子と、英雄・恋を支える為……支えて、共に歩む為。それを進路に定めるくらいに、真守は彼等の事を大切に思っているのだ。
――とはいえ、それは低くないハードルだけどな……まぁ、諦める気はねぇ。その為に、気合い入れて勉強もバイトもしてるんだし。
そんな事を考えていると、一台の車が走って来る。その車はウインカーを点灯させて、真守のすぐ近くで停車した。
何事か? と思ってその車に視線を向けると、後部座席の窓が開く。
「こんばんは、名嘉眞さん。お久し振りですね」
窓の向こうから真守に声を掛けたのは、年明けに知り合った男性……初音家長男・初音賢だった。
「ご、御無沙汰してます!」
姿勢を正した真守は、賢に向かって一礼し言葉を返す。恋の兄であり、ファースト・インテリジェンス経営企画室長という重要なポストに就いている賢。年明けの温泉旅行で知り合った相手だが、真守にとっては雲の上の存在である事に変わらない。
「年始は大変、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ妹や未来の義弟がお世話になっています。土出君のお迎えでしょうか?」
この場に真守が居る理由を、賢はすぐに察していた。使用人である鳴子の事情も、彼はしっかりと把握しているらしい。
「は、はい……」
「やはりそうでしたか。ふむ……これは丁度良い、と言えるかもしれませんね」
何やら思案顔の賢は、真守から視線を外して携帯端末を操作する。何かしらのメッセージを送ったらしい彼は、操作を終えると真守に視線を戻して微笑んだ。
「恋から聞いたのですが、土出君はイタリアンやフレンチよりも和食が好みだとか。この程度の情報ではありますが、デートプランの役に立てて下さい」
「……素晴らしい情報提供に、感謝します」
「ふふ、そう言って貰えて良かった。さて、それでは私はこれで……また、お話しましょう」
賢がそう言うと、彼を乗せた車は再び走り出した。
走り去る車を見送っていると、真守に向けて声が掛けられる。
「お待たせ、真守」
丁度、タイミング良くやって来たのは鳴子だった。
「あぁ、鳴子。お疲れ様」
「ごめんなさい、寒かったでしょう?」
「大した事ないさ。でもよかったのか、この後休みにして……恋さんの迎え、あったんだろう?」
そう、恋も今日は星波家に泊まる日ではない。だとすると恋の迎えがあるはずなのだが、鳴子はオフになっているのだ。
「えぇ……今日は、他の方々が迎えに行って頂けるそうなの」
その時に見せた彼女の表情は、とても柔らかいものだった。鳴子以外で、恋の送迎に適している人物……彼にはそれが誰なのか、見当も付かない。しかしそう言った鳴子の表情は、「あぁ、大丈夫なんだろうな」と確信するに足りるものだった。
このまま二人は、真守の家に行く予定である。それも、泊まりで。真守としては期待するしかないのだが、そればかりに意識を向けている訳でも無い。
「食事はどうする? 外食でも、家で食うでも良いけど」
「そうね……今から作るのでは、時間が掛かるし外食にする? 真守、何が食べたいとかあるかしら?」
「……そうだな、今日は和食の気分だ」
そう言って、真守は鳴子にヘルメットを差し出しオートバイクに跨る。鳴子はそれを受け取って装着すると、後ろに乗って彼の身体に腕を回した。
「……それじゃあ、駅前の方に行きましょうか。美味しい蕎麦屋があるの」
「良いね。んじゃ、しっかり掴まってろよ」
……
二人は鳴子オススメの蕎麦屋で食事を済ませると、そのまま真守の住むアパートへと向かう。ちなみに鳴子が勧めた蕎麦屋で食べた蕎麦は、実に美味だった。
手打ち蕎麦は風味も良く、それに合うように味を調整された汁も絶品。今回は冬場で、鳴子を待っていて身体が冷えていた事もあり、温かい蕎麦にしたのだが……夏場ならばざる蕎麦を賞味したい所だ。絶対にまた行こうと、真守が心に決めるくらいに美味だった。
それはさておき、部屋に上がった鳴子は鞄からチョコレートを取り出して微笑む。
「それじゃあ、真守……私からのチョコ、受け取ってくれる? 一応、上手く出来たと思うんだけど」
「あ、やっぱ手作りなのか……勿論、受け取るに決まってるだろ。本命ってなら、この一個だけを受け取るって決めていたんだぞ」
実際に、真守は大学の後輩から本命のチョコを差し出されていた。しかし彼は恋人が居ると正直に伝え、丁重に断ったのだった。
「……本命チョコを、貰えそうだったと」
「恋人のだけしか受け取れないって、断ったぞ?」
少しムッとした表情の鳴子に、真守はそう言って笑い掛ける。
「ちゃんと恋人が居るって、言った。鳴子のしか、本命は受け取らない。これからずっと、そうするつもりでいる」
そう断言する真守を見て、鳴子は目を丸くして……そして、微笑む。
「そういう男前なところ、ズルいと思う」
「普通だ、普通。俺は自分の気持ちに正直なだけ」
肩を竦める真守だが、鳴子の機嫌はうなぎ登りに良くなっていく。自分の恋人の誠実さは知っていたが、こうして改めて彼に出会えた事を喜んでいた。
「それじゃあ、どうぞ」
「ありがとう、開けても良いかな?」
鳴子が頷いたので、真守は包みを開けて中身を見る。そこには手作りとは思えないくらいに、よくできているガトーショコラがあった。
「……凄いな。こんな美味しそうなの、初めて見た」
「喜んで貰えて、良かった……あ、そうそう。本命チョコ、一つだけ例外を認めるわ」
鳴子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、怪訝そうな表情をしている真守の耳元に顔を寄せる。先程の本命云々で、彼にときめかされたのだ。そのお返しをしても、許されるだろう……なんて考えながら。
「……私とあなたの間に生まれた、娘からだったら良いわよ?」
「ブフォッ!?」
次回投稿予定日:2024/8/25(本編)
感想でも頂いていますね。
ジン×ヒメ、ヒイロ×レンはマダァ?(・∀・)っ/凵⌒☆と。
お待たせしました、次回です。




