17-21 【竜の牙】が訪ねて来ました
エクストラクエストを達成した後、[ウィスタリア森林]内に得た所有地を確認するクラン【十人十色】。学生組と数名の大人達がログアウトした後、様々な集団が[ウィスタリア森林]にやって来た。
その多くは、森の中に残っているであろう宝箱を狙ってのことだが……逆に、クラン【十人十色】に用があって訪れた者達も少なくはない。その最たるものが、大規模・中規模ギルドの筆頭だ。
そんな彼等の用件となれば、やはりつい数十分前にアナウンスされたマップ浄化の件だろう。しかし、それよりも先にすべき事がある……アークはそう考え、隣に立つ男を紹介した。
「知っているとは思うが、彼は【絶対無敵騎士団】のマスター・フデドラゴンだ。端的に言うならば、我々とクランを結成予定の、新たな仲間……だな」
若干のぎこちなさを感じさせるも、新たな仲間としてフデドラゴンを紹介するアーク。そんなアークにちょっと驚きつつ、フデドラゴンは丁寧な挨拶をして会釈する。
「まさか、アーク直々に紹介して貰えるとは。初めましての方もいらっしゃいますね、フデドラゴンと申します」
アークとは異なり、フデドラゴンは柔和な表情で挨拶をする。そのおかげか、場の雰囲気はそう悪くないものである。
「あら~、そういう事なら私達も良いかしら~?」
アークとフデドラゴンに便乗する様に、シンラがそう言いながら軽く手を上げる。他ギルドの面々は「問題無いよ」とばかりに柔らかな表情で頷いたので、シンラは隣に立つ二人の女性に視線を向ける。
「こちらが、私達【森羅万象】の同盟相手なの~。【陽だまりの庭園】のギルドマスター【ナコト】さんに、【朧月夜】のギルドマスター【ノミコ】さんよ~。二人は双子の姉妹なんだそうなの~」
銀色の髪を肩まで伸ばした魔法職らしき美女と、金髪ロングヘアの剣士らしき美女が笑顔で一礼する。
「初めまして、ナコトです。皆さんにお会いできて光栄です」
「【朧月夜】のノミコです。何だか緊張してしまいますね」
彼女達は、シンラが紹介した通り双子の姉妹である。ちなみにナコトの方が姉で、姉妹関係も良好だ。そして彼女達はDKC時代から、別々のギルドを率いつつ協力関係にあった。
それに加え二つのギルドは、DKCで何度か【森羅万象】と共闘した事があった。どちらもPAC含め四十人ちょっとのギルドではあるものの、先日の第四回イベントでは【陽だまりの庭園】が二十四位、【朧月夜】が二十七位とあと一歩の所だったそうだ。
クランシステム実装の情報が出たその日の内に、彼女達は現実でクラン結成について相談。その上で、【森羅万象】のギルドマスターであるシンラに連絡を取った。互いによく知る相手という事もあり、特に話が拗れる事も無くクラン結成が内定したのだそうだ。
「それじゃあ我々も……【初心者救済協会】のユウシャあああ。そして【おでん傭兵団】のオーディンだ」
カイセンイクラドンの紹介を受けて、イリスが思わず口を挟んでしまう。
「す、すごい名前ね……どっちも」
真っ先に名前が上がったユウシャあああが、苦笑しながら頭を掻く。
「仲間内からは、ユウシャとかあっさんとか適当に呼ばれてるよ。皆も好きに呼んでくれ……まぁ、変なあだ名は勘弁だけどね」
とっつきやすい印象のユウシャあああことユウシャorあっさんに、誰もが「そっか~」といった感想を抱く。
「オーディンも、何か言う事は? ほら、ギルド名の由来とか」
「いや、ギルド名は俺の意見却下で決まったんだぞ? 本当は神話のオーディンのつもりだったから、それ系の名前にしようと思ったのに。ったく、うちの奴等が俺の事を”おでんさん”なんて呼ぶせいで……」
ギルドマスターのアバター名をいじった結果が、【おでん傭兵団】のギルド名の由来らしい。ちなみに彼等の座右の銘は「おでんの様な多様性がウリ」なのだとか。
「ははっ、良いね。お互いに、賑やかになりそうだ」
ケインがそう言って笑うと、一歩前に出て会釈をする。
「不在のメンバーが多いが、許してくれ。学生の子達は、規則正しい生活を送っているものだから」
