表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十六章 冬休み始まりました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

422/587

16-32 幕間・報われない恋心

 言都也と分かれた和美は、内心で自己嫌悪の念を抱えながら宿泊する部屋へと戻る。扉の前に立って一つ深呼吸をすれば、意識的に普段通りの顔を作って扉を開けた。

「ただいま~……あ、紀子も帰って来てる」

 いつも通りを心掛けながら、和美は同室に宿泊する紀子と里子に笑顔を見せる。


 ちなみに和美が言都也に呼び出された際は、不在だった。勿論それは、恋人である勝守との時間を過ごす為だ。

「紀子ってば、そのまま勝守さんとの時間を過ごしても良かったのに」

「か、和美……っ!? そ、そんな、の……出来、ない……からっ……!! まだ……」

「ほほぅ、まだ……ね?」

 慌てふためく紀子の様子に、和美は少し悪戯っぽい笑顔を浮かべて揚げ足を取る様な言葉を口にする。

 勿論、紀子の性格は熟知している和美だ。本当に二人で朝を迎えるなんて展開になる事は、絶対に無いだろうと予想していた。


「和ちゃん。熱田さんとのお話は、終わったんですか?」

「えぇ、問題なく。平たく言うと同じ大学生メンバー同士、仲良くしていこうって感じかしら?」

 そう告げて話を切ろうとする和美だが、里子は「……それだけかな?」という顔をする。部屋を訪れた時の言都也の表情から、思い浮かぶ展開は決まっていたのだ。

 恐らく、言都也は和美に告白をしたのだろう。里子はそう確信しているし、話を聞いただけで紀子も察している。しかし、和美の返答を考えるに……恐らく、言都也は振られたのだろう。


 紀子としても、言都也の話の内容が告白だったのだろうと思い至っていた。そして彼女は、和美が無理をしているのだろうと感じた。長年の親友なのだから、すぐに察する事が出来る。

 彼女は自分や里子、そして言都也にも気を使っているのが解るのだ。恐らく和美は、言都也を振った時……何か、傷付く事があったのではないかと察していた。

 しかし、かける言葉が見つからない。自分は和美にいつも手を引っ張って貰ってばかりで、彼女の事を支えられていないではないだろうか……なんて気持ちになってしまう。


 その時だった。

「……和ちゃん、無理しなくて良いのでは?」

 里子はそう言って、立ち上がった。

「無理? 別に、無理はしていないけど……」

「ダウト」

 和美に歩み寄って、里子は彼女を抱き締める。

「普段通りにしようとしてるのが、解ります。無理をしているって、すぐにバレますよ」

 そう言われて、和美は無意識のうちに唇を嚙み締めた。その態度だけで、里子の懸念が当たっていたというに等しい。


 続く言葉も、また里子から放たれる。それは悲しさを内包しつつ、期待の念が込められた言葉だ。

「言いたくないなら、それで良いです。でも、少しでも楽になりたいなら甘えて欲しいです。えーと……私的にはもう、和ちゃんや紀ちゃんを大切な人だって思ってるので……もし良かったら、相談でも愚痴でも言って欲しいなって思うのですよ」

 それは、受け入れる心構えは出来ているという言葉だ。そんな言葉を向けられて、和美も表情を取り繕う事を躊躇ってしまう。


 すると紀子も、立ち上がって和美と里子に近付き……そして、二人纏めてその両手で包む様に腕を回す。

「和美が、何か抱えてるなら……一緒に、持ちたい! 里子ちゃんだけじゃなくて……私も、いるから……!!」

 それは紀子が発したとは思えないくらい、力強い言葉だった。

 引っ込み思案で人見知りの彼女は、親友である和美が相手でも言葉をつっかえてしまう。そんな彼女が、徹頭徹尾はっきりと自分の意志を、力強く明言したのだ。これは和美としても、驚きに値する事である。


