18-19 幕間・確執の大元
続々とトッププレイヤー達が[試練の塔]を登っていく中、それに続く様に攻略を進めるプレイヤー達がいた。
「やっぱり! アナさん、こいつは標的にしたプレイヤーに対して有利な形態になっているみたいです!」
テオドラがそう告げると、アナスタシアは成程と納得した顔になる。
「そういう事ね。だとしたら、一番ダメージを与えられるのは……」
今現在のメンバーは魔法と短剣を併用するアナスタシアと、両手短剣使いのテオドラ。他は弓使いの【マリーナ】、魔法使いの【サブリナ】、直剣使いのイザベルである。そして自分のPACである盾職のリューシャと、サブリナのPACである大剣使い【ヴェロニカ】だ。
サブリナや自分が攻撃した際……いや、ターゲットになった際に、アークエンジェルは魔法攻撃の形態になっていた。その状態の時に前衛達が一斉に攻撃すれば、大幅にHPを減らす事ができる。
「私がタゲを取るわ。魔法攻撃の形態になったら、前衛は総攻撃。その後は近接戦闘の形態になるはずだから、リナはそこに合わせて魔法を撃ち込んで」
素早く指示を出して、アナスタシアはアークエンジェルに向けて疾走する。長い銀髪を靡かせるその姿は、凛々しさと姿勢の良さも相俟って戦乙女と称するに相応しい勇姿だ。
その後アナスタシアの的確な指示で、アークエンジェルのHPは順調に削られていった。最後の飛翔形態には全員が戦慄したが、そこもアナスタシアの的確な指示で全員戦闘不能にならずに切り抜けた。
そのままマリーナが弓矢による攻撃でタゲを取り、飛翔形態から高速機動形態に移行。そこで全力攻撃を叩き込まれて、アークエンジェルは全てのHPを失い倒れた。
無事にアークエンジェルを倒し、戦利品を確認し終えたアナスタシア達。ちなみに彼女達も、スピード・アタック・ボーナスを得る事に成功している。この事からやはり、【ラピュセル】もかなりの実力を持つプレイヤーが揃ったギルドだと言えるだろう。
そんな彼女達はそのまま上の階層に向かわず、一度ここで休息を取る事にした。
「空腹度の管理も、結構大変ですね」
それぞれ食事を始めて空腹度やHP・MPの回復、料理バフの再発動を図る。更に上の階層を目指す上で、態勢を整えるのは重要だ。
「……」
イザベルは浮かない表情で、黙々と食事をしていた。そんな彼女の様子を見て、アナスタシアが声を掛ける。
「ベル、大丈夫?」
「え? あ、はい……」
「やはり、気になる? 昨日近くに居たという、例のプレイヤーの事」
彼女が気にしているのは、二日目に≪転移門≫の近くで姿を見せた一人の男性プレイヤー。そう、【竜の牙】に所属するソウリュウである。
その姿こそ見なかったものの、アナスタシアは彼女とソウリュウの間にある確執について知っているのだ。
……
彼女がソウリュウを避けたい理由は、LQO時代の出来事にある。
イザベルはLQOが初めてのVRゲームであり、右も左も解らない初心者だった。そんな時に出会ったのが、同じくVRゲーム初心者だったソウリュウである。
彼と協力してゲームを進めていくにつれて、二人は仲が良い友人になっていった。互いを信頼し合う関係が成り立って、二人は現実での情報も徐々に開示する様になった。それが危険な事だと、その頃のイザベルはまだ知らなかった。
そしてある時二人は、互いの現実の姿の写真を交換した。しかし、そこでソウリュウがイザベルから距離を取ったのだ。
「実はたまたま、同じクラスの奴とゲームで会ってさ。ちょっとそいつ人見知りだから、しばらくは別行動で頼むよ。パーティを組める様になったら、声を掛けるからさ」
「え、ええ。解ったわ」
しかしそれ以降、ソウリュウからの連絡は無かった。イザベルは彼を探してみたが、見付ける事は出来なかった。
そしてある日、イザベルは偶然フィールドでソウリュウを見掛けた。彼はリンドが立ち上げた、【竜の牙】に加入していたのだ。
「ソウリュウ、俺達のギルドはまだ大きくなるぞ。誰か誘いたいプレイヤーが居たら、連れて来いよ」
「うぃっす! でも、特にそういう人はいないっすね」
その姿を見て、その言葉を聞いて、イザベルは彼が自分を切り捨てたのだと理解した。
現実での自分の容姿は特に優れてもいない、普通の容姿だという自覚はある。ソウリュウはイザベルの現実での姿を知り、幻滅したのだろう。
その事に傷付いたイザベルは、一人でフィールドに駆け出した。抑え様の無い憤りを、モンスター達にぶつけたかった。
ひたすらモンスターを倒していくイザベルだったが、そんな状態が長く続くはずも無い。一瞬の隙を突かれ、モンスターから麻痺状態にされてしまったのだ。
その時に、彼女はアナスタシア達と出会ったのだ。イザベルがモンスターに倒される寸前、アナスタシア達がそれを救ったのである。
アナスタシア達に助けられたイザベルは、半ば自暴自棄になっていた。その様子からアナスタシア達は、彼女が何らかの要因で深く傷付いている事を察した。
