16-37 クールダウンしました
「ぜ、ぜ……全員まとめて……だとぉ……!?」
「な、舐めてやがる……こ、こいつ……ッ!!」
ジンの殺気に圧倒されつつも、怒りを糧に言葉を絞り出す【暗黒の使徒】達。それを受けても、ジンは一切揺らがない。ミモリを泣かせ、ギルバートやバーベラをなじり、ヒメノや仲間達の純粋な想いを侮辱した彼等に対し、一切の容赦を捨てて本気で潰すつもりらしい。
張り詰めた空気で満ち満ちた、始まりの町[バース]の噴水広場。ギャラリーは息をするのも忘れそうなくらい、緊迫した雰囲気に口を噤んでいた。
そんな緊張感で満たされたその場に、平然と乱入する者が現れた。
「ジン君、システム的に全員同時は出来ないんじゃないかな?」
それはジン達にとって馴染み深く、絶大な信頼を寄せる男性の声だ。
ジンが視線を声がした方に向けると、その人物は軽快な足取りでジンに歩み寄る。身に纏うのはお馴染みのアロハシャツではなく、戦闘時に着用する漆黒装備だ。
「な……あいつはっ!!」
「何故、ここに……!?」
「いや、しかし好都合!! 奴は確か、リア充だ!!」
闖入者を見た【暗黒の使徒】達は、動揺する。しかし彼が既婚者で、リア充であるという意見から「成程、それは好都合!!」と考えを改めたらしい。
「お、おい……あれ……っ!!」
「あぁ、間違いねぇ!!」
「これ本気で、第四回の【七色】勢揃いじゃねぇか!!」
ギャラリーも、その人物の登場に色めき立つ。第四回イベントでその素顔を晒し、獅子奮迅の活躍を見せたプレイヤーなのだ。無理もない事だろう。
「ユージンさん」
ジンがその名を呼べば、彼……ユージンは一つ頷いて、言葉を続ける。
「現行の決闘システムは、一パーティまでが参加上限人数。つまり、同時に相手を出来るのは十人までになる訳だ。彼等は総勢七十名……そうなると、七回戦う事になる」
「……僕的には、それでも良いんですけどね」
いつになく好戦的な様子のジンに、ユージンは珍しいと苦笑してみせた。
「怖気付く者が出てきて、取り逃がすかもしれないだろう? 一人残らず叩きのめすなら、やはり同時にやるのがベスト……つまりだ」
ニッと笑ったユージンが、愛用の銃剣を肩に担ぐようにして申し出る。
「分業が一番手っ取り早い。そこで十人ほど、俺にやらせて貰えないかな」
ユージンの申し出を受けて、ジンは僅かに目を開き……そして、問い掛ける。
「ユージンさん、それは何故ですか?」
「僕はこう見えて、身内はとことん大切にする主義なんだ。つまり……」
ジンの問いに対し、ユージンはいつも通りの話し口で返事をし……続く言葉で、その声色が変わった。
「大切な身内を侮辱し、大切な身内を泣かせた連中に、自分が何をしでかしたのか悔い改めて貰う。それが理由だ」
それはいつもより低い声。視線も剣呑な光を帯び、彼が静かな怒りを燃やしているのが察せられた。
するとジンの背後から歩み出た二人が、彼の両脇に並ぶ。
「ジン。俺としても、黙ってはいられない」
「俺もやらせて貰いたいんだけど、良いよねジン兄?」
一人は濃紺の鎧で身を固めた、鎧武者。もう一人はアサルトライフルを担いだ、銃使い。
「……ハヤテ、それにヒイロも」
ジンが二人に視線を巡らせると、彼等は真剣な表情で【暗黒の使徒】に鋭い視線を向ける。
「ミモ姉を泣かせた事、ジン兄や皆を侮辱した事……死ぬほど後悔させてやる」
「俺も同じだ。大切な人達を貶められて、これ以上黙っている訳にはいかない」
ハヤテとヒイロも、心底怒っているらしい。その視線を受けた【暗黒の使徒】達は、背筋が凍る様な錯覚を受ける。
……
ジンに続き、ユージン・ヒイロ・ハヤテの参戦表明。それだけでも、【暗黒の使徒】と周囲のプレイヤーは緊張感でいっぱいいっぱいになっている。