そんなケインの言葉に、学生の面々……フデドラゴン・ナコト・ノミコが視線を泳がせる。シンラだけは、「私とクロードは、明日は三限からだから~」と笑っている。アークはアークで、意に介した様子は無い……流石は廃ゲーマー。
「見ての通り俺達【桃園の誓い】と、【魔弾の射手】【忍者ふぁんくらぶ】……そしてここには居ない【七色の橋】で、クランを結成する事になった。フリーランスのメンバーも、何人か参加して貰える」
ケインがそう告げると、面識のある面々は「やはりな」という表情だ。しかし初対面のプレイヤー達は、予想はしていたが驚きや感心の色を浮かべている。
「さて……今回の来訪は、マップの浄化についてかな?」
話を長引かせずに、本題について切り出すケイン。その発言を受けて、場の空気が一気に変化した。穏やかな雰囲気は一変し、緊張感が漂い始める。
「……情報を開示して貰う事は、可能と捉えて良いのか?」
アークがそう問い掛けると、ケインは真剣な表情でそれに答えた。
「うん、気になる気持ちも解るよ。情報を秘匿するか、それとも開示するかはプレイヤーの判断に委ねられる。VRMMOはそういうゲームだし、それはAWOも例外じゃないからね」
それは勿論、そうだろうとも。誰もがそう思い、頷いてみせた。それを確認して、ケインは言葉を続ける。
「その上で、俺達は有用な情報は共有すべきだという考えでいる。いるんだが……申し訳ない事に、現時点では俺から言える事はあまり多くない」
そんなケインの言葉に、交流が深くない面々は「おや?」と首を傾げる。ギルドマスターである以上、彼の判断でそこは決めて良いのではないか。そう思うのも、無理はない。
そんな【絶対無敵騎士団】【陽だまりの庭園】【初心者救済協会】【おでん傭兵団】の面々に向けて、補足をするのはビィトだった。
「俺達は基本的に、民主制だからさ。全員で話し合って、結論を出す方針って事だ。まぁ【ふぁんくらぶ】以外は少数だから、それが通るってのもあるけど」
母数が多くなればなる程、そうもいかなくなってくる。それは大規模・中規模ギルドである面々には納得のいく言葉だった。
「至極最もだな。つまりどこまで情報を公開するのか、それを話し合った上で公開する……という事だな?」
「あぁ……公式掲示板とか、その辺りに情報公開が妥当かな。そうすれば、平等に情報を確認出来るだろう?」
「あ~、勿論何でもかんでもじゃないぜ? 言えない事があるのは事実だ、個人の情報についてとかな。しかしそれ以外に関しては、公平に公開する方針だ」
これについては、事前にクラン内部でも話し合っている。なのでケインもビィトも、その点についてはきっぱりと断言してみせた。
「成程、それならば納得出来る」
「それなら確かにフェアだわ~、流石ねぇ~」
「うん、それなら異論は無いよ」
クリスマスパーティーで交流した結果か、トップギルドのマスター同士の話し合いはつつがなく着地点に向かっていく。ビィトはマスターではないが、ギルド内では年長者だ。その為、ギルドマスターであるジェミーの代理として応対するのも問題は無い。
その様子を見ていた、新たにこの場に加わるギルドの面々は感心しきりだった。
フェアプレイ精神の【十人十色】。そしてアークもシンラも、カイセンイクラドンも情報を寄越せといった物言いはしない。それどころか、情報提供の交渉をする様子すらないのだ。
それは「彼等ならば、情報を公開するつもりだろう」という、確信があるからだ。それは彼等を認めていると同時に、信頼しているという事でもある。
だが、そんな空気に割って入る者達が居た。
「……ケイン殿、あちらを」
アヤメに声を掛けられて、ケインは視線をある方向へと向ける。そこには、竜をモチーフにした鎧で身を包んだ一団。
「あれは……確か、【竜の牙】だったか」
アーク・シンラ・カイセンイクラドンは、ギルドマスターだけで近くに訪れた。それはギルド・クランメンバー全員で押し掛けるのが、迷惑だと判断したからだ。
