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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十七章 クランを立ち上げました

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17-35 スタンピードを阻止しました

 スタンピード……それはVRMMOにおいては、ダンジョンからモンスターが溢れ出す現象の事を指す。

 ゲームによっては一定周期で発生するものであったり、何かストーリーが進行すると発生するイベント要素の一つであったりする。AWOにおいては、後者。第一回イベントの始まりの町防衛戦も、スタンピードによるものとされている。


 それが今、唐突に発生した。しかも真っ先に襲われるのは、修繕を終えたこの教会だろう。

 むしろ教会の修繕が完了した事こそが、このスタンピードのトリガーだったのではないか?


 というような話を、ジン達はしていた。最初は慌てたものの、しばらくすると落ち着きを取り戻せたのだ。

 あくまで氾濫を起こしたのは、第一エリアのダンジョンだ。トップランカー揃いの【七色の橋】に、ユージン・ケリィ夫妻に関しては何の心配も要らないだろう。

 問題は始めて間もない二人……イカヅチと、シキである。とはいえ、同行しているメンバーがメンバーな訳で。

「モンスターが来るまで、あと五分くらいでゴザルな」

「獣系4、虫系3、鳥系3の割合ッスね」

「特殊個体は居ないようだね、第一エリアの一般的なモンスターのみだ」

「レイド3の表記ありますし、ユージンさん達とシキさん参加します?」

「宜しいのですか? そうして頂けると、非常にありがたいです」

「そうだね、それじゃあお言葉に甘えようかな」

「皆さん、どうぞ宜しくお願いしますね」


 一番、この事態に動揺しているのは[エル・ノエル教会]のシスター・エリザベスだ。彼女はモンスターの群れが迫っているのを見て、覚悟を決めていた。

「主よ……女神エル・ノエル神よ。どうかモンスター達を退けようとして下さっている、勇敢で心優しき異邦人の皆様にご加護を……」

 十字架の前で、一心に祈っている。このメンツならば万が一は無いのだが、彼女がそれを知るはずもないので仕方のない事である。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 ヒイロ・レン・シオン・センヤ・ヒビキ

 ユージン・ケリィ・シキ


 ジン・ヒメノ・ハヤテ・アイネ・ミモリ

 カノン・ネオン・ナタク・イカヅチ・PAC(パック)ヒナ

―――――――――――――――――――――――――――――――


 バランスを考慮した結果、パーティ編成はこの様になった。

 シキはユージン・ケリィ含むトップランカー組で、しっかりとガード。その為、盾職が多めだ。

 イカヅチは、ギルドメンバーで周囲を固める形だ。こちらはジン・アイネ・ナタクといった速攻タイプ、ヒメノ・ハヤテ・ネオンといった火力タイプもいる為、バランスが良い。


「俺は、後衛のメンバーを守れば良いんだよな?」

「宜しく頼むでゴザルよ、イカヅチ」

「頼りにしてるわよー」

 大太刀を握り締めて、気合いを入れるイカヅチ。そんな彼に、ジンやミモリが声を掛ける。

 そんなイカヅチに、ハヤテは鼻を鳴らして人差し指を突き付ける。

「だからって、調子に乗って前に出過ぎるとすぐに戦闘不能。仲間と離れたらおしまい、それくらいのつもりで行くッスよ!」

「くっ……あ、当たり前だろ! 見てろ、今日は一回も死なねぇからな!」

「そう言って、一日一回は戦闘不能食らってんじゃんか! 他のメンバーは、自衛出来るんスよ! 今回は可能な限り、一対一での戦いになる様にする事! 自分の身を守れるようになってからが、本当のスタートだと思う事ッス!」

「ぐっ……わ、解ってんだよそれくらい!」

 これが、ここ数日のやり取りである。ハヤテはイカヅチに厳しくアドバイスし、イカヅチはそれに対して啖呵を切る。


 とはいえ、イカヅチもハヤテのアドバイスは解っている。戦う中で、そういったアドバイスに気を付けながら立ち回っている。その時は傍から見ても、それなりの動きが出来ているのだ。