しかし、それで終わりでは無かった。噴水広場の西側の人垣が割れ、そこから姿を現したのは予想外の存在である。
「そういう事ならば、もう一人適任者が居る」
そう告げたのは、金色の髪の聖騎士。大規模ギルドを束ねる、圧倒的な存在感の持ち主である。
「……アーク!?」
「何で、【聖光】の幹部連中がここに……!?」
アークを先頭に、ギルバートを除く幹部メンバー勢揃いである。その姿を見たギャラリーは、突然の出来事に更なる混乱に陥った。
そんなギャラリーを一瞥することなく、【七色の橋】と【桃園の誓い】……彼等に保護された状態のギルバートに向けて、アークが声を掛ける。
「彼女を守る為に、罵詈雑言を耐え忍んだと聞いた。やはりお前は、俺達が誇る最高の騎士だ」
その言葉を口にしたアークは、穏やかな表情と声である。普段の彼しか知らないギャラリー達は、アークの意外な言葉と表情に困惑しきりだ。
「アーク……それに、君達まで……」
アークだけではなく、幹部メンバーがギルバートに向ける視線は優しい。
彼等はギルドのメンバーから、この騒動について聞かされた。バーベラを守る為に、罵声を浴びつつも耐え抜こうとしている男……それが、ギルバートだと即座に見抜いたのだ。
慌てて彼は、ギルドの幹部にメッセージで状況を報告。それからも、状況を逐一共有していたのである。
つまりアーク達は、粗方の状況は把握している状態という事であった。
「それでは、お前の懸念を一つ払拭しておこう」
ここからは、ギルバートの誇りを守る為に行動を起こすべき。アークの打ち出したその方針に、幹部メンバーは誰一人として異論を挟まなかった。
「バーベラさん、我々【聖光の騎士団】は君をギルドにスカウトしたい」
アークが直々に、プレイヤーを勧誘する事など滅多に無い。それは誰もが知っており、信じられないといった視線が向けられた。
「わ、私!? え、な……何で……っ!?」
バーベラも、【聖光の騎士団】については聞き及んでいる。当然ながら、ギルバートからも概要を聞いていた。そして昨日のゲームの後、彼に「見ておいた方が良い」と勧められた公式掲示板……そこでも、【聖光の騎士団】の名は頻繁にコメントされていたのである。
そんな、ゲームを代表する大規模ギルド。そこに自分がスカウトされる、その意味が解らなかった。
「君は彼と、そしてライデンやルーと友人と聞いた。ならば、共に歩む事に不安は無い。君さえよければ、うちに来て貰いたい」
ジルはともかく、ライデンとルーって誰? と思うが、すぐに自分に視線を向け微笑む明人と麻衣に気付く。
つまり自分の友人は、大規模ギルド【聖光の騎士団】のメンバーだったという事だ。バーベラは即座にその事に気付き、躊躇いつつも返事をする。
「み、皆と一緒なら……その、喜んで……?」
バーベラが未だに混乱状態の最中にいるが、ギルバートも予想外の事に困惑している。そんな彼に、声を掛けたのはサブマスターのシルフィであった。豪快にギルバートの背を叩き、ニッと笑う。
「これならお前も安心じゃないか。常に側で、彼女をフォロー出来るだろ?」
それ以外の細けぇ事は、気にするなとばかりに笑うシルフィ。どこまでも豪快で、明朗快活な彼女らしい。
そんなシルフィに苦笑しつつ、ライデンが愚痴を零す。
「全く、アークさんもシルフィさんも言い出したら聞かないんだから……ま、僕もこれが最適解だと思うけどね」
最後の一言は、ギルバートの事を思って……そして、自分も表立って協力する事が出来ると判断しての事だ。
そんな二人にルーやベイル、アリステラとセバスチャン……ヴェインも、クルスも異論は無いとばかりに頷いてみせる。
そうして最後にギルバートの背中を押すのは、やはりアークだった。
「もう耐える必要は無い。奴等に教えてやると良い……自分達が、誰にケンカを売ったのかをな」