であるにも関わらず、【竜の牙】は全員で近付いて来ていた。
「あー、何と言うか……嫌な予感しかしないな」
「……同意致します」
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多くのプレイヤーがこぞって訪れる、[ウィスタリア森林]。そこに遅れて到着したギルド【ラピュセル】は、ケイン達がトップギルドの面々と会話しているのを見て足を止めた。
まず、最初の要因はフィオレやセシリアと同じ判断。いくらギルドマスターだけで訪問するとは言っても、多くのギルドが一度に押し掛けるのは礼を失すると考えたからだ。
そして、もう一つの要因……それは、【七色の橋】の不在である。
というのもアナスタシアとアシュリィ、ついでにテオドラが打ち解けているのは……基本的に【七色の橋】だ。女性比率高めで若年層、尚且つ男子は全員彼女持ち。言い寄られたりといった危険性が限りなく低い、そう安心できるのだ。
別にアナスタシア達は、【桃園の誓い】や【魔弾の射手】を嫌っている訳では無い。しかし、自分達は良くてもギルドメンバーは解らない。彼女達は過去に、男性プレイヤーによって大なり小なり被害を受けたのだ。
それを考えると、慎重になるのも当然であった……それが、自分単独で赴くという形であってもだ。
――せめて、ジンさんとヒメノさんが居れば行っても良かったのだけれど……。
ジンとヒメノ。このAWOにおいて、誰もが認める夫婦だ。この二人は、アナスタシアにとっても特別な存在となっている。
思い起こすのは、クリスマスパーティーの数日後。アナスタシアとアシュリィが二人と対話した時も、二人は穏やかで丁寧だった。ちなみにヒビキとセンヤ、ナタクとネオンが交際しているのを知ったのも、その時の事である。
勿論その時の話題は、ジンの事だ。その会話自体は、終始和やかな雰囲気で進んだ。その結果、ジンからの返答……「自分達の大学で、陸上競技のコーチになるのはどうか」という勧誘に関しては、「真剣に考えてみる」という答えだった。
それはとにかく、その時のジンとヒメノ……二人は、アナスタシアにとって理想的な関係に見えた。もしも自分が大切な存在を得られるとしたならば、あの二人の様な関係になりたいとすら考えている。それ程までに極振り夫婦は、眩しく心温かくなる存在だった。
そんな事を考えていると、彼女達の目にあるギルドの姿が映った。
「アナ、あれ……」
アリッサが声を掛ければ、アナスタシアも普段より低めの声色でそのギルドの名を口にした。
「……【竜の牙】」
かつてプレイしていた、LQO……そこで、因縁が生まれたギルド。彼女達にとっては、関わり合いになりたくないギルドの筆頭といって良いだろう。
「……日を改めましょう。今日は【七色の橋】もログアウトしたようですし、トップギルドとの話も長そうです」
アナスタシアがそう言えば、アシュリィとアリッサも同意を示す。
「そうね、時間もてっぺん近い訳だし良いんじゃない?」
「賛成。[ウィスタリア森林]も一目見れたしね」
トップスリーの言葉に、ギルドメンバーの数名があからさまに安堵の表情を浮かべた。彼女達が、かつて【竜の牙】にちょっかいを出されたプレイヤーだろう。
彼女達にとって不運だったのは、踵を返すその姿を問題のギルドが目に留めた事。
「あいつら……確か、LQOで……。へぇ、あいつらもAWOに移籍してやがったか」
小声でそう口にしたのは、かつてLQOで彼女達にしつこく言い寄った男だ。
「どうかしたか、【ソウリュウ】」
「いえ、何でもないっすよバッハさん」
……
四十五名のプレイヤーと、十五名のPAC。それが【竜の牙】の、現在の総数だ。それが揃って近付くのだから、周囲のプレイヤー達の視線が集まるのも当然だった。
注目を集めているのを自覚しつつも、リンドはそのまま仲間達を引き連れて進む。
そうしてケイン達の近くまで到達した所で、アークが声を上げた。
「別の来客の様だ、我々はここで失礼するとしよう」
そう言ってフデドラゴンに視線を向けると、彼もアークの意図を察した。
