17-19 幕間・兆候
ジン達がエクストラクエストを達成した直後、ログイン中のプレイヤーの視界にアナウンスが流れた。
『フィールドマップ[腐食の密林]が浄化され、フィールドマップ[ウィスタリア森林]が開放されました』
その内容に続いて流れるのは、それを達成した者について。そこに記載されるのは、ギルドの名前までである。第二エリアボスの封印を解いた時も、同様にギルド名までしか公開されていない。
問題は、その内容……そして、それを成し遂げた四つのギルドについてだ。
「【七色】に【桃園】、【魔弾】は解るんだが……」
「アイエエェ!? ナンデ!? 忍者ナンデ!?」
「やかましいわ! お前、それ言いたいだけだろ!」
「いや、おかしくないだろ。【忍者ふぁんくらぶ】は、忍者さんのファンギルドな訳だし」
「やっぱりあれか? この四つのギルドで、クランを結成するんかな?」
「つーか、あのエグいマップが浄化されたとか意味が解んないんだけど」
「多分だけど[腐食の密林]の本当の名前が、[ウィスタリア森林]なんかね」
「浄化された森の様子が気になるな……時間は大分遅いけど、見に行ってみないか?」
「つーか、探索しやすくなったって事だよな? 手付かずの宝箱とか、大量にあるんじゃないか!?」
町中では現在、その話題で持ち切りである。誰もが[ウィスタリア森林]に興味を示し、現地へ赴こうとしている。
……
そんなプレイヤー達の様子を見つつ、通り過ぎる集団が居た。白いフード付きのマントで姿を隠したその出で立ちは、非常に目立つものだ。しかしながら現在は、誰もがセンセーショナルな話題に集中している。そのお陰で、彼女達は注目を集める事無くその場を離れる事が出来た。
「流石が過ぎるわ~。どうする、行ってみる?」
「そうね……先の樹属性魔法解禁の直後に、マップの浄化。何かあるでしょうし、様子を見に行ってみましょうか」
「そう来なくちゃね~。それにしても新年早々、派手な事しているわね」
「本当にね。でも彼等は決して、目立ちたがっている訳では無いみたいだけど」
先頭を歩く三人の内、二人がそう言う。彼女達二人は、ジン達と交流があるプレイヤーである。三人の中で唯一交流が無い女性は、二人に向けてぼやくのだった。
「アナもアシュも、ズルくない? 私だって、彼等と仲良くしたかったわ」
彼女は【アリッサ】というアバターネームの弓使いであり、ギルド【ラピュセル】の創設者の一人である。アシュリィと同じくサブマスターを務めており、アナスタシアを支える片腕だ。
また彼女も、池逗島高校の陸上部に所属していた元選手だ。本名は【佐々木 未恵】といい、ハードル走で全国大会に出場経験があった程。その為彼女も、ジンの素性を知っている。
「そうそうたるメンツと一緒に、クリスマスパーティーとか羨ましいわね」
「本当に、偶然だったのよ」
「そうそう。それに、アリッサは現実で用があったんでしょ?」
「バイトっていう用事がね!……はぁ、私が働いている間にそんな面白い事になっていたなんて」
ラピュセルのスリートップがそんな話題に花を咲かせていると、後に続く面々も雑談を始める。
「それにしても、マップ丸ごと浄化とか……一体、どんな経緯でしょうね?」
「噂に聞く、エクストラクエストではないかしら。例の配信で、実在する事が判明しましたし」
「確かにこの規模の話になると、その可能性は高そうですね」
そんな面々の中にあって、テオドラは「確かに有り得そうだなぁ」と苦笑した。
クリスマスパーティーの際に、彼女もジン達と会話を交わした。何だかんだで、会話を交わす内にそれなりに打ち解けたのだ。
その際に彼等から、特殊なクエストの報酬を保有しているといった話が聞けた。恐らく、ユニークスキルやユニークアイテムだろうと察しは付く。今回もまた、そういったクエストに挑んだのだろう。
――が、しかし!! お姉様は渡しませんけどね!!