その言葉が、とどめだった。ギルバートは顔を伏せ……込み上げる感情を、抑え切れなかった。
「ふ、ふふっ……全く、君達は……しかし、感謝するよ」
「ジル……?」
ギルバートの口調が、変化した事に気付いたバーベラ。どうしたのかと困惑すると同時に……彼から放たれる空気が、存在感が増している様な気がしている。
「バーベラ……約束した件だが、済まない……前倒しにさせて貰うよ。でも、安心してくれ……絶対に、私が君を守ろう」
そう言うとギルバートは顔を上げ、システム・ウィンドウを操作する。
変装用の装備を外し、本来の装備へ切り替える。≪騎士団服≫に≪騎士鎧≫、そして愛槍≪スピア・オブ・グングニル≫。
設定変更のボタンを押せば、身に纏った装備が光と同時に消失し……即座に誰もが見覚えのあるトッププレイヤーの姿へと変わった。
「事情が変わったぞ、【暗黒の使徒】。決闘がしたいのだったな……その挑戦、このギルバートが受けて立とう!!」
それは知らぬ者など居ない、神速の槍騎士。最高の聖騎士の相棒にして、最速忍者の好敵手。
「ギ……ギ……ギルバートだとぉッ!?」
ダリルが驚愕の声を上げると、【暗黒の使徒】の面々も驚きでざわつく。
当然、ギャラリー達もビックリ仰天。野次を飛ばしていた者達は、自分が誰を揶揄っていたのか理解して気まずそうである。
「な、何で変装なんて……!!」
「あの様子だと、【七色】も【桃園】も知っていたのかな……」
「っていうか、あの娘……【聖光】にスカウトされたぞ!? それも、アーク直々に!!」
……
ギルバートの参戦に驚きや戸惑いの声が上がる中、更なる混乱を招くかのように姿を見せるプレイヤー達がいた。
「何だこりゃ、何の騒ぎだ?」
それは【森羅万象】のメンバー。それも幹部であるオリガとラグナである。問題は、その後から続く面々。
「あれ? ねぇアーサー、【七色】さんと【桃園】さん達! それにフリーの皆さんもいるよ!」
「……うん、まぁそれは良いんだが。何で【聖光】まで居て、その上【暗黒】が居るんだ」
見る者の心を惹き付ける、吸引力の変わらない天使の笑顔を見せるハル。その隣で、【暗黒の使徒】を見て心底嫌そうな顔をするアーサー。その後ろに控えるのは、アイテル・シア・ナイルの三人。【森羅万象】幹部メンバーの高校生組であった。
「【森羅万象】の……アーサーッ!!」
「飛んで火に入る何とやら!! 我等が宿敵がこうも揃うとは!!」
「天はどうやら、我々に味方をしているようだな!!」
いや、それはない。
「何で【森羅】がここに……!?」
「……別に普通に居てもおかしくないんじゃないか? ここ、始まりの町なんだし」
それはそう。
アーサーを見て(ある意味で)歓喜の声を上げる【暗黒の使徒】達に、困惑状態でざわめくギャラリー。そしてジン・ヒイロ・ハヤテとギルバート……後は何故居るんだろう? とは思うものの、ユージンが【暗黒の使徒】と向かい合っている。その間に漂う緊迫した空気に、アーサーは粗方の事情を察した。
「はーん、成程ね……また面倒事に巻き込まれてんのか。まぁいい、ダチを放っておくのは主義に反する。何か俺に手伝える事はあるか?」
愛剣である≪征伐者の直剣≫を抜いて、ジン達の元に歩き始めるアーサー。その背中を見て彼の仲間達は、笑みを浮かべている。
そんなアーサーの発言に、野次馬達は更にざわめいた。
「え、ダチ……? それって【七色】? ジンさんの事か?」
「ギルバート……ではないだろうが……」
残念、彼等は既にフレンド登録を交わした正真正銘の友人なのである。
アーサーが近くまで歩み寄ると、ジンは彼に顔だけ向けて声を掛ける。
「……アーサー」
「おう、俺だ……ってか、いつもと随分空気違うな」
