17-16 宝探しが始まりました
エクストラクエストが進行中の[腐食の密林]に、唐突に現れたユージンとミモリ。勿論二人だけという事も無く、複数のメンバーがその地へと足を踏み入れていた。むしろ、【桃園の誓い】のギルドホームに待機していたメンバー全員である。
その理由は、戦闘不能になったサスケにあった。
************************************************************
時間を遡る事、十五分前。ヒイロ達派遣メンバーが≪精霊の座≫に向けて出発したその頃に、サスケは【桃園の誓い】のギルドホームに一時帰還していた。その理由は……。
「……という状況に御座います!! どうか、誰か一人か二人……魔法職の方に、ご同行をお願いしたく!! ≪精霊の座≫を起動させられれば、頭領様達は必ず目標を達成できるはず!!」
派遣されるはずだった自分が戦闘不能になった事で、仲間達に負担を強いてしまっている。それを気に病んだサスケは、クランに参加する面々に土下座して懇願していた。
「協力して頂けるなら、私の分のクエストの報酬をお渡しする!! だから、どうか……っ!!」
必死さを感じさせるその言葉に、リリィが立候補しようと一歩踏み出し……しかし、それをユージンが手で制した。
「ユージンさん?」
「サスケ君、気持ちは解らないでもないが……君は戦闘不能のペナルティで、ステータスがダウンしている。その状態で無理な行動を起こしても、彼等の力にはなれないだろう。それにもしもこの件が、外部にバレたら……面倒な事になる可能性は、大いにあり得る」
どこか冷たさを感じさせるユージンの言葉に、サスケは唇を噛み締める。確かに、戦力にはなれないかもしれない。同行したメンバーを、危険に晒すだけで終わるかもしれない。
それにユージンの言う通り、【七色の橋】を狙った不正疑惑の件は未だ記憶に新しい。噂が払拭された今でも、ジン達はその時の事を覚えている。だからこそ、【七色の橋】は周囲からの視線を意識して振る舞っているのだ。
それを指摘されては、サスケとて実際にその通りだと実感させられてしまう。だが、それでも何かせずにはいられなかった。
「お、仰る通り。しかし、それでも……仲間達の為に、何か出来る事があるはず……!!」
「出来るとすれば、信じて待つくらいじゃないかな」
ユージンが、こんな冷たい言葉を言うとは誰も想像もできなかっただろう。信じられないものを見る様な視線が、ユージンに集中する。
「サスケ君、何かしていないと考えこんでしまうだろう? 先程言った様な、無理な行動をしなければ良いんじゃないかな? 丁度、生産ばかりで疲れていたから、どこかフィールドで気分転換でもしようかって話があってね。一緒にどうだい?」
「そ、その様な場合では……っ!!」
サスケが顔を上げてユージンに険しい視線を向けると同時、チナリが何を言い出すんだこの人は? という顔で問い掛けていた。
「え? ユージンさん? そんな事、誰か言ってましたっけ?」
そんなチナリの言葉に、サスケは「あれ?」と首を傾げる。仲間達に視線を巡らせれば、ユージン以外は不思議そうな顔でユージンの方を見ていた。どういう事なの。
「どこかで聞いた話なんだけどね。なんでも手付かずと思われるギミック付きの宝箱が、大量にあるマップがあるらしいよ」
彼の言葉を聞いて、そのマップがどこを指しているのか……解らない者など、一人としていなかった。
「危険なマップだそうだが、ここに居るのはイベント上位の手練れ揃い。気分転換にはちょうど良いだろう?」
そこまで彼が口にした事で、他の面々もユージンの思惑に気付いた。
――そういう体裁で、助けに行く気だ……っ!!
