16-36 本気で怒りました
「どういうつもりだ、忍者ジンッ!!」
ジンが決闘申請を拒否した瞬間、ダリルは怒りのあまり声を張り上げた。
そんなダリルの怒声もどこ吹く風とばかりに、ジンは「何で怒ってんの?」といった態度で首を傾げる。
「何を、憤っているでゴザルか? 拙者には、お主と戦う理由は無いでゴザル。無用な決闘をする程、血気盛んでは無い故」
ジンのこの言葉と態度は、意図的なものだ。
変装中のギルバートが、バーベラを守る為に決闘拒否をしたのは聞いていた。そうして駆け付けてみれば、酷い有様だったのだ。【暗黒の使徒】だけではなく、野次馬達もギルバートに罵声を嬉々として浴びせ続けていた。見るに堪えないその様子を見て、ジンはこう考えた。
それは【暗黒の使徒】の決闘を、わざわざ受けてやる必要はない……そう印象付ける事だ。
ジンの返答を聞いて、ダリルは更にボルテージを上げていく。
「貴様に無くても、こちらにはある!! 俺と戦え、忍者ッ!!」
覆面の下の顔は、さぞ醜く歪んでいるのだろう。そんな事を考えながら、ジンは冷めた視線でダリルを見返した。
「それは、あくまでそちらの都合。拙者達の与り知らぬ事でゴザルよ」
「ふざけるな……!! 逃げるのか、この卑怯者め!!」
「面白い冗談でゴザルな。赤の他人の恋人達に、手当たり次第ケンカを売る輩の台詞とは思えぬでゴザル」
「何だとッ!? 貴様、我々を愚弄する気か!!」
ジンもジンで、【暗黒の使徒】を相手にする気など毛頭無かった。なにせ彼等はただ他人に言い掛かりを付けて迷惑を掛けるならず者であり、単なる迷惑な存在という認識なのだ。仲睦まじい恋人の邪魔をする事もそうだし、何より親友であるギルバートを侮辱した存在である。
なのでここで彼等の相手をするだけ無駄であり、そんな価値は無いと広く知らしめる。その為に、ジンは堂々と現れて彼等と対峙したのである。
「ふ、ふはは……!! あのアークを倒した忍者ジンも、我々と戦うのは怖いと見える!! そんな腰抜けだとは思わなかったぞ!!」
ダリルは押して駄目なら引いてやる、とばかりに責め口を変えた。ジンの自尊心を刺激し、彼が決闘を受ける様に仕向けようとしたのだ。
しかしながら、彼はジンの性格を理解していない。その程度の挑発に乗る程、ジンは甘くは無い。
「あー、はいはい。お主がそう思うならば、そう思っておけば良いでゴザルよ」
はー、やれやれ。といった雰囲気で、ダリルの挑発を受け流す。ジンからしてみれば、それは挑発にすらなっていない。全くの見当違いな台詞を吐いて、自ら進んで醜態を晒しているだけの道化にしか思えなかった。
そんなジンとダリルのやり取りに、野次馬達は静かになっていた。二人のやり取りを聞き逃すまいと、集中しているからだ。
その中で、彼等はある認識を抱いていた。それは『別に【暗黒の使徒】なんて、構わないで良いんじゃね?』という具合に。
ジンといえば数々の功績を打ち立てて来た、名実共にトッププレイヤーだ。そんな彼の影響力は、一般的なプレイヤーからしたらとても大きいものである。
ジンが【暗黒の使徒】を歯牙にもかけない……それは、彼等が相手にする価値のない相手だからだ。ギルバートに野次を飛ばしていた者達まで、そんな風に考えさせられている。
「何か、バカバカしいな」
「ダリルのやつ、必死過ぎだろ」
「あんなの相手にするのは、実際時間の無駄だよな」
次第に、そんな発言まで出てくる始末。影響されやすい、流されやすいといってしまえばそれまでだ。しかしながらその実態は、その場における発言力のある者に便乗して他人を煽りたいだけである。
そんな彼等も、ジンの標的であった。
「何やら、聞き捨てならない発言が聞こえたでゴザルが……」
冷めた視線は、野次馬の方へ向いた。