 しかしながら彼は直感タイプらしく、考え過ぎると頭がこんがらがる傾向がある。そうして動きが悪くなり、集中力が切れて被弾が増えるのである。


 そんなやり取りを横目に見つつ、シキはフッと微笑む。

「賑やかなギルドですね、とても楽しそうです」

 シキがそう言うと、一番前に立っているヒイロが振り返る。

「シキさんは、普段もソロで? それとも……」

「まだギルドには所属していませんが、仲間と一緒にプレイしています。ギルドを結成するか、立ち上げるかは検討中ですね」

「成程、そうでしたか」

「ですので、ある程度でしたらパーティとしての動きの心得も……とはいっても、まだレベル17です。皆さんの足を引っ張ることが無いようにするので、精一杯かもしれません」


 その言葉は嘘ではない。

 シキ率いるプロゲーマー事務所【フロントライン】は、所属メンバー十六人全員でAWOを始めた。しかし、彼等は常に一緒に行動する訳では無い。

 一人でプレイする者も居れば、数人単位で行動する者も居る。メンバー全員が集まるのは、一日一回予定されている二十時のタイミングだけになっていた。


 これは低レベル帯の内から、彼等の素性が明らかになる事を避ける為だ。プロゲーマーである事を理由に、付け狙う者が現れないとも限らない。

 だから彼等は、自分がプロゲーマーだとは公にしない。余計なトラブルを避け、安全に力を付けていく為に。

 自衛できる様になったタイミングで、ギルドを結成するか否かを決定する。目標は、全員がレベル四十到達……次の()()に取り掛かるまでに、確実に達成可能な目標となるとそれが妥当だった。

 ちなみに、シキは魔法職だ。手にしているのは、ある程度物理攻撃にも使用できる金属の杖である。


************************************************************


 そうして、しばらく準備に勤しんだ後。いよいよ、モンスターが射程圏内に入ろうとしていた。

「さて、それじゃあ()()は貰おうかな?」

 そう言うのは、銃剣を肩に担ぐ男。最高峰の生産職人にして、高度な戦闘技術を保有している謎の多い人物・ユージンだ。

 とはいえ、彼は最前衛どころか前衛より後ろに立っている。銃口を定める素振りも見せないし、そこから動く気配もない。

 何もせずに、そのまま何かを出来るのか? と、思うかもしれない。そう、彼は既に準備を整えていた。


 モンスターが、あるポイントに差し掛かった瞬間。ドカンという爆発音が、周囲に響き渡る。しかも、それが同時に三カ所。

「うん、やはり開幕はこれだね」

 それによってモンスターの群れ……その第一波は、数を四分の一は減らした。

「な、何事ですか!? モ、モンスターが居た場所で……爆発が……!?」

 戦闘が始まるタイミングで、シスター・エリザベスも祈りを切り上げてレイドパーティの所へとやって来ていたのだが……彼女は今、目の前で起きた謎現象を目の当たりにして、目を見開いていた。

「さぁ、何だろうね? もしかしたら、エル・ノエル神のご加護かもしれないな」

 そう嘯くが、実のところはユージンの所業である。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 スキル【ドローイング】

 説明:魔力を込めた【刻印】を描く、唯一無二の力。

 効果:魔法スキル毎に設定された【刻印】を杖で描く。

 描いた【刻印】は効果を発揮すると消滅する。

 【刻印】は一度だけ前方に放つ事が出来る。射程距離5m。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 年明けに起きた、【暗黒の使徒】との戦い……その中で、サブマスター・ビスマルクが食らった【クレストエンチャント】による迎撃手段。地面に【ドローイング】した刻印による、地雷攻撃である。

