18-22 驚きの事実でした
体調不良及び業務多忙で更新が遅れましたこと、楽しみにして下さっている皆様にお詫び申し上げます。
しばらく更新頻度が下がる可能性がありますが、何卒ご容赦下さい。
ジンがクラン拠点に戻ると、ほとんどのメンバーが帰還済みだった。
「お帰りなさい、ジンくん!」
彼の姿を見て真っ先に駆け寄るのは、勿論ヒメノだ。ふにゃりとした満面の笑みで出迎えてくれる姿は、いつもながらとても愛らしい。彼女も別行動で寂しかったのだろう、ジンの帰りを待ち侘びていた事が伝わって来る。
「ただいま、姫。そっちは大丈夫だった?」
「はい、無事に目標達成です♪」
その言葉通り、ヒメノの両目には桜の≪エンジェルエンブレム≫が入っている。
「うん、よく似合ってる」
ジンがそう言うと、ヒメノは嬉しそうに笑みを深めた。その表情がとても愛らしくて、ジンは彼女の銀色の髪を優しく撫でる。
二人がそんな会話をしていると、数人の仲間達が歩み寄って来る。
「お帰り、ジン君。ソロはどうだった?」
最初に声を掛けたのは、レーナだ。その隣には、彼女の婚約者であるトーマの姿もあった。
「意外と普通にプレイできたと思いますね。知り合いとのマッチングは、最後くらいでしたけど……」
今回のマッチングで元から知り合いだったのは、【ベビーフェイス】のローウィンと【漆黒の旅団】のグレイヴ・エリザだ。それ以外は全く接点が無かった者か、第四回イベントでちょっと相対したプレイヤーくらいのものである。
「そっか。案外、知り合いとマッチングしないんだね」
「もしかしたら、他の人達はまだフルパーティで挑んでいるのかもしれないよ。現状、何階層まであるのか解らないからね」
トーマの言う事はもっともで、まずは最上階を目指すという方針もアリだろう。自由に動き回るのは、それからでも遅くはない。
話に花が咲き、他の面々の状況も聞けた。その中で話題になったのが、四百階層のボスである。
「あのアークエンジェルがボスだったんだけど、更にパワーアップしていたんだ」
そう告げるのはヒューゴで、彼は四百階層を突破し今日で四百十階層まで到達したらしい。しかし、四百階層でスピード・アタック・ボーナスは逃したのだと言う。
「なんつーか、いきなり難易度が上がった感じがしたな。三百階層の時と、パターンが全然違ったんだ」
「成程……ヒューゴさんが言うんだから、相当ですよね」
そうして会話していると、ケインのパーティが帰還した。これで、クランメンバーが全員揃った事になる。
「そろそろ、報告会かな?」
「そうかもしれないね。僕達も行こうか」
……
その後の報告会で、ケインのパーティが四百二十階層まで到達したという報告があった。しかし、彼等の表情は何とも言えない雰囲気だ。それは四百階層の事を話していたヒューゴの表情と、似たものであった。
「四百階層の敵は、強化されたアークエンジェルだった。変化パターンも増えていて、その中には銃を持っている形態があった。しかも変化するタイミング、変化する形態も変わっていてね……悔しい事に、SABは間に合わなかったんだ」
ケインのパーティは、ケイン・イリス・ゼクト・タスク・サスケといったメンバー。戦闘不能にはならなかったものの、かなり苦戦したらしい。ケイン達も色々と試行錯誤したが、形態変化のトリガーは最後まで解き明かせなかったそうだ。
「四百階層……一度で完全攻略するのは、難しいみたいですね」
「確かSABの時間は、達成しないと開示されないんだったか? 問題は、形態変化のタイミングだな」
ここまで快進撃を続けて来た【十人十色】だが、ついに関門に差し掛かった様だ。しかしそれは、彼等にとって悪い事ではない。
「ふふん、簡単に一番上までは行かせないって事ね」
「ちょっくら上に行く前に、四百階層の攻略法を見つけ出したいッスね」
「うん、要検証だね」
ゲーマーなメンバー達は、そのゲーマー魂に火が点いたらしい。中途半端な攻略で先に進むのではなく、完全に攻略した上で先に進みたい。そう考える者は、やはり少なくなかった。
闘志を燃やす仲間達を見て、ジンは自分も検証に参加しようと思い立つ。四百階層の攻略は重要な要素であり、この攻略法が判明すれば自分達だけではなく他のプレイヤー達の助けにもなるはずだ。