宝箱に付いているギミックは、勿論≪精霊の座≫だ。それを起動させれば、エクストラクエストに参加する面々が有利になる。しかしながら、宝箱目当てで行くという側面もあるといえばある。
対外的には宝箱探し、その真の目的はジン達の援護。外部のプレイヤーに何かを言われても、「いいえ、単に宝箱目当てですが何か?」で押し通すという事だ。無理矢理な話ではあるが、逆に宝箱目当てじゃないと証明するのも難しい。
「ユーちゃんにしては、随分と回りくどくありませんか?」
ケリィが呆れたように笑ってみせるが、ユージンはどこ吹く風だ。
「ははは、何のことかなー。ちょっと言ってる意味が解らないです。それに、宝箱を探すのは結構合理的だと思うけどね? 森が浄化されたら、他のプレイヤーが気軽に入れるようになる。そうしたら、折角の宝箱を先に開けられてしまうじゃないか」
「ユ、ユージン殿!! そ、それでは……!!」
「いや、勘違いしてはいけないよ? エクストラクエストとは関係無い、ただの宝探しだ。僕達が宝探しをする事で何か影響が出たとしてもそれは偶然だよ、偶然……多分、恐らく、きっと」
白々しさ全開で、他のメンバーから笑い声が漏れる。しかし、先程の重たい空気はすっかり払拭されていた。
「さぁさぁ、それじゃあ準備をしようか? 気分転換の宝探しと洒落こもうじゃないか」
実際に、もしもこれが余所のプレイヤーに知られた場合……クラン【十人十色】は、批判の対象にされる可能性は否めない。なにせ【禁断の果実】の策略とはいえ、一度は【七色の橋】がそういう事態に陥った経緯があるのだ。その為、大っぴらに援軍に駆け付ける訳にはいかない。
しかしながら、事情を知ってしまえば見て見ぬふりは出来ない。よろしい、ならば建前だ。もし情報が漏れたとしても、付け入る隙を与えなければ良い話である。
浄化前に宝箱を回収するのは、あくまで限られたリソースを確保する為。レイド組と合流さえしなければ、そう言い張れるのがこの宝探しだ。実際、理由としては至極最もであるのがミソである。
************************************************************
「やぁやぁ、偶然だね。調子はどうだい?」
「どの口が偶然とか……第一、この状況でどうもこうも無いと思うんですが? とりあえず、流石に仲間が食べられるのを見て見ぬふりは出来ないし。これ、セーフ?」
「セーフか、アウトか……多分、セウト?」
「いや、どっちですか」
コントの様なやり取りを始めるユージンとミモリに、ハンゾウもタスクもポカーンとしてしまう。しかし、助けられたのは事実だ。
「救援、感謝致します! もしや、援軍として?」
クランの仲間がこのタイミングで現れたとあっては、そう判断してもおかしくはない。実際、本音ではそうだ。しかし、それを大っぴらに口にするわけにもいかない。
「いや、気分転換さ。さっき言っただろう? 宝探しだって」
「そうですねー、たからさがしたのしいなー」
ミモリさん、めっちゃ棒読み。その反応から、二人もこれには裏があると気付く事が出来た。
「他の場所にも、ウチのメンバーが向かっているのよ。ほら、エクストラクエストが終わったら、ここも人の出入りが激しくなるかもでしょう? その前に、宝箱をゲットしておこうって訳ね」
そう言ってミモリは笑みを浮かべるが、目に力が籠っている。「察して」と言わんばかりだ。
――そういう建前よ。
ミモリが視線で訴えかければ、ハンゾウもタスクも「成程、流石ですな」と視線で返した。流石なのは、その視線トークだ。君ら、視線だけでもう何でも話せたりしない?
そんなやり取りをしていた、その時。とある地点で、とある樹がニョキッと姿を見せた。どこからどう見ても、浄化する金色の粒子を振り撒く≪聖樹≫である。
「「おぉ……!!」」
ハンゾウとタスクの反応を見れば、それが≪聖樹≫だろうと二人も察した。
「おー、あれが件の≪聖樹≫かな? うんうん、皆頑張っている様だね」
「いやー、ほんとうにみんながんばっているみたいですねー。わたしたちもがんばって、たからさがしをしないとなー」
これならば、いけるかもしれない。ハンゾウとタスクは、ユージンとミモリに向き直る。
「では、我々はまだ務めがあります故!! 宝探し、どうぞお気を付けて!!」
「そっちもクエスト攻略を頑張ってくれたまえ、陰ながら武運を祈っているよ」
意気揚々と駆け出す二人を見送った、その時。ユージンとミモリは、マンイーターの叫び声を耳にした。どうやら、ようやく麻痺が解けたらしい。
二体のマンイーターが、蔦を伸ばしたのはミモリだった。
