17-17 エクストラボスと対峙しました
待機組による宝探しによって、続々と起動していく≪精霊の座≫。それによって≪聖樹≫の成長が促進され、成長度は六十パーセントを越えた。
そうなると≪聖樹≫から放出される浄化の力も、徐々に範囲を広げていく。毒霧によるスリップダメージも、エクストラクエストに参加するメンバーの中衛が居る位置までは無力化されていた。
更に浄化された戦闘区域に近付くにつれてモンスター達の強化も弱まり、討伐速度が徐々に上がっている。
「この調子なら、回復は間に合いそうですかね……」
ヴィヴィアンがそう言えば、フレイヤも「そうね……」と同意を示した。
「危うく≪ポーション≫切れになるかと思ったけど……うん、これなら間に合いそうね」
既に前衛以外は、スリップダメージから解放されている。そして前衛の居る場所も、徐々に浄化が進んでいっている様だった。このまま前衛メンバーのHPに注意しつつ、このまま≪聖樹≫を守り抜けばエクストラクエストは達成だろう。
そんなフレイヤの考えは間違いでは無いが、それで終わるとは限らない。
突如、森の奥から駆け出して来たマッドボア。浄化範囲のすぐ近くに居て尚、強化状態は軽減されていなかった。
「くっ……!? こいつは、強化されたまま……!?」
敵の強化が弱まったと思って、油断していたヒビキ。モンスターが強化状態だった時は、【盾の心得】の武技で攻撃を防いでいた。しかし強化が弱まっている今なら武技は不要だろうと、≪護国崩城≫を盾にして受け止めたのだ。しかし強烈な突進でノックバックされてしまい、余剰ダメージでHPが減少していった。
「ヒビキっ!!」
「まずい、回復を……っ!!」
「それより、ヤツを止めないと!!」
転倒するヒビキの前には、未だマッドボアが鼻息荒く立っている。その視線は、今度こそヒビキを落とすとばかりだった。
「させねっスよ!!」
ハヤテはマッドボアが強化状態と即座に判断し、【魔力充填】で威力を高めた弾丸を撃つ。その一撃で、マッドボアは力なく横たわった。
「す、すみません……っ!!」
「無問題ッスよ、ビッキー!!」
自分も判断ミスをやらかしているのだから、と内心で思いながらハヤテは笑ってみせる。
問題は、強化状態のモンスターがまだいる事だ。それも、浄化に抗っている。
「見た目も随分、荒々しい感じだったな。これは、何かあるか?」
クラウドはそう言いながら、銃を構える。そんなクラウドの言葉に、シャインも「ありえそうで嫌ですねー」と嘯いた。そんな彼女は、樹々の向こう側から黒い霧が迫っている事に気付いた。
「霧が、まだあんなに……? いや、違うです!!」
迫っているのは毒霧ではない……毒の霧を撒き散らしている、本体が迫っているのだった。
「伝令! 南南西の方角より、毒霧の発生源と思われるモンスターが接近! 恐らく、ボス……って、やばいですっ!!」
彼女の目に飛び込んで来たのは、マンイーターの蔦と似たモノだった。しかし、これまであった捕縛攻撃の前兆……聞く者に不快感を与える、叫び声が無かった。そして蔦はこれまでの様に真っ直ぐ伸びて来るのではなく、伸ばした蔦で上から叩き付けようとしている様に見える。
シャインは地面を転がって、振り下ろされる蔦を寸での所で回避。蔦は地面を叩き、その場に留まっている。
「捕縛じゃないです? でも、やる事は一緒です!!」
シャインが蔦に向けて、両手の≪サブマシンガン≫による掃射を繰り出す。すると蔦の上にゲージが浮かび上がり、攻撃が当たる度にゲージが減少していく。
一気に全弾を撃ち尽くしたシャインだが、ゲージは三割程残っており削り切れてはいない。普段ならばそこでミリアやルナが追撃を加えてくれるのだが、二人は派遣作戦中だ。
しかし、現在この場に居るのは【魔弾の射手】だけではない。体勢を立て直してその場をシャインが離れると同時、蔦に向けて鋭い踏み込みで接近する少女が居た。
「……センヤ!!」
「私が引き継ぎますよんっ!! 【一閃】!!」
得意の抜刀術で、蔦を斬り付けるセンヤ。クリティカルが発生したお陰で、蔦のゲージは更に減った。しかしながら、それでも二割はゲージが残っている。そして、そのゲージが赤く点滅を始めた。
このまま連携すれば……二人はそう思ったが、背後から声が上がる。
「二人共、下がれ!! 時間切れだ!!」