「今の僕には、同時に描けるのは三つまで。少し数を減らせた程度だね」

「いやいや、十分助かります。それじゃあ本格的に、戦闘開始ですね。皆、行こう!!」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 ヒイロの号令を受けた【七色の橋】の面々と、三人の協力者がそれぞれ配置につく。

 その最前線に立つのは、やはりジンだった。


「いざ、疾風の如く!!」

 地面を蹴って駆け出したジンは、モンスターの眼前まで一気に距離を詰める。そのまま跳び上がれば、取り出したのは一本の苦無。

「雷鳴の如く!! 【狐雷こらい】!!」

 地面に苦無が突き刺さると同時、地面を電撃が駆け巡る。その電撃に触れたモンスター達は、麻痺するかHPを消し飛ばされて消滅していった。


――やっぱり、第一エリアのモンスターだとこのくらいの難易度かな。


 現[ウィスタリア森林]……かつて[腐食の密林]と呼ばれていたマップで挑戦した、エクストラクエスト。あの時のイメージが、未だ脳裏に残っている。

 だがスタンピードとはいっても、通常クエストの範疇内。高難易度クエストと比べれば、そこまで不安要素は無いだろう。

 そんな事を考えながら、地面に着地するジン。【狐雷】の影響でヘイト値が上がり、モンスター達の半分程はジンを標的に動き出す。


 迫り来るモンスターの群れは、苦手な者ならば恐怖で動けなくなるかもしれない。しかしながら、ジンは第一回イベントで似た様な経験をしている。

「鎌鼬の如く!! 【狐風こふう一閃いっせん】!!」

 必要なのは手数か、範囲攻撃。それを可能にすべく、ジンは武技と魔技を同時に発動した。

 三日月形の真空の刃が、両手の小太刀から放たれる。それがモンスター達に触れる事で、クリティカルが発生した。


 この技の大元は、ギルバートが繰り出した【ミリオンランス・グングニル】……武装スキルと武技を同時に発動し、効果を融合させた技巧である。

 ギルバートがそれを完成形まで鍛え上げた様に、ヒイロがそれを参考に自分の技巧【幽鬼一閃】を完成させたように……ジンもまた、自分に適した技を考案していた。というよりは、ヒイロと共に研鑽を積み重ねた結果である。

 特にジンのユニークスキル【九尾の狐】の魔技でも、【狐風こふう】は刀を振るうだけで発動可能。【一閃】と掛け合わせて必殺技として昇華するには、最適な魔技であった。


 そんなジンを見て、触発されたかのように口元を緩める面々が居る。

「さてと、それじゃあ……」

「うん、行こうか!」

「あっばれるぞー!」

「ふふっ……皆さん、本当に頼もしい限りです」

 迎え討つは、ユニークスキル【百花繚乱】を保有する侍少女アイネ。鞘に納めた打刀の柄に手を添える、抜刀少女センヤ。短槍を両手に構える、陣羽織の少年武者ナタク。

 そして、もう一人。

「では、僕もこっちだね」

 両手に銃剣を携えた、【漆黒の竜】ユージン。そして細剣を構える、ユニークスキル【マジックブレード】を持つケリィ。

 この五人が、ジンが処理し切れないモンスター達を討伐する遊撃部隊である。


「左翼は僕が。一人で二人分働けるよ」

「それじゃあセンヤちゃん、私達は右側を!!」

「オッケーオッケー、やっちゃうぞー!」

「了解です。それでは、私達が中央を担当ですね?」

「あぁ……さぁ、迎撃の時間だ」

 同時に駆け出した五人は、最初からフルスロットルで臨む様だ。


「来い……【ドッペルゲンガー】!!」

 ナタクは【ドッペルゲンガー】を発動し、かつてのアバターであるマキナの姿をした分身を召喚する。

 短槍によるヒット・アンド・アウェイを、二人で繰り出していく。レベリングの最中である彼だが、その技巧は最前線クラスと称して差し支えないレベル。第一エリアのモンスターでは、その動きを止めるには至らない。