「させねーよ?」
ユージンがミモリに手を伸ばし、そのまま抱き寄せる。
「【ハイジャンプ】」
ミモリを抱えたまま、跳躍するユージン。その跳躍における最高点に達すると同時、ユージンは更に武技を発動させた。
「【飛竜】」
黒いオーラの翼を背に出現させたユージンは、ミモリを抱きかかえたまま滑空を開始する。このまま、この区域から離脱するつもりだろう。
が、その前に。
「こいつはお礼だ……【火竜】」
ミモリを抱いているのと逆の左手に握った、≪地竜丸・改参≫。その切っ先から、火の竜が出現しマンイーター達に向けて飛んだ。【火竜】が二体のマンイーターに接触すると同時に、炎が弾けてマンイーター達の身体を焼いていく。
「ユ、ユージンさん……? あの……」
「……しっかり捕まっていなよ? このまま次に行くから」
「はい……」
恥ずかしそうに、ユージンの首に腕を回すミモリ。その表情は、誰がどう見てもどことなく嬉しそうな顔であった。
************************************************************
一方、その頃。
「いやぁ……楽だなぁ。まぁ、スリップダメージは厄介ですけど」
コヨミは眠りこけるマンイーターを見つつ、行動を共にする憧れの先輩に視線を向けた。彼女は≪魔楽器・笛≫を吹きながら、マンイーターを睡眠状態にしている所である。
「ほんとだね、ヨミヨミ!」
同行するネコヒメはそう言って、手にした武器を振るった。
「【バインドウィップ】!!」
それは、【鞭の心得】の武技。相手を縛り、行動を阻害する技である。そう、ネコヒメは戦闘の際に、鞭を使うプレイヤーであった。
「リリィちゃん、オッケーだよ!」
「ありがとうございます、それでは……」
マンイーターをネコヒメに任せたリリィは、魔法の詠唱を開始。純粋な魔法職のリリィであるから、魔法はすぐに詠唱を完了した。
「【シャイニングアロー】!!」
光属性の≪精霊の座≫は、リリィの魔法を受けて紋章を輝かせる。≪精霊の座≫がその効果を発揮したところで、地面にあった不自然な黒い影が消失した。影が消えた底には穴が掘られており、そこに宝箱が隠されていたのだった。
「よっしゃ、ヨミヨミ! お願い!」
「了解! どれどれ……おっと、これは……なになに? ≪朽ち果てた楽器≫?」
ラッキーガール・コヨミ、彼女がまたまたやってくれたらしい。なんとここで、リリィの≪魔楽器・笛≫の元となった≪朽ち果てた楽器≫をゲットしてみせた。
「これが噂の、≪破損品≫シリーズかぁ。後で、皆に相談するとして……」
穴から跳んで出たコヨミは、大太刀を握ってマンイーターに向け駆けていく。既にマンイーターは睡眠状態から覚めており、ネコヒメが拘束を解けば襲い掛かって来るだろう事が予測できた。
「【一閃】ッ!!」
コヨミが渾身の【一閃】は放ってマンイーターを斬り付ければ、マンイーターは大きくノックバックした。勿論、コヨミの攻撃に併せてネコヒメも【バインドウィップ】を解いている。
「良いね良いね!」
「今の内に、次に行きましょう!」
「了解でっす!」
マンイーターと距離を離せた事で、三人は即座に駆け出した。≪精霊の座≫を起動させるのが最優先なのだから、マンイーターに構っている暇はないのだ。
次の≪精霊の座≫に向かう道中、ネコヒメは共に駆け抜ける二人に意識を向けた。彼女の推しであるコヨミと、AWO屈指のアイドルであるリリィ。この二人と一緒に行動できるなんて、彼女からしてみれば最高の気分であった。それが例え、常時スリップダメージが入る[腐食の密林]の探索だったとしてもだ。
ネコヒメ……本名【押木 巴美】は、服飾系の専門学校に通っている十九歳の女性だ。そんな彼女には今、新たな目標が出来ていた。それは、共に走っている二人に関係があるものであった。
「こ、こんな時に何なんですが……ヨミヨミとリリィちゃんに、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん? ネコちゃん、どうしたん?」
「お願い……ですか?」
二人は嫌な顔一つせずに、ネコヒメの次の言葉を待つ。それはネコヒメという仲間に対する信頼からであり、それだけでも彼女にとっては非常に嬉しいものであった。
だからこそ、二人に打ち明けたい。自分の、夢を。
「私さ、昔から可愛いお洋服とか好きでね? それがずっと続いて、今は服飾の専門学校に通っててさ……そのー、い、いつか……アイドルとかが着るような、素敵な服を作りたいなって思ってて……」
そこまで言えば、リリィもコヨミも彼女の言葉が予想できた。
