17-22 幕間・始まりの町の片隅で
新たな年が幕を開けて、少しばかり日を重ねた。新年の余韻と、日常の再開が入り混じった頃合い。そんな一月十四日の夜にも、VRMMOを楽しむプレイヤーは少なくない。
それはゲームにおいて最前線を行く者以外も、同様である。
例えば……スポンサー命令という事情があったとしても、最新技術がふんだんに駆使されたゲームを楽しむ者達とか。
そんな彼等にも、あのアナウンスが届いていた。
『フィールドマップ[腐食の密林]が浄化され、フィールドマップ[ウィスタリア森林]が開放されました』
「成程、何か特別な事が起きた場合はこうしてアナウンスされるんだね」
AWOに参入したばかりのプロゲーマー集団【フロントライン】の面々も、そのアナウンスを確認していた。感心した様子の青年は、側に付き従う少年に視線を向ける。
少年……マストも彼が何を求めているのかを即座に察したらしく、一つ頷いて説明を始める。
「今回のアナウンスで聞いた事が無いのは、[ウィスタリア森林]というマップですね。[腐食の密林]については調べてあります、浄化されて開放されたという事ならば、[腐食の密林]と[ウィスタリア森林]は同じ場所でしょうね」
マストがそう言うと、テイルズとクーラが頷いて先を促す。マストが社長に視線を向ければ、彼も同じ様にそれ以外の説明を求めているのを察した。言葉が無くとも、表情や視線でそれが解る……それだけの信頼関係を、彼等は積み重ねて来たのだ。
「名前の挙がったギルドですね、勿論調べてあります。そうですね、この四つのギルドは……ハッキリ言えば、社長好みのギルドではないかと」
マストの言葉に、テイルズとクーラは意外そうな顔をしてみせる。対する社長は、「へぇ、そうなのかい?」と興味津々だ。
「ギルド【七色の橋】と、ギルド【桃園の誓い】。この二つのギルドは姉妹ギルドだそうです。片や学生中心、もう片方は社会人中心のギルドの様ですね。第一回イベントの時点で、両ギルドの主要メンバーは協力関係を構築していたそうで」
「ふぅん? で、初期メンバーは把握済み?」
「えぇ、第一回イベントがそれに該当するかと。【桃園の誓い】はケイン・イリス・ゼクス……そして【七色の橋】は、レン・シオン・ヒイロ・ヒメノ・ジンの五人です。この時点で、ケイン・レン・シオン・ヒメノ・ジンが特殊なスキルを保有していると思しき力を見せていまして、恐らくは先日ご報告したユニークスキルの類ではないかと推測しています。例えば、ジンは……九尾の狐をモチーフとしたAGI特化向けの……」
「マスト、ちょっと待って。その辺りを話し始めたら、朝まで語り尽くす勢いじゃない……いつも通り、報告書で共有をお願い出来るかしら」
クーラがそう言うと、マストは残念そうに「解りました……」と頷いた。そんな少年らしい様子に、クーラだけではなく社長やテイルズも苦笑する。
「急ぎの用件が無い場合なら、付き合っても良いんだけどね。マストが語るのが好きなのは、重々承知しているし」
「今回はちょい状況が特殊だもんなぁ。お前を蔑ろにしてるわけじゃないんだから、ヘソを曲げないでくれって」
「別に、ヘソなんて曲げてません」
少し拗ねた様子ながら、三人の言い分も最もだという自覚があるのだろう。マストは頭の中で、今共有すべき事項をピックアップしてそれを言葉にする事にした。
「抑えるべきポイントだけ言うなら、【七色の橋】の動向に注意すべきですね。彼等はゲーム内での知名度もありますし、そういう意味でも注目株ですが……それだけでは、語り尽くせない魅力的なプレイヤーが多いギルドです」
「君がそこまで言うとは……俄然、興味が湧くね。で、どういう所が魅力なのかな?」
「社長、それは報告書をお待ち下さい」
語りを中断されたのが不満だったのか、マストはツンと澄ました顔でそう告げた。
「あはは、拗ねちゃったね」
「別に、拗ねてはいません」
そう言いつつ、マストはツンとした表情を崩さない。しかしながら、社長達にとってその態度は問題ではない。
「じゃあ、質問を変えるか。一番重視するのは、どのギルド……いや、どのプレイヤーかな?」
そう言われて、マストは少しの間思案顔をして……そして、彼の考えるプレイヤーの名前を口にする。
「僕が考える限り、最も重視すべきは……【七色の橋】の、ジンです」
