18-03 レベリングに向かいました
クラン【十人十色】結成を迎えた二日後の、二月三日。仁は帰宅してすぐに翌日の準備等を済ませ、家族三人で食事をしていた。
今日の食事のメインは、節分という事もあってやはり恵方巻だ。通常の恵方巻に加え、海鮮恵方巻の二本セットである。ちなみに仁は海鮮恵方巻と聞いて、某ギルドマスターの顔が脳裏に浮かんでしまった。
「恵方巻は七福神に見立てた具材を巻く事で、”福を巻き込む”という意味合いが込められているのよね」
母・撫子の言葉に、仁は苦笑する。
「母さん、毎年それ言うよね」
「あら、そうだったかしら?」
勿論この恵方巻は買って来た出来合いではなく、撫子が作ったものだ。具材七つを丁度良い太さに巻くのはそれなりに工夫が必要なので、彼女がその逸話について触れたくなるのも無理はないのかもしれない。
そこで七福神と聞いて、父・俊明が仁に声を掛ける。
「そういえば、仁達のグループ名も七だったな。【七色の橋】だったか、どういう由来なんだ?」
グループではなくギルドなのだが、まぁ詳しくない人からしたらグループの方がピンとくる言い方なのかもしれない。そんな事を考えつつ、仁はギルド名の由来について語る。
「あー……僕達の装備の色が、虹の色だったからだよ。ギルド名が決まる時はまだ、隼と愛さんが加わる前だったけど」
数満が加わり十四人になった事で、それぞれの色をパーソナルカラーとするメンバーが二人ずつになった。仁と紀子が紫、姫乃と優が赤、英雄と音也が藍色、恋と千夜が青、鳴子と和美が緑、隼と拓真が橙色、愛と数満が黄色だ。
「成程なぁ。七って字は幸運の数字って言われているし、縁起が良いのかもしれないな。ほら、ラッキーセブンとか言うし」
幸運の数字と言われれば、確かに自分達は幸運に恵まれている気がする。その中でも特に幸運だと思うのは、クラン含め最高の仲間達に……そして、最愛の人に巡り合えた事だろう。
「そのゲームには、神様みたいなキャラクターは居るのかしら? それこそ、七福神みたいな縁起のいいやつ」
「あー、ファンタジー系のゲームだものなぁ。そういうのが居てもおかしくなさそうだな」
普段はあまりゲームの話題については触れない両親だが、今日は随分とグイグイ来るな。そんな事を考えつつも、仁はこれまでのプレイの中で神様関係について思い返し……神様は、まだ会っていないし登場もしていないと断定する。
「今のところは、登場はしてないかな。神殿とか教会はあるけどね」
ちなみにプレイヤーから【創造神】と呼ばれる万能生産職人や、【女神】と呼ばれている細剣使いの美女はいる。あと精霊や妖精、美少女な魔王ちゃん様もいる。
「まぁ、その内出てくるかもしれないけど。神様とか、天使とか」
「はっはっは、仁はもう出会ってるじゃないか。姫乃ちゃんっていう可愛い天使に」
「父さん……酔ってるでしょ。飲み過ぎじゃない?」
口ではそう言うものの、姫乃が天使である事は否定しない仁であった。
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入浴を済ませてゲームにログインすれば、そこには既に天使……もといヒメノが待っていた。
「ジンくん、お疲れ様です♪」
「お待たせ、姫もお疲れ様」
満面の笑みを浮かべてジンに歩み寄るヒメノは、そのままジンの胸元に自分の頬を寄せる。そんな愛情表現満載な彼女の背中に、ジンも腕を回して優しく抱き締める。
「ジンくんのお家でも、恵方巻食べました?」
「うん、普通のと海鮮恵方巻の二本。それとお吸い物だったよ」
「海鮮系も良いですね。でも、海鮮系って聞くと……」
「カイさんを思い出すよね。僕も食べる時に、それ思った」
「ですね」
他愛のない会話を交わしながらも、二人は互いの温もりを感じながら触れ合う。ジンがヒメノの銀色の髪を撫でれば、ヒメノはジンの背中に自分の腕を回す。
そんないつも通りのやり取りをした二人は、ベッドに腰掛けて雑談に興じる。
「……っていう話をしてね? 確かに七っていえば、僕達のギルド名も七にちなんでいるよね。だから本当に、幸運の数字なのかもしれないなーって」
「ふふっ、本当ですね。幸運に恵まれているのは、間違い無いです」
「後は、イカヅチが加入して七色が二組になったでしょ」
「もう一組が揃ったら、ラッキーセブンですねー!」
777が揃ったら、更なる幸運が訪れそうだ。
そんな話をしている内に、ジンは全員が揃った事に気付く。
「揃ったね」
「はい、行きましょう♪」
二人は寄り添いながら部屋を出て、大広間へと歩いていく。丁度その時、隣の部屋からヒイロとレンが姿を見せた。
