18-36 目前に控えました
【ラピュセル】が正式に加入したその翌日から、クラン【十人十色】は彼女達を含めた新体制でイベントに臨む。
その時のパーティ編成については、【ラピュセル】の事情を考慮したものとなっている。彼女達の大半は、男性に迷惑行為をされた経験がある女性だからだ。だから外部のプレイヤーとのマッチングは避け、フルパーティ編成で挑む事になった。
ちなみにこれを契機に、変化を迎えたメンバーが一人居た。
「うん、やっぱり良いじゃん! ねぇ、ちーちゃん!」
「そうそう、むしろ何で今までヒゲなんて付けてたのかって感じですよね、義姉さん」
「……うーむ、髭が無いとほぼ素顔なんだよ……まぁ、そうそうバレんだろうが」
髭が印象的な強面のプレイヤーの一人……【桃園の誓い】の誇る盾使い・ゲイル。彼は恋人と妹から、髭を無くすようにと強く言われたのだった。
理由としては、【ラピュセル】のメンバーが怖がるんじゃないか? というのが建前。無い方が絶対に男前だから! というのが本音である。
実際に柔和な表情もあって、髭がある時と異なり優しそうに見える。流石、本職・幼稚園の先生である。
本人の容姿の変化はゲイルだけであったが、服装に変化があった者も居る。それも、二人だ。
「わぁ、良いですね! スピカちゃん、どうかな?」
「んんん~っ、可愛い~! ねね、【リゲル】! どうどう?」
アイドルが着る、ステージ衣装の様な装備を身に纏った二人……いや、正にそれはアイドル用の衣装であった。
現役女子高生アイドル・渡会瑠璃ことリリィ、そして配信者をしつつアイドルを目指すコヨミ。その二人の為に服飾生産職人であるネコヒメが、今持ち得る全てを注いで製作した新衣装だった。
リリィは白を基調とした布オンリーの衣装で、正統派アイドルらしいもの。臍出しのトップスに短めのスカートと、これまでリリィが控えていた肌の露出は増えている。最も、リリィのステージ衣装にはもっと大胆な物もあるらしく、そこまで忌避はしていない様だ。ネコヒメ的には、一安心である。
そしてコヨミの衣装も同じく臍出し衣装で、リリィに比べてアシメントリーのデザインだ。スカート部は左足側がパックリと開いており、その下に履いているショートパンツが露になっている。また頭にはシースルーのフリルが付いた、チェック柄のリボンを付けている。
尚、コヨミが名前を口にした【リゲル】……彼女が、コヨミの契約したPACである。コヨミよりも若く身長が低めだが、第四回イベントで【七色の橋】の応援NPCとして活躍した武闘派少女だ。
「良いと思うよ、コヨミちゃん! でも、鎧は無くても大丈夫?」
リゲルがそう言うと、コヨミは苦笑した。衣装だけでも良い性能だし、デザインも良いものだ。それだけでも十分なのに、鎧まで求めるのは贅沢だろう。
「鎧はホラ、【七色】の皆から貰ったのが……」
そう言うコヨミだったが、その言葉を言い切る前に……ネコヒメが片手で顔を覆った。指の隙間から覗く彼女の瞳は、不敵なものである……【闇夜之翼】で、こういうポーズをしている人が良くいる。シモンとか。
「フッフッフ……まだだよヨミヨミ! 確かに私は、服飾専門だから鎧は作れないけど……やり様は、ある!! 作れる人に、外注したんだよ!!」
そう言いながら、ネコヒメは手をバッと広げる。そこには、よく見知ったおじさんの姿があった。
「……いや、待った。え? ユージンさん?」
「デザインはネコヒメ君、製作は僕だね。ちなみに素材も全て、ネコヒメ君が用意した物だよ。僕は本当に、作っただけだね」
作っただけというが、最高峰の生産職人が鍛えた鎧だ。絶対に強力な物に仕上がっているはずである。
「その鎧が、こちらになります」
ネコヒメがトレード申請を出すと、そこには奇を衒わない……しかし実に今の装備に似合いそうな、見事な鎧が表示されていた。一番のポイントは胸当て部分にあしらわれている、四葉のクローバーらしき装飾だろう。コヨミの髪色に似た、淡いピンクの葉の部分が実に可愛らしい。
「す、凄い……デザインは好みだし、数値も凄い……っ!! え、え……おいくら億円? 鎧代は絶対に高そう」