「安全圏で見ているだけの部外者の台詞とは思えんでゴザルな。誰かがやっているから、自分も同じようにやって良い……とでも? まるで、誹謗中傷やイジメの被害が拡大する原因と変わらぬな」
ハッキリとしたその言葉は、ダリルを見下した発言をしたプレイヤーへのものだ。そんなジンの言葉を耳にして、ムッとしたプレイヤーはごく少数。ほとんどのプレイヤーが、バツの悪そうな表情で視線を逸らした。
「堂々と顔を出して……いや、まぁ趣味の悪い覆面はしているでゴザルが、前に出て物を言う彼の方が、まだずっとマシだと思うでゴザルよ」
ダリルに視線を向け直して、最早ギャラリーに興味は無いといった様子のジン。そんな彼の一言に、大半のギャラリーは口を噤んだ。
多くの者は、自分の行為が低俗な行いであった事を自覚させられた為だ。彼等はまだ、最低限の良識を捨て去ってはいなかった者達だろう。その点を考慮すると今後は同じ様な愚行を犯さない様に、少しは常識的な振る舞いを意識する余地があるかもしれない。
そして少数ながら、ジンの発言に苛立ちを覚えた輩も居る……しかし、周囲がこうも静まり返っては口を出せずに黙るしかなかった。ここで声高にジンを批判すれば、自分が目立って周囲に白い目で見られる……その自覚はあるらしい。人混みに紛れて口を出すだけの小心者に出来るのは、ただ黙っているのが関の山であった。
「ともあれ、お主の決闘を受ける義理は無い。最も、イベント等で相対した時は別でゴザル。その時は正面から、相手になるでゴザルよ」
勝負したいなら、PvPやGvGの場で掛かって来い。暗にそう言って、この騒動を終わらせようとジンは踵を返した。
「災難でござったな、二人とも。とりあえず、場所を変えるでゴザルよ」
そう言って笑い掛けるジンに、ギルバートとバーベラは多少は溜飲が下がった様子で微笑んだ。
「助かったよ、ジン」
「あ、ありがとう……えーと、ジン君? で良いかしら?」
普段は「寺野君」と呼んでいるので、名前の方を呼ぶのがちょっと気恥ずかしいバーベラ。そんな彼女の様子に、少し胸の中がモヤっとするのをギルバートは感じた。
ヒイロやヒメノ達も、これでこの件はお終いか……と笑顔を浮かべ、その場から離れようと歩き出す。
その瞬間。
「まだ話は終わっていない!! 逃げるな、忍者ァッ!!」
ダリルが吠えた。
しつこいな、この男……と思いつつ、ジンは視線だけをダリルに向ける。するとダリル以外の【暗黒の使徒】も、ジン達を逃がすまいと声を張り上げた。
「お為ごかしで勝負から逃げるとは、何とも恥ずかしい奴め!!」
「元陸上選手らしいが、それで正々堂々とは片腹痛いわ!!」
「どうせ大した事のない実力だったのだろうな!!」
そんな心無い発言に、ジン以外のメンバーの表情が変わる。ストンと感情が抜け落ちた様な、無の表情だ。
「こいつら……」
「言わせておけば、何て事を……」
武器を携えた手に力が籠ったのは、ハヤテとアイネだ。もしもこれが第四回イベントの場であれば、ハヤテは即発砲していただろうし、アイネも今頃一人か二人を切り伏せていたに違いない。
そんな血気に逸る二人だが、グッと堪えて耐える。ジンが折角、【暗黒の使徒】に対する意識を第三者に浸透させたのだ。ここで自分達がケンカを買ってしまったら、その努力が水の泡となる。
そんなジン達が何も言い返さないのを良い事に、【暗黒の使徒】は更に言葉を続ける。そして、ダリルは決して口にしてはならない暴言をついに吐いた。
「そもそも貴様らの様な中高校生のガキが、好きだの愛だのと笑わせる!! 本当の愛が何かも知らんくせにな!!」
それは、【七色の橋】に対して……最低の発言だった。
「貴様等が愛だと思っているのは、ただの勘違いだ!! 所詮は何の苦労も知らない、世間知らずの子供のおままごとなのだ!!」