ジンが纏う怒りのオーラを察して、アーサーは「珍しい事もあるもんだ」と嘯いた。ジンがアーサーに返事をしようとすれば、その前に【暗黒の使徒】の面々が声を上げて遮る。
「よく我等の前に顔を出せたな、このハーレム野郎が!!」
「貴様の様な奴がいるから、この世界から争いが無くならないんだ!!」
「独占禁止法違反者だ、絶対に逃がすな!!」
「スケコマシ許すべからず!! リア充爆発しろッ!!」
彼等【暗黒の使徒】にとって、アーサーは不倶戴天の敵として認識されている。そんな男が自ら、ノコノコとやって来たのだから血気に逸るのは当然だろう。
で、そんな血走った目で睨まれているアーサー。
「これは随分と、言いたい放題言ってくれるな。人の事を散々ボロクソ貶してるがな、それ全部お前らの勘違いだから」
傍から見ればハーレム状態であるものの、アーサー自身はハル一筋を貫いている。他の三人の好意に気付いていないから……主人公属性持ち特有の鈍感さにより気付いていないから、そう見えるだけである。
基本的にアーサーは、誠実で一本気な男なのだ。なので、彼等の言葉は言い掛かりに等しい……というより、そのものであった。
「何が勘違いなものか!!」
「貴様が彼女達を侍らせて、鼻の下を伸ばしているのに気付いていないとでも思ったか!!」
「もう、私達の敵ってより女の敵ね!!」
「四股ハーレムリア充、爆発すべし!!」
二人しかいない女性メンバーのバーラとライカまで、アーサーに噛み付き始めた。これだから、【暗黒の使徒】は。
「そういうとこだぞ、お前ら。自分達が信じたいものだけ信じて、相手の言う事聞かないで今までどんだけの人に迷惑掛けてきた? 面白がってる奴ら以外にとっちゃ、お前ら迷惑なんだよ」
そう言うアーサーは、めっちゃ冷めた目で【暗黒の使徒】を睨み返す。
「第一、今の発言は俺の大切な仲間達に対する侮辱だ。ダチに絡まれ、仲間を馬鹿にされたんだ……もう、黙ってられないよな」
ハルやアイテル、シアとナイルも、そんな軽い女じゃない。彼女達まで馬鹿にされたら、ここではいサヨナラとはいかない。
「折角のご指名だ……お前等と肩を並べるのも、悪くないしな。構わないか、ジン」
そんなアーサーの問い掛けに、ジンは一瞬思案し……。
「……仲間を侮辱された怒り、よく解るよ。解った、任せる」
「そうこなくちゃな……!!」
自分達と同じ理由で憤っている点から、彼の参戦を受け入れる事にしたのだった。
……
ジン・ヒイロ・ハヤテに加えて、ユージンとギルバート・アーサーが参戦表明。残る十人をどうするかと考えて、ヒビキとナタクが視線を絡ませる。
「残った十人は、僕が……」
「いや、ここは僕に任せて貰えないかな」
ヒビキは≪籠手・護国崩城≫による、攻防一体の戦術がある。しかしながら、実戦経験はまだ不足している……それは、ヒビキも自覚している。
対するナタクは鍛え抜かれた技量を駆使して、多人数相手でも相手取れるだろう。だが転生した為、レベルに関しては【七色の橋】で最も低い。その点を考慮しない、ナタクではない。
それでもミモリの為ならば、戦う事に躊躇いは無い。その点に関しては、二人は同じ気持ちであった。
そんな二人は唐突に、背後に気配を感じた。それは本当に突然現れたもので、今まで側に居た仲間達のものではないとすぐに気付けた。
一体、誰が……そう思い振り返ろうとする彼等の肩に、ポンと手が置かれる。それは、女性の手であった。
「外野からごめんね、ヒビキ君、ナタク君……戦うの、私に譲って貰うことって出来ないかな」
それは聞き馴染みのある、女性の声。どこからともなく現れた、友好関係にあるギルドのメンバーだ。
「レーナさん?」
「それに、【魔弾】の皆さん……」
声を掛けたのはお馴染みの現代風衣装を身に纏ったレーナで、それ以外のメンバーはローブを纏ったままだ。