「あ、そうですね。こんな素敵な装備ですし、値が張りそうです。手持ちで足りると良いんですけど……」
コヨミとリリィがそう言うが、ネコヒメはいやいやと手を振った。
「今回はまだ習作のレベルだし、衣装の方は二十万ゴールドくらいかなって。鎧はユージンさんに外注したから、三十五万は欲しいけど……これなら二人の手持ちを考慮しても、全然いけるよね?」
「現実なら目が飛び出す金額だけど、全然払えてしまうんだよなぁ……」
「ふふっ、ここのところクランのお陰で余裕ありますしね。でも、本当にその金額で大丈夫ですか?」
それくらいの金額で手に入る装備にしては、デザインも性能も破格である。しかし、ネコヒメは不敵な笑みで拳を握る。
「もっちろん!! 今の私の全力では、その二着が一番の作品だけど……でも、まだまだ上を目指すつもりだから! 私が最高傑作と思える服を作った時は、二人に金額を決めて貰うよ!!」
どうやらネコヒメは、現時点でのレベルでは満足していない様だ。それに彼女は現実でもデザイナーの世界を目指し、二人のステージ衣装を作るのが夢である。だからこそ、今回の装備は”習作”という扱いなのだろう。
……
そんな賑やかな仲間達を見ていた【ラピュセル】のメンバー達は、少し緊張気味の表情だ。既に出来ている輪に入るのは、気が引けるのだろう。
しかし、そんな彼女達を放置する様な【十人十色】であるはずもない。
「【ラピュセル】の皆さんも、良かったらこれどうぞ!」
「[試練の塔]で料理バフが切れた時用の、お弁当で~す!」
「……一応、ビルド向けにしてあります」
アイネ・ラミィ・ディーゴが勧めたのは、クラン【十人十色】名物になりそうな弁当セットである。食べやすい様におにぎりや中華まん、サンドウィッチ等がメインだ。しかしおかずもそれなりに入っており、見た目だけで美味しそうである。
「ど、どれも美味しそう……っ!」
「ありがとうございます……! えっと、私はこれを……」
「目移りしちゃうなぁ……私のビルドなら肉なんだけど、こっちのも美味しそうで……」
尚、ディーゴは見た目がヤンキー風の青年だ。そのせいか【ラピュセル】の面々は、彼に近寄り難い印象を抱いている。こればかりは、時間が掛かるだろう……と思いきや。
「あ、ちなみにこれはデザートにして下さい」
そう言って彼が差し出したトレイには、クレープ生地でクリームとフルーツを包んだ物がたくさんあった。恐らく、片手で食べやすいようにしたのだろう。あと、結構な数である。
「こっちがイチゴで、これはバナナっす。こっちのは右からマンゴー、パイン、メロンになっていて……」
「ディーゴさん、相変わらずマメですね~」
「美味しそうですよね、いや実際にいつも美味しいんですけど」
アイネとラミィは、すっかりこれに慣れた様子である。そんな二人に「そう? どうも」と返しながら、更にディーゴはお手拭きやら何やらを出していく。
――……女子力高いな、このヤンキー……。
世話焼き体質なのだろうか、ディーゴの様子を見て【ラピュセル】の面々はそう思った。自分達の女子力が足りているか、少々心配になるまである。
……
そうこうしていると、クランメンバーが全員揃った。
「それじゃあ今日も、各々の好きなスタイルで行こうか」
そんなケインの号令に、メンバー達が動き出す。東西南北に設置された掲示板に、自分の名前が書かれた紙を貼り付けていくのだ。
【ラピュセル】のメンバーもそれに倣って紙を貼り付けると、同じ方針の面々が声を掛ける。
「マルファさん、同じ目標なのね。良かったら私達と行かない?」
「あ……はい、良いんですか?」
「勿論。どの階層からにするかは、任せるわ。ねぇ、ゲイル」
「あぁ、勿論だ。レオン、マールもどうだ?」
「お、良いね。変なのが来ない様に、フルパーティのが良いだろうし」
「賛成。それじゃあご一緒しようかしら」
「サブリナさん、マリーナさん! 良かったらご一緒しませんか?」
「ネ、ネオンさん……それに、ナタクさんと、ラミィさん?」
「い、良いんですか?」
「勿論です。ね、姉さん」
「むしろこっちからお願いしたいんですよね、私は……そこまで強くないんで」
内々で決めた、パーティ編成。その内容を知るのは、【ラピュセル】ではトップ三人だけになっている。