「ここは通しませんよ?」

 ケリィも剣を一撫でし、魔法剣状態の細剣を手にしている。赤い光は、炎属性を纏っているからだろう。

 剣を振るうその姿も優雅であり、軽やかに舞うような動きは洗練されている。彼女の細剣が通った後には、そのHPを散らされたモンスター達が量産されていく。


 アイネは見た目的には変化は無いが、彼女の特性はユニークスキルによる武技の強化……本領は、攻撃の瞬間だ。

「はあぁっ!!」

 乱戦に備えて武技は温存し、技後硬直を避けるべき……という常識は、アイネには通用しない。武技発動宣言を省略し、技後硬直の短い【一閃】を放つ。更に彼女のユニークスキルは、技後硬直の短縮も可能としている。


 そしてセンヤ……彼女もまた、戦闘技術を磨き上げて来た一人だ。

「【一閃】!!」

 鞘から刀を抜き放ち、そのままモンスターを斬り付ける。激しいライトエフェクトが発生しモンスターが倒れるが、センヤはそれを見届ける事無く次の敵に向けて踏み込む。その時には既に刀を鞘に納め直しており、また【一閃】のクールタイムも消化済みだ。

 この抜刀術戦法は、【刀剣の心得】のパッシブスキル【抜刀】……クリティカル発動確率上昇と、発動時のAGI強化という恩恵を受ける事が出来るのだ。


「うん、良い仕上がりだ。指導の甲斐があったな」

 センヤの様子を見て、そう呟いたユージン。次の瞬間、彼は黒いコートの裾を翻して銃剣を振るう。その攻撃は、ただの通常攻撃……だが、極限まで高められたDEXにより、クリティカルが発生する。

 かと思えば、ユージンはその攻撃の途中で引き金を引いていた。放たれた銃弾は、間合いの外に居たモンスターの頭を撃ち抜き倒す。

 更に蹴り技を放ったり、モンスターの突進を宙返りして避けたりと、その動きは型に嵌まったものではない。だがその全てが的確で、次々とモンスター達を討伐する姿は圧倒的であった。


……


「それでは、こちらも始めましょうか」

 他のメンバーも、ジンと遊撃部隊の快進撃を見ているだけではない。レンの呼び掛けを受けて、後衛部隊が構える。

 弓刀≪大蛇丸・改参≫を構える、【八岐大蛇】のヒメノ。FN FAL型≪アサルトライフル≫で狙いを定める、【一撃入魂】の保有者ハヤテ。番傘≪泰然自若≫を掲げながら、魔法詠唱を既に完了させているネオン。全員、やる気満々といった表情だ。

「……オーバーキルにならないように、調整して下さいね?」

 そう言うレンだが、彼女はユニークスキル【神獣・麒麟】でINTを倍強化されている。通常魔法ですら、このモンスター達にとっては過剰戦力だろう。


「では……【雷陣】。【サンダーボール】!!」

 レンが放ったのは、雷系の初級魔法である。しかし放ったのが彼女であるというだけで、事情が大きく変わってくる。

 モンスター達の群れに到達し、その中の一体に命中した【サンダーボール】は【雷陣】の効果で広範囲に弾ける。すると、その場にいたモンスター達が一斉に倒れた。魔法が命中して弾けた際に発生した、小さな雷撃だけでHPが消し飛ばされたのだ。


「やっ……ふっ……えいっ!」

 弓刀を横に構えて、次々と矢を射るヒメノ。銃程の連射力ではないのだが、それでも弓使いの繰り出す攻撃としてはかなりの速さである。しかも、驚異的なのは速さだけではない。

 放たれた矢は通常攻撃だが、ヒメノのSTRを考えれば一本の矢でも致死攻撃。更にユージン直伝の速射法と、【クイックドロー】がそれを補強する。モンスターからしたら、即死攻撃が連続で飛んで来る様なものであった。