ジン達の人柄が好ましいのは、認めざるを得ない。しかしそれでも、アナスタシアに近付く事は許さない。相変わらず、テオドラさんはテオドラさんだった。
……
「フッ……!! 流石は世界の真理を解する者といった所か」
のっけからカッ飛ばしている青年は、何やら顔に手を当てて天を仰いでいる。別に、コンタクトレンズがズレて目が痛い訳では無い、VRだし。
「……そうですねー」
そんな色んな意味で痛々しいサブマスターを見て、目が死んでいるのは【闇夜之翼】ギルドマスターであるセシリアちゃんです。相変わらず、苦労してんなぁ。
「それにしても、実に興味深い。[腐食の密林]と言えば、世を蝕む悪意に呪われた地であったはず」
「あぁ、【ロゴス】の言う通り……まさかその呪いを浄化し、本来の姿を取り戻すとは正に偉業」
「同感ね、【マクスウェル】……流石は選ばれし者達と言わざるを得ないわ」
何だか、随分と随分なお名前の方達である。ちなみに最後に発言したのは、セシリア以外に唯一の女性だ。アバターネームは【ミラージュ】といい、セシリアはミラさんと呼んでいる。
口々に大仰な物言いで会話を続ける面々をよそに、セシリアはシステム・ウィンドウを操作してメッセージを入力していく。その宛先は、クリスマスパーティーで特に会話をしたレンである。
『ご無沙汰しております、セシリアです。たった今アナウンスで、皆様が[腐食の密林]を浄化なさったと知りました。恐らくは特別なクエスト等をクリアされた事かと存じます。もし差し支えが御座いませんでしたら、今度お話を伺えたらと思います。まずはメッセージにて、ご挨拶まで。この度は、本当におめでとうございます』
これくらいならば失礼には当たらないだろうと見返して、セシリアは送信ボタンを押す。
勿論詳細な話を聞いてみたいが、それはあくまで相手に委ねるつもりだ。ゲームの攻略情報は貴重なもので、それを公にするかしないかは個人の裁量次第となる。それで情報は明かせないと言われたとしても、セシリアは「ごもっともですね」と素直に引き下がるだろう。
とはいえヒイロやレンと会話して感じたが、彼等が秘密主義のプレイヤーとはあまり思ってはいない。ハヤテによる掲示板等での情報公開もあるし、周囲のプレイヤーに明かせる事は率先して明かしている。
その為、言っても問題ない内容であれば、彼等は渋る事なく話してくれるだろう。勿論、それに見合った対価は必要だ。
セシリアがそんな事を考えていると、シモン達が何やら盛り上がっていた。
「ならば行くしかあるまい、彼等が取り戻した聖地へ!」
あぁ、何やら暴走してるな。セシリアはそう考えつつ、巻き込まれるのだろうと諦めモードに突入した。
……
「ハッ、またやりやがったなアイツら」
くつくつと、愉快そうに笑いを噛み殺す青年。身に纏うのは黒い衣装で、周囲に居る仲間達も同様に黒い服で統一されている。なにせ、それが彼等のイメージカラーなのだ。
「御頭、どうする? [密林]……いや、もう[ウィスタリア森林]なのね。様子を見に行ってみるのも良いんじゃない?」
御頭と呼ばれた男は、そんな発言をした美女に視線を向けた。蠱惑的な衣装で身を包んだ女性は、どことなく気品を感じさせる笑みを浮かべていた。
「行ってどうすんだよ、エリザ。クエスト達成のお祝いでもしてやんのか?」
女性……エリザにそう問い掛けるのは、【漆黒の旅団】のギルドマスターであるグレイヴだ。
「それも面白そうだけどね。あそこはスリップダメージのせいで、長時間の探索には向かなかった場所でしょう? もしかしたら、良いモノがあるかもしれないわよ」
「宝箱か? まぁ探索が悪いとは言わねェが」
「あとは、それを狙って押し寄せるプレイヤーとかね。こういう時に我先に行動を起こすのは、お行儀の良いプレイヤーよりも……」
そこまで言えばグレイヴにも、エリザの意図が解った。
「お行儀の悪い奴等……つまり、遠慮無く喰い殺していいゴミクズ共か」
二人の会話を聞いていた仲間達も、成程と頷いて立ち上がる。
「そりゃあ、入れ食いかもしれないな」
「悪党未満の小悪党なら、情け容赦は要らないもんね」
「楽しめるかどうかは、別だがな。どうします、御頭」
問われれば、グレイヴは獰猛な笑みを浮かべて立ち上がる。