結婚した後、二人の部屋もジンとヒメノの様に夫婦共有となった。ヒイロの部屋が改装された為、レンが引っ越して来た形となる。
「タイミングが一緒だったか」
「ふふっ、そうですね」
二人がそう言って微笑むので、ジンとヒメノも笑顔を返して頷く。そのまま四人で連れ立って、大広間へと向かう事になる。
……
全員が揃えば、早速今日の活動についての相談が始まる。
ちなみにクラン活動は特別な理由がない場合、水曜日と土曜日に集まる事に決まった。また月曜日は、例によって生産した品の販売を行う予定だ。
ちなみに今日も月曜日なのだが、イベント前という事もあって今回は販売をお休みする事になった。これについては勿論、公式サイトの掲示板にも書き込みをしてある。
目下の目標は、各自のレベリングと第五回イベントの準備だ。
「とりあえず、二月五日にはイベントマップが開放される。それに向けて、準備を進めないといけないかな」
「では今日もいつも通り、生産活動の後でレベリングでしょうか」
「異議無しッスよ~!」
「応援者の皆のお陰で、生産の準備は出来ているわ」
クラン拠点の開発だけではなく、生産活動も応援NPCの力を借りる事が出来ると判明。ジン達も生産活動自体は行うが、その為の下準備を彼等に依頼する事で作業の効率化に成功していた。
「それじゃあ、生産を済ませたら分散してレベリングだね」
ナタクがそう言えば、プレイヤーもPACも問題ないとばかりに頷いた。
ちなみに第五回イベントを前にして、センヤとネオン、そしてヒビキがPAC契約を果たしている。
センヤが契約したのは、紺色のおかっぱ頭の少女タイプNPCである。彼女は第四回イベントでも共に戦った魔法職で、名前は【シスル】だ。
次にネオンが契約したのは、盾とメイスを持つ【ニコラ】という妙齢の女性。襟足の長いロングウルフカットの赤毛と、凛々しい顔立ちが特徴だ。
そして濃い茶色の髪をツーブロックアシメントリーにした、整った顔立ちの美形青年。彼は【アルク】という名で、ヒビキと契約した長槍使いである。
そうして生産をしながら話し合った結果、今日の組み分けが決定した。
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【ジンパーティ】
ジン・ヒメノ・リン・ヒナ・コン
【ヒイロパーティ】
ヒイロ・レン・シオン・セツナ・ロータス
センヤ・ヒビキ・シスル・アルク
【ハヤテパーティ】
ハヤテ・アイネ・カゲツ・ジョシュア
ネオン・ナタク・ニコラ
ミモリ・カノン・イカヅチ
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ヒイロ率いるチームは、フィールド探索を主にする王道構成のチームだ。近接・魔法・盾・遊撃が揃った、安定感のあるチームである。
それに対し、ハヤテ率いるチームはダンジョン周回組。ハヤテとナタクというベテランコンビに加え、生産職ながらサポーターを務められるJDコンビもいる。尚、このチームはイカヅチの訓練も兼ねている。
そしてジンとヒメノ、その契約PACと神獣のコンで構成されたチーム。この組み合わせは単純に、ジンの全力疾走に付いて行けるメンバーが居ない為である。
そうして今夜も、ジン達は異世界オンラインの冒険へと出掛けるのだった。
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ヒイロ率いるパーティは、場所は東側第三エリアの城塞都市[エリアス]から南東にある[ガルフォード平野]へ向かった。ここは比較的モンスターとのエンカウントが多い、狩場として知られているマップだ。
知名度の高い狩場となれば、同じ考えのパーティが居た。
「おー、あの集団って【聖光】と【絶対無敵】……それに、【白銀】だよね?」
「うん、【騎士団連盟】だね」
「あちらの方には、【中華連合】と思われるパーティが複数いらっしゃいます」
彼等の目的も自分達同様、第五回イベントに向けてレベリングをする為だろう。【騎士団連盟】は六パーティ、【中華連合】は四パーティでモンスターを狩っている。ちなみに、【騎士団連盟】の面々の中に知り合いは居ない。
「彼等と戦闘範囲が被れば、トラブルの元になりそうだな」
「そうですね、彼等とは逆側の方で戦うのが良さそうです」
ヒイロとレンがそう言うと、他の面々も異議なしと頷く。
そしてクラン集団と逆側に向かおうとしたところで、見覚えのあるプレイヤー達がヒイロ達に気付いて歩み寄って来た。
「あれは……」
