16-40 神速と閃光VS【暗黒の使徒】
ヒイロ、ハヤテが相手を圧倒する、その一方。【聖光の騎士団】が誇る最速の騎士は、モーリ率いる【暗黒の使徒】十人を相手にその動きも技巧も冴え渡っていた。
「くそっ!! このっ!!」
「ふっ……!! どこを狙っている!!」
破れかぶれの攻撃は空を切り、隙を晒すだけ。そしてそんな隙を見せれば、神速の騎士はすかさず攻撃に転じるのだ。
「はっ!!」
一対多の戦闘において、一の側は圧倒的に不利。故に立ち回りにも、細心の注意を払わなければならない。迂闊に武技を使用すれば、それから先に待つ展開は察するに余りある。技後硬直の間に敵に囲まれ、ひたすら袋叩きに遭うだけなのだ。故に武技を封印し、純粋な槍術で互角以上の戦いギルバートは演じている。
攻撃を避け、受け、捌き、相手が隙を晒す様に立ち回る。そうして隙が出来れば駆けて、斬り裂き、刺し穿つ。槍の穂先だけでなく、柄も石突も全てを駆使して。それは正に、槍使いの手本の様な戦い振りである。
これには同じ戦闘スタイルであるダイスを始め、槍使いの誰もがその姿に魅了されていく。それ程までに、ギルバートの槍捌きは完成されていた。
足を止めず、絶えず動き回り、【暗黒の使徒】の攻撃を掻い潜る。そうして機を見て敵を貫けば、そのHPは着実に減らされていく。
……
その戦い振りを、バーベラはただただ見守るしかない。
今のギルバートを見て改めて思う。強いプレイヤーだと思ってはいたが、その想像を遥かに超える強さだった。
目で追うのがやっとの、その槍捌き。攻撃の悉くを回避してのける、軽やかな身のこなし。
――あんた一人だったら……あんなのにそもそも、絡まれなかったんだよね? もし絡まれたとしても、さっさと決闘を受けて勝ってお終いだったよね?
ギルバートがその素顔を隠し、暴言や野次に耐えていたのは自分を守る為だった。それは彼自身の意思によるものだったし、それがあの時点では最適解だった。
初心者のバーベラが、トップギルドの幹部と歩いていれば……それは憶測を生み、多様な悪意の対象となっていただろう。それを避ける為に、彼は自分が初めてログインしたあの時からずっと守ってくれていたのだ。
それが嬉しくもあり、悲しくもある。彼の優しさを実感すると同時に、自分が弱いせいで辛い思いをさせてしまったと罪悪感を感じる。
この恩をどうすれば返せるだろう、どうすればギルバートの力になれるだろう。そんな考えが、芽生えていく。
そんなバーベラに声を掛けるのは、もう一人の友人。現実でも同じクラスに所属する、ライデンだ。
「どうだい、ギルの戦いは」
穏やかなその声に、バーベラの意識は思考の海から浮上した。
「えっと、ライデン君……で良いかな?」
「勿論さ。それと、僕達の事を黙っていてごめん。ギルから相談を受けて、僕も彼の変装案に賛成していたからね」
どうやらギルバートは、バーベラと行動を共にする為に変装する事をライデンとも相談していたらしい。【聖光の騎士団】の軍師であり、親友である彼に相談するのは当然の帰結といって良いだろう。
「大丈夫……そうする必要があったんだろうし、全部じゃないかもしれないけどそれなりに理解出来てると思う」
バーベラも、彼等の判断は間違っていないと思う。むしろ今の状況……バーベラが、【聖光の騎士団】に加入するという事態が異例なのだ。
しかし既に、状況は進行している。自分はログイン二日目の新参者にして、【聖光の騎士団】に加入したプレイヤーとして注目を集めたのだ。これから、多くのプレイヤーの視線が自分に集まるのは間違いないだろう。
そして何より、自分は「ギルバートが身を挺して守ろうとしたプレイヤー」と見られる事だろう。恐らく、それについて様々な憶測が行き交うのは想像に難くない。
――なら、腹を括るしかないじゃない……それに、どうせそのつもりなんだから。
ぎゅっと唇を噛み締めて、バーベラはギルバートの戦いを見守る。その戦う姿を、目に焼き付ける様に。
――ジル……ううん、ギル。今はあんたに守って貰うしか出来ないけど……いつか……!!