それは、ゼクスからの指示だった。彼はVRMMOの経験が長く、ゲージが赤く点滅するのが何を意味しているのか……それを察したのだ。
ゼクスがそう言うからには、何かある。そう判断したセンヤとシャインは、【クイックステップ】を発動してその場から離れる。その直後蔦が大きくうねり、その先端が開いた。それはマンイーターの頭部の様な、花弁と口が融合した奇形の植物だ。その口が開いた直後、毒の霧が噴射される。
「おいおい、折角浄化しつつあるのに……っ!!」
「アレが毒の霧を蔓延させた元凶……!?」
毒の霧が噴射され広がっていくその場所は、毒の霧で満たされていた先程までの[腐食の密林]のそれに見える。その周辺で戦うとなれば、またスリップダメージが発生するだろうことは予想に難くない。
そうしていると、更に蔦が一本伸びて来た。どうやら毒の霧を撒き散らすこのボスこそが、[腐食の密林]を汚染してきた原因らしい。
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「特殊攻撃……か」
「毒霧を発生させて、浄化範囲を汚染し直すボスモンスターね」
そう口にしたのは、ケインとイリスだった。二人は≪精霊の座≫を起動させる最中、ケリィ・カノン・クベラ組と遭遇。残りのギミックは彼等に託し、防衛の為に帰還したのだ。
「ケインさん……思いのほか、早かったですね?」
「あぁ、詳細はイリスから聞いてくれ。俺は、こいつのお相手だ」
デバフでボスの攻撃を阻害すれば、毒霧による汚染を食い止められるかもしれない。それならば【鞍馬天狗】を保有するケインが、誰よりも適任だ。
「行くぞ!! 【氷天】!!」
二本目の蔦に向けて【氷天】を放てば、蔦のゲージを半分まで削る事が出来た。しかしながら、デバフ効果は発動しない。
ケインのMND値はユニークスキル【鞍馬天狗】の恩恵を受けて非常に高く、デバフ発動率は九割を超える高確率だ。それを確認したケインは、もしかしたらこのエクストラボスはデバフ耐性……もしくは、無効の特性を持っているのかもしれない。その推測を裏付ける為には、一通りのデバフ攻撃を試さなくてはならない。
しかし悠長な事をしていたら、折角≪聖樹≫が浄化した場所が再び汚染されてしまう。
「良い所に戻って来たな、ケイン!」
そう言いながら、ゼクスが蔦を斬り付ける。
「ゼクス!」
「こいつは時間制限ありの耐久ギミックだ! 多分、ゲージを削り切れば毒霧は吐かねぇ!」
ゼクスの発言を受けて、誰もが納得した。蔦部分のゲージを削る事で、汚染を防ぐことが出来るという事だ。
「……ハヤテ君、どう見る?」
ジェミーに呼び掛けられて、ハヤテは周囲の状況を確認する。
「モンスターの数は、変わらないッスね……でも浄化が進んでいる今なら、対ボスに戦力は割けるッス。さっきの強化されたままのヤツは、あのボスと同じ方角から出て来ていたし」
「うん、同感。対ボスなら、うちからはレーナちゃんとトーマ君が適任ね」
「成程ッス……うちはやっぱり、あの二人ッスね」
自分とアイネが向かうでも良いが、確実性を求めるならば……やはり、【七色の橋】の最速と最強の出番だろう。ヒイロとレンが不在の今、それらの判断を託されているのはハヤテだ。
そこへ、ケインと共に帰還したイリスが駆け寄る。
「イリスさん、お帰りッス!」
「ただいま! 情報共有しましょ。≪精霊の座≫の起動の方は、譲るっていう形になったわ……うちの、宝探し組に」
「え? 宝探し?」
「うちのメンバーが、宝探し…………成程、そういう事ッスね。多分、発端はサスケさんか」
イリスの言葉に不思議そうな表情をするジェミーだが、ハヤテはその裏に隠された意味合いに気付いた。
「なら、派遣組は撤退して貰う方が良さげッスね。折角、仲間達が宝探しを楽しんでいるみたいッスから」
そこで、北側に向かっていたハンゾウとタスク……そして、ユージン達と共に[腐食の密林]に戻って来たサスケが帰還した。
「皆様、ご負担をお掛けして申し訳なく……!! 実はあの後……」
「あ、事情は大体解ったんで大丈夫ッス! むしろサスケさん、グッジョブ! ハンゾウさん・タスクさんと一緒に、北側のモンスターを頼めるッスか? 最強夫婦を動かすッス!!」
ハヤテの言葉から、サスケは彼が今の状況や経緯をおおよそ把握しているのだと判断出来た。
――なんという洞察力と判断力、流石は頭領様の弟君!! 正に、智将と称するに相応しい!!