そんなダリルの発言に、他のメンバーも続いて喚き立てる。
「そうだそうだ!! どいつもこいつも、カップルだ結婚だとチャラチャラしやがって!!」
「どうせすぐに冷めて、別れるに決まっている!!」
「ガキの恋愛ごっこなんぞ、何の意味も無いんだよ!!」
「薄っぺらい関係のカップルなんぞ、いっそさっさと別れちまえ!!」
その発言には流石にジンも反論しそうになったが、ここで相手をすれば彼等は付け上がるに違いない。そう自分に言い聞かせて、無視してそのまま歩み去る方がマシだ。
このまま、場を離れよう……そう口にしようとしたジンは、ある人物の表情を見て足を止めた。
「随分と、冗談がお上手なのね? じゃああなたたちは、本物の愛とやらを知っているのよね?」
満面の笑みでそう言うのは、ジンが姉と慕う人物。【七色の橋】の調合職人である、ミモリだった。
「ちょ……ミモ姉!!」
「ミモリ……駄目、だよ……!!」
ハヤテやカノンがミモリを制止しようとするが、彼女は笑顔のままでダリル達に視線を向けていた。最も、目は笑っていないのだが。
――くくっ……やっと、掛かった!!
ミモリが売り言葉に対して、買い言葉を返した。これでこのまま、押し続ければジンか他の誰かを引き摺り出せる。そう確信したダリルは、ニヤリと表情を歪めた。
「お前達と一緒にしないで貰おうか……ガキとは違うのだよ!! ガキとは!!」
「そう。じゃあ、教えて下さる? 後学の為に」
「知りたかったら、それ相応の態度があるのではないか? それとも、力づくで聞き出すか?」
「……あら? もしかして知らないのかしら……あれだけ自信満々で断言しておいて? まさか、口だけの出まかせ?」
「そうは言っていない!! だが、貴様らガキ共に対して……」
「そう、知らないのね」
「知っているに決まっているだろう!! ただ単に……」
「それはそうよね~。うん、仕方ないわ……だって」
「いや、だから……!!」
「あなた達、非リア充なんだから」
その一言で、完全に場の空気が凍った。
「うっ……!!」
「ぐふっ……!?」
「ひでぶっ……!!」
【暗黒の使徒】の面々は、胸を押さえて呻き声を上げる。どうやら、たった一言で相当なショックを受けたらしい。
「本当は恋人が欲しいけど、居ないから八つ当たりでリア充に突っかかっているだけだものね?」
良い笑顔で追撃を加えるミモリさん、相変わらず目は笑っていない。対する【暗黒の使徒】の面々、精神的な被害は甚大だ。
それでも比較的軽傷か、精神的ダメージに耐性があるらしいメンバーがミモリを睨んで反論しようと起き上がる。ちなみにギルドの古株に位置する面々……ギルマスのダリルとサブマスのビスマルクあたりは、深刻なダメージを受けているらしい。
「き、貴様……ッ!!」
「言うに……事欠いて……ッ!!」
「言っては……それだけは、決して言ってはならぬ事を……ッ!!」
あ、反論になっていない。しかも、すっげぇダメージ受けてる。まぁ、だろうね。
「そんな相手が口にする”本当の愛”ね……それがどう”本当”なのか、証明できるのかしら? 大方、ネットや本の受け売りだったりしてね?」
「なん……だとっ!?」
「き、決め付けは良くない!! 良くないぞぉっ!!」
「あらら、ごめんなさい。傷付いちゃったかしら? でも、自業自得だわ。折角、ジン君が比較的穏便に事を収めようとしてくれたのに。そのまま引き下がっていれば良かったのに、的外れな事を言うんだもの」
メンタルが瀕死の面々に対し、ミモリはスラスラと言葉を重ねて追い詰めていく。静かに、穏やかに、これ以上なくブチ切れ状態。それが、今のミモリである。
「何だったかしら? この子達が、何の苦労もなく? 子供のおままごと? 随分と上から目線で物を言うけれど……あなた達こそリア充爆発しろとか、いい歳して恥ずかしくないの?」