 里子も紀子も、自分の事を思って言ってくれている。このまま二人を煙に巻いて、誤魔化す事は躊躇われた。しかし感情と理性が、自分の心情を吐露するのはどうなのかと押し込めようとする。

 そんな和美に、里子がフッと笑みを浮かべ問い掛けた。

「言いたくないなら、良いです。ただ……一人で苦しんでいる所を、私が見たくなかったので」

 そう里子が言えば、紀子も続く。

「言えると思えた時に、言ってくれれば良いから……一人で、泣かないで……?」

 そこまで言われては、もう和美も誤魔化す気が失せてしまっていた。


……


「そっか……成程。和美が、あの人を気にしているのは……なんか、解るな……」

「…………色々と、腑に落ちました」

 言都也から告白された時に、和美の脳裏に浮かんだのはある人物だった。

 その人物に対して、彼女は特別な感情を覚え……しかし、それは勘違いか一時の気の迷いだと結論付けた。しかし、言都也から告白されて……和美はまたも、その人物の事を思い浮かべてしまったのだ。

 言都也に言った通り、彼の事は嫌いではない。彼とならば、交際してもきっと良い関係を築いていけるだろうと思う。それでも、和美はそれを受け入れられないくらいに……その人物の事を、想ってしまっていた。


「……しょうもないって、解ってるんだけどね……。だってユージンさんには奥さんがいて、お孫さんまで居るんだもの……」

 そんな人物は、彼女の周囲にはもう一人しかいない。そう、ユージンである。

 和美は何度も振り切ろうと試みたのだが……あの謎の多い男性の事を、想って止まないのだった。


 自嘲気味に笑い、沈んだ表情で乾いた笑みを浮かべる和美。妻子どころか孫までいる人物に懸想している己は、正気では無いのだといった内心が透けて見える。

 しかし、それを否定する者がいた。

「いいえ、しょうもなくないと思います!! 私も……その気持ち、解るので!!」

 それは、里子だった。慰めやその場しのぎという感じではなく、真に迫る表情のそれ。そんな彼女の様子に、和美は思わず素に戻ってしまった。

「さ、里ちゃん? な、何かあった……?」

「いや、その……恥ずかしながら、私も同じ状態だったりするので……他人事では無いのですよ」

「……へ?」

 視線を逸しながら、里子は隠していた自分の内心を吐露する覚悟を決めたらしい。

「実は私、ギルドに加わる前から……その、バヴェルさんの事が……」


 里子……ヴィヴィアンは【聖印の巨匠】を脱退し、【暇を持て余した我々の遊び】に加入した。しかしそこでも、自分に割り振られるのは生産職人としての仕事だけ。

 そんな彼女が、二度目のギルド脱退に至った後の事だ。彼女は露天商でポーションを販売しながら、魔法職として実力を付けようとしていた。

 しかし、彼女は人見知りだ。紀子程では無いのだが、見知らぬ相手と組むのは敷居が高い事であった。その結果、彼女はソロでフィールド探索をしていたのだ。


 そんな折、彼女はPKerプレイヤーキラーに遭遇しピンチに陥った。魔法職が一人でフィールドをうろついていれば、彼等からしたら良いカモだったのだ。

 その時、彼女を助けたのが通り掛かったバヴェルだった。


「バヴェルさん、一番……困った時に、助けてくれたんだ……ね」

「あー、そりゃあキュンとしても不思議じゃないわ」

「そうなんですよ……」

 それからも、バヴェルはヴィヴィアンの下に顔を出しては素材提供をしたり、フィールド探索を手伝ってくれたりしたという。そうして彼女は、バヴェルに徐々に惹かれていき……旧知の間柄であるダイスからお声が掛かった時、バヴェルも一緒にどうかと猛プッシュしたのであった。