「そうだね。いつまでも話し込んでいたら、迷惑だろうし。皆さん、今日はこうして話が出来て嬉しかった。続きは、またの機会に」
そんなアーク達の動きを見て、他の面々もそれに合わせる様に口を開いた。
「あら~、それなら私達もお暇しましょうか~」
「そうね、もういい時間だし」
「あ、本当ね。長々とお邪魔しちゃってごめんなさい、疲れていたでしょうに」
「確かに、それもそうか。明日は平日だしな」
「うわぁ、現実に引き戻すのやめてくれ……明日は会議なんだよ」
「それなら尚更、もう落ちた方が良いんじゃないか……?」
そう言いながら、撤退の姿勢を見せるトップギルドの面々。それを見たリンドは彼等を引き留めたいと内心で思うものの、それを控える。
――既に日付が変わりそうな時間帯だ、引き留めるのは彼等の心証を害する可能性が高いか。
最後に簡単な挨拶を残して、立ち去っていくトップギルドのマスター達。その場に残ったのは【十人十色】の面々と、【竜の牙】の一団だけだ。
「さて、それで……ご用件は?」
そう言ってケインは、丁寧な態度でリンド達に問い掛ける。先程まで会話していたギルドマスター達に対するものよりも、それはそれは丁寧な応対である。
理由は当然、仲良く談笑する様な間柄ではないという考えからである。ろくに交流も無い相手が押し掛けて来たのだから、無理もないだろう。
勿論フデドラゴンや双子姉妹、ユウシャ氏やおでんさんも交流の無かった相手だ。しかし彼等はアーク・シンラ・カイセンイクラドンという、クリスマスパーティーで交流した者達から紹介された面々だ。
今後も何かしらの交流をする可能性があるし、紹介元の人間性はある程度以上に認めている。そういった相手ならば、ケイン達も談笑に応じる姿勢を取る。
しかし【竜の牙】は交流が無い上、彼等と違って集団で押し掛けて来た。少なくともケイン達から見たらそう受け取っても不思議では無いし、事実その通りでしかない。
そんな相手と、長々談笑する気は無い。だからこそ、ケインも早々に本題を切り出せと促したのだ。今後の関係がどうなるか不透明である為、失礼にあたらない最低限の礼儀で応じる事も忘れない。こういった点は、流石は社会人というべきだろう。
そんなケインの言外の催促に、リンドは警戒されていると薄っすら感じつつ応える。
「あぁ、突然の来訪で済まない。知っているとは思うが、我々は【竜の牙】。そして俺が、ギルドマスターを務めるリンドだ」
わざわざ「知っていると思うが」と口にするリンドに、ケインは内心で彼がどんな考えでいるのかを察した。
――中々に、自尊心が高そうだ。自分達は、俺達の風下に立つ存在じゃないと思ってるんだろう。
しかし、ここで早々に見切りを付けるケインではない。
【竜の牙】は後発組でありながら、第四回イベントで二十位にランクインしているのだ。サービス開始時点でプレイし始めたプレイヤー達を抑えてのランクインなのだから、相応の実力はあるのだろう。
彼等がLQOで名の知れた存在である事も、当然ながら知っている。LQOがサービス終了を迎えた事で、AWOに流れて来たというプレイヤーは少なくない。【竜の牙】も、そういった存在だという事は把握しているのである。
なにせ自分達には、情報に秀でたメンバー……例えば”七色の名無し”とその親友とか、”OLコスプレイヤー腐女子”とか、すぐ隣で腕を組んでいる”クソリプおじさん”が居るのだ。更に言えば、情報収集に秀でた”ガチ忍者集団”もいるし、この人知らない事の方が少ないんじゃね? というレベルで情報通な”生産大好きおじさん”もいる。
「これはどうも。【桃園の誓い】のギルドマスターを務める、ケインです」
「あぁ、君達の活躍は常々聞いている。第四回でも、そのチームワークに圧倒されてしまったな……うん、実に素晴らしいギルドだ」
表情を緩めてそう言うリンドだが、その内心はある点について相当気になっている。
――あの女性……ヴィヴィアンさんは、誰かと既に交際して居たりしないだろうな……?