……
一人の乙女が強い決心をしている事など、露知らず……いや、もしかしたら持ち前のリア充センサーが反応しているのかもしれないけれど、【暗黒の使徒】のメンバーは半分まで減らされてしまった。
「……ば、馬鹿な……ッ!!」
「こんなナンパ野郎に……俺達が、負けるはずが……ッ!!」
現実を受け入れられず、そんな負け惜しみを口にする【暗黒の使徒】。しかしそんな戯言に対し、ギルバートは臨戦態勢のままだ。
「ほう、無駄口を叩く余裕がある様子。ならば……もう少し、ペースを上げても良さそうだな!!」
「「「なっ……!?」」」
宣言通り、ギルバートは更に素早い機動で【暗黒の使徒】に攻撃を打ち込む。先程まででも彼の動きを捉えられなかったのに、更に加速されたのだ……これには、もう防戦一方に追い込まれるだけである。
尚、ギルバートが最初からトップスピードで戦わなかったのは、相手を軽んじていたからではない。
高速機動を行う際は、速度に比例して視野が狭まるのだ。その状態で十人を相手にすれば、不慮の一撃を食らう可能性があった。故にギルバートは、『相手の状況に応じた最適なスピード』で戦っていたのである。この辺りは、ギルバートの長年の戦闘経験……そして、そこから来る判断力の賜物だ。
そうして果敢に攻め立てれば、【暗黒の使徒】の面々の被弾は増すばかり。更にギルバートの愛槍≪スピア・オブ・グングニル≫の特性……装備に設定されている耐久ダメージが蓄積されていき、武器や防具の耐久がどんどんと減少していく。
HPが減り、装備耐久が減り、相手の速度が増す。この覆し難い状況を前に、【暗黒の使徒】のメンバーは焦燥感を募らせていき……。
「野郎ぶっ殺してやらぁ!!」
無謀な捨て身の攻撃に、転じる者が出てくるのだ。
「ふ……生温い!!」
ギルバートの一突きでHPを激減させるも、かろうじてHPが残ったプレイヤー・モーリ。彼は武器を手放し、ギルバートの槍を両手で握り締めて見せる。
「ふ、ははははっ!! 俺が倒れようとも、我等の悲願が達成できれば良い!! これでは四人同時に、相手は出来まいッ!!」
捨て身の戦法で、ギルバートの槍を封じたモーリ。その隙に、仲間達がギルバートを倒せば自分達の勝利……そんな特攻精神による、武器封じである。
そんなモーリの捨て身の作戦を受けて、残る四人は好機が巡って来たと獰猛な笑みを浮かべる。
「その手を離すなよ!!」
「年貢の納め時だ、ギルバートッ!!」
「つーかお前もこっち側だろうがチクショーッ!!」
「爆発しろおおぉぉっ!!」
ギルバートは迫る四人と、モーリを見てフッと口元を緩めた。
「【グングニル】!!」
それは、武装スキル発動のキーワード。≪スピア・オブ・グングニル≫に内包されたスキル、【オーラスピア】が発動する。槍の穂先に魔力のオーラが発生し、そして放たれるスキルである。そんな槍の穂先に居たモーリは、魔力刃の勢いに負けて吹き飛ばされる。
「のわぁっ!?」
しかし、それで終わりでは無い。吹き飛ばされたモーリの吹き飛ぶ速度、他の四人が迫る速度……その双方の速度を戦闘経験で計算し、彼等が同じ位置に居る瞬間を見計らってギルバートは駆け出した。
それは更に回転数を上げた、正真正銘の全力疾走。
【神速】の名に相応しい、目にも止まらぬ速さ。そしてそこから放たれる、彼の切り札。
「受けよ、我が槍……【ミリオンランス・グングニル】!!」
武技【ミリオンランス】と、武装スキル【オーラスピア】を掛け合わせたギルバートのオリジナル技。無数の魔力刃が【暗黒の使徒】に殺到し、無防備なその身体を貫いていく。第二回イベント決勝でジンに放たれたものよりも、更に速く、更に鋭さを増した攻撃である。
ギルバートの攻撃が終わると同時に、【暗黒の使徒】の面々は無数のダメージエフェクトを身体に刻まれて倒れ伏した。彼等は身を以て、自分達の暴言のツケを払わされたのであった。
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ギルバートが大規模ギルドの幹部としての力量を見せ付ける傍ら、同じく大規模ギルドのエースを張るアーサーもまた圧倒的な実力を見せ付けていた。
「シャアアァッ!!」
「はっ……セイッ!!」
迫り来る直剣を弾いた直後に剣の柄で相手の胸を打ち、体勢を崩すアーサー。そうして相手がたたらを踏んだところで、剣を横薙ぎに振り払う。
そんなアーサーを刺し貫こうと、短槍を突き出すプレイヤー。しかしアーサーはその槍を半身になって避け、その勢いを利用して背中に剣による一撃を叩き込む。
姉・クロードと一緒に近所の剣術道場に通っていた彼は、本格的な剣術を学んでいる。その培った経験はVRMMOにおいても効果を発揮し、そのAGIも手伝って彼をトッププレイヤーの座へ押し上げた。