「姫、明日は一緒に四百階層を目指してみない?」
今夜は別行動だったが、一番しっくり来るのはやはりヒメノが隣に居る事である。そんなジンの誘いに、ヒメノは迷う事なく応える。
「はい、一緒に行きたいです」
とろけるような笑顔で、ハッキリとそう返した最愛のお姫様。そんなヒメノに、ジンも微笑んで頷いた。
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その翌日、二月九日の日曜日。日中からゲームをする……なんて事は無く、仁と姫乃はデートに出掛けた。
行先は[日野市高校]の近くにある、少し大きめの公園だ。電車で向かい、駅を出て少し歩くとその公園に辿り着く。仁や英雄が使う通学路とは別コースなので、仁もこの公園に来るのは初めてである。
「へぇ……こんな広かったんだ、この公園」
「わぁ、ハイキングコースとかあるんですね。鏡美さんに感謝しないと」
「ふふっ、そうだね」
二人が今日、この公園を訪れたのは鏡美のアドバイスがあったからだ。他愛のない雑談の中で、高校のすぐ側にあるこの公園が良いデートコースになるのでは? と思い立ったのである。
二人のデートはいつも、夕方までには姫乃を星波家へ送り届け解散する。昼食はどこかの店に入る事もあれば、姫乃が作った弁当にする事もある。今日この日は後者で、姫乃が手作り弁当を用意していた。
「いつもありがとう、姫」
「えへへ、仁くんに喜んで貰えたらいいんですけど」
そんな事を言う姫乃だが、料理人であった母親・聖の指導によって彼女の料理の腕は高い。そして今まで姫乃が作った物は、どれも仁の好みにピッタリ合っているのだ。
二人はまず、ハイキングコースをのんびりと歩く事にした。まだ二月の上旬で、気温は低く肌寒い。しかし天候は晴天で、日差しがあるのでましである。
「天気が良くて、よかったです」
「そうだね、ここ最近で一番あったかいんじゃないかな」
もっとも、温かいのは日差しのお陰だけではない。腕を絡める事で伝わる、互いの体温が寒さを和らげているのである。すっかりこうして歩幅を合わせて歩く事に慣れた二人は、公園の風景を堪能しながら歩く。どこからどう見ても、相思相愛のカップルだ。
「仁くん、疲れたら言って下さいね?」
「うん、ありがとう。でも、それは姫もだからね」
「ふふっ、はい♪」
公園の中には、仁と姫乃以外のカップルも居る。同世代も居れば、大学生や社会人と思しきカップルも居るのだが……そんなカップル達は、ついつい視線を仁と姫乃に向けてしまう。
仁の杖が目立つから? それとも、姫乃がVRギアをしているから? 勿論、それもあるのは事実。しかしそれ以上に、二人の纏う雰囲気が伝わって来るからであった。
絡められた腕だけではない。互いに向ける視線、声色、笑顔。その全てが、相手への深い思いやりと、強い愛情を醸し出す。また姫乃の仁に尽くしたいという想いと、仁の姫乃を支えたいという想い。混じりけの無い純度百パーセントの愛情が、周囲にも感じられるのだ。
「あのカップル、何か良いな……」
「そうね……何か、良いわね……」
「何だろう……こう、良いよな……」
「すごく、良い……」
そんな語彙力が著しく低下した言葉が、あちらこちらで上がる。別に仁と姫乃が、何か特別な事をしているわけではないにも関わらずだ。AWOで多くのプレイヤーが認める二人だが、現実でもその影響力は絶大らしい。
……
仁と姫乃がハイキングコースを歩き切ると、丁度昼時になる。公園の中にはいくつかの東屋があり、二人はそこで昼食にする事にした。
木製の椅子に腰かけると、仁は姫乃から預かっていた保温バッグを椅子に置く。
「少し待っていて下さいね、今準備しますから」
自分と仁の間に置かれたバッグに手を伸ばし、姫乃は用意していた品々を取り出し始める。真四角のタッパーの蓋を開ければ、中に彩りよく盛り付けられたおかず類が詰められている。そしてアルミホイルで包まれた程よい大きさの物は、おにぎりだろう。
「すごく美味しそう」
「えへへ、そう言って貰えて嬉しいです」
褒められた姫乃ははにかみながら、仁におにぎりを一つ差し出す。仁がそれを受け取ったのを見て、自分も一つおにぎりを手にしてアルミホイルを剥がしていく。仁もそれに倣えば、形綺麗に握られたおにぎりが現れた。