その言葉に、【暗黒の使徒】の面々はぐぅの音も出ない。
「くっ……!!」
あ、くっ……!! は出た。殺せ!! とは続かなかった。
先程までの勢いは、最早見る影もない。【暗黒の使徒】の面々は、ミモリの毒舌を受けて精神的にダメージを蓄積していた。
そんなダリル達を見て、ミモリは表情を変えた。笑顔はスッと消えて、冷たい射貫くような視線を向ける。
「どうせあなた達には、大した目的も理由もないわよね。自分達が幸せじゃないから、ただカップルが羨ましくて妬ましいだけでしょ」
辛辣で、的確な言葉が【暗黒の使徒】の心に突き刺さる。もうやめたげてよぉ! という顔をしてミモリを見る者もいる。当然、やめるはずが無い。
「でもそれは、あなた達の努力不足の結果じゃない? 幸せな人達は皆、それぞれ努力して幸せになっているはずよ」
そんなミモリの言葉に、ようやくダメージから復帰したダリルが声を上げた。
「違う!! 俺だって努力した……努力して来たんだッ!!」
「そう……で? 本当に努力したのなら、ほんのわずかでも自分か周りの何かが変わるものよ。その努力で何が変わったの?」
「そ、それは……っ!! しかし、俺は……」
「独り善がりの努力は、本当に努力なのかしらね」
「う……くっ……だ、だが……」
ダリルの言葉は、何の具体性も無い、ただ否定したいから否定するだけの言葉だ。それは誰の心にも響かない、誰の心も動かす事の無い言葉。
彼は……彼等はそんな薄っぺらい、中身の無い言葉で……何の罪もない恋人達を散々見下して、ギルバートをなじって、ジン達を侮辱したのだ。
そんなダリルに、ミモリの怒りがついに爆発した。
「あのね……あんた達が妬んでいる人達はね、それぞれが頑張っているの。努力しているのよ……! 大切な人に、好きになって貰える様に! 好きって気持ちが伝わる様に! 幸せになる為に、幸せにする為に! 皆、あんた達とは比べ物にならないくらいに、努力しているの!!」
ミモリの語気が強くなると、【暗黒の使徒】の面々は最早何も言えない。ただただ、彼女の言葉を聞いて唇を噛み締める事しか出来なかった。
「あんた達が今まで絡んできた人は、皆あんた達と違って頑張っていたの!! 頑張って、努力を実らせて、そうして恋を成就させていたの!!」
ジンとヒメノが、どんな事情を抱えているのかを【暗黒の使徒】は知らない。
ヒイロとレンが、どんな覚悟で共に歩もうとしているのかを彼等は知らない。
ハヤテとアイネが、どれだけ互いの事を思いやっているのかを彼等は知らない。
ヒビキとセンヤが、どれだけの年月を重ねて来たのかを彼等は知らない。
ナタクとネオンが、お互いの家族に認めて貰おうと頑張っているか彼等は知らない。
シオンとダイスが、お互いの立場を考えて慎重に進んでいるかを彼等は知らない。
ケインとイリスが、多くの時間を経て結ばれたのかを彼等は知らない。
ゼクスとチナリが、多くの時間をかけて共に歩んできたか彼等は知らない。
ゲイルとフレイヤが、ようやく心を通じ合わせて幸せになろうとしているか彼等は知らない。
カノンがようやく過去を乗り越えて、クベラと結ばれ……彼に相応しい自分になろうと決意しているかを彼等は知らない。
第二回イベントでの事に関して、ジンが赦した今でも未だに燻る想いを抱いてはいるが……それでもバーベラを守る為に暴言や野次、それらによる屈辱に耐えたギルバートの誠実さと誇り高さを、彼等は知らない。
ミモリへの告白が叶わなかったヒューゴが、それでも前を向いて努力しようと普段通りに振る舞う事を心掛けているのを彼等は知らない。
叶わぬ恋に悩むヴィヴィアンが、それでも前に進む為に一歩を踏み出す勇気を振り絞ろうとしている事を彼等は知らない。