まず【ラピュセル】のメンバーは、当分フルパーティで組む事になっている。その際、女性陣の数が男性陣より多くする。これは【ラピュセル】のメンバーへの配慮で、女性陣の数が多い方が安心するだろうという考えからである。
男性抜きのパーティではどうかという考えもあったのだが、これはアナスタシア達が難色を示した。いつまでも男性を避けていたら、彼女達の為にもならないだろうと考えた。少しずつ、普通の男性プレイヤーに慣れていく必要がある。だからこそ、男女混成の方が良いと判断したのだ。
こうして新体制で開始された、[試練の塔]攻略。ログアウト前の報告会では、誰もが笑顔を浮かべて満足そうだった。
************************************************************
その翌日、[日野市高校]の教室。何やら男子生徒達が、やたらとソワソワしている。
「……まぁ、明日だもんねぇ」
「だね。はぁ……憂鬱さと楽しみが……」
そう、いよいよ明日は二月十四日……バレンタインデーなのだ。男子生徒達は妙に髪型に気を使ったり、表情をキリッと引き締めたりしている。
「英雄は中学の時も、大変そうだったもんね」
「そうだな……実際、結構大変だった……」
げんなりして英雄がそう言えば、人志と明人が歩み寄って来た。
「やっぱ、中学時代も結構貰ってたん?」
「鞄だけじゃなく、両手にビニール袋に詰めて持って帰っていたよね」
「そんなに!? や、やべぇな……」
「しかもそれを、賞味期限内に食べ切らないといけない……あれは苦痛だよ」
「あ、ちゃんと食べるんだね……そこは流石というか、何というか」
しかもそれで太ったりしないのが、星波英雄である。
「仁はどうだったんだ?」
「多少は貰ったけど、本当に少しだよ。学校で三つか四つ、あとは家族。姉さんはクール便で、郵送してくれた」
「和美さんも流石だな……ん? クール便?」
「僕が陸上で糖分を控えていたからね、チョコでコーティングしたフルーツとかだったんだよ。手作りの」
「流石、和美さんだな……!?」
仁の為にと手間暇を惜しまないあたり、和美の姉力の強さがよく解る。姉力とは何なのか。
「ちぇっ、お前等は良いよな……本命貰えるのが、確定してんだから」
仁と英雄は言うに及ばず、明人にも舞という恋人が居る。彼女が居ないのは、このメンバーでは人志だけだ……今は、まだ。
「人志……今年は貰えると思うよ」
「そうだね、人志ならちゃんと貰えるよ」
「うん。俺もそう思うよ、人志」
三人の視線が、読書をしている女子生徒に一瞬向けられた。どことなく顔が赤いのは、気のせいかな?
「くっ……慰めなんていらねぇよぉ……」
――これは明日が楽しみだね。
――頑張れ、委員長。応援しているよ。
――そのままくっ付くまであるな、これは。
三人は、ラブコメの気配を敏感に感じ取っていた。
「いつも、学校まで送ってから来てるんだっけ。そしたら、二人は朝一で貰う事になるのかな?」
明人がそう言うと、二人は首を横に振る。
「帰りに迎えに行って、その後でにするってさ」
「だから、英雄の家で貰う感じだね」
放課後に貰うと聞いた人志は、意外そうな表情を浮かべる。
「ふぅん? 誰よりも一番先に……!! みたいな感じじゃないんだな」
そう言われて、仁は苦笑する。
「そうなると、普通に母親から真っ先に貰う事になるよ」
「俺もそうだな、プラス妹」
「それは、そう」
「確かにそうか……」
家族より早く渡すというのは、泊まりでも無ければ不可能。だが翌日も学校があるので、そんな事が出来るはずも無いのだ。いや、やろうと思えば出来そうではあるが。
……
一方その頃、他の教室。
「頭領様と将軍様にお渡しするのは、ありなのかな」
「姫様と御台様に、今夜聞いてみる? 許可が下りれば堂々と、日頃の感謝を込めてお渡しできるよね」
「……二人のその情熱だけで、チョコ溶けんじゃない?」
二年の教室で、年明け以降よく会話する様になった三人組。鏡美・伊栖那・夜宇である。
ちなみに渡すのは本命でも義理でも友チョコでも無さそうだ、忠誠チョコだろうか?