これは今日中にでも、【忍者ふぁんくらぶ】内で浸透する称号ですね。ハヤテが何故か、背筋に寒気を覚えたのはきっと気のせいです。
ともあれハヤテからの指示にサスケは首肯し、大太刀を抜いて構える。
「お任せを!!」
そんなサスケに、タスクとハンゾウも同調して迎撃態勢を整える。
「よし……これで、北側の防衛ラインは維持出来る。ジン兄、ヒメさん! エクストラボスの相手を頼めるッスか!!」
ハヤテのその言葉を受けて最前線で戦っていたジンと、援護射撃に務めていたヒメノが反応を見せる。
「うむ! 【ハイジャンプ】!!」
「はいっ!」
ジンはサスケ・タスク・ハンゾウが配置に付くまでの時間を稼ぐべく、【ハイジャンプ】を駆使して跳び上がる。そのまま地面に向けて≪手裏剣≫を一度に四本投擲……そして、魔技を発動させた。
「【狐雷】!!」
ジンの投げた≪手裏剣≫が突き刺さった場所から、地面を雷撃が駆け巡る。それに触れたモンスター達が、軒並み麻痺状態へと陥っていった。
その間にヒメノは駆け出して、エクストラボスを見る。また一本、蔦を伸ばして毒霧を噴射しようとしている所だ。
「させま……せんっ!!」
ヒメノは弓刀≪大蛇丸・改参≫に矢をつがえ、素早く撃ち出した。地面で盾を構えるヒビキを狙っていた、太い蔦が振り下ろされる前に矢が突き刺さる。ゲージは一瞬で枯渇し、力が抜けたように地面に落ちた。
そうしている間に、ジンがエクストラボスの目の前まで駆け抜けて来る。流石、最高峰のAGIの持ち主。逆方向の最前線から、ものの数秒での到着である。
毒の霧に包まれたエクストラボスを前に、ジンは両手に小太刀を構える。
「……いざ、参る!!」
新たに蔦を伸ばしていない今の内に、ボスにダメージを与えなくては。そう考えたジンは、全速力でエクストラボスに急接近。その巨体に近付けば、毒の霧で見えなかったボスの全容が明らかになる。
それはマンイーターと同種の、植物型モンスター。マンイーターより一回り大きく、毒々しい色合いの花弁も五枚から十枚に増えている。
その名も【マングラトニー】……このエクストラクエストの、真のボスである。
「マンイーターが、まさか中ボスだったとは……【狐雨】!!」
マングラトニーの頭上に≪苦無≫を投げると同時、ジンは魔技【狐雨】を発動させる。これは、複数のデバフを同時に発動させることが可能な魔技である。先のケインの【氷天】を受けても凍結効果が発動しなかったのを、ジンもしっかり見ていたのだ。
マングラトニーに降り注ぐ雨だが、それを受けてもマングラトニーにデバフ効果は発動しない。これはジンのMND値が低いが故か、それともマングラトニーのMNDが高い……もしくは、デバフを受け付けないからか。
だとするとジンの切り札である【ディザスター】の即死も、通用しない可能性がある。
その時だった。ジンは自分のHPが、グングン減少している事に気付いた。それは先程まで受けていたスリップダメージを、大きく上回っていた。
「……まずい!!」
それはマングラトニーの放出している、毒霧が原因だろう。ジンは急いで距離を取ろうとするが、その前にマングラトニーが攻撃に転じた。それは口の部分から、毒霧を噴射するというものだ。
「【縮地】!!」
一日四回という回数制限がある、四神スキルの発動。その甲斐あって、ジンのHPは枯渇せずに済んだ。
「ジンくん、大丈夫ですか!?」
「何とか。ヤツの至近距離に行くと、更に強化されたスリップダメージを受けるでゴザル」
接近したのがジンでなければ、逃げ切れずに落とされていたかもしれない。誰もがそう思い、気を引き締め直す。
「それなら対抗策は、近接戦じゃなく……」
「スリップダメージを受けない場所からの攻撃、かな?」