「そこっ!! 【バーニングカノン】!!」

 詠唱完了状態で、機を伺っていたネオン。モンスターが自分から見て直線になるタイミングで、魔法を発動させる。

 彼女の装備である番傘≪泰然自若≫には、武装スキル【チャージング】を搭載している。発動まで待機していればした分だけ、魔法攻撃の威力が上がるのだ。

 ユニークスキルもウルトラレアスキルも無いネオンだが、仲間と共に戦えば強力な攻撃を放てる。それが、彼女の強みの一つなのだ。


「魔力抜きでも、結構いけるッスね」

 そう言って≪アサルトライフル≫から空のマガジンを抜き取り、新しいマガジンを装填するハヤテ。

 彼のユニークスキル【一撃入魂】はMPを攻撃に込めて、強力な一撃を放つというものだ。しかし現状、【魔力充填】の必要は無さそうであった。

 最も、ハヤテの強みはそれだけではない。正確な射撃技術と、的確な状況判断力……それをフル活用して、彼は仲間達が動きやすい様に援護射撃を続けていた。


 そんな後衛を守護するのは、三人の盾役。

「シオンさん、中央の守りをお願いします。両脇は、俺とヒビキが」

「かしこまりました、ヒイロ様。最善を尽くします」

「はいっ! 僕も、頑張ります!」

 AWO最硬クラスの盾職である、シオンは防衛の要。また、【千変万化】で攻撃と防御を両立できるヒイロ……そして籠手≪護国崩城≫で近接打撃攻撃と、防御を両立できるヒビキが防衛線を担当する。


 モンスターが抜けて来る事は、まず無い。最速忍者と、技巧者揃いの遊撃役。そして高火力の遠距離攻撃が、モンスター達を次々と駆逐していくのだ。

 しかしモンスターが放った攻撃が、後衛の方に飛んで来る事もある。そういう点を考慮すると、やはり盾役は必要不可欠であった。

「ヒビキ、そっちに行った!」

「はいっ!! 【エレメンタルガード】!!」

 両手の籠手を胸の前で揃える様に構え、飛んで来た流れ弾を防御するヒビキ。彼の籠手≪護国崩城≫は打撃武器であると同時に、盾の役割も備えている。飛んで来た炎の球体を、【エレメンタルガード】で防いでみせた。


 その反対側、三体のキラービーが同時に毒針を射出した。その先には、矢を放った直後のヒメノが居る。

「させるか!! 【クイックステップ】!!」

 毒針とヒメノの間に飛び込んだヒイロは、両手の≪妖刀・羅刹≫を前方に突き出す。それと同時に打刀だった妖刀が、大盾に姿を変えた。更にヒイロは、身に纏った≪妖鎧・阿修羅≫をも大盾に変えてみせた。

 両手が塞がっているヒイロでは、三本目の毒針には対応できない……そう思われたが、≪妖鎧・阿修羅≫の大盾は三本目の毒針の射線に移動した。

 三枚目の大盾を握る、腕。それは、【幽鬼】の腕であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 武装スキル【霊腕れいわん

 効果:鬼神の右腕を召喚する。この腕は使用者の意思通りに動かすことが出来る。鬼神の右腕のステータスは、使用者のステータスに準拠する。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 これは≪鬼神の腕≫を三度みたび強化した事で得られた、ヒイロの新たな力。鬼神の霊体そのものを召喚するのではなく、その腕だけを召喚するスキルである。

 青白い炎の如く揺らめく霊体の腕は、ヒイロの意思に従って大盾を掴み毒針を防いでみせた。

 ちなみにこの効果は、ヒメノが保有するスキル【ゴーストハンド】と酷似している。【ゴーストハンド】が両手であるのに対し、【霊腕】が右腕だけという点が異なっているだけだ。

