18-11 幕間・舞台裏の演者達
第五回イベントの幕が上がり、プレイヤー達が勢い良くイベントマップ[試練の塔]へと突入していくその頃。AWOの舞台であるマップ上空に浮かぶ島で、賑やかな会話が行われていた。
「いやぁ……緊張したよぉ」
そう口にするのは、イベント開始のオープニング演出……そう、あの寸劇の主役を務めた人物。エル・クレア神その人である。その人? その神?
そんな彼女の前で、柔らかく微笑む少女……それは皆大好き、魔王ちゃん様であった。残念ながら、四天王は今回不在だ。
「お疲れ様、星依ちゃん」
「ありがと、真美ちゃん……あの空気の中で、真美ちゃんはよく魔王様出来たねぇ」
「あはは……私はまぁ、常に側に皆さんが居てくれたからね」
魔王ちゃん様の姿であるものの、現在は舞台裏。故に、魔王役である横野中真美は素で会話していた。
「台本通り、完璧でしたよ」
「そうそう! バッチリ過ぎて、自分の台詞忘れるかと思ったもん!」
「今回、初めて演技の仕事だとは思えないくらい、良い演技だったよ」
「全くだ。俳優になっても、食っていけるんじゃないかな?」
エル・クレアこと星依に声を掛けて労うのは、天使役の者達だった。
男性天使の一人【ミカイル】は、スラッとした長身ながら鍛え抜かれた体躯を持つ男性だ。
「しかしVRってのは、本当に不思議な感覚だな……衣装を着込んでいる様であり、それでいて自分自身の身体みたいでもある」
彼は魔王軍四天王・ディスクを演じる九台寺金二に勧められ、AWO公式キャラクターオーディションに参加した現役のスーツアクター【阿久津 崇太】である。
いかにも力自慢といった外見の金二とは打って変わり、スマートな戦い方をしそうな見た目である。力のディスク、技のミカイルだろうか。
そんなミカイルの脇を擦り抜けて、人数分の飲み物が乗ったトレイを持って前に出る青年。穏やかそうな見た目の彼は、男性天使【ウレルス】役を務める現役アイドル【江成 稔】だ。当然、アイドルとして活動している時と、見た目は全く異なる。
「大役、お疲れ様した。皆さんも、どうぞ」
めっちゃ爽やかに微笑むウレルスは、一人一人に飲み物を差し出していく。これは彼の地であり、気配り屋で世話好きな青年なのだ。その為業界内でも好感度は高く、ファンからは「ファンサの王子様」などと呼ばれている。
「ありがとうございま~す! いやぁ……本気で緊張したから、喉カラッカラでしたぁ」
そう言ってグラスを受け取ったのは、ジン達の居た北門に姿を見せたラーファだ。
どことなくあざとさを感じさせる喋り方は、演技中とは全く異なる。しかしまぁ、この喋り方も演技と言えば演技なのだが。
彼女はかつてAWO公式キャラクターオーディションに参加し、真美と魔王の座を賭けて競い合ったVアイドル【東條 詩乃】である。最終選考まで残った彼女であるから、今回の公式キャラクターオーディションはユートピア・クリエイティブ側から参加を打診したのであった。
そして、最後の一人。女性天使【ガヴェリィ】役を務めた女性が、優しく星依の肩を叩く。
「お疲れ様。君のお陰で、きっと最高のオープニング演出になったと私は思うよ」
彼女は、イケ女だった。外見や台詞だけでなく、話し方までめちゃくちゃカッコいい女性である。
ちなみにこれは彼女、【井出 万華】の素である。彼女は王子様系女子として、人気のあるVアイドルである。
そんな彼女はAWO公式キャラクターオーディションの話を聞いて、自ら進んでオーディションに挑んだのだった。
ちなみに実は、ガヴェリィは綺麗系お姉さんになる予定であった。しかしオーディションで万華を見た運営メンバー……特にデザイナー陣の熱烈なゴリ押しにより、今のカッコいい系女子に方針転換した。この運営……自由過ぎる。
ちなみに綺麗系お姉さん天使のキャラクターデザインは破棄するには惜しいので、そのままNPCキャラクターである【スーリエ】として流用された。ついでに側近の男性天使【ラジール】と、侍女っぽい女性天使【レミール】も追加されたそうな。
そんな彼等は一息ついた所で、室内に備え付けられたモニターへと視線を移す。
「うーん、見た感じはプレイヤーの快進撃! って感じだけど……」
「まだイベント序盤だから、プレイヤーが敵をサクサク倒していくだけですね」
詩乃と稔の言葉通り、モニターに映し出されるのは低層階の敵を蹴散らすプレイヤー達の姿。ジン達と同じ考えの勢力が多いのか、殆どがパーティマッチングで臨んでいる様だ。現状はプレイヤーによる無双状態で、戦闘というよりは駆逐作業である。
星依は、そんなモニターのあちらこちらへと視線を彷徨わせていた。その表情はエル・クレアの外見も手伝って、これから戦闘でもするのかというくらい真剣なものだった。
「星依ちゃん、こっちこっち」
真美がそう言って、一つのモニターを指で指し示す。そこには艶のある黒いロングヘアを靡かせて駆け抜ける、現役アイドルの姿があった。
そんな真美と星依の様子を見て、他の面々は苦笑してしまう。
「この光景をプレイヤー達が見たら、大層驚くだろうな」
「それはそうさ。魔王【アストラ】とエル・クレア神が、仲良くイベントを観戦するとは思わないだろう」
そんな会話が背後でされていても、星依は集中している為に気が付かない。しかし真美は会話に気付いて、苦笑しながら振り返っていた。
「お姉ちゃん、楽しそうだなぁ」
白い法衣に身を包んだ二つ年上の姉と、和装で身を包んだ仲間達が戦う姿を見て彼女……【渡会 星依】は、目を輝かせていた。
次回投稿予定日:2024/3/20(本編)
チラッと名前だけ出て来た人達、ここで登場です。
アンジェリカの正体をミスリードして貰いたくて名前が出て来た人達ですが、ちょっと名前の由来も組み替えると……?
でも、「ノシ」は気付きにくいと作者は思います。