「かがみんはどうするん?」
「呼び方やめーい。まぁそうだね、以前から拓真がお世話になってるし……今では、私もお世話になってるしね。普通に、いつもありがとうって感じで渡そうかな」
学内の有名人にチョコを渡すのは、悪目立ちしそうだからしない……なんて考えていた鏡美だったが、普段から一緒にゲームで活動する仲間だ。渡せる機会があるのだから、渡さないという選択肢は無いらしい。
「そっか。じゃあ許可が下りたら、一緒に行かない?」
「まぁ、それはアリかもね……本気で、許可取る気なんだ?」
「「もち」」
そんな三人から離れた場所で、仁達のクラスメイト達みたいにチョコゲットの為の無駄な足掻きをする面々。
「……お前等な、見てて痛々しいんだが」
「何言ってんだ、映真。俺はいつもでこうだろう?」
「こういうのは日頃の心掛けだろ……前日にいきなり頑張っても、意味ないと思うんだけど」
「そんな事は無い! テストだって一夜漬けで、何とか赤点を回避しているんだ!」
謎の自信だったが、ドヤ顔で言う事ではない。そう、彼等は【絶対無敵騎士団】の面々。映真ことエムと、その愉快な仲間達である。愉快過ぎるかもしれん。
「……何で、そんなに自信満々なんだよ……っと悪い、予鈴なる前にトイレ」
「バッキャロ、女子に聞かれたらどうすんだ! そういう時は、お花を摘みにって言え!!」
「アホか……あと、男が言う場合は雉を撃つになるだろ」
実際に元は登山用語だったらしく、女性向けと男性向けの言い方があるらしい。
そうして教室を出る、その瞬間。
「頭領様は姫様から、どんなの貰うんだろうなぁ……」
「姫様の料理、すっごく美味しいらしいし……すっごいの貰えるんじゃないかな」
「あー、まぁ姫乃ちゃんなら有り得るね……仁君大好きだし」
偶然聞こえてきた、その会話。映真はその内容に、心当たりしかなかった。
――名井家さんに、浦島さんと来羅内さん……!? ジンに、ヒメノ……それにあの呼称!! まさか、あの三人は【ふぁんくらぶ】の……!?
クラスメイトに、AWOプレイヤー……しかも、【忍者ふぁんくらぶ】のメンバーが居るとは思わなかった。もしかしたら、これを切っ掛けに彼女達……そして、ひいてはジン達と交流を……。
そんな考えが浮かんだものの、映真は即座にその考えを取り下げた。
それと同時に、夜宇が映真に気付いた。
――……今の会話、聞かれた……? しまった、日頃から気を付けていたのに。
そう思い、映真を警戒する夜宇。しかし映真は軽く会釈をして、そのまま教室を出た。雉を撃つ為に。
「ん? ヨル、どした?」
「……【絶対無敵】のメンバー、エムこと伊毛映真。今の会話、聞かれたかも」
夜宇が小声でそう言うと、鏡美と伊栖那も驚いた。
「となると、あっちの四バカにも話は行くはず……はぁ、面倒な事になりそうだなぁ……」
確実に、彼等五人が接触を図ろうとするはず。そう考えて、夜宇は頭を抱えた。
その頃、映真は雉を撃っている最中だった。
先程の会話で、三人がAWOプレイヤー……【忍者ふぁんくらぶ】のメンバーであると確信している。鏡美は違うのだが、それにはまだ気付けていない模様。
そして、彼は……実に、まっとうな思考の持ち主であった。
――俺等は普段からオープンに喋ってるけど、あっちはそうじゃない。多分、隠してるんだろうな。ならグイグイ行ったら迷惑だ。
仲間達に共有するか? と考えて、その考えも即座に却下する。彼等はきっと、これを機にお近付きに!! なんて事を考えそうだ。明日のバレンタイン効果もあって、余裕が無さそうだし。
自分で四人を制御し切れるか? と言われたら、答えは否。であるならば、責任の取れない事はするべきじゃあない。