そう言って駆け出すのは、レーナとトーマだ。二人は≪アサルトライフル≫を構え、マングラトニーに向けて発砲する。
レーナの銃は、≪M4A1≫を模した物。そしてトーマは、彼女の≪アサルトライフル≫と似たフォルムの銃を手にしている。そのモデルとなったのは、≪M16A1≫……≪M4A1≫の前身となる銃だ。
ユージンが彼にその銃を用意したのは、レーナとの関係性を考慮して選定したに違いない。
銃撃を受けて、マングラトニーは標的を二人に定める。最初に狙われたのは、レーナの方だ。
「おっと、こっちに来たね?」
「俺の目の前で、レーナを狙うとは……いい度胸じゃないか」
レーナに向けて毒霧を放とうとするマングラトニーに、トーマは≪手榴弾≫を同時に三つ投擲。更に片手で≪アサルトライフル≫を構え、武技を発動させる。
「【ハードバレット】!」
放たれた弾丸と、着弾する≪手榴弾≫。爆発が立て続けに発生し、毒霧で覆われたマングラトニーの姿が照らし出される。すべての攻撃がマングラトニーに命中しているが、その際に表示されるダメージ値を見てレーナはぽつりと呟いた。
「……ダメージが、半減している」
レーナとトーマの攻撃に合わせて、ヒメノもまた弓による遠距離攻撃を放とうとしていた。
「【スパイラルアロー】!!」
唸りを上げてマングラトニーに向け突き進む、ヒメノの矢。それがマングラトニーに命中し、HPゲージを減少させる。しかし、その減少率は一割にも満たない。
「嘘でしょ、ヒメノちゃんの攻撃よ!?」
「ギミック……だろうなぁ」
エクストラボスとの戦いに慣れている面々は、ボスが何かしらのギミックを保有していると推定した。それさえ何とかすれば、攻略のブレイクスルーになるはずだと。
丁度その時、トーマがマングラトニーの毒霧に包まれそうになる。
「おっと、まずいな……」
トーマはAWOを始めて間もないプレイヤーであり、他のメンバーに比べてまだレベルが30少しと低い。そんな彼があの毒霧の中に入ってしまえば、そのHPが一気に削られるのは想像に難くない。
そんな時である。
「【プロテクション】!!」
派遣されていたメンバーの一人が、トーマを対象に【プロテクション】を発動。彼の周囲に光の膜が展開され、マングラトニーの毒霧を防いでみせた。
「ま、間に合ったぁ!!」
そこには、派遣されていたルナとミリアの姿。ルナはエクストラボスと戦う二人の様子を見て、急いで詠唱を完成させたのだ。
「ルナァッ!!」
「感謝するよ、ルナさん!!」
その様子を見て、ハヤテはある事に気付いた。今のルナの魔法による支援は、実にファインプレーかもしれない。というのもルナの【プロテクション】が発動した瞬間から、トーマの受けるスリップダメージが完全に止まったのだ。
HPを守るスキルや魔法でスリップダメージを阻止できるのだとするならば、こちらには特効と言って差し支えないモノがある。
「ジン兄、ヒメさん!! こいつは多分、接近戦で倒すのが正規ルートのはずッス!!」
あの強化されたスリップダメージを見て尚、ハヤテはそう結論付けた。勿論、その対策も彼は気付いていた。
「防御魔法をかけた状態なら、ボスのスリップダメージを防げるッス! その状態を維持して、接近戦で戦うのが攻略法のはず……でも、二人の持っているアレなら!!」
そこまで言われて、二人も気付いた。ジンとヒメノが持つあのスキルならば、マングラトニーの毒霧の中でも戦える可能性は高い。
「そういう事か。今回もアレを借りれたのは、ラッキーだったな」
「うふふ、そうですね」
そう言って、森から駆け寄って来たのはヒイロとレン。これで、派遣組が全員帰還した事になる。
「ヒイロ、レン殿!」