そんな本音は押し殺しつつ、リンドは厳めしい顔を可能な限り柔和な印象を与える様に心掛けつつ言葉を続けた。
「それに、そちらは【魔弾の射手】のビィトさんだったか」
「あれ? いやぁ、覚えててくれたんですか~。あぁいや、ウチは目立つのって綺麗どころばっかだと思ってたから」
「謙遜は不要だ。君の技量の高さは映像でしか見られなかったが、目を奪われたよ」
「またまたぁ」
カラカラと笑うビィトは、ケインよりも親しみやすい印象だった。しかし、これは演技である。
ちなみに彼の言葉通り【魔弾の射手】の男性陣は、女性陣ほどには目立たない立ち回りが多い。
ビィトとクラウドは社会人で、基本的には若いメンバーの付き添いのスタンスを保っている。
ディーゴはあまり自分の意向を前面に出すタイプではなく、女性陣の意向に沿って動く傾向が強い。自分の外見が、他人に威圧感を与えるのを自覚しているのも一因だろう。
そしてトーマは、最近参入したばかりの新人プレイヤー。教えを乞う事が多いので、基本的な方針決定は女性陣にお任せ状態なのも無理はないだろう。
ちなみに某ボスと某執事さんがここに加わったとしても、彼女達プラス某お姉様の意向を優先するのは確定事項。なので、体制方針に変化が無い。
ビィトが努めて明るく接しているのは、ケインの応対が事務的なものだからだ。ケインが意図的に低めの温度であるならば、バランスを取る為に自分はやや高めの温度でいくべきと判断したのである。
相手が「もっと踏み込めるのではないか」と錯覚し、ボロを出す為の誘い水だ。もし何かしら強引に話を押し進めようとするならば、自分はギルドマスターでもサブマスターでもないという免罪符がある。それらも勘定に入れた上で、彼はこの立ち位置で行こうと判断していた。実に、油断ならない男である。
「それで、ここに来た用件だったな。あまり時間を取らせるのも心苦しいし、単刀直入に言わせて貰おうか」
ケインとビィトとの会話で、リンドは「まだ行ける、しかし押し過ぎるのは危険か」と感じ取った。彼とて、社会に出て働いている人間だ。相手の声色や態度・表情で、自分に向けられる感情を察するくらいは出来る。
だが、彼はここで【忍者ふぁんくらぶ】については言及しないという方針を取った。彼の中では、所詮は「ジンのファンギルド」という意識が働いたのだろう。
第四回イベントでは自分達よりも上の順位なのだが、それはプレイ日数の差と考えた。同じ条件下ならば、自分達が上だと信じているのだろう。
しかしながら、【桃園の誓い】と【魔弾の射手】……そしてまだログアウトしていないフリーランスの面々にとって、【忍者ふぁんくらぶ】は大切な仲間だ。彼等を無視するという態度によって、リンド率いる【竜の牙】への評価がまた下がった。
そんな事は露知らず、真剣な表情でリンドは一つ目の本題を切り出す。
「マップの浄化の件について、情報提供を願いたい。勿論タダでなんて言うつもりは無いから、そこは安心してくれ」
当然、その件だろうとは予想出来ていた。アナウンスを聞いて早々にやって来たのだから、それは想像に難くない。
しかしながら、返答はリンドの予想の外のものだ。
「あぁ、その件ですか。先程もその話をしたんですが、心配しなくても情報は公開するつもりです。平等にAWOプレイヤー全員が見られる様に、公式掲示板にアップロードすると思います」
情報を秘匿しない事よりも、AWOのプレイヤー全員に向けて情報公開する。そう来るとは思っていなかったリンドは、目を丸くしていた。
今回の件は、AWO全体に影響を及ぼす程の出来事と言って良いだろう。それ程の情報ならば、交渉材料としての価値は十二分にある。貴重な情報提供の代わりに、他の情報やスキルオーブ・アイテムを得る事だって可能なはずだ。少なくとも、リンドならばそうしている。
そこで、会話に口を挟む者が居た。それは【竜の牙】のサブマスターである、フレズだ。
「……その情報公開を前に、先行して情報提供をして貰う事は出来ないか? 勿論、対価は払うつもりだ」
その言葉を聞いたケインは、内心で溜息を吐く。