「おー! 【フィオレ・ファミリア】と【闇夜之翼】だね!」
相手と面識がある……とは言っても、フレンド登録済みなのはフィオレ・ステラ・ネーヴェと、セシリアだけだ。しかしクリスマスパーティーで交流した相手であり、その人柄は確かである。
「こんばんは、【七色の橋】の皆さん!」
「お久し振り……で宜しいでしょうか。結婚式以来ですね」
フィオレとセシリアが代表して挨拶をして来るので、ヒイロとレンが前に出て応対する。
「はい、こんばんは」
「ご無沙汰しています」
会話に応じる姿勢を見せたヒイロとレンに、フィオレとセシリアもどこか安心した様子だ。
「こんな所で奇遇……でもないか。あなた達も、やっぱりレベリングかしら?」
「えぇ、次のイベントに向けてですね。レベルキャップ開放もありましたし」
「他の皆様も、恐らく同じでしょうね。あら? そういえば、皆様はギルドメンバーのみなのですね」
「一緒に行動するタイミングを、予め取り決めているんです。ギルドはギルド、クランはクランで大切にしていこうという方針になりまして」
「成程、そういう事でしたか! 素敵なお考えだと思います!」
和やかに会話をする中で、ヒイロはある事について話を切り出す。
「そうそう……リアルタイムではなかったのですが、コラボ配信も拝見しました。クラン結成、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう♪」
「ありがとうございます!」
それは勿論、先日コヨミとフィオレが行ったコラボ配信だ。コヨミ側の配信での同時接続は千人越え、フィオレの配信はあと少しで千五百人に到達する所だった。
その配信の中で、コヨミはクラン【十人十色】に加入する事……そしてフィオレは、セシリア率いる【闇夜之翼】とクラン結成を表明したのだ。
そんな会話の内容に、レンが穏やかな笑みを浮かべて彼女達の結成したクランの名前に言及する。
「クラン【ルーチェ&オンブラ】……イタリア語で、”光と影”を意味する言葉ですね」
恐らくは配信活動等で知名度が高い、【フィオレ・ファミリア】をイメージして”光”。そしてギルド名や、そこに所属するメンバー達のあれやこれ(主に厨二病)をイメージした”影”が由来だろう。決して、悪魔も泣き出すゲームは関係無い。関係無いんだ、いいね?
レンの言葉を聞いて、フィオレとセシリアは嬉しそうな笑顔で頷いてみせた。
「えぇ、そうなの。私は大学でイタリア語を専攻していて、セシリアさんもお母様がイタリア語講師っていう共通点があってね」
「レン様、よくお気付きになりましたね」
もしかして調べたのかな? と二人が考えているだろう事は、レンも察していた。
「多少ですが、イタリア語は読み書きが出来まして」
実際は英語・中国語・イタリア語・フランス語・ドイツ語を、バッチリ修めているだけだ。初音家の教育の賜物なのだが、姉上は九ヶ国語を話せる人だったりする。
四人がそんな話をしていると、ある人物が突如謎のアクションをし始めた。
「フッ……見ろ、お前達。彼等こそ”浸蝕”に侵されていた”聖域”を解放せし者達だ」
やたらと漢字にルビ振った横文字を多用する彼こそ、ギルド【闇夜之翼】のサブマスターであるシモンさんだ。彼が話し掛けているのは、【闇夜之翼】と【フィオレ・ファミリア】に新たに加入したプレイヤー達らしい。
「うわぁ……本物の【七色】だ……!!」
「動画で見たよりも、格好良いね!!」
「あれが噂に聞く【鬼神将軍】……!! しかも、【神雷女王】に【不動侍女】も居る!!」
「そしてあれが【斬込隊長】センヤに、【鉄拳制裁】ヒビキ……!!」
「……え? 何て?」
突然の素っ頓狂な異名を口にされ、ノリの権化であるセンヤがツッコミ側に回る。これは非常に珍しい。ちなみにまともなのが【ファミリア】で、厨二なのが【闇夜】だ……わざわざ補足する必要も無いだろうが、念の為。
「何か、済みません……」
仲間達の暴走に、申し訳なさそうにするセシリア。しゅんとしてしまっている様子を見せられては、ヒイロ達も文句を言う気が起きないのだった。ただ、止めて欲しいとは心の底から思うが。
「えーと……き、気を取り直して……皆さんもレベリングで来たんでしょう? あっちらへんは随分と賑やかだから、私達は向こう側に行こうと思っていたのよ」
フィオレが指で指し示した方向は、ヒイロ達が向かおうとしていた方向とは別だった。
「成程、我々はあちら側のつもりでした。お互いに頑張りましょう」
「えぇ、それじゃあまた!」
「お時間を頂きありがとうございました。失礼致します」
