17-36 情報が錯綜しました
ジン達が[エル・ノエル教会]での突発クエストをクリアした、その翌日。彼等はクラン【十人十色】の仲間達に、結婚式が出来る教会が見つかった事を報告した。
今夜は仕事が忙しい都合でクラウドとビィト、そして芸能活動でリリィが不在だ。そしてログインはする予定だが、残業でまだログインしていないメンバーがレオンである。
ちなみに【忍者ふぁんくらぶ】は学生も社会人も、全員もれなく揃っている。何が彼等をそうさせるのだろうか……まぁ、その理由を聞けば返答はジン×ヒメノ一択だろうが。
「おぉ~、これは綺麗な所ね~!」
「山の上からの景色は綺麗な所が多いけど、こうして始まりの町が一望できるのは中々に良いね」
「外観も良いな、ここ」
「そうねー! [モルダー村]の教会も良いけど、ここも良いわね!」
「ねぇねぇ、中も凄く素敵じゃない!?」
「お、おう……あのボロボロだった教会が、こんなに綺麗になったんだな……」
クランの仲間達の反応は上々で、実際に結婚する予定のケイン・イリスとゼクス・チナリ、フレイヤは喜色満面に溢れていた。ゲイルだけは過去の教会の様子を知っていたらしく、その変わり様に驚いている。
それは結婚を見送っている仲間達も同様で、ジン達が撮影したスクリーンショットを見て興味津々である。
尚、今回共に修繕クエストや突発クエストに参加したシキも、結婚式に誘っている。彼は自分が参加しても良いのかと思いつつも、日取りの都合が合うならば参加すると返答していた。
シキがここまで受け入れられているのは、ジンとヒメノが親しくしているのが大きい。二人の人を見る目は確かであり、仲間達からも全幅の信頼を置かれている。それは、他ギルドのメンバーやギルドに所属しないフリーランスのメンバーも同様だ。
……
結婚式と教会の話題が落ち着いた所で、ケインが「話し合いたい事がある」と話を切り出した。
「実は、クランシステム実装に向けてまた動きがあったんだ」
彼の言う動きとは運営側のものではなく、プレイヤー側の動きの事だろう。つまり、クラン結成を表明したギルドがまた現れたという事だ。
今後、AWOでの活動に大きな変化をもたらす要素。それは全員が理解しており、弛緩した空気が一変する。
「まず大きい所については【聖光】と【聖印】、【絶対無敵】の所だ。このクランに、【白銀の聖剣】というギルドが加わる事になったらしい」
ギルド【白銀の聖剣】……それはプレイヤー三十人の、中規模一歩手前といったギルドだ。彼等も騎士風の装備を好んで身に纏うギルドらしく、自ら望んで【聖光の騎士団】の傘下ギルドになる事を申し出たのだという。
「もしかして、それは本人達が公表を?」
「あぁ、ジェミーさんの言う通りだ。公式掲示板にアークとトール、フデドラゴンに加えて、【白銀の聖剣】のギルマスである【ブレイク】の連名で発表がされた。彼等のクラン名も、決定した様だよ」
ケインはそう言って、仲間達に視線を巡らせ……そして、騎士系ギルドが寄り集まったクランの名前を発表した。
「クラン名は、【騎士団連盟】。掲示板では、既に【LOK】なんて略称が広まっているよ」
公式掲示板でクラン結成を公表したのは、【LOK】が一番手。そうなると、今後の動きも予想できる……というよりは、既に始まっていた。
ケインの話が一区切りした所で、今度はイリスが話を引き継ぐ。
「その後すぐに【森羅万象】が中心となるクランも、公式掲示板でクラン結成を公表したのよ。勿論、クラン名も一緒にね」
元よりDKC時代からのライバル関係にある、二つのギルドが中心となったクランだ。【森羅万象】率いるクランも、【LOK】に対抗したのは間違いないだろう。
「その名も、【開拓の精神】ね。彼等もあらかじめ、クラン名は決めてあったんでしょうね……【LOK】が動いたのを確認して、数分後には公表がされたわ」
冒険者風の装備を好むギルド【森羅万象】が中心である為、クラン名が【開拓の精神】となったのだろう。こちらの略称は、【FS】だろうか。
「となると次は……?」
コヨミがそう問い掛ければ、掲示板を確認していたハヤテが頷いてみせた。
「その十分後に、やっぱり書き込みがあったッスね。クラン名【導きの足跡】……略すと【PS】ッスかね? どこも洒落た名前を付けるモンだ」
【導きの足跡】と名付けられたクランが、どこのものかは誰もが理解している。中心は【遥かなる旅路】であり、名を連ねるのは【初心者救済委員会】と【おでん傭兵団】。彼等の在り方……初心者を支援するという方針に、実に合致した名前だろう。
そんな三つのクランに触発されたかのように、既にクランを結成する事を決めた者達が名乗りを上げた。