――ここで拗れたりしたら、フデドラさんにも迷惑が掛かる。あいつらには言わないでおこう……もしもあっちからアクションがあれば、それに応える。うん、このスタンスで行くのが一番かな。
伊毛映真こと、エム。彼は本当に、まっとうな思考の持ち主だった。
************************************************************
そして、放課後。
仁と英雄は、いつも通りに[初音女子大学付属中等部]へと向かった。
「おや、こんにちは。今日もお迎えかい?」
放課後になり、校門が開放されると警備員が門の警備に入るのだが……毎日通う仁と英雄は、既に顔見知りとなっていた。
「「こんにちは、いつもお疲れ様です」」
「あぁ、君達もいつもお疲れ様。あの娘達は二年だったかな? 多分、あと少しで来ると思うよ」
仁と英雄の送迎は、既に[初音女子大学付属中等部]では名物扱いだった。
「きょ、今日も美少年コンビ居る~!!」
「はぁ……カッコいい……」
「初音さんと星波さんの彼氏だっけ……良いなぁ~」
「毎日、こうしてお迎えに来てくれるとか……愛を感じるよねぇ」
女子中学生……それも女子校故に、男性との接点が少ない少女達にとっては、仁と英雄の送迎は憧れの対象らしい。これがスポーツマン風の好青年と、アイドル顔負けの美男子だからというのもあるだろうが。
彼女達は知らない……四月になれば、更にお出迎え男子のラインナップがパワーアップする事に。
そうこうしていると、姫乃達が校舎から姿を見せた。姫乃は仁の姿を見て、花の咲くような笑顔を浮かべる。恋も恋で、淑やかながらも嬉しそうな笑みを湛えて英雄の下へと歩き出す。
愛や千夜・優はそんな二人を微笑まし気に見つつ、一緒に歩いて来る。
いつも通りの挨拶を交わして、仁と姫乃・英雄と恋は初音家へ。愛・千夜・優はそれぞれ、帰路へ着く。尚、その際に三人から、仁と英雄にもバレンタインチョコを渡すと宣言された。
「いつも、お世話になっていますから。隼君にもちゃんと話してありますよ」
「義理って呼び方は何かしっくり来ないよねぇ。でも友チョコって感じでもなし」
「仲間チョコ? まぁとりあえず、日頃の感謝の気持ちを伝える意味合いですね」
ちなみに姫乃や恋も、隼・音也・拓真用のチョコを用意するそうだ。これらのチョコは、明日それぞれのパートナーに渡す形となる。
「ありがとう、三人共」
「僕達の事も気にかけてくれて、嬉しいよ」
「それとですね、イカヅチさんの住所を伺っても大丈夫でしょうか? 近所ではありませんし、郵送しようと思うのですが。五人分まとめて」
恋がそう言うので、仁は数満の許可を取る事に。RAINで連絡を取ると、返信はすぐだった。
『ありがてぇ話だけど、良いのか? まぁウチのメンバーなら悪用なんざしねーだろ、お前に任せた』
素っ気ない風を装っているが、多分喜んでいるだろう。明日、AWOにログインした時の反応が楽しみである。
と思いきや。
『心愛と羽田さんも、お前等にチョコを送りたいんだと。大丈夫か?』
イナズマこと心愛は知っているが、羽田さんとは? と一瞬考えた仁だが、どう考えてもハヅキの事だろうと思い至る。あの二人なら問題無いだろうから、了承の返答を送っておく。
今年のバレンタインは、いつになく賑やかな日になりそうだ……仁はそう思い、姫乃に視線を向ける。姫乃はすぐにその視線に気付き、ふにゃりと微笑んで仁の腕に自分の腕を絡める。
陸上時代は糖分を避ける必要があった仁としては、別段楽しみなイベントではなかった。そもそも陸上一筋で駆け抜けて来たのだから、そういったイベント事には淡白だった。
仁はある意味で、生まれて初めてバレンタインデーを楽しみに感じるのだった。
次回投稿予定日
2024/7/30(第十八章の登場人物)
2024/8/5




