16-30 幕間・問題なのは
「俺と付き合って欲しいんだ」
その言葉を受けて、彼女は僅かに眉を顰めた。それは相手に対する不快感でも、告白そのものが嫌だった訳でもない。むしろ告白して来た相手の事は、良い人だと認識している。告白してくれた事自体も、嫌どころか嬉しいとすら思う。
しかし、それを受け入れる事は出来なかった。
「……ごめんなさい、熱田君とは付き合えないの」
告白をして、振られたのは言都也。【桃園の誓い】のメンバーであり、ダイスこと真守の親友だ
そして振ったのは、仁と隼のイトコである和美であった。
振られる事は覚悟していたが、それでもショックはショックだった。言都也は胸に鋭い痛みを覚えるが、持ち前の気合いで表情を取り繕って笑った。
「……そっか。いや、まぁ仕方ないか! 今回の旅行でも、色々やらかしてるし……ごめんね、麻守さん。迷惑だったよね」
その笑顔も、言葉も強がりだ。和美はそれを理解しているし、彼がそうした理由も察している。それは、彼自身を守る為ではない。告白を断った和美が、その事を気に病まない様に……そういう考えからだろう。
とはいえ、言都也がそれを意識的にやっている様には思えない。つまり彼は、意識せずとも相手を気遣える……そんな人なのだろう。
だからこそ、和美は言都也に返事をする。
「迷惑とは思ってないわよ? ……付き合えないのは、熱田君に問題があるとかじゃないの」
気まずそうにしている言都也に、和美は含むところは一切無い様子でそう返した。
「あと、私は熱田君のあれこれを”やらかし”とは思わないわ。今回はタイミングとか内容があれだっただけで、熱田君は皆を盛り上げようと頑張ってくれてたじゃない。そういう人って、貴重な存在だと思うもの」
和美は決して、フォローやお世辞でそう言っているのではない。
確かに親達によるVR参観だったり、「ギクッ! 男三人の流れる温泉プールの旅~ポロリは無いよ~」だったりと、彼の発言によって発生した事案はある。
しかしVR参観については、乙姫が最初からそのつもりだったのは明らかである。どの道、そうなっていたに違いない。
そして流れる温泉プール事件は、まぁ仕方ないよね……と思う。むしろ親の前で密着状態でイチャイチャするのは、よろしくない
「特に拓真君と優ちゃんの交際を、新田さんがまだ認めていないからね。だから、ああ言ったんでしょう?」
「それもあるけど、四割は本音だった」
「そっか。でもまぁ、気持ちは解らないでもないかな。それに六割は気遣いなんでしょう?」
そう考えると、やはりカップル同士での組み合わせは控えるべきだった。ある意味、言都也はあそこでファインプレーをしていた訳である。
そして現実では初対面だったり、親が同行していたりな今回の旅行。その中で皆が会話したり、一緒に行動したり出来るようにと率先して行動していた……それは、言都也だと和美は気付いていた。そんな彼に、彼女は感心して敬意を覚えていたくらいだ。
自然にそうして動ける人柄は実に好ましく、頼りになる存在だなと和美は思う。
しかし、それでも駄目なのだ。彼と交際するという選択を、和美は選べない。
「私の方なのよね、問題なのは。色々とあって……今、誰かと付き合うとか出来ないの」
そう口にした和美は、言都也からしたらどこか苦しそうに見えた。しかし、手を差し伸べる事は出来ない。
彼女は、何か抱えている。それを察する事は出来ても、聞き出す事は出来ない。和美の様子からして、言都也にそれを打ち明ける気はないだろう。
そんな彼女に告白した時の言葉を思い返して、言都也は後悔の念を覚える。
「付き合うなら、麻守さんみたいな人が良い。君となら、お互いを大切にし合っていけると思ったんだ」
これは紛う事無き本音だし、心から考えていた事だ。
逆に「君じゃなきゃ駄目だ」なんて言葉は、言ってはいけないと思っていた。ゲームでは何度か交流しているが、そこまで深く親密な関係では無い。しかも現実では、今回が初めて会ったのである。
その程度の面識で「和美しかいない」と口にするのは、逆に軽薄で失礼だと言えるだろう。それでも和美に対して好意を抱いて、彼女と一緒に愛を育んでいきたいという思いは嘘偽りない本心だった。
言都也もあのスパイ討伐の場で、ジンの言葉を耳にしていた。その言葉を受けて、彼もまた愛情に対する認識を高めていたのだ。決して軽い気持ちで、和美に告白した訳では無い。
それは和美も解っていて、言都也の告白の言葉自体も彼の誠意だと思っている。
「ま、恋人は無理だけど……友達としてなら、喜んで。同じ大学生同士だし、これからはギルド同士の連携も更に増えると思うし。だから、仲良くしてくれたら嬉しい。熱田君さえよければだけど」
「……ははっ、ありがと。麻守さんって、やっぱ優しいな。こんな風に気を使ってくれて」
「そんなこと無い、とは言わないわ。でも、安心してくれて良いわよ? 熱田君には、気を使う価値がある……とても良い人だって思っているって事だから」
そんな価値が無ければ、塩対応で終わらせてるし。そう付け加えた和美は、あっけらかんとした様子だ。
このまま凹んでズルズル引き摺っていたら、友人としての関係を望んでくれている和美に対して失礼だ。そう考え直して、言都也は気合を入れる。
「そっか、その言葉を励みに頑張るわ! ちゃんと、ハッキリ言ってくれてありがとう。向き合ってくれた事、感謝してる」
「こっちこそ、ありがとう。熱田君みたいな人に、そう思って貰えるって事は嬉しかったよ」
そう言葉を交わし合って、二人はそれぞれの部屋に戻る。
言都也は少しの悲哀と、それでも和美と話せて良かったと前向きに。
そして和美は……言都也に対する感謝と、申し訳無さ。そして、自己嫌悪を抱いて。
次回投稿予定日:2023/8/8(幕間)
今回の旅行編で滑らせまくった言都也ェ……と思ったでしょう?
実は彼も、考えなしのお馬鹿では無いのです。むしろ、誠実な人だったりします。ほら、真守の親友な訳ですしね。
そして和美は、こう……ね?
ここまで地道に描いてきたあれこれ、ここで再燃させたのにも理由がありまして……ね?
さっさと幸せにしてあげたいんですが、その為に色々と下準備が……ね?
……ね?
さて、次回は家族も絡んでのお話です。