――後で解るというのに、先行して情報が欲しいなんて口にするとはね。他に負けたくないから、特別扱いしてくれと言っているようなものじゃないか。
対価を支払ってでも、先に情報が欲しい。それも、アーク・シンラ・カイセンイクラドンが納得したという意味合いを含んだ言葉を聞いた上での発言。
それは誰が聞いても、そういう意味に捉えるだろう。だというのに、【竜の牙】の面々は「その手があったか」みたいな顔をしている。どうやら、彼等の考えはフレズと同様らしい。
であるならば、返答は一つしかない。ケインは意図的に厳しい視線と口調で、言い放つ。
「どんな対価を出されても、その申し出は受けられない」
丁寧な口調を止めて、きっぱりとそう言い切るケイン。毅然とした態度でそう言われては、これ以上の問答は逆効果であるという事は余程の愚か者でなければ察する事が出来るだろう。
「……そうか、解った」
案の定、その様子を見たフレズはケインから情報を得る事は出来ないだろうと判断した。
そこで彼は、ビィトに視線を移す。先程までのビィトの態度ならば、交渉の余地ありと考えてもおかしくはなかった。意図的にそう見せているとは思いもしないで。
思考誘導されたままに、フレズは矛先を変えるかと思案し……それが悪手だと判断し、控えた。
――ケインが駄目だから、目の前でビィトに……なんてやれば、品性を疑われるな。後で、ケインが居ない状況であれば……。
既に品性を疑われつつあるのだが、そんな事は思いもよらないのだろう。フレズはビィトと内密に話をする手段について、頭をフル回転させる。
フレズが引き下がった事で、ケインはこの件はこれで終わりと言わんばかりに言葉を続ける。
「用件は以上ですか? 申し訳ないんですが、もう時間も時間なので」
「いや、もう一つ用件があるんだ。本当に悪いんだが、あともう少しだけ時間を貰えないか。そう長く時間を取らせるつもりは無い」
リンドとしては、今の内にクラン勧誘を進めておきたい。返事は急がずとも、話だけでも通しておきたいのだ。
――さっきのアナウンス……それを考えれば、既にクラン結成について話を進めているはず。残る枠は、そう多くない……。
マップ浄化達成アナウンスで、名前が上がったのは四つのギルド。そして【七色の橋】は姿が見えないが、今も一緒に行動をしているのだ。それを考えれば、彼等がクラン契約を締結する意思があるのは容易に想像できる。
クラン契約を結べるギルドは、七つまで。そして、残る椅子は三つしかない。その上、彼等はイベント上位にランクインしているギルドの集まりだ。競争率の高さは、考えるまでも無い。
そんなリンドの目的だが、当然ケイン達は薄々察している。それをどう断ろうか? と考えているまである。
しかし、そこで予想外の人物が割って入った。
「ケイン君、話だけでも聞いてあげたらどうだい」
それは、土地の活用法について計画を練っていたユージンである。彼が会話に参加すると思っていなかったので、ケイン達は驚いてしまった。
というのも、ユージンは基本的にギルド間で話し合った結論に賛成するか、アドバイスをするくらいに留めている。これは彼が年長者であり、若いメンバーを見守るというスタンス故だろう。また、本来は生産畑の立ち位置という点も理由の一つだ。
そんな彼が、こうしてわざわざ……それも彼の本職である生産面の事情を切り上げてまで、会話に参加するのだ。何事かと思うのも、仕方のない事であった。
「知っている子達も多いとは思うが、彼等は【ラストクエストオンライン】というゲームで頂点に君臨していたギルドだそうだ。そんな彼等が、わざわざギルド総出で来たとなれば用件は一つしかないはずだよ」
そう言って、ユージンは満面の笑みを浮かべて。
「君達は、宣戦布告をしに来たんだろう?」
などと断言した。
次回投稿予定日:2023/12/8(幕間)
不穏な気配を醸し出しているな……とお思いでしょう?
ユージンさんが発言しただけで、これは喜劇の幕開けだという感じにしてみました。
【竜の牙】の立ち位置が決まった瞬間ですね。