 兄妹で同じ力を持つ様になったのは、何の縁だろうか。


 そんなヒビキとヒイロの間に立つのは、ユニークスキル【酒呑童子】を持つシオンだ。彼女は【展鬼てんき】を発動し、迫る攻撃を尽く防いでいる。

 その場を動く事は無く、攻撃が迫れば【展鬼】を発動するだけ。それで全ての攻撃を防ぎ、後衛を守護している。

 だからといって、彼女は慢心している訳では無い。万が一に備えて、意識を集中している。それは当然、何か不測の事態があれば、即座に動きレンと仲間達を守護する為だ。

 その在り方は正しく、動かざること山の如しというべきだろう。


……


「うぅ……えいっ……!!」

 モンスターの大群におどおどした様子ながらも、バスケットボール程の大きさの球体を投げるのは鍛冶職人であるカノンだ。彼女は鍛冶の為にSTRがそこそこあり、重量物を投げるくらいお手の物なのだ。

 そんな彼女が投げた球体……これは、ただ鎖が付いた鉄球だ。ただし、めちゃくちゃ重い。それがモンスターに命中すると、小柄なモンスターは重量で押し潰される。飛んでいる虫系モンスターは、その衝撃で地面に落ちる。

「よい……しょ……っ!!」

 更にカノンは鉄球が命中したら、鎖を勢い良く引っ張って自分の方へと引き戻す。その際にも、モンスターにぶつかれば大ダメージだ。隙は大きいが、防衛ラインが充実している現在の状態では実に効果的であった。


 そんなカノンの反対側に居るのは、調合をメインとする生産職人のミモリだった。袖口に手を入れた彼女は、そこに隠されているホルダーから棒手裏剣を三本抜き取る。

「そこっ!!」

 構えもせず、狙いも定めずに棒手裏剣を投擲するミモリ。その三本がそれぞれ、空から攻撃しようとしていた鳥系モンスターに突き刺さる。すると棒手裏剣に塗られていた≪パラライズポーション≫が効果を発揮し、鳥系モンスターが地面に墜落。その衝撃でHPを失い、消滅していった。

「よしっ! それじゃあ……【オートローダー】」


―――――――――――――――――――――――――――――――

スキル【オートローダー】

 効果:ストレージから携行装備へ、一秒に一つずつ消費アイテムを収納する。消費アイテム一つあたりMP5を消費。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 本来これは、弓使いプレイヤーが使用する事を想定したスーパーレアスキルだ。MPを消費する代わりに、収納鞄から矢筒へ自動的に矢を補充する。

 ミモリはこれを使って、自分の装束の下に仕込んだホルスターに棒手裏剣を補充する戦術を考えた。残りが半分になった所で、このスキルを発動すればそう簡単にアイテム切れは起こさない。

「まだまだっ!!」

 投擲センスにおいて言えば、彼女はAWO随一のセンスを発揮する。それを自らの強みと自覚し、れっきとした戦術にまで昇華したミモリ。過去の劣等感は払拭されており、既に彼女は重要な戦力となっていた。


************************************************************


 そんな乱戦の中で、イカヅチは盾職から少し下がった場所……後衛メンバーの前で、大太刀を手に構えていた。だが、しかし。

「……出番がねぇ」

 モンスターは盾職が迎え討つどころか、遊撃部隊を抜ける事も出来ずにいるのだ。

 乱戦の中から、モンスターが抜けて来るか? と思った所で、大体サクッと討ち取られる。誰か特定のメンバーがそれを行うのではなく、それぞれが仲間の動きを見ながら判断してフォローするのだ。