ギルド【新鮮組】【SAMURAI】が結成を表明した、クラン【日ノ出ズル國】。彼等は和風クランを結成すると、大々的に宣言した。どのギルドを意識しているのかは、最早語るまでもないだろう。
そういった勢力がもう一つある。それはギルド【三國無双】【天上天下】【唯我独尊】【天下無敵】が結成する、クラン【中華連合】だ。中華風のクランに所属したいならば受け入れるという書き込みも、やはり元祖中華風ギルドを意識している為だろう。
そして……まぁ、ちょっと毛色が変わった勢力として、【異世界戦隊オレンジャイ】と【KARAT】が大々的にクラン結成宣言をした、クラン【HERO’S】だ。
他にも【ベビーフェイス】や【竜の牙】が、クランを共に結成するギルドを募ると公式掲示板に書き込みがあった。それに便乗するかの様に、いくつかのギルドが同様の書き込みをし始めた。
AWOの新要素、クランシステム。その実装を前に、ゲーム内で様々な動きが起きているのだ。
「そうなると、議題は私達の事……ですね」
「あぁ。公式掲示板に、俺達【十人十色】の事を公表するかどうか」
レンとヒイロがそう言うと、誰もが真剣にその議題について思案する。
「公表するメリットは……まぁ、よそに与える印象かな?」
「そッスね。有名な三つのクランが堂々と自分達の情報を公開している訳だし、俺達も同じ様に堂々と公開すれば他の連中からは好印象になると思うッス」
ナタクとハヤテが言う様に、他の三組はクラン結成を表明した。それを外部のプレイヤー達は、堂々とした態度だと評価している様だ。掲示板へのコメントも、好意的なものが多い。
しかしながら、メリットばかりではない。当然の如く、デメリットも存在する。
「で、問題はこの辺りのコメントよね」
ミリアが溜息交じりにシステム・ウィンドウに表示された、掲示板のコメント欄……その、一部分を指で示す。それはクラン名を公表した面々に対し、自分達も加えて欲しいという書き込みだ。
「このクランに参加する四つのギルドは、イベントでも上位に入っているし……公表すれば、こういった声を掛けられる可能性は高いわよね」
「同感や。加えて【十人十色】には、フリーのプレイヤーもおるやろ。それも生産界のレジェンドや、アイドルに配信者のな」
クラン【十人十色】は実力もさる事ながら、名を連ねるギルド……そしてプレイヤー個人も知名度が高い面々が揃っている。
そんな彼等が情報を公開すれば、自分達も……と考える輩が殺到するだろう。
そんな時だった。いつもの様に執事らしく黙して控えていたロータスが、主であるレンに歩み寄って一礼し声を掛けた。
「失礼致します、お嬢様。当城に、来訪した異邦人が複数おります」
その言葉に、レンは眉を片方上げる。ロータスの言葉は全員が聞いており、相手は誰か? と気になっている様だ。
「嫌な予感しかしませんが……シオンさん」
「かしこまりました」
レンが外の様子を確認する様に促せば、シオンは窓に近付いてそこから城の外の様子を窺った。余談だがAWOの建物にある窓は、内側から外は見えるが外側から内側が見えない仕様になっている。なので、こっそり覗き見る必要は無い。
そして、外の様子を見たシオンが振り返り「筆舌に尽くしがたいので、見た方が早いです」と外を見る様に促す。実際のところは、シオンとしては説明するのも嫌なのだろう。
そんな訳で外を見てみれば……そこでは大勢のプレイヤーが、城にいるであろうジン達に向けて呼び掛けていた。
「我々【紅蓮蒼天】は、こちらのクランに加入する意思があるっ!!」
「ほざけ!! 俺達【パルチザン】が先だ!!」
「私達【虹色の道】は、【七色の橋】の傘下ギルドになる事を希望しますッ!!」
「聞こえるか、レイチェルッ!! 俺だ、【ハムレット】だ!!」
「ユージンさーん!! 私達を、弟子にして下さーい!!」
「ジェミーさん!! 俺だーっ!! 結婚してくれー!!」
「コヨミちゃんが居ると聞いて!!」
「忍者さんのファンギルドが、クランに参加してんだったら!! 俺達【フレイヤさんの舎弟共(非公認)】を、是非ともっ!!」
「いいや!! ここは我々、由緒正しき【リリィちゃんファンクラブ】こそッ!!」
「ほざけ、この【カレイドスコープ】こそ……!!」
「邪魔をするな、このクランに相応しいのは俺達【限界突破ゲーマーズ】だ!!」
凄まじい、大騒ぎになっている。その群衆は、誰もが必死に声を張り上げていた。
『うわぁ……』
その場にいる、全員の声が重なった。
「全然、面識のない連中ばっかりッス」
「まぁ、うちは話題性には事欠かないからな」
「アヤメ殿? 昔のアバター名で呼んでいる、あのハムレットという男性は……?」