 そうして、二人揃って【桃園の誓い】に加入し……スパイ事件の時に紆余曲折はあったものの、バヴェルへの想いは強まっていった。


「でも、ほら……今回の旅行の話が出た時に……」

 そう、バヴェルが今回の旅行に参加出来なかった理由……それは、家族との予定があるというもの。そこで発覚した、彼が妻子持ちという事実。里子は想いを伝える前から、失恋してしまったのであった。

「……辛いよねぇ」

「ですねぇ……」

 和美と里子がそう言って、切なそうな空気を醸し出す。そんな二人に、紀子も少し前の事を思い出していた。

「報われない、恋が辛いの……私も、解るな……」

 そんな呟きに和美も、紀子が勝守と出会う前の事を思い出した。

「そっか、紀子も……そうだったわよね……」

「え? そう……なのですか?」


……


 紀子が【七色の橋】に加入するきっかけとなった、始まりの町にある共用の工房。そこで彼女は仁と、鍛冶を通じて交流した。そうしてギルドに加入してからも、仁の活躍や人柄に触れ……彼に対する想いは、強くなっていったのだ。

 しかしその時には既に、仁は姫乃と結ばれていた。あの頃からずっと変わらない、仲睦まじい姿を見て来た。決して報われない恋を、紀子もして来たのだ。

「そうだったんですね……紀ちゃんも……誰も悪く無いから、尚更辛かったですよね……」

「あ、あはは……あの時までは、そうでした」

「あの時……? そういえば、私それ聞いてないかも」

「う、うん……第二回のイベントの前……姫乃ちゃんと、話せたから……」

 彼女がその想いを振り切る事が出来たのは、姫乃との対話だった。姫乃は紀子の想いに気付いており、彼女に言ったのだ。


『人を好きになった事を、悪い事だなんて思わないで欲しい』


 紀子が口にしたその言葉を聞いて、和美と里子は息を呑んだ。その言葉には姫乃の想いが込められていると同時に、紀子の想いも重なっているように聞こえたのだ。

「……そっか、そう……だよね」

「はい……叶わない恋ではありますけど、それでも……」

 勿論それが高じて略奪愛に走ったり、二人の仲を引き裂こうとしたりするのはまずいだろう。だが、人を好きになった……好きになれた事自体は、決して恥じる事ではない。


 少しだけ、心が軽くなった。それを実感しながら、二人は紀子に笑いかける。それは無理をしている訳ではない、穏やかな笑顔だ。

「ありがと、紀子」

「私からも、お礼が言いたいです。ありがとう、紀ちゃん」

 二人の様子に、紀子もふわりとした笑みで応える。それが何となく照れくさく、里子と和美は照れ隠しをする様に言葉を続けた。

「ふふ、紀ちゃんの方が年下なのに、恋愛は私よりも先輩ですね」

「確かに、勝守さんっていう素敵な人も見つけたし。紀子先輩ね」

「ぜ、全然!? そんなの、じゃ……ないから……!?」

 そうして三人は、旅行最後の夜を賑やかに過ごすのだった。


 その中で、和美と里子はある覚悟を決める。それは報われない想いを振り切る為に、一歩前に踏み出す覚悟であった。

次回投稿予定日:2023/8/10(本編)


今回のは、好き嫌いが分かれるお話だったかもしれませんね。

では幕間連投はいったん終了、明日は本編をお送り致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] もしもし、ケリィさん?(タレコミ 本人にぶつけるわけにもいかないし、自分で消化できるものでもないし難しいですねぇ。 回りが糖分だらけなのがなおのことシンドい…。
[良い点] 色々な感情が溢れ出し それでも 一歩前に 進めたら その時は そこには 幸せという 最高の贈り物が あるだろう [一言] 恋には 色々あるけれど 皆が 幸せになれる道を ど…
[良い点] 紀子さんが言都也の告白を断った理由はこれだったんですね。これはしょうが無いかな報われ無い気持ちだとしても気持ちに整理出来ないとに言都也とお付き合いしてもうまくいかないでしょうし。こればかり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