「お待たせ。ジン、ヒメ……一緒にやろうか」
「うむ! って、あれ? もしかして……レンさん?」
了承の返事をしようとしていたら、レンも当然とばかりにヒイロに並んでいる。その理由を察したジンがそう言うと、レンは魔扇で口元を隠して笑う。
「ふふっ、お年玉を使って福袋ガチャを試してみたら、運良く大当たりが出まして」
どうやらレン様、福袋ガチャでアレを入手したらしい。いくら回したのかは、聞くのが怖い。なにせ初音パパこと秀頼氏は、ジン達にまで危うく十万円をお年玉にしようとした人だ。
ちなみにヒイロとレンは派遣作戦の際に、宝探し中のリリィ・コヨミ・ネコヒメ組と遭遇していた。そこでヒイロはコヨミから、再びあのスキルオーブを借り受けたのだ。
尚、その際のコヨミちゃんのセリフがこちら。
「もしかしたら必要になるかもしれませんし! クエストには参加出来ないですが、これくらいは良いですよね?」
それがまさか、こうして役に立つとは思ってもみなかっただろう。本当に、幸運を呼び込む娘さんである。
そんな少年少女の様子を見て、シオンもいつかあのスキルオーブがが欲しいな……などと思った、その瞬間。彼女のシステム・ウィンドウに、プレゼントが届いた事を知らせるアナウンスが視界に表示された。
「これは……」
モンスター達の侵攻の隙を縫って、システム・ウィンドウを開けば……そこには、クランの仲間の一人からのメッセージ。
『ユーちゃんから、皆さんの変身装備は既に揃っていると伺いました。今回のクエストの間、こちらをお貸し致します。これが攻略の役に立てれば、幸いです』
某女神様、マジで女神様だった。
そのメッセージを確認したシオンは、一瞬だけ迷い……そして、ダイスに声を掛ける。
「ダイス、ここを任せても良い?」
「お? そりゃあ勿論……え、まさか、シオンもアレがあるのか!?」
ダイスもジン達が何をする気か、既に予想が付いている。
「一時的に、貸して下さった方が。まぁ、それは後でね。で、良いかしら?」
「……おう。ここは任せて、皆と楽しんで来な」
ダイスの言葉を受けて、シオンは彼にだけ向ける柔らかな微笑みで頷いた。普段のクールさが薄れ、美しさの中に少しばかり可愛らしさが垣間見える。
――ったく、そんなに嬉しそうにしてよ……俺もいつか、アレが欲しいなぁ。
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レーナとトーマだけでなく、他の南側を担当する面々が時間を稼いでくれている。これ以上、時間を掛けるわけにはいかないだろう。
「さぁ、行こう!」
ヒイロが声を掛ければ、その右隣にレン、シオンが並ぶ。左側にはヒメノ、ジン。横一列に並ぶ五人は、真剣な表情である。
「くぅぅっ!! これはアガるやつ!!」
「どう見ても戦隊です、本当にありがとうございました」
イリスが羨ましそうにすると、フレイヤがネタに走る。
「くっ!! 防衛中でなければ、一挙一投足を拝見したいのだが!!」
「はいはい、ハンゾウ殿。仕事しますよー」
逆方向のあれやこれを見たい!! という思いが、口から漏れ出たハンゾウ。その近くで、イナズマは緩くツッコミながらもモンスターをフルスイングしている。わぁ、豪快。
「勝ったな……」
「ビィト、ネ○フ総司令の真似してないで撃ってくれ」
どこから出したのか、サングラスを掛けたビィトは勝利を確信しつつネタに走っていた。余裕あるやんけ。クラウドが冷たい目でツッコミを入れるのも、無理はない。
「くっ……福袋、回しとけば良かった……!!」
「で、出るとは限らないけどね? でも、いつかあそこに並びたいよね」