「も、もし! 私が、将来一人前になったら……二人のステージ衣装とか、作らせて貰えないかな!?」
ネコヒメの、強い思いが込められた言葉。それを受けて、二人はフッと笑みを浮かべた。返す言葉など、一つしかない。
「その時を楽しみにしてますね♪」
「宜しくね、ネコちゃん! そうだ、練習がてらAWOで何か作らない?」
「あ、それ良いかもしれませんね。そろそろ、新しい装備に変えようかと思っていまして。どうせなら、ネコヒメさんに依頼をさせて頂けませんか?」
「い、いいの!? やるやる、やらせてっ!!」
現実でも、ゲームでも、二人を輝かせる衣装を作りたい。そんな強い思いを込めて、ネコヒメはそう答えるのだった。
************************************************************
ネコヒメが夢に向かって一歩を踏み出した、その頃。ケリィは土属性の≪精霊の座≫を起動させて、一息吐いていた。
「これで、三つ目ですね。宝箱はどうでしたか?」
余裕そうなケリィに声を掛けられて、同行していたクベラとカノンが宝箱の中身について報告する。
「高難易度マップだけあって、ええもんでしたわ。スーパーレア装備で、≪祝福のバングル≫ってモンです」
「さっきも、出て来たの……スーパーレア、でしたし……」
「成程。思いがけず、実入りの良い探索になりましたね。さぁ、回復をしましょうか」
ケリィは剣を一撫でして、回復の魔法を纏わせる。そうして地面に剣を突き刺せば、回復魔法【エリアヒール】が発動し三人のHPを回復させた。彼女の持つユニークスキル【マジックブレード】……近接戦闘も魔法攻撃も可能とする、実に汎用性の高いスキルである。
「詠唱要らずのユニークスキル……ホンマ、どえらい性能やなぁ」
「あら、そう思います? 実はこうして剣を撫でなければ、そして一度剣に魔法を纏わせなければいけないんですよ」
詠唱が省略される代わりに、そういったアクションが必要なのが難点らしい。その事を外部の人間に知られた場合、剣を撫でるという動作を妨害するという対策が出来る訳だ。
しかしケリィは、それでも気にしていないとばかりに微笑んだ。
「さぁ、宝探しを続けましょうか」
次の≪精霊の座≫に向かう道中で、カノンはおずおずとケリィに疑問を投げ掛ける。
「ケリィ、さん……あの、なんで……ミモリと、ユージンさん、を……一緒に、行かせたんです、か……?」
カノンは先日の旅行で、ミモリのユージンへの想いを聞いている。それと同時に、【暗黒の使徒】との闘いの際……ミモリとケリィの会話も、すぐ側で聞いていたのだ。
それはミモリが、ユージンへの想いを振り切る為の一歩だったはず。しかしながら、その後がどうも不思議でならなかった。
ミモリはユージンと、より親し気に会話する様になっていた。そして、それはケリィともなのだ。ケリィは彼女の事を、ちゃん付けで呼ぶ様になっているし。かといってユージンとケリィの仲は相変わらず、「ツー」と言えば「カー」と返す様な阿吽の呼吸である。実際にはケリィが風属性最強魔法を発動させ「【サイクロン】!!」と言ったら、ユージンが「ジョォォカアァッ!!」とネタに走るのだが。
「ユーちゃんも私も、≪精霊の座≫を起動させられるでしょう? だとしたら、私達が一緒に行動するのは効率が悪いですから。それに……」
「……それに……?」
言葉を続けようとしていたケリィだが、カノンとクベラに振り返ってふわりとした笑みを深める。
「続きは、その内ですね。私やユーちゃんが、皆さんをご招待するか……それとも、ミモリちゃんがカノンさんにお話するか。どのみち、いつか解ります」
煙に巻かれると思ったカノンは、ケリィに追い縋ろうとする……その前に、ケリィが視線をスッと細めて毒の霧の方へと向けた。
「マンイーターが狙っています。蔦は、私が対応しましょう。お二人は、追撃の準備をお願いします」
既に、最初の≪精霊の座≫でマンイーターと彼女達は遭遇している。蔦の攻撃を防いで、攻撃するならばその布陣が無難だろう。
「は、はい……」
「あのバケモノ花、生理的に受け付けないんやけど……ま、やりましょか」
カノンは投擲用の≪モーニングスター≫を、クベラは≪P2000型オートマチックピストル≫を構えて攻撃に備える。
************************************************************
その頃、ナタクとネオンも森の中を駆け抜けていた。既に二人は三か所の≪精霊の座≫を起動させており、宝探しは順調と言って良い。
「今回は、お留守番だと思っていましたが……ふふっ」