「悪いけど、お願いできないかな……こうなったレーナちゃん、絶対止まんねーんだよ」
「申し訳ないけど、ね。お願い」
フードを脱ぎ去ったビィトとジェミーが、苦笑しながらそう呼び掛ける。他にもシャインやディーゴはフードを取って顔を晒しているが、他のメンバーはフードを被ったままだ。
その内の一人が近くに歩み寄ったのを確認して、レンは小声でその人物に呼び掛ける。
「……顔割れする恐れがあるのでは?」
それは、一人の女性に向けた言葉である。レンは即座に、その人物が自分の姉だと気付いたのだ。女性も当然、それを見越してレンの側に歩み寄っていた。
「だから、こうしてフードを被ってるでしょう? ふふ、レーナさんがどうしてもって言うものだから」
「ずっと駆け付けたそうに、ウズウズしていたからな……ま、気持ちは良く解る」
女性の隣に立つ男性も、話に加わる。姉と義兄の言葉に、レンはフッと笑いながら肩を竦めるしかできなかった。
さて、そんなウズウズしていたレーナ……彼女は【七色の橋】の面々、特にミモリに向けて微笑みかける。
「どうかな、残りは私に譲って貰えないかな? こう見えて、めちゃくちゃ怒っててね」
レーナの軽い口調……しかし、そこに強い感情が込められた言葉。それを聞いて、ミモリは呆気にとられた様子で問い掛けた。
「レーナさん……どうして、そこまで……?」
そんなミモリの言葉に、レーナは笑みを崩さずに言葉を返す。
「そりゃあ勿論、理由は皆と同じ。私も……ううん、私達もミモリさんの事が好きなんだ。いつも皆の事を気にかけてくれて、楽しく過ごせるように気遣ってくれてる……そんなの、大好きになるに決まってるでしょ?」
ミモリはいつも仲間達が楽しめる様に、リラックス出来るようにと全体に気を配りながら立ち振る舞う。それは元からそういう性格だったのもあるが、仲間内においては皆を大事にしたいという思いからだ。レーナは、それを聞かずとも察していた。
「もちろん、他の【七色】の皆も大好き。【桃園】の皆も、リリィさんや、クベラさんにコヨミさんも大好き。私はあなた達を、大切な友達だって思っている……だからね?」
そこまで告げて、レーナの表情が一変した。【暗黒の使徒】に視線を向けた瞬間……優しい笑みは真顔に変化し、感情の伺えないものに変わる。
「あの人達、許せないんだ」
めちゃくちゃ怒っているという自己申告が、疑い様のない本気の言葉なのだと実感させる気迫。普段は明るく人懐っこいイメージのレーナが、静かに激怒している……その様子に、【七色の橋】の面々は異を唱える気が失せた。
「レーナさん……うん、了解です」
ミモリがレーナの立候補を受け入れれば、ヒビキもナタクも受け入れるしかなかった。
「……ミモリさんが、そう言うなら」
「解りました……お願いします」
辞退したのはミモリの言葉があった事、レーナの方が自分達よりも強いという事もある。だが、それ以上に……彼女が怒っているのが、自分達と同じ理由からだと解った。だからこそ、二人はレーナに戦いを譲ったのだ。
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「貴様等、本気で言っているのか……この俺達を、一人ずつで相手にするだと……?」
ダリルが怒りで表情を歪め、ふざけるなと言わんばかりにジン達を睨む。だが、そんなものは何の意味も成しえない。
「なんだ……この条件で負けるのが怖いのか? 【暗黒の使徒】」
ヒイロが冷めた雰囲気でそう言えば、シン・フォウ・ギアのお馴染みトリオが怒りを露わに声を上げる。
「何だと……貴様!! 今、何と言った!?」
「我々を舐めているのか!?」
「可愛い恋人が居るからって、調子に乗るなよ!!」
最後のは、関係ないと思うんだけどね。