「さぁ……? 名前も聞き覚えがありませんし、フレンドでも無いのです。遠目ではありますが、顔にも覚えが……」
「ジェミー先輩に求婚するとは……」
「あの男、勇者かな?」
「大地先輩が、ここに居なくて良かったね」
「そ、その話は良いから……!!」
「ユーちゃん、お弟子さん希望みたいですよ?」
「弟子はとらない主義でね。でなければ、ミモリ君やカノン君の申し出を断ったりしないさ」
「……それで、如何致しましょう?」
シオンが呆れ顔で仲間達にそう問い掛けるが、答えは決まり切っている。各ギルドのマスター達は、あっさりと決断を下した。
「放置しましょう」
「はい、放置するのが宜しいかと」
「うちとしても、異論は無いよ」
「では、決定ですね」
アポ無しで押し寄せて、騒ぐ様な輩を相手にするのは時間の無駄だ。満場一致で、放置する事が決定した。
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外の状況は触れるな危険、という事で話し合いの続きだ。クランの事を公表するか、公表しないか……これについては、意見が二分された。
公表する派が多数で、理由としてはやはり自分達のイメージを重視しての事だ。
公表しない派は、城の外の様な騒動を避ける為……という考えなのだが、放置する方向ならばどうしてもという訳では無い。
特に懸念されるのは、個別に行動している際に付き纏われかねない点。特にフリーランスの面々は、非常に深刻な問題だ。
ユージンとケリィはその点について、そこまで頓着していない……自分達については。
問題はソロで野良パーティに参加する事のあるリリィ、配信者のコヨミ、商人であるクベラ、服職人ネコヒメだ。単独行動の際に囲まれたりした場合、騒動になる可能性がある。特に不安要素が高いのは、リリィとコヨミだろう。
それはコヨミも自覚があるらしく、それについても考えがあった。
「だから、個人的にはコンちゃんみたいな神獣が居たら良いなと思うんですよね」
それを前提にした場合は、コヨミも公表賛成派である。コンの様に【成獣化】出来る神獣が居れば、背中に乗って逃げる事が可能なのだ。
ちなみにコンは親しい相手以外、背中には乗せたくないらしい。コンが乗せる事を同意していない相手が乗ろうとすると、彼は全力でその輩を振り落とす事だろう。
「[ウィスタリア森林]では、まだ幻獣しか発見できて無いんだよな?」
「ええ。コンちゃんの時みたいに、SABで報酬として貰える……とかかしら?」
ダイスとシオンがそう言うと、ジンもその意見に賛成を示す。
「神獣はボスからドロップする、卵でしか得られないのかもしれないでゴザルな」
「神獣の卵については、我々も詳しくは存じておりません。ですが、主様の仰る通りでは無いかと推測致します」
ジンのPACであるリンがそう告げると、仲間達は「そっか~」という表情になる。しかし、ジンは「おや?」と変化を感じていた。
リンはこれまで、自分から進んで話し掛ける事はあまりなかった。基本的にジンの側に控え、話を振られたらそれに応えるというスタンスであったのだ。
しかし彼女は今、自分の意思で、自分の考えを口にした。
――これは、リンのAIが成長したからなのかもしれない。
彼女がNPCである事に変わりは無く、あくまでAIで制御された存在だ。しかしAWOのNPCに搭載されているAIは、自己学習型AIである。その性能はVRゲーム以外を含めても非常に高性能で、AI技術の界隈では話題になっていると耳にした事がある。
だが、決して不安は無い。どんな変化が起きようとも、彼女に対する信頼は揺るがない。だから、ジンは彼女に微笑みかける。
「成程。ありがとう、リン」
そう告げれば、リンも少しだけ口元を緩めてジンに応えた。
「はい、主様」
その表情と、その言葉には彼女の意思が込められている。ジンは、不思議とそう信じる事が出来た。
……
協議の結果、クラン【十人十色】も公式掲示板にクラン結成表明の書き込みをする事にした。勿論デメリットを考慮して、一文を付け足す形で。
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777 クラン【十人十色】
ギルド【七色の橋】【桃園の誓い】【魔弾の射手】【忍者ふぁんくらぶ】と
ギルドに所属しないプレイヤー六名でクランを結成する事を公表します
尚、我々は加入希望者を募ってはいません
本文へのコメントに対するレスポンスは差し控えます
またギルドホームやクラン拠点への押し掛け行為はご遠慮願います
悪質と判断した場合は運営報告も視野に入れます