そして彼女もまた、憧れた男性への恋心に決着を付けようと決心し……叶わぬ恋心を受け入れようとしている事も……彼等は、知る由も無いのだ。
そんな彼等が、腹立たしい。自分達の物差しで、いとも容易く他人を否定するのが腹立たしい。そのくせ自分達は幸せになる為の努力もせずに、他人を妬む事ばかりに力を注ぎ、挙句の果てには何の関係も無い多くのカップルに、幾度となく迷惑行為をして来たのが実に腹立たしい。
「努力が足りてないくせに人を妬んで、通り魔みたいな真似をしているのがあんた達でしょう!! 努力している人間を妬んでちょっかい出して……ふざけるんじゃないわよ!! お門違いも良いところじゃない!!」
怒りと同時に、悲しさが込み上げる。
「皆がどんだけ頑張って心を通わせて、愛し合って、幸せになる為に努力をしているのか知らないあんた達が……」
大切な人と愛を育んでいこうと頑張っている仲間達が、守るべき人の為に屈辱に耐えた騎士が、恋を実らせる努力を積み重ねて来た純粋で尊い大切な人達が……こんな不甲斐ない連中に、好き勝手に言われる事が悲しくて仕方がない。
ミモリの目尻から涙が零れ、言葉の最後の方は涙声になってしまった。それでも、ミモリは止まらない。
「アンタ達が傷付けて良い人なんて、一人も居ない……っ!! それくらい、自分で解りなさいよッ!!」
そんな純粋な、怒りと悲しみの籠められた言葉。それを受けて、【暗黒の使徒】の面々は最早反論も何も出来ず……ただただ、立ち竦むだけであった。
その時。
『ブチッ……!』
誰かは、そんな音が聞こえた気がした。
……
どれだけ、時間が経っただろうか。誰も、何も口にする事が出来ない。
仲間達は、ミモリの言葉に籠められた思いを感じ取って……彼女がここまで身体を張って【暗黒の使徒】を黙らせたのが、自分達の為だという事を察しているから。
ヒューゴは彼女の優しさと、その強さを目の当たりにして……報われはしなかったが、彼女を好きになって良かったと改めて思えて。
カノンとヴィヴィアンは、普段は穏やかな態度を崩さない親友が見せた激情……その裏にある、自分達への想いと彼女が抱える報われない想いを感じ取って。
ギルバートとバーベラは彼女の涙ながらの訴えに、漠然としか認識できていなかった「人を愛すること」を理解させられて。
成り行きを見守っていた野次馬達は今回の騒動を楽しもうと考え、本気で人を愛そうとしている者達の努力に思い至れなかった自分自身を恥じて。
そして、【暗黒の使徒】の面々は……自分達がしている事は、一体何なのだろうかと痛感させられてしまったからだ。
その静寂を破ったのは、【暗黒の使徒】のギルドマスター……ダリルだった。
「……君の言う通りかもしれない」
そう言ってダリルは、覆面を取る。三十~四十代くらいと思わせる顔立ちは、美形とも不細工とも評せない一般的な顔立ち。オールバックにした髪は茶色で、総合的に見れば平凡な一般男性のそれだった。
唯一気になるのは、ローブから覗く腹回りか。少し「タプッ」としており、一言で言えば中年太り。それを改善すれば、もう少し評価が上がるのではないか? と思わせる容貌だ。
「努力が足りない……か。ふ、耳が痛いな」
ミモリの言葉は、どうやら彼の心に響いたらしい。どこか晴れやかそうな顔で、ダリルはミモリを真っすぐに見つめている。
そうして、彼が次に口にしたのは。
「努力するので、俺と付き合って下さい」
どうしてそうなった? と言いたくなるような、唐突かつ明後日の方向の告白であった。
「ギルマスッ!?」
「ダ、ダリル……!! 貴様、裏切るのかッ!?」
「裏切ったな……俺達の気持ちを裏切ったな!! 父さんと同じに、裏切ったんだ!!」
君達は黙りましょう、良いね?