「全くだ。でもまぁ、悪くないかな……こういった、宝探しも……ね」
サスケから提供された≪精霊の座≫がプロットされたマップは、ナタクの頭の中に叩き込まれている。そして戦闘経験が豊富な彼なので、時折遭遇するモンスターとの戦闘も大して問題は起きていない。
なにせ彼はモンスターの種類や攻撃パターンを熟知しており、戦って容易に勝てるか……それとも、今の戦力では不利かがすぐに判断出来るのだ。同時に逃走する場合も、どうすれば逃げ切る事が出来るかも解っている。そのお陰で、二人は苦戦する事無く探索を行えている。
「ナタクさんが側に居てくれるの……すごく、心強いです」
「そ、そう? なら良かった……もっと頼って貰えるように、頑張らないとね」
「頑張り過ぎたら駄目ですよ?」
「ありがとう、気を付ける」
付き合い始めて、まだ一月も経っていない二人だ。その為、どうにもこそばゆい空気が流れてしまう。
しかし、二人は互いに強く想い合っているのもまた事実。それこそ、生涯を共にする覚悟の上で交際しているのだ。
だからこそ、そろそろもう一歩……という考えが、お互いの中にはあるのだった。
そんな空気を邪魔するかの様に、生理的嫌悪感を覚えさせる叫び声が響いた。
「……近い!! ネオンさん、僕の後ろに」
「はいっ!!」
声が聞こえた方を、警戒するナタク。しかしその瞬間……別の方向からも、叫び声が響いた。
「二体……っ!?」
二体目の叫び声に意識を向けてしまった瞬間、一体目がナタクに向けて蔦を伸ばす。その蔦は、ナタクの左腕を絡め捕った。
「しまった……!!」
右手の短槍≪一練卓将≫で、蔦を攻撃しなくては。そう思った瞬間……二体目の蔦が、ネオンに向かって伸びるのが目の端で見えた。
大切な恋人がモンスターに食われるなど、ゲームの中であっても許容できない。ナタクは無我夢中で、右腕を伸ばし……結果、彼は両腕をマンイーターの蔦で縛り上げられてしまった。
「ナタクさん!!」
「大丈夫だから……ネオンさん、蔦を攻撃して欲しい!!」
どちらか片方でも、解放されれば乗り切れる。ネオンが魔法詠唱を開始し、これならば間に合う……と、そう思った矢先。ネオンの背後に、二体のゴブリンが見えた。
ゴブリン達は、ナタクとネオンに気付いて戦闘態勢に入ってしまう。この場合、先に狙われるのはヘイトが上がりやすい魔法詠唱中のネオンだ。
――最悪だ……ッ!! いや、待て。あのスキルなら……っ!!
マキナだった頃に、第四回イベントで披露したスキル。それは転生後にネオンから手渡されており、今もスキルスロットに収められている。転生してから使用していなかったが、今この場で使用しない手は無い。
「【ドッペルゲンガー】!!」
それは自分の分身を一体、召喚するスキル。【分身】と違って召喚出来るのが一体だけであり、分身体が戦闘不能になれば本体も戦闘不能になるリスクがある。
その代わりに、ステータスは設定された時のアバターの性能を百パーセント再現している。
それは、同時に姿形もであった。
彼が最後に【ドッペルゲンガー】の設定を行ったのは、第四回イベントに臨む直前。つまり、その時の姿で【ドッペルゲンガー】が召喚される。それは等身大の自分を模した、ナタクの姿ではなく……こう在りたいという願望を反映させた姿、マキナのアバターの再現だ。
「……マキナ、さん?」
「あの頃の……僕……!?」
マキナの【ドッペルゲンガー】は、即座にナタクの両腕を縛る蔦に向けて駆け出した。
これは高性能なAIが自己判断した結果であり、ナタクが戦闘不能になったら【ドッペルゲンガー】も消滅するからという合理的な理由からだ。
同時にナタクが自由になれば、ネオンを守りやすい。それも、AIが判断した理由の一つである。
「【一閃】」
戦い方の優先順位や、使用するスキルのパターンも学習するPACと同レベルのAIで制御された、レベル60相当の【ドッペルゲンガー】。その【一閃】によって、二本の蔦は規定値のダメージを受けて拘束を解いた。蔦を傷つけられたマンイーターは、そのダメージ故かすぐに追撃という様子は見受けられない。
「……!! よし、ネオンさん!! ゴブリンを突破して、≪精霊の座≫に向かおう!! 大丈夫、こっちは三人だ!!」
「っ!! はいっ!!」
ネオンを挟むように、ナタクと【ドッペルゲンガー】が守り走る。二人は同時に短槍を振るい、ゴブリンを鎧袖一触して道を強引に切り開いてみせるのだった。
次回投稿予定日:2023/11/20(本編)
【ドッペルゲンガー】による、マキナ復活。これはナタクに転生する前から、考えていた展開でした。
それとお気に入りなのはダ〇ルネタ。ダリルじゃないよ。