「弱い者イジメは趣味じゃねぇ。が、そういう趣味の悪ィゴミクズ共が減れば……残るのは、良質なメインディッシュだ。となりゃあ……やるしかねぇよなァ?」
グレイヴがそう言えば、PKer達は我が意を得たりと出発の準備を進めていく。それを見ながら、グレイヴは内心で独り言ちた。
――それに……あいつらが苦労して成し遂げただろう偉業を、直に見ておくのも悪くないかもな。
……
一方、今回の件を快く思わない集団も当然ながら存在する。
「またあいつらかよ……」
「イベントでは毎回上位に入ってて、今回はコレだろ? そりゃあ不正を疑われても、おかしくねぇよ」
「ちょっと、止めなさいよ……その話は、タブー中のタブーでしょ」
そんな会話が繰り広げられているのは、あるギルドのホームでの事だ。彼等は、竜を象った鎧に身を包むプレイヤーで構成されたギルドである。
そのギルドホームは質素な造りで、買い集めた調度品も最低限のものであった。それもそのはずで、このギルドホームは第四回イベントの拠点を移築した建物である。これは第二十位にランクインした事で得られた、【土地購入権】……それを使って、第二エリアと第三エリアの間にある街に建てた念願のギルドホームだった。
そう、ここは【竜の牙】のギルドホームである。
「どうします、リンドさん。トップに立つには、厄介な相手ですぜ」
サブマスターのバッハがそう言うと、声を掛けられたリンドはソファに沈めていた身体を起こして口を開く。
「今は彼等の方が、一日の長がある……それだけの事だ。スタートの段階で後れを取っているのだから、仕方がない。ここは焦らず、堅実に積み重ねていくのが一番だ」
「急がば回れって? それで良いんスか?」
「第四回で痛感しただろう? 俺達がもっとしっかり準備出来ていれば、十位以内にランクインも出来たかもしれない」
第四回イベントで、二十位という結果に終わった【竜の牙】。それも十分な成績なのだが、それよりも上を目指す……トップに立つ事を目標としている彼らにとっては、ギリギリのランクインは不満だったらしい。
「俺達は確かに、かつてLQOでトップだった。しかし追い掛けられる側だった俺達は、今は追い掛ける側なんだ。焦って無理をすれば、すぐに瓦解する。土台の弱い建物があっさり倒壊するのと、理屈は同じさ」
リンドはあくまで堅実に、着々と土台を固めるのが得策だと考えていた。バッハはまだ何か言いたそうにしていたが、リンドの言葉も事実もっともなのは理解している。それ以上言わずに、あっさりと引き下がった。
そこへ、もう一人のサブマスターであるフレズが口を開く。
「考えがあるのだが……折角、クランシステムの実装も近い。同盟相手を探すのはどうだろう」
フレズの言葉に、リンドとバッハ……そして、その場に居たメンバー達が興味を示す。
「同盟相手……か」
「現状、【聖光】と【森羅】に人員が集中しているのは知っての通りだと思うが……クランシステム実装は、それに対するテコ入れの意味合いもあると思う。トップ争いを繰り広げるにあたって、傘下を作るのも一つの手じゃないか?」
フレズはそう言うが、最初は同盟と言っておきながら次には傘下と口にした。LQOでトッププレイヤーとして君臨していたが故に、上に立つのが当たり前という驕りが抜けていないのだろう。
それはさておき、リンドはその提案を聞いて……ある女性の事を思い浮かべた。
第四回イベントでは敵として出会ったが、その聡明さと可憐さにリンドは惹かれてしまった。
――【桃園の誓い】の、ヴィヴィアン……彼女の事を、もっとよく知るチャンスではないか?
恐らく【桃園の誓い】は、姉妹ギルドである【七色の橋】とクランを結成するだろう。先程流れたアナウンスを考えれば、【魔弾の射手】と【忍者ふぁんくらぶ】も加わっていてもおかしくない。
一つのクランに所属できるギルドの数は、七つ。既に四つのギルドが揃っているとすれば、残る枠は三つである。
――イベント上位二十位内ならば、あちらとしても不満は無いはず。問題は、どう繋ぎを作るかだ。接近する機会を伺うには……。
そこまで考えて、リンドは立ち上がった。
「……クランの件を考えるには、情報を集めて現状を把握する必要がある。俺は[ウィスタリア森林]に向かう」