それからアナスタシア達は時間を掛けて、イザベルの心のケアをしていった。数日掛けて心を開いたイザベルは、アナスタシア達に事情を全て説明したのだ。
「許せないわね、その男……!!」
「落ち着いて、アシュ。何か言ってもあっちはどうせ、知らぬ存ぜぬで押し通すはず……」
「アリッサ、でもさぁ……!!」
憤慨するアシュリィに対し、アリッサは冷静だった。実際にソウリュウはイザベルのプライバシーに関する情報を流出させた訳でもなければ、彼女を傷付けたものの明確な損害を与えた訳でも無いのだ。
そこでアナスタシアは、ある事を考えた。
「ねぇ二人共……私達でギルドを立ち上げようという話をしていたけれど、方針を定めようと思うの」
するとアナスタシアはイザベルに視線を向け、優しく微笑みかけた。その笑顔はとても優しく、イザベルのささくれだった心を癒そうとするかのようなものだ。
「心無いプレイヤーに傷付けられそうだったり、傷付けられた女性を守るギルドを立ち上げるのはどう?」
「……私達が、女性プレイヤーの駆け込み寺になるって事?」
「成程ね……私は良いと思う」
そうして三人はギルド【フローラ】を結成する事にし、その話を聞いていたイザベルもギルドに加入する事になるのだった。
……
その後【フローラ】はゲームを楽しむ傍らで、助けが必要な女性プレイヤーの為に活動をしていった。その結果ギルドメンバーも徐々に増え、そして次第に力を付けて少数精鋭ギルドとなっていったのだ。
だがLQOは次第に【竜の牙】の様な、いくつかの大手ギルドを優遇する様な方針に舵を切る様になっていった。
その理由は現金な話で、【竜の牙】を始めとする大手のギルドには積極的に課金するプレイヤーが多かったのだ。運営側の考えは、課金による利益を優先するというものだった。
それに対する不平不満は【フローラ】だけではなく、他のギルドからも声が上がったが……彼女達がLQOから移籍する時も、そういった傾向は続いていた。
そして優遇されたギルドの面々は気が大きくなり、横柄な態度を取るプレイヤーも少なくはなかった。ギルドのトップはそうではなくても、末端のプレイヤーが幅を利かせるといった具合である。
実際に【フローラ】に加入した女性プレイヤーは、彼等にしつこく言い寄られたりといった事があった者も居る。
それらの事情もあって、アナスタシア達は話し合いの末に他のゲームに移籍する事を決意した。その候補として最有力だったのが、注目を集めている新しいゲーム……アナザーワールド・オンラインだったのだ。
……
そんな過去の事を思い出しながら、イザベルは表情を歪めながら口を開く。
「あの人のギルドは今、クランを組む相手を探していますよね……私達【ラピュセル】は、彼等にとって都合の良い存在なんじゃないでしょうか」
掲示板で話題になっていた【竜の牙】による【十人十色】への宣戦布告については、彼女達も聞いていた。また大それた事をしたものだと、その時は思っていたものだ。
そんな【竜の牙】は公式掲示板にもクラン勧誘の投稿をしており、その条件に合致するギルドは多くない。そして【ラピュセル】はその条件を満たしている、数少ないギルドである。
イザベルの不安を察したアナスタシアは、彼女の肩にそっと手を置いて微笑みかける。
「大丈夫よ、ベル。もしそうだとしても、私達が彼等の申し出を受ける事は無いわ」
「……はい」
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その頃【竜の牙】を率いるリンドも、三百階層を突破した所だった。
「何とかSABは取れたか……ギリギリだったな」
「中々に厄介な相手でしたからね……他のパーティも、SABを取れていると良いのですが」
【竜の牙】の戦術は、陣形を組んでの連携攻撃。パーティの指揮をとる者と、それに従う者という組み合わせが基本スタイルとなっている。指揮担当は勿論、リンド・フレズ・バッハ。それに加えて、他に四名の古参メンバーがパーティを率いている。
現在の【竜の牙】の所属メンバーは、少しずつ人数も増えて現在は五十二名。三十五人がパーティマッチング、十七人がソロかコンビで[試練の塔]の攻略を進めている状態だ。
その中でも、この三百階層でスピード・アタック・ボーナスを得られるのは恐らく自分達と、フレズ・バッハのパーティくらいではないか。リンドはそう考える。
――やはり戦力の拡充が最優先だ。このイベントで、どこまで駆け上がれるか……。
今回のイベントは、ギルドやクランで競い合う類のものではない。しかしその反面、どこまで到達出来るかがパーティの力量を示すと彼は考えている。
まずは、自分達の力を知らしめる必要がある。だからリンドは上を目指す……己の力を誇示する為に。
次回投稿予定日:2024/4/25(本編)