「あーはいはい、十人だけじゃ負けそうでビビってんスね。それならフィールドに出て、全員まとめて来ても良いッスよ?……あぁ、でもあんた達に、重犯罪者になる度胸は無いか」
ハヤテはハヤテで、あからさまに彼等を挑発していた。しかしその発言が挑発と察しつつ、【暗黒の使徒】の面々はそれを聞き流せない。
「貴様、言うに事欠いて……!!」
「目に物を見せてくれるわ……!!」
「私に対する数々の暴言は、聞き流そう。だが女性を泣かせたり、友を侮辱した事は断じて許せん。さぁ、遠慮なく十人まとめて掛かってきたまえ!」
この言葉は、ギルバートにとって本心からの言葉だ。彼にとっては女性は愛でる存在であると同時に、守るべき対象。泣かせる事など、嬉し涙以外あってはならない。同時にジンやヒイロ……勿論、他の面々も大切な友人である。元よりギルバートは友情に篤い性格であり、友を侮辱されては黙ってなどいられなかった。
「ほざけ、エセ騎士が……!!」
そんな彼を前にして、モーリをはじめとする【暗黒の使徒】のメンバー達は苛立ちを募らせて睨み付けている。
「成程ね、虎の尾……いや、狐の尾を踏んだか。こっから先に起こる事は全部、お前達の自業自得だ」
ヒイロとハヤテの冷徹な殺気、ギルバートのいつにない戦意剥き出しの様子と言葉から、アーサーはここで何が起こったのかを大体察した。
レーナとミモリのやり取りから、【暗黒の使徒】はミモリを傷付ける様な行いをした。だからこそ、ジン達は激怒しているのだろう。
ならば、やる事は一つ。友人の為に、仲間の為に全力で敵を斬り伏せるのみだ。
「その言葉、そっくりお返しするぞ、このハーレムクズ野郎!!」
対するナインは、アーサーを前にしてやる気を漲らせていた。殺る気と書いて、やる気である。
「さて、誰が俺の相手をしてくれるのか……楽しみだな」
「余裕のつもりか、生産職人。少しは腕が立つ様だが、戦闘を専門にする我々を十人相手にして、敵うとでも? 貴様もリア充だ、絶対に爆発させてやる」
余裕の態度を崩さないユージンに、そう声を掛けたのはサブマスターのビスマルク。ダリルに次ぐ実力者であり、彼の周囲に集まった九人は「ビスマルクさんが一緒に戦うなら、負けは無いな」と安心した様子を見せていた。
しかし、ユージンは揺るがない。
「やれるものならやってみせたまえ、御託はそれから聞いてあげよう」
「……良い度胸だ」
ジン達に並んで立つレーナに対し、戦意剥き出して笑うのはバーラとライカだった。
「部外者がしゃしゃり出て来た事、後悔させ………………いや!! アンタ、リア充!?」
「え……はっ!? この波動……ッ!! リア充か!? リア充だろ!? リア充だな!!」
何か言い出した。マジでこいつらのリア充センサー、高感度過ぎてやばい。
「あぁ、そっか。あなた達はリア充が嫌いなんだったね……なら、丁度良かったんじゃないかな? お察し通り、私は素敵な婚約者に親友、先輩達……それに仲間達のお陰で、最高に幸せで充実しているから」
レーナがそう返すと、バーラとライカは憎悪に染まった視線を彼女に向ける。
「気に食わないわ、アンタ」
「若いからって調子くれてんじゃないわよ」
どうやらレーナの言葉は、彼女達の逆鱗に触れたらしい。
そして、ジンとダリルが真正面から対峙する。
「貴様、正気か?」
「あぁ、あんた達と違ってね」
ダリルの言葉に、辛辣な返答で応えるジン。そんな彼の台詞を受けて、ダリルの表情が醜く歪んだ。
「強いスキルや装備で、図に乗るのもここまでだ……貴様は、貴様だけはっ!! この俺が、爆発させてやるッ!!」
『ダリルから決闘の申請が送られました。受領しますか?』
ジンは、システム・ウィンドウの内容を確認する。参加者の欄には、ダリルを始めとした十人のプレイヤー名が表示されている。こちらの指定通り、相手は上限の十人で申請を送って来た。