――ヤベェな、皆……。


 イカヅチが心の中で、とんでもないプレイヤーが揃ったギルドに入ってしまった……と思っても、仕方あるまい。


 ジンは速いと聞いていたし、一度その力の片鱗も目の当たりにした。しかし本気の速さはイカヅチの想像を絶しており、その動きを目で追い切れない。

 彼が速く走る事に全力を注いでいるのは知っていたが、ここまでとは思ってもいなかった。


 アイネの薙刀捌きは型を基本形とした綺麗な動きで、こんな乱戦の中にあって尚美しい剣舞の様だ。

 恋人であるハヤテと会話している際の、乙女な大和撫子といった雰囲気が嘘の様である。


 センヤの抜刀術は、最初に見た時には「漫画の真似事かな?」と思ってしまった。しかし蓋を開けてみれば、それが効果的で立派な戦術だったのだと解る。

 物怖じせずに振る舞う天真爛漫な笑顔も、好戦的な笑みに変わっていた。


 ナタクは【ドッペルゲンガー】を駆使し、本人の宣言通り一人で二人分……いや、二人分以上の活躍を見せる。

 普段は穏やかで少し気弱そうな表情の彼だが、戦いの中にあっては凛々しく頼もしさを感じさせる。


 レンの魔法は、その威力も効果も絶大だ。彼女が魔法を放つ度に、モンスターが一気にその数を減らしていく。

 しかも彼女は、戦闘中でも優雅な立ち振る舞いを崩さない。冷静沈着という言葉が、実に良く似合っていた。


 ヒメノの攻撃はただ矢を射るという、シンプルなものだが……その速さと動きからは、力強さと躍動感を感じさせる。

 ジンの傍らでニコニコと笑っている印象が強い彼女に、こんな攻撃的な一面があるとは思ってもみなかった。


 それはネオンも同様で、お淑やかで優しそうな印象の少女だと思っていた。戦いとは、無縁そうだと感じていたのだ。

 だが実際は、彼女も強力な魔法を使えるプレイヤーだ。チャージに時間を要するものの、それを差し引いても優秀な魔法職だ。


 ハヤテに関しては、流石という他無い。気負った様子も無く、次々と銃でモンスター達を撃ち抜いていく。

 FPSのVRゲームで入賞した事があると聞いたが、この狙撃技術を見れば納得がいくものだった。


 ヒビキは少女と見紛う可愛らしい外見からは、想像もできないくらいに勇ましかった。

 今は籠手を盾として防御に徹しているが、あの大きな籠手で殴打するところを想像して……そういう戦い方も、格好良いかもしれないなどと思ってしまう。


 ヒイロの武装変化には驚いたが……それ以上に驚いたのは霊体の腕だ。

 男性アイドルでも通用する外見と、変幻自在の戦術が相俟って、これが自分達のリーダーの戦いかと感心してしまう。


 その中でも、驚異的なのはシオンだろう。広範囲をカバーする防御は、鉄壁どころか要塞という表現がピッタリだ。

 仕事が優秀そうなクール美女メイドという印象が、更に補強される様に感じられる。


 意外だったのは、人見知りで弱気そうなカノンが戦っている事だった。実際、今でもそんな印象は残っている。

 しかし、その戦術は……彼女の印象に似合わず、豪快でパワフルなものである。しかも、実際に強いのだから。


 そして、ミモリ。イカヅチにとっては頭の上がらない存在で、初恋の相手である。

 その投擲技術は何となく、納得する。彼女は運動神経は高くないが、何故か玉入れやダーツが上手かったのだ。

 それ以上に衝撃的だったのは、彼女の様子である。彼女は今、とても生き生きとしていた。それはイカヅチにとって、初めて見る姿でもあった。


 そんな仲間達と共に、八面六臂の活躍を見せるユージンとケリィ。その戦い振りは堂に入っており、そこに二人がいるだけで敗北は有り得ないと思えて来る。

 ユージンのアクロバティックな動きと、ケリィの舞う様な動きは不思議と噛み合っている。二人で連携して戦う姿は、まるでダンスを踊っているのでは? などと錯覚してしまうくらい、完成されていた。