「それじゃあ、いただきます」
「はい、召し上がれ。私も、いただきます」
食膳の挨拶を済ませると、二人は同時におにぎりを口にした。
「うん、美味しい。このおにぎり、出汁の風味がするね?」
「はい、そうですよ。お塩を控えめにする為に、出汁でお米を炊いたんです」
姫乃は料理の味付けに、かなり気を配っている。塩分や糖分、脂肪分等は特に。
その理由は勿論、仁の為である。陸上選手だった頃から、仁は食事にも注意していた。その事を仁本人や、彼の母親である撫子から聞いているのだ。
特に今は、昔の様に身体を動かすことが出来ない身体だ。それで無駄な脂肪がつくのを、仁は避けたいと考えている。
その為姫乃は聖の指導の下で、様々な工夫を凝らしている。調味料は抑えめにする代わりに旨味を際立たせたり、素材そのものの味を引き立てたり。毎日夕食作りに勤しんで、腕を磨いているのだ。
そんな姫乃の想いは、しっかりと仁にも伝わっている。
自分の為に、色々な創意工夫をしてくれている。その事が申し訳ないと思いつつも、それ以上にありがたく、嬉しい。
「ありがとう、姫。すごく美味しい」
仁がそう言えば、姫乃はふにゃりと微笑む。その一言が、姫乃にとっては最高の報酬なのだろう。
「ふふっ、喜んで貰えたなら嬉しいです」
仁はその後も、姫乃の作った弁当を食べながら幸せなひと時を満喫する。一品一品に込められた、姫乃の愛情を噛み締める。
――姫は本当に……最高のお嫁さんだな。
そんな思いと同時に、仁はある考えが頭に浮かぶ。
「この腕前なら、聖さんみたいに料理人になれるんじゃないかな?」
VRギアがあれば、全盲というハンデは解消される。それならば、料理の道に進むのも悪くないのではないか。仁はそう考えたのだが、姫乃は苦笑しながら首を横に振る。
「お母さんに聞いたんですけど、お料理の道って結構大変みたいなんです。朝早くから準備をして、お昼はお客さんの為に調理して、夜遅くまで次の日の仕込みをして……それで、お母さんも専業主婦になったらしいんです」
ハードな仕事なのは、想像に難くない。だが姫乃がそれでしり込みをするタイプだとは思わなかったので、仁としては意外な返答だった。しかし次の姫乃の言葉が、彼にそれは勘違いなのだと教える事になる。
「お兄ちゃんがお腹の中に居るのが解って、お母さんは仕事を辞めたんだそうです」
それはつまり料理人の道を歩むよりも、子供を育てる事を選んだという事だろう。
「お母さんは、お父さんと私達専属で十分だって言ってました。私も同じで、仁くんと……その……将来、生まれて来る子供の為に、お料理が出来れば良いんです」
そう言いながら、姫乃は仁の口元にミニトマトを差し出した。子供の件を口にする時には、ミニトマトの様に赤面しつつ。
「そ、そっか……」
「はい……あ、でも何かしらお仕事はしようと思っています。今のご時世、片働きだと大変だと聞きますから」
そういった点は、現実的な視点である。とはいえ仁も、共働きの夫婦が多いという話はよく聞いている。
「将来、か……」
遠くの空を見上げて、ポツリと呟く。仁としても、姫乃と生まれて来るであろう子供の事を考えれば……安定した収入のある職に就きたいと、当然考える。そこに夢が介在する余地があるかないかは、本人の努力次第となるだろう。
しかし仁は、そもそも夢を見失っている。かつて追い掛けていた夢には、もう決して辿り着く事は出来ない。
そんな仁の呟きに、姫乃はまたも顔を赤らめつつ……上目遣いで、問い掛ける。
「……仁くんは、子供は何人欲しいですか?」
「えっ!?」
それは、結婚を意識するカップルのド定番な台詞だった。
「私としては、やっぱり兄弟がいるのって良いなって思うので、二、三人くらいが良いかなって……」
「う、うん……そうだね? 僕も、うん……二、三人……かな?」
仁は一人っ子だが、イトコである和美は姉も同然であり、隼も弟同然。数満は同じ年だが、やはり兄弟の様な感覚がある。最近では心愛の事も、【忍者ふぁんくらぶ】の人ではなくイトコであり妹の様な存在という感覚が徐々に芽生えている。