そんなダリルの告白に対し、ミモリはきっぱりと断言する。
「嫌よ」
だろうよ。そりゃそうだろうよ。
「何故だぁっ!?」
「当たり前でしょうが!! 逆に、何でこの流れで行けると思ったのよ!!」
それは、実にド正論である。その場に集った面々の、心は一つだった。身内である【暗黒の使徒】の面々からも、「それは無いわ……」という視線を頂戴していた。
そもそも努力が足りないと言われているのに、努力する前から結果を得ようとするダリルの方がおかしい。
「正論なんて良いんだよ!! くそぉっ!! やっぱり現実はクソだっ!!」
覆面を地面に叩き付け、思い通りにいかない苛立ちからそんな台詞を喚き散らすダリル。先程の晴れやかな顔は何だったのかと言いたくなる、見るに堪えない醜態を晒していた。
「ギルマスざまぁ」
「それでこそ、俺達のギルマスだ」
「おかえり、後で覚えとけよギルマス」
ギルドのメンバーは、振られたダリルに対して辛辣だった。そりゃそうだろう、抜け駆けして一抜けしようとしたのだから。出来るはず無かったんだけどね。
とにもかくにも、ミモリの言葉を受けてこの醜態である。これには誰もが【暗黒の使徒】が、彼女の言葉が何も響いていなかったという事が理解できた。
その時。
『ブチンッ……!!』
再び誰かは、そんな致命的な音を聞いた気がした。
その音を聞いた気がした誰かは、いつにない寒気を覚える。
「え、えーと……あの……」
一人の少女が、傍らに立つ少年に声を掛ける。その少年の眼は、日頃の彼のものとはおおきく異なっていた。
彼女はその眼を、何度か見た事がある。それは彼が本気で怒った時の眼であり……その時、彼は一切の容赦を捨てる。
その結果、一つのギルドが壊滅した。自分も、仲間達も共に戦った。だがその時の彼は、普段の彼らしからぬ荒々しい様子を見せたのだ。それは彼の弟分と、その頃は結ばれていなかったが今はパートナーとなった少女を救う為の戦いの時であった。
次にその眼を見せたのは、自分がある男に襲われた時である。背後から拘束され、助けを求めて彼の名を呼んだあの時……そして自分の隣は誰にも譲らないと宣言した時の、あの眼である。
その時の戦い振りは、正に情け容赦のないものだった。相手が格下であった事も要因の一つだが、相手の動きを全て潰して戦う姿は鬼気迫るという表現が相応しいものだったのだ。
彼は決して、自分の為に怒らない。
相手に暴言を吐かれても、敵意を向けられても、騙し討ちをされようとも怒らない。
そんな彼が、本気の怒りを見せるのは……その眼を見せるのはいつだって、彼の大切な存在が傷付けられた時だ。
それを、彼女……ヒメノは、知っていた。
そんなヒメノの頭に手を置いて、彼は【暗黒の使徒】に向けて歩を進める。誰もがその様子に気付いていながら、口を出せずに押し黙る。
それは、彼……AWO最高峰のプレイヤーの一人であるジンが……本気の怒りを、その瞳に宿しているのが解るからだ。
同時に彼は、トレードマークである紫色のマフラーを下げる。それは彼のロールプレイ……忍者ムーブのスイッチを切る状態を示している。今、ジンは素のままで静かな怒りを全身に迸らせているのだ。
ミモリの隣に立ち、その肩を抱くジン。下心や色気は無く、それは自分達の為に怒ってくれた敬愛する姉貴分に対する労わりの念が込められたものだ。
「僕達の為に、怒ってくれてありがとう……姉さん」
その声色は、とても優しい。姉に対する感謝……そして申し訳ない想いの籠ったその言葉を受けて、ミモリは更に涙を零す。
「……悔しい」
その呟きは、ジンにしか聞こえなかった。様々な感情が入り混じったその呟きは、彼女が本気でそう思っているのだと察するに余りある。