紆余曲折……主に【闇夜之翼】によってあったものの、結果としてはフレンド同士の雑談で終わるのだった。
クラン【ルーチェ&オンブラ】の面々を見送って、ヒイロ達も行動を開始。早速、レベリングの為の場所確保に乗り出すのだった。
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一方、ハヤテ達は第三エリアのダンジョンに向かっていた。今回はレベリングとイカヅチの訓練を同時に行う為、討伐効率が良い場所を選択。結果やって来たのは第三エリア[アイザン]の先にある、洞窟型ダンジョン[魔獣の巣窟]だ。
「それでは、張り切って行くッスよ!」
ハヤテの号令に従って、ダンジョン内へと入っていくメンバー達。
ジョシュアが最前に出て、その後ろからアイネとナタク・イカヅチが続く。その後ろをネオン・カゲツと続き、ハヤテ・ミモリ・カノンが後に続く。殿を務めるのは、ニコラだ。
「ここで、ジンのユニークスキルが限界突破したんだよな?」
イカヅチが共に歩くアイネとナタクにそう問い掛けると、二人は周囲を警戒しつつ首肯した。
「はい……AGI特化のユニークスキル、【九尾の狐】。ジンさんの主要スキルです」
「限界突破……確かにレベル上限が上がる訳だし、ステータス強化も上昇するし。確かに限界突破と同じですよね」
ステータスに主眼を置いた神獣系ユニークスキルは現在、第一エリアから第三エリアまでが攻略済みだ。祠を見付け出し宝玉を手にした後、ダンジョンの最奥で待つエクストラボスを討伐する事でクエスト達成となる。
「ちなみに【スター】スキルも、今は第三エリアでしか手に入らないらしいですね」
ナタクがそう捕捉すると、イカヅチは感心した様な様子だ。そんなイカヅチの様子に、アイネはフッと笑みを浮かべる。
最初は彼の雰囲気や態度から、少し近寄りがたいと思われていた。しかし実際に話して、接してみて解る……やはり彼にも、ジンやハヤテ・ミモリと似た部分がある。
その最たる点は、彼の特訓に同行したメンバー全員が理解している。それは「仲間の為にも強くなる」という、確固たる意志だ。
自分達の足を引っ張ったり、迷惑を掛けたくない。そんな考えから特訓に打ち込むイカヅチは、どんなに苦戦や失敗をしても一切弱音を吐かない。むしろそれを自分なりに反省し、次に生かそうと前向きだ。
そのお陰か攻略の際は後衛の護衛役を任されるなど、【七色の橋】に馴染んできている。
「その【スター】系のスキルって、ユニークスキルの劣化版なんだよな」
「そうですね。武技や魔技は無いわけですし、誰でも手に入る訳ですから」
「ふーん……じゃあユニークスキルの限界突破って、【スター】系のスキルで出来てんのかもな」
イカヅチがそう言った瞬間、ハヤテが「はぁ?」と声を上げる。
「何でそうなるんスか……んなワケないっしょ」
「いやだってよ、ユニークスキルって一つしか無いんだろ? それが限界突破してんだから、代わりに手に入る【スター】系スキルを使ってんじゃないか?」
そんな彼の言葉に、ハヤテは黙った。イカヅチに呆れたのではなく……驚きのあまりに。
「……≪宝玉≫はスキル保有者が所持していて、クエスト達成時にそれがスキルオーブになる。その瞬間に、限界突破が起こる……? 確かに、そう考えると……」
呟きながら、何かを考えるハヤテ。そんなハヤテに、イカヅチは呆れた様な表情を浮かべて肩を竦める。
「気になる事があると、ブツブツ言って自分の世界に入る癖は相変わらずかよ。おい、ハヤテ。手っ取り早く確認する方法があんじゃねーのか?」
「……そうッスね。ここならまだ、【スピードスター】を手に入れられるッス……ついでにゲットして、試してみれば良いッスね」
レベリングと特訓だけではなく、もう一つ目的が出来た……ジンのユニークスキル【九尾の狐】を、【スピードスター】で限界突破できるかどうか試す。
「この中だと、一番向いてるのは……タク、行けるッスか?」
「勿論、構わないよ。ステータス半減があるから、そのまま使うのは僕向きじゃない。ジンさんの強化の為に手に入れる事に、異論は無いさ」
男子組によって方針が固まるのを見ていた後衛組が、笑みを浮かべて口を開く。
「もし成功したら、凄い発見になりますよね」
「そうね。他のメンバーにとっても、お役立ち情報だもの」
「そ、そうしたら……レベリングの、ついでに……取りに、行くのが、良い……ね」
ともあれそれは、試してみて結果が出たらだ。
ハヤテ達は改めて気を引き締めて、ダンジョン攻略に向けて歩いていく。
次回投稿予定日:2024/2/20(本編)