それに姫乃と英雄、拓真と鏡美……その他にも兄弟姉妹を見ていると、良いなと思う事が多々ある。自分に子供が出来るのならば、兄弟姉妹がいる環境にしてあげたいなと思ったりするのだ。
そんな仁の返答に、姫乃は顔を真っ赤にしつつ笑顔を浮かべる。
「はい……じゃあ、私……頑張りますね?」
その笑顔と言葉はどこか、色気を感じさせるものだった。その言葉に込められた意味合いは、どういうものだろうか。それについて仁は聞きたい気持ちと、聞くのは照れくさい気持ちの板挟みになるのだった。
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「子供は何人?」トークを終えて、二人は公園を出た。何となく、その場に留まるのが気恥ずかしかったのだ。
そのまま電車で地元に帰るでも良かったのだが、折角なので二人は駅前を散策する事にした。姫乃は文化祭の時に来たきりであり、仁も普段はそのまますぐに電車に乗る。その為この駅周辺は、デートに丁度良いと考えたのだ。
「最寄りの駅より、賑やかですね」
「高校の方まで行くとそうでもないけど、駅前は確かに栄えているかも」
日曜の午後ともなれば、老若男女問わずに人が多い。姫乃は仁からはぐれまいと、絡めた腕に軽く力を込めた。
この駅は商業ビルと連結している、所謂駅ビルだ。改札口のある二階からは、ペデストリアンデッキとなっている。そこからいくつかのビルに直接入る事が出来、それもあって人の往来が多い。
そしてそのビルの一つには、大型ヴィジョンが設えられている。今も何かのゲームの広告が、大型ヴィジョンで流されていた。
「……って、いやいやいやいや」
「何か、以前にもこういう事ありましたよね……」
ユートピア・クリエイティブはどれだけ、広告に力を入れているのだろうか。流れているのは、毎度お馴染みAWOのCMだった。ちなみに、映像は第一回から第四回イベントまでのものだ。当然、ジンとヒメノの姿もちょくちょく映る。
ちなみに姫乃は気付いていないが……一人の通行人が、彼女と大型ヴィジョンを交互に見ていた。明らかに、何かに気付いた様子である。
それは無理もない事で、姫乃とヒメノの違いは髪と瞳の色くらいなものだ。アバターのその整った顔立ちと、中学生とは思えぬプロポーション……それらは本人を、VRが忠実に再現したものなのだ。
その通行人は大学生くらいの青年で、仁と姫乃に向けて近付こうと歩き出した。そのにやけた表情から、姫乃に声を掛けようとしているのは明白だ。
しかし、青年の接近はそこまでだった。彼は最初、姫乃しか見ていなかったが……たった今、仁と目が合ってしまったのだ。そこで感じたのは、背筋を冷たいものが駆け巡る様な悪寒。
――な、何だ……!? この寒気……ま、まさか、あのガキのせいか……!?
青年に向けられているのは、仁から発せられているプレッシャーだった。百戦錬磨の最速忍者による、本気のやつ。九本の狐の尻尾を幻視しそうなくらいの、ガチめなやつだ。表情は穏やかそうなのに、目が笑っていない。それが、尚更怖い。
「……仁くん?」
「何でも無いよ」
青年から視線を外し、姫乃に微笑みかければいつもの仁だ。その瞬間、青年は激しい寒気から解放された。そんな彼の選択は……撤退しかなかった。
――ヤベェ……! あいつは絶対にヤベェやつだ! あいつのヤバさが! 「言葉」でなく「心」で理解できた!
青年、君はマンモーニなのかな?
とはいえ仁の放った気迫は、ただの高校生のそれではない。何せ傍迷惑なPK集団を圧倒してのけるくらいの、スゴ味があるのだから。
……何だか、ユージンに似て来たのではなかろうか。
そうこうしていると、大型ヴィジョンの画面が別のものに切り替わっていた。こちらもゲームの広告で、マルチオンラインバトルアリーナ系のVRゲームのものである。恐らくその駅ビルのウリは、ゲーム系なのだろう。
その画面が目に入って、仁は見覚えのある顔を見付けた。
「あれは……シキさん?」
「えっ!?」
仁の視線を追って姫乃も大型ヴィジョンに目を向けると、そこには確かにAWOで知り合った少年の顔があった。
彼を含めた、四人の人物。その下に表示されたテロップには、こう書かれていた。
『人気急上昇中のプロゲーマーチーム【フロントライン】』
次回投稿予定日:2024/5/20(本編)