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一方、その頃。始まりの町[バース]でアナウンスを聞いていた少年は、近くに居たプレイヤーに何があったのかを教えて貰っていた。
「へぇ……じゃあ、その【七色の橋】とか【桃園の誓い】、【魔弾の射手】ってギルドは有名どころなんすか」
「あぁ、その通りだよ」
「まぁ一緒にアナウンスされた【忍者ふぁんくらぶ】も、有名と言えば有名だけどね……」
今日からゲームを始めた少年は、初心者のあれやこれをネットで検索しながら冒険の準備に奔走していた。少しばかり戦闘も行い、レベルは5に到達している。
そんな折に、ゲーム内にログインしているプレイヤー全員に向けたアナウンス。それを聞いた彼は何事かと思い、近くに居たプレイヤー達に声を掛けてみたのだ。すると相手は、初心者である彼を軽視する事無く説明してくれた。それはそれは、懇切丁寧に。
「変わった名前みたいっすけど……どういうギルドなんすか?」
「このAWOには、忍者ムーブをする少年が居るんだ。【忍者ふぁんくらぶ】は、そんな忍者のファンが集まったギルドなのさ」
「そういうのを、ファンギルドって私達は呼んでいるのよ」
聞けば現役アイドルのファンギルドがあるだとか、有名なプレイヤーには男女問わずにファンギルドが結成されるとか、そんな話が聞く事が出来た。
そうして会話していると、彼等は話に花を咲かせていく。そうしてフレンド登録までして、少年が今日からAWOを始めた理由についての話になった。
「そうか、妹さんやイトコがこのゲームをプレイしていたんだね」
「仲が良いのねぇ。でも、妹さんには始める事を教えなかったの?」
「あー、直接ゲーム(こっち)で会って、ビックリさせたかったんですけどね。あと、セッティングが終わった時には妹はもう、ログインしていたみたいで」
勿論、部屋の中に入って確認した訳では無い。扉の所に『ただいまゲーム中』というプレートが掛けられていて、ノックしても返事が無かったのだ。
「成程ね。その子達の名前は解るのかな? もし知っているプレイヤーなら、声を掛けられるかもしれない」
「良いんですか? 申し訳ないっすけど、正直助かります」
そんな親切な青年に、少年は申し訳ないと思いつつ感謝の言葉を口にした。そして妹やイトコの名前を……と思って、アバターネームでなければ通じないと思い出した。
「あー、アバターネームってのじゃないと、ダメっすよね」
「あぁ、成程。そうだね、アバターネームじゃないといけない」
そう返されて、少年は記憶を掘り起こし……
「妹は、イナズマって呼ばれてて……イトコは妹から、頭領様とか呼ばれてたんすよ。あと、こんy……カノジョは、姫様って呼んでましたね」
少年がそう言うと、男女は思わず声を荒げてしまった。
「「心当たりしかない!?」」
「えぇっ!?」
だろうさ。そりゃそうだろうよ。
そう、お察し通りこの少年は、寺野数満だ。イナズマの義兄にしてジンのイトコで、今日から【イカヅチ】という名でAWOをプレイし始めた少年である。
「……あ、あの、知ってるんですか? ヒューズさん、アリアスさん」
しかもイカヅチと会話を楽しんでいたのは、ギルド【白狼の集い】ギルドマスター・ヒューズ。そしてヒューズともっと親密になろうと奮起し、行動を共にしているアリアスであった。
「あー、色々とあって説明しずらい経緯なんだが……うん、よく知っている。ジン君やヒメノちゃん、その仲間達にも良くして貰っているよ」
ジンとヒメノの名を聞いて、イカヅチは目を丸くした。
――本名でプレイしているのかよ!? 不用心だな……。
ちがう、そうじゃない。いや、それはそうだけど。ちなみにそれは、レン様にも刺さる。
「フレンドだし、ついこの前ゲーム内で一緒にクリスマスパーティーをした仲よ。あ、イナズマちゃんもね」
「しかし、そうか……イナズマさんの、お兄さんだったとはなぁ」
「今は……うん、皆ログアウト済みみたい。まぁ、時間も時間だもんね……ヒューズさん、どうですか?」
アリアスの言いたい事は、ヒューズにも解る。話した限り、イカヅチはジン達と良好な仲なのだろうと察する事が出来た。
それに【七色の橋】には、大きな借りがある。これで返せるとは思っていないが、少しずつでも返していきたいのが実情だ。
「あぁ。もし良かったら、明日取り次いでみようか?」
「お、お願いします!」
こうして彼等は、翌日にまた会う約束を取り付けるのであった。
次回投稿予定日:2023/12/10(本編)