 そこでイカヅチは、もう一人の外部の人間……シキはどうしているのだろうかと思い、視線を向けた。

 彼は杖を構え、呪文を詠唱し、味方に向けて魔法を発動している。回復や支援魔法を駆使して、仲間をサポートしているのだろう。


 これでは、自分だけ何もできていない。そう感じたイカヅチは、グッと奥歯を噛み締めて……。

「ハヤテ!! 俺も前に出たら駄目か!?」

 そのまま駆け出して戦場に向かいたいという内心を押し止めて、ハヤテに呼び掛けた。


 彼に厳しい口調で指示を出されるのは、イラつく事もあるが仕方のない事だと思っている。ハヤテはゲームに精通し、その判断能力も実に高い。言い合いになる事も少なくないが、何だかんだで口にしているアドバイスは適格だ。

 だからこそ、判断を仰ぐ。無断で突撃して、仲間達に迷惑を掛ける事だけはしたくない。


 そんなイカヅチの様子を見て、銃を構えながら彼の横まで歩み出るハヤテ。

「駄目って言ったら、どーするんッスか?」

「チッ……そん時はここで大人しく、出番待ちするしかねーだろ」

 舌打ちをして、ハヤテを睨むイカヅチ。態度は悪いが、言っている事は「指示には従う」という意思表示だ。


「ふ~~~~~ん? イカヅチにしては、殊勝な心掛けでよろしい!」

「どこから目線だ、テメェ……」

「んじゃあ、折角だから………………あっ」

 何かに気付いたハヤテは、イカヅチに視線を向け……そして、首を横に振った。

「うん、ダメッスね」

 何だかんだ、条件を付けて許可を出すだろう……そう高を括っていたイカヅチだが、その予想は外れた。


「……何でだよ」

 不満をぶちまけたいのを必死に堪えて、理由を説明しろと睨む。が、ハヤテはバツが悪そうな表情をしていた。

「もう終わりっぽいッスから」

 そう言った瞬間……こいつ、ボスじゃね? と誰もが思うだろう、ゴーレムらしきモンスターにヒメノの矢が刺さった。で、ゴーレムの頭部が砕け散った。


『突発クエスト【エル・ノエル教会の守護】をクリアしました』


 いざ、自分も戦おう……そう思っていた矢先に、クエストが終わってしまった。イカヅチは肩を震わせ……そして、ハヤテに食って掛かる。

「……そりゃねぇだろ!? 俺、突っ立ってただけだぞ!?」

 それはそう。流石にこれはあんまりだったなと、ハヤテも言い返すことなく申し訳なさそうだ。

「あー……ごめん。ここまで完璧に封殺出来るとは、全然思ってなかったッス」

「クソッ……俺の馬鹿野郎……!! もっと、もっと早く言い出していれば……ッ!!」

 ここでハヤテに「お前のせいだ!」なんて言わないあたり、イカヅチも善良な性格の人間だ。二人のやり取りを見る仲間達は、そう思った。

「……正直、マジで済まんかった」

次回投稿予定日:2024/1/20(本編)


今回イカヅチは可哀そうな事態になってしまいましたが、悪意はありません←

ヒイロの新要素がデビル〇リンガーじゃんと言われるかもしれませんが、他意はありますん。


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― 新着の感想 ―
[良い点] スタンピード→お掃除完了 イカヅチ様  これが 七色でございます [一言] 作者様 イカヅチ様が憤慨しておられます 次回で 頭領様と姫様から 何か 労いのお言葉を賜りたく………
[良い点] メンバーのレベル帯やクエストの性質上しゃーないとは言えイカヅチは泣いても良いw
[良い点] 完全後発組のイカズチくんにはちと酷な突発イベントとなりましたね。これは仕方ない。腐らずに次にいきましょう。まだまだ挽回出来るさ。 [一言] 作者様に他意がないなら仕方ないデスよね。では無罪…
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