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当然の如く、即座にコメントが殺到した。だが彼等はちゃんと、「コメントに対するレスポンスは差し控えます」と記載しているのだ。その為、殺到する加入希望のコメントは放置する。
また外に押し掛けている者達も、この書き込みを見る事だろう。「押し掛け行為はご遠慮願います」と書いてあるので、放置で問題無い。
「で、更に一手を打つ訳だね?」
愉快そうにユージンがそう言えば、クランの知恵者達が不敵な笑みを浮かべる。
「そッスね。元々公開するつもりだったし」
「文面はこんな感じでどう?」
「……ふむ、良いんじゃないか?」
公開する情報は、勿論[ウィスタリア森林]についての情報だ。[腐食の密林]が浄化され、代わりに安全地帯[ウィスタリア森林]が開放された事は、全プレイヤーが知っている。
その経緯とクエストの情報……それらを公開する事で、クラン結成ブームに乗ろうとしている勢力をコントロールする。
「マップを浄化した上に、その土地の一部を報酬として手に入れられる。当然、この特典は早い者勝ちなワケで」
そう言って、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるハヤテ。そんなハヤテに同調するのは、フレイヤだ。
「私達に構っている暇は、無いはずよね。公開のタイミングとしては、最適だったかもしれないわね」
悪役スマイルを浮かべる二人に苦笑しつつ、ナタクは頷いて自分の考えを口にする。
「僕達がこうしてクラン拠点を構えて、そこを開発しているのは周知の事実ですからね。自分達のクランを強くしたいと思うなら、この要素は無視できないでしょう」
そう言って、窓の外に視線を向けるナタク。そこでは、先程までの喧騒に若干の変化が起きていた。
「どうやら、効果が出たみたい」
「これで少しは落ち着けそうッスね~」
ジン達はその後、今日この後の活動について話し合った。
【桃園の誓い】の面々の一部は、山の上の教会を実際に見てみたいという意見が多数あった為にそちらへ向かう事になった。スクリーンショットで確認したものの、現地も見ておきたいらしい。
【魔弾の射手】と【忍者ふぁんくらぶ】は、[エル・ノエル教会]以外に似たような教会……修繕クエストが発生する様な場所が無いか、探してみるとの事だ。これは[エル・ノエル教会]が話題に上った場合、そこも結婚ラッシュに巻き込まれるかもしれない……という考えがあったからである。
コヨミは今日は、配信活動をするとの事。以前から話に出ていた、フィオレとのコラボ配信を行う予定なのだ。
そうするとネコヒメも、流れ的に今日の活動はお休みである。コヨミの配信を見逃してなるものかと、既に今からシステム・ウィンドウを開いて城の広間で待機していた。流石、最古参リスナー【円卓の騎士】の一人……というべきなのだろうか。
ユージンは昨夜の突発クエストの報酬……それは≪ゴールドチケット≫と≪シルバーチケット≫だったのだが、そこで出たあるアイテムを検証したいらしい。ケリィもその手伝いをする様だ。
「≪壊れた発射機構≫や≪朽ち果てた楽器≫の様な、破損品シリーズだと思うんだ。武器や装備ではなく、装飾品向けだと思うんだが……」
そう言って手に取るのは、プレートの様なアイテム。真ん中に、丸い凹みがある。
「もしかしたら、僕が常々作りたいと思っていたアイテム……これで、それが作れるかもしれない」
ユージンがそれを表明すると、ミモリ・カノン・ヴィヴィアン・ラミィ・ハヅキが興味を示した。各ギルドのマスターは、それを快諾。新アイテム開発研究チームが、ここに発足した。
「ク、クベラさん……は、その……」
「ん? もちろん、付き合うで。ユージンさんのアイテムには純粋に興味あるし、商売に繋がるかもしれんし……そ、それに、カノンさんも……おるしな?」
「……はいっ♪」
そんな初々しさ溢れるやり取りに、様子を見ていた仲間達はほっこりしてしまった。
そして、教会組には不参加のダイスとヒューゴ。二人は【七色の橋】の方へと向かい、声を掛けた。
「俺らもこっちに参加させて貰えるかな?」
「勿論です。ねぇ、シオンさん?」
レンが即答で受け入れて、シオンに視線を向ける。シオンはからかう様なレンの視線に気付きつつも、ダイスが居てくれるのは嬉しいので頷いてみせた。
そして、今日の活動内容についての相談になるのだが。
「俺も、お前等みたいに強くなりてぇんだ。やっといた方が良い事と、やっちゃいけない事を教えてくんねーか?」
イカヅチが、真っ先にそんな事を口にした。
次回投稿予定日:2024/1/23(掲示板回)