そしてルールは互いのHPがゼロになる事が勝利条件の、【完全決着モード】。制限時間は無制限である。
内容を全て確認したジンは、【決闘開始】のボタンをタップする。
同時にヒイロ・ハヤテ・ユージン・レーナ・ギルバート・アーサーも、申請を受領したらしい。空中に七つのカウントダウンが表示された。
ジン達はそれぞれ、互いの戦いの邪魔にならないように距離を取り始める。それに合わせて【暗黒の使徒】も、自分達が決闘を申請した相手を追って移動する。
ギャラリー達は戦いの邪魔にならない様に、そしてジン達が戦いやすいようにと広がっていく。
「ジン君、ジン君……顔、怖いよ?」
ジンに対して、そんな声を掛けるのはレーナだった。そんなレーナの呼び掛けに、ジンは全く揺らぐ事なく言葉を返す。
「大丈夫です。この件が終われば、元通りですよ」
そんなジンに、今度はユージンが声を掛けた。
「ジン君、急いては事を仕損じる。油断は禁物だよ」
「お気遣いありがとうございます、気を付けます」
ユージンの言葉にも、ジンの表情は変わらない。これには流石のユージンも、意外そうな表情を浮かべた。
そうこうしている内にも、カウントダウンは進んでいく。その間に、ジンは意識を戦闘に集中していく。相手の動き、一挙一動を注視して先の動きを予測しようとしている。
闘争に埋没していく意識、相手を殲滅する事だけを目的とした思考。普段の彼とは打って変わり、獰猛な獣の様な雰囲気を身に纏う。
だが、それを良しと思わぬ者が居た。
「ジンくん……」
彼の怒りは、理解している。自分だって同じ気持ちだし、心の底から【暗黒の使徒】に対する怒りが渦巻いて止まない。
しかし、今のジンは危険な状態に思える。ヒメノは、それを感じていた。
そんな彼女の様子に気付いたミモリは、ヒメノの考えが理解できた。
彼女はジンと多くの時間を過ごし、彼の人となりを良く知っている。だからこそ、今のジンが危うい状態だと気付けた。
ジンはどんな時でも、スポーツマンシップに則り正々堂々とした勝負で、数々の強敵を打ち破って来たトッププレイヤー。最もそれを実感させるのは、彼の戦い方だ。
例えばジンは、余程の事が無い限り相手を背後から襲わない。基本的に正面から仕掛け、競り合うのが彼のスタンダードな戦い方だ。
しかし今のジンは、どんな手段を駆使してでも相手を潰すといった気迫に満ちている。それは彼の戦い方……彼の在り方を、歪めてしまう様な気がしてならなかった。
恐らく、ユージンとレーナもそれを懸念しているに違いない。
――それなら、やる事は一つしかないじゃない。
ミモリは”自分の為に怒ってくれた最愛の弟分”の為に……そして”そんな弟を心から愛してくれる可愛い妹分”の為に口を開く。
「ジン君!!」
ミモリの呼び掛けに、ジンは振り返る。その視線の険しさは、彼が怒りを爆発させてから全く衰えていない。
でも、それもここまでだ。そう内心で呟いて、ミモリは声を張り上げた。
「これ、忘れてる!!」
ミモリが指を差したのは、自分の首元に装備している≪飾り布≫。その装備の仕方は、ジンと同じくマフラーとしての用法だ。
そう言われたジンは、ミモリの表情……そして、その隣に立つヒメノの表情に気付く。
表情を見れば、二人が自分の事を案じてくれたのに気付けた。同時に自分が、頭に血が昇った状態で突っ走ろうとしている事を理解できた。
それが、ジンの激情を抑制する。怒りに打ち震えていたとしても、ジンの本質は変わらない。大切な人を悲しませてまで、己のエゴを押し通す彼ではない。
――二人とも……そんな顔をさせて、ごめん。不安がらせちゃったんだね。
ジンは目を伏せ、己の不甲斐なさを恥じ……すぐに冷静になろうと、意識を切り替える。陸上で培ったメンタルコントロールを駆使して、クールダウンを図る。自分の中の激情が、ニュートラルな状態まで抑えられていくのを感じる。