「後は任せて……ケリは、僕が付けるから」
ジンはそう言うだけに留め……ミモリの肩に回した手に軽く力を籠め、ヒメノ達の方へと誘導する。
ミモリを下がらせたジンは、再び【暗黒の使徒】の面々……特にダリルに向けて、口を開いた。
「……良いよ」
それは、静かで落ち着きのある声色に聞こえる。
「……何?」
ジンの唐突な肯定の言葉に、ダリルは表情を歪めて聞き返す。そんな彼に、ジンはもう一度声を掛けた。
「決闘したいんだったよね? 良いよ、相手になろう」
それはこれまで避けようとしていた、【暗黒の使徒】からの決闘の申し出を受けるという事だ。
そんなジンの言葉に、ダリルは獰猛な肉食獣の表情で笑い声を上げた。
「ふ、ふふふっ……ふははははっ!! そう来なくてはな、忍者ジン!! 宜しい、このダリルが……っ!! 貴様を爆発四散させてやろうじゃあないかっ!!」
先程までの様子はどこへやら、すっかり【暗黒の使徒】らしい様子でジンに決闘を申し込もうとシステム・ウィンドウを操作するダリル。
そうして、ジンのシステム・ウィンドウがポップアップし……
『ダリルから決闘の申請を送られました。受理しますか?』
……そんなメッセージが、もう一度表示された。ジンはそのメッセージを確認すると、無言でシステム・ウィンドウに手を伸ばし……ボタンを、タップした。
『決闘申請が拒否されました』
そのアナウンスメッセージが自分のシステム・ウィンドウに表示され、ダリルは憤慨やるかたないといった様子でがなり立てる。
「貴様……ッ!! 何の真似だ!?」
そんなダリルに、ジンは怒りを湛えた視線を向けて言葉を紡ぐ。
「勘違いしないで欲しい。あんた一人じゃなくて、あんた達全員だよ」
そう言ってジンは、さぁどうぞ? と言わんばかりに、ダリルに対して手招きをする。
「な、何だとッ……!? 貴様、我々を舐めて……」
一人で自分達を相手にする。それは侮辱的行為だと、ダリルは声を荒げようと息を吸い込む。しかし、その前にジンが遮った。
「五月蠅いな。いいから、全員で申請して来い」
それは、いつものジンからは想像もつかない台詞だ。口調は荒く、声は低くなっていた。
「……っ!?」
普段とは、そして数秒前と違うジンの様子。それを目の当たりにした【暗黒の使徒】の背筋に悪寒が走り、一言も言葉を発せなくなる。
それだけ、目の前に立つ存在が圧倒的な殺気を自分達に向けているのだ。
ジンが何故、そんな態度を取るのか? その理由はただ一つ……。
「……あんた達は、姉さんを泣かせた。だから【暗黒の使徒】……あんたらは、一人残らず叩き潰す」
彼の大切な人を、泣かせたからであった。
次回投稿予定日:2023/8/20(本編)
【暗黒】終了のお知らせ。
ここで一句。
~ダリル吠え、ミモリが泣いて、ジンキレる。新年からの、大惨事だわ~
作中では新年ですが、現実では夏真っ盛り。
作者が何もしないはずがなく……!!
??投稿予定日:2023/8/16
??投稿予定日:2023/8/17
??投稿予定日:2023/8/18
??投稿予定日:2023/8/19
※2023/8/15 22:40追記
読者様からのご要望を受け、小説をシリーズ化し時系列に沿って進む『本編・幕間・掲示板』と、時系列に合わない『その他』を分類しました。
時系列に合わない『その他』は、下記URLの【忍者ムーブ始めました~こぼれ話始めました~】にて。
https://book1.adouzi.eu.org/n3086ij/
夏イラストはこちらに投稿致しますので、ご容赦願います。