「ぬぅ……っ!! 隙が……無いっ!!」
「まだだ、まだ終わらんよ!!」
その実力は決闘での戦いに精通した【暗黒の使徒】が、手も足も出せないレベルだ。相手の武器が何であろうと、アーサーは安定した立ち回りで優位を保ち続けている。
ちなみに普段からアーサーは、最速の座をジンから奪取すべく日々腕を磨いている。それこそ、ストイックなまでに……だ。
「アーサーさんの努力を知らない輩が、何か言っていますね」
「うん……お兄ちゃんは、努力の人だから」
アイテルとナイルがそう言うと、他の面々も全くだと言わんばかりに頷いて同意する。なにせその様子を誰よりも間近で見て来たのは、彼等なのだ。
「第二回イベントでの敗北が、余程悔しかったんだろうな」
ラグナがそう言うと、シアは「だよねぇ」と苦笑した。
手強いライバルは、ギルバートくらい……そう思っていたアーサーはジンと出会い、第二回イベントの準決勝で彼と戦い敗北した。それからのアーサーは、打倒ジンを目指して奮起していたのだ。
しかし同時に、シアはその相手であるジンとの関係についても考える。
「でもさ? 負けはしたけど相手と認め合って、友情を育んでさ……その結果、今こうして肩を並べて戦ってるんだよね。その辺は、何て言うか……アーサーらしいよね。簡潔に表現するとエモみ特盛」
「言い方。いやまぁ、言いたい事は解るんだけどよ」
彼等は皆、そんなアーサーを信頼している。彼の人間性も、そして実力も。
だからこそ……視線の先で、彼に悪態を吐くプレイヤー達に対して怒りが込み上げてくる。
「女子に囲まれて、ヘラヘラしている癖に……っ!!」
「ちょっとモテてるからって、いい気になるんじゃねぇぞ!!」
「こんなハーレムクズ野郎に負けてなるものか!!」
アーサーの事を何も知らない彼等が、何故そんな事を口に出来るのか。そんな憤りを覚えるが、アーサーの邪魔にならない様にと口を噤む……ただ一人以外は。
「違うよ!!」
その言葉が耳に届いたアーサーは、声の主に視線を向けたい気持ちを堪える。戦いの最中に気を逸らせば、待ち受けるのは敗北だ。それが身に沁みて解っている為、アーサーは集中し続ける。
「おい、ハルさん……!」
「落ち着けって、ハルちゃん……」
ラグナとオリガが声の主……ハルを窘めようと声を掛けるが、ハルは引く様子を見せない。
「アーサーがいつも、どれだけ頑張ってるかあなた達は知らない! 皆に信頼されてるか、周りの人達を大切にしているか知らないでしょう!」
今のハルを見れば、彼女を知る者ならば驚くだろう。ハルはいつもニコニコと笑みを絶やさず、柔らかい口調と視線を崩さない。そんな彼女が声を張り上げ、厳しい視線を他人に向けているのだ。これには、実姉のシンラですら驚くに違いない。
そんなハルの怒りの声に、三人娘も顔を見合わせて頷き合う。
「……そうですね。ハルさんの言う通りです!」
「……だね。アーサーの何を知ってるってのさ、あんたらはっ!」
「お兄ちゃんは、誰よりも真っ直ぐで優しい人なんだから……!」
ハルに感化されたアイテル・シア・ナイルも、声を上げて【暗黒の使徒】を非難する。そんな彼女達の様子を見て、オリガやラグナはやれやれ……といった表情を浮かべると、こうなればヤケだとばかりに声を上げた。
「アーサー、とことんやっちまえ! 手加減なんざいらねーぞ!」
「お前の人柄をろくに知らずにふざけた事を口にする輩に、遠慮など不要だ!」
そんな仲間達の声に続いて、予想外の人物から声が上がった。
「お前さんの性格や実力は、実際に戦った俺はよく知ってる。そんな奴ら、ケチョンケチョンにしてやりな!」
「アーサーさん、頑張って下さい!」
「応援してますからー!」
それは第四回イベントの最終日に、死闘を繰り広げたゼクス。そして、偽物騒動で彼が庇ったネオンとナタクである。
ギルドのメンバーではない彼等が声を上げた事で、状況を見守っているプレイヤー達は驚きと共に認識を改めていく。
「何で【桃園の誓い】や【七色の橋】まで……?」
「さぁ……でもさ、あんな風に応援するって事は、きっと何かあるよな」
「アーサーの事、ハーレム野郎かと思ってたけど……そうでもないのか?」
「実際の所、上辺だけの情報で何も知らないのかも……」
多くの仲間や友人から、向けられた声援。それを受けたアーサーは、集中しつつも心が沸き立つのを感じていた。
想い人が真っ先に、声を上げてくれた事が嬉しかった。友達や、後輩が自分の事を思ってくれた事が、嬉しかった。親友が、応援してくれたのが嬉しかった。そして好敵手が、新たな友人が背中を押してくれるのが嬉しかった。
――気合いが入るな、これは。じゃあ、ご要望通り……!!