そうして意識がクリアになった所で、ジンは首元のマフラーを左手でつまみ……そして、引き上げた。それは口元を隠す様な、いつものジンのスタイル。多くのプレイヤーが慣れ親しんだ、ジンの忍者ムーブのスイッチが入る合図。
そうして伏せていた顔を上げ、瞼を開いたジンの視線は……いつもの彼のそれだ。
「ジンくん……」
ヒメノが嬉しそうに、表情を綻ばせ。
「そう来なくちゃ!! スーパー忍者タイム、期待してるから!」
ミモリは悪戯っぽく、そう嘯いた。
そんな二人に対し、ジンは柔らかな視線を向け……ハッキリと、頷いてみせる。
ユージンは、そしてレーナは【暗黒の使徒】から意識を逸らし、ジンと二人の様子を窺っていた。ジンの危うい雰囲気はもう無く、そこにはいつも通りの最速忍者しかいない。
「……ふふっ、もう大丈夫そうですね?」
「だね。やっぱりフォロー役は、あの二人の方が上手だったか」
ユージンとレーナが、この騒動に割って入ったのはミモリの為。それは間違いではない。しかし、同時に……激怒したジンの事も、同じくらい心配であった。
彼が彼らしくない様子を見せていた為、このまま戦わせたらとんでもない事になるのではないか。そんな懸念を抱き、ユージンも【魔弾の射手】も乱入したのだ。全ては、ジンとミモリそして【七色の橋】や【桃園の誓い】、ソロの友人達を守るという共通の想いの為に。
そこへ、ジンが歩み寄る。
「……お二人にも、心配を掛けていたようで。申し訳ないでゴザル」
冷静になれば、ジンも周囲の状況を察していた。ユージンとレーナの真意を、二人の様子から即座に察したのだ。この辺りの他人の機微に対する敏感さは、本当に彼が冷静になったのだと伺わせる。
「おかえり、ジン君」
「待ってたよ、ジン君」
二人は何でも無い事の様に、笑ってジンに応えた。
そうして、カウントは残り5。
「ヒイロ、ハヤテ」
――4。
「ギル、アーサー」
――3。
「ユージンさん、レーナさん」
――2。
「いざ、尋常に!!」
――1。
「あぁ!!」
「うっス!!」
「うむっ!!」
「あいよ!!」
「いいとも」
「オッケー!!」
――ゼロ。
≪妖刀・羅刹≫を両手に携える、ヒイロ。
「【千変万化】……刮目しろ!!」
オートマチックピストル≪FiveseveN≫を構える、ハヤテ。
「ブチ抜いてやる……覚悟しな!!」
≪スピア・オブ・グングニル≫を振りかざす、ギルバート。
「【聖光】の騎士・ギルバート……いざ参る!!」
≪征伐者の直剣≫を構えて姿勢を低くする、アーサー。
「行くぜ? 敗北の味ってやつを、じっくり味あわせてやる!!」
≪天竜丸・改参≫と≪地竜丸・改参≫を手にした、ユージン。
「さぁ、お仕置きの時間だ!!」
アサルトライフル≪M4A1≫で狙いを定める、レーナ。
「これより、殲滅任務を開始する……!!」
そして、右手に≪大狐丸・参≫、左手に≪小狐丸・参≫を握り締めた……最速の忍者・ジン。
「……スーパー忍者タイム、いざ開幕ッ!!」
七人の精鋭と、【暗黒の使徒】との戦いが幕を開けた。
次回投稿予定日:2023/8/23(幕間)
作品執筆当初から決まっていたもの……そう、決め台詞。
ここへ来て、ついにジン本人の口から出ました……スーパー忍者タイム。
決め台詞は、やはり大事です。古事記に書いときます。
ちなみに今回の布陣ですが、何気にやべー形にしてみたかったんです。
本作の主人公&第二・第三の主人公、外伝で主人公やれるんじゃね?って騎士、ギャルゲ主人公風剣士。
更になんか異世界転生モノの主人公でも不思議じゃないおじさん、異能バトルモノの主人公でもおかしくないJD。
【暗黒】……終わったな。