悔しそうなハヤテは、こうなりゃヤケだ! とばかりに≪FAL型アサルトライフル≫で、マンイーターやモンスターに銃弾を浴びせていく。そんな彼氏を励ましつつ、アイネも内心では羨ましいのだろう。いつか皆と一緒に……と口にしつつ、モンスター達を斬り払う。
……
そして。
「よし、良いタイミングだ。バッチリ動画を撮っておこうか」
「こうなる事、予想してたんですか……?」
「うん、ここがベストポジションでしょうね」
「……何やっとんのや、ワイら」
「わ、私にも……何が、何だか……」
まさかの撮影班、準備万端である。ゲームを楽しみ過ぎではないか、この夫婦。
……
そんな気の抜けそうな外野の事など露ほども知らず、五人は両手をクロスさせながら突き出すお決まりのポーズを取る。全員が同時に突き出すのではなく、シオン・レン・ヒイロ・ヒメノ・ジンとタイミング良く順番に。
そしてシオンはクロスした両腕を、円を描くように動かして胸の前で交差させ……。
レンは右腕を肘先の部分だけ動かして弧を描き、一回転させた後耳元で静止させ……。
ヒイロは第四回の時と同様、右腕に装備した≪鬼神の腕≫を構える様に……。
ヒメノもまた、サバイバルの最中に披露したポーズ。左側手を突き出し、右手で弦を引き……。
そして、ジンはお馴染みとなった恒例の動作。天に掲げた右手と眼前に構えた左手が揃え、印を組む様にして……。
後は、スキル発動の宣言のみ。一瞬の静寂が訪れた後、全員の声が綺麗に重なる。
「「「「「【変身】!!」」」」」
その宣言を口にし、同時に五人が天に右手を掲げ……そして、一斉に振り下ろす。
五人の姿が煙幕で隠されれば、その中で炎が揺らめき、電撃が迸る。激しい振動音が響き渡り、地中から幽体の様な物が立ち昇る。
ちなみに同時にスキルを発動した事で、【変身】時に発生する各種エフェクトがシンクロしていた。煙幕はジンだけではなく、全員の姿を覆い隠す。ヒメノの炎も、レンの電撃も五人全員を囲むように発生している。
そして各々のイメージカラー通りの光が何度か、煙幕の中で発せられた。それが収まると同時に、ジンが身体を一回転。それによって生じた突風が、五人を包んでいた煙幕を振り払う。
煙幕が晴れたそこに立っているのは、変身を完了させた五人。
メイド要素を取り払い、重厚な鎧を装備した女武者。
「借り物で少々締まりませんが……これは中々に心が昂りますね」
麒麟を想起させる角が印象的な、小柄な魔扇使い。
「全くですね……それでは、お披露目といきましょうか?」
右腕の籠手に宿る幽鬼を思わせる、鬼面の鎧武将。
「そろそろこのクエストも、終わりにしないとな」
大蛇をモチーフとした仮面に、蛇をあしらった装飾の弓使い。
「はい、一気にクリアしちゃいましょう!」
そして、紫色をメインカラーとした狐面の忍者。
「スーパー忍者タイム……いざ、開幕っ!!」
第一回イベントで猛威を見せ付けた時を彷彿とさせる、五人が並び立つ姿は正に圧倒的な存在感。マングラトニー攻略……そしてエクストラクエストの最終局面が、ついに始まるのだった。
次回投稿予定日:2023/11/25(本編)
実はこれまで、描いていなかったんですよ……同時に【変身】を使うシーン。
全ては今回のコレを描く為でした。
ちなみにレン様は四回目のガチャで【変身】を引いています、やべぇ。
余談ですが、【七色の橋】は【変身】を必要に応じて貸し出すという事態を想定して、各自の専用装備を揃えていたりします。用意周到過ぎる。
ジン・ヒメノから一時的に借りて、実際に使ってもいます。
※只今の【変身】所有者
ジン
ヒメノ
レン(NEW)
コヨミ(ヒイロへ貸し出し)
ケリィ(シオンへ貸し出し)
アーサー
クロード
アンジェリカ
ビスマルク
多分他にもいるけど、現状はこんなものです。