「そんじゃあ……」
アーサーは剣を握り直し、姿勢を低くして構える。これまでとは違う雰囲気に、【暗黒の使徒】の面々は警戒心を引き上げる……が、それでも足りない。
「ギアを上げるぜ!! 【超加速】!!」
スキル発動と同時に、アーサーのAGIが更に向上。その高速移動を捉えようとしても、【暗黒の使徒】の面々のステータスではそれも適わない。
「ぎゃあっ!?」
「く、そぉ……っ!!」
「み、見え……ねぇ……っ!!」
アーサーの戦略は単純なもので、最初は着実に【暗黒の使徒】の面々のHPを削っていき、十分削れた所で一気に勝負を決めるというもの。それで落とし切れなくとも、問題は無い。まだ【変身】を温存している上に、虎の子の切り札があるのだ。
しかし【暗黒の使徒】の面々は、あっさりとHPを散らして倒れていく。この分だと、奥の手は必要ないか……そう内心では思うものの、警戒を緩めはしない。
そうして最後の一人を倒すと同時に、【超加速】の効果が切れた。
「貰ったぁっ!!」
全員を倒し切ったと油断して、【超加速】が切れた瞬間を狙って≪聖なるメダル≫の効果を発動させたプレイヤー。彼はアーサーの背中に取り付いて、剣を握る右腕に飛び付く。
「良くやった!!」
同時に【不屈の闘志】によってHPが1だけ残った、ナインが剣を構えて駆け出す。
しつこさだけは超一流だな……などと考えつつ、アーサーは対応策を考え……その瞬間。
「アーサー!!」
ハルの声が、再び耳に届いた。
――見てろよ、ハル。お前のお陰で手に入った、コイツの力を!!
「【ギガンティックフィスト】!!」
巨人の拳を象ったオーラを纏った左手で、右腕に組み付いたプレイヤーを殴り飛ばすアーサー。その威力は凄まじいもので、蘇生したばかりのプレイヤーは一撃で戦闘不能に逆戻りした。
「ぬっ!? し、しかぁし!!」
初めて目の当たりにしたものの、アーサーが使用したのは武技だと判断したナイン。武技を使用した直後は、技後硬直に陥る。その間にアーサーに接近し、一気呵成にトドメを刺す……そうすれば、自分達の勝利である。
「【クイックステップ】!!」
ダメ押しとばかりに加速して、アーサーに接近するナインだが……それが、逆効果であると彼は気付いていなかった。
「わざわざ来てくれるとは……優しいじゃんか」
そう……ナインはそのままタイミングを見計らって、アーサーの技後硬直が始まる瞬間に仕掛けるべきだった。最もその場合、タイミングは非常にシビアだが【変身】で凌げる可能性もある。
「【ウルフィンクロウ】ッ!!」
アーサーがスキル発動を宣言すると同時に、左手の指先に爪を模したオーラが発生。鋭利な爪はナインの胸を裂き、残り1ポイントのHPを奪い去る。
「【チェイン】……!?」
アーサーがスキルオーブも同時に手に入れた、モンスター由来の食材。その食材を口にした事で得られた、モンスター専用の武技を発動出来る……それが、アーサーのユニークスキル【三汁七菜】。
中空には、アーサーの勝利を示すシステム・ウィンドウが表示されている。
歓声が起きる中で、膝から崩れ落ちたナインは覆面の下で表情を歪めている。その素顔が露になっていたらなば、誰もが同じ感想を抱いていた事だろう。それ程までに、彼の表情は憤怒と絶望に満ち満ちていた。
しかし倒れ伏しながらもアーサーを睨み、低い声でナインは呪詛を吐くかのように言葉を発した。
「これで終わりだと思うなよ……!! 次こそは、貴様を……!!」
そう言い掛けるナインに対し、アーサーはフッと笑って剣を肩に担ぐように持ち直す。
「お前等に付き合ってやるのは、これっきりだぞ?」
それはとても清々しそうな表情で、ナインの怨念の籠った視線も声もどこ吹く風といった風情で踵を返す。
「き、貴様……!! 逃げるのか……ッ!?」
食い下がろうとするナインだが、アーサーは立ち止まらずに仲間達の元へと歩いていく。
「お前等と違って、俺は忙しいんだよ……いつか正々堂々の真剣勝負で、勝ちたいヤツがいるんでな」
「おい、待て!! 待てと言っている!! おい……っ!! 貴様あぁ……っ!!」
立ち去ろうとするアーサーに喚き散らすナインだが、アーサーはそんな声を聞き流していく。そうして蘇生猶予時間が尽き……ナイン率いる十人は全員、強制送還されていった。
次回投稿予定日:2023/9/05(本編)




