16-29 幕間・話しておきたい事
糖度警報、糖度警報!
これは訓練ではありません。
糖度警報、糖度警報!
旅館と温泉施設を繋ぐ、直通通路。空調も完備されたこの通路ならば、身体が冷える事も無いだろう。そう考えた彼は、彼女を連れ立ってこの場所へとやって来た。ガラス張りの外には灯篭で程よくライトアップされた見事な日本庭園が見え、TPOのP的にも問題無いだろう。
ここに来るまでに、散々考えに考えて何を言うかは決まっている。回りくどい言い方や要点を得ない言葉は、彼女の好むところではない……これまで積み重ねた時間で、それはよく分かっていた。
「朱美……俺と、付き合って欲しい」
緊張した面持ちでそう告げたのは、山尾治。彼は同じギルドの仲間であり、ここ最近はずっと行動を共にしていた女性……富河朱美に、思いの丈を告白したのだ。
背伸びをした慣れない歯の浮いた台詞なんかよりも、自分らしく正直に直球勝負。それ以外には考えられなかった。
そんな彼からの言葉を受けて、朱美は口元を緩め……そして、すぐに引き締め直した。その表情の変化に治は一瞬不安を覚えるも、朱美が見せた一瞬の笑顔に脈無しではないと気を強く持つ。
「私で良いの?」
それは、否定の言葉ではない。彼女が何故そんな確認をするのか解らないが、それはどちらかというと自分の方の台詞だと治は思った。
そんな内心はともかく、ここもハッキリと自分の気持ちを伝えるべき。そう判断して、彼は嘘偽りのない本心を口にする。
「朱美で、じゃない。朱美が良い」
「……言うじゃん」
言い回しについて訂正された朱美は、その指摘内容に思わず唸った。
――付き合うなら、私が相手でも良い……じゃない。私じゃなきゃ……かぁ。
それは治の本気が伝わって来る言葉であり、何よりも嬉しい言葉であった。朱美はこのまま、彼の言葉を受け入れてしまいたいと考える。しかし、彼女はグッと堪えて踏み止まった。
「オッケー、じゃあ現実的な話をしたいんだけど……私と結婚する気は、ある?」
自分も彼が好きなのは、まごう事なき本心だ。しかし自分達はもういい大人で、治も朱美も結婚適齢期。治に至っては、その折り返しを過ぎた年代だ。そうなると、悠長な事は言っていられない……朱美はそう考えていた。
学生や若い社会人組の様な恋愛をする程の余裕は無い。ゆっくりじっくりと、時間をかけて絆を深める……という交際は、現実的な問題が降り掛かるのだ。
というのも、やはり問題は年齢。治は既に三十代後半に突入している。もし四十代に入ってから子供ができた場合、子供が成人するのと定年どちらが早いか……? という状態になってしまうのである。
だからこそ彼が働ける内に、結婚して家庭を持つ必要がある。それは彼の為にも、自分の為にもだ。それは朱美には、その覚悟がある……それを意味している。
そんな朱美の問い掛けに、治はハッキリと頷いて応えた。
「朱美が受け入れてくれるなら、勿論だ」
治は治で、最初からその覚悟でいたらしい。というより、朱美よりも治の方が事情としては切実だ。彼も朱美と同じことを考えていたし、その事についても相談するつもりであった。交際する前から言うべき事か? という懸念があった為、今はまだ口にしていなかったに過ぎない。
そんな治の返答に、朱美も一つ頷いた。それは治の覚悟を受け入れたという意味合いもあるが……同時に、彼女はもう一つの覚悟を決めたのだ。言い換えるならば、腹をくくったともいう。
「治がそこまで考えてくれているなら……返事をする前に、話しておきたい事があるの」
神妙な顔でそう言う朱美に、治は無言で頷いた。彼女の様子から、恐らくとても重要な事なのだろうと察したのだ。
――もしかして、借金があるとか? それとも、子供が出来ない身体とか? まさか、何かの病気?
治は深刻な事態を想定し、無意識の内にグッと奥歯を噛み締めてしまう。結婚を前提とした交際の前に……と前置きされては、無理もないだろう。
もしも借金ならば、現実的な金額ならば一緒に返済する。子供が出来ないというならば、それでも構わない。何かの病気だったとしても、一緒に居られる限り共に歩みたい。
何を切り出されても、受け入れよう……治は覚悟を決めて、朱美の言葉を待つ。
しかし、ご存知の通り真相はそこまで深刻ではない。
「私、実は腐女子なの」
「……はい?」
ほらね、深刻じゃないでしょう? まぁ、治としてはこれはこれで深刻かもしれないが。
「腐女子……ってのは、あれか。BがLな」
「そう、BがLなあれ」
BOYとBOYがLOVEするあれです。
「……お、おう。話しておきたいのは、それだけか?」
「まぁ、そうね」
「びっくりした……いや、これはこれでびっくりしたんだけど。借金とか病気とか、何か重大な事でもあるのかと……」
「え? あ、あぁ……そうね、このタイミングで言うならそれが一般的よね。大丈夫、借金なんて大学の奨学金くらいだったけどもう完済してるし、めっちゃ健康よ。ちょっと肩凝りに悩まされてるくらいで」
結婚を前提とした交際を始める時に打ち明ける事として、一般的なものではない自覚がおありでした。
……
その後も、あれやこれやと二人は話をして。
ひとまず治的には「俺に男と絡めとか言われないなら良いよ、趣味嗜好は人それぞれだし」と半ば諦めの境地に達しつつ受け入れた。
「治の懐が深くて、良かったわ。まぁ趣味の方は、迷惑かけない程度にするから……BLも、コスプレも」
ちなみにコスプレ趣味は、輝乃ともども明かしている。千尋が興味を持ちつつあるのは、彼女達だけの秘密だ。
そうなれば後は、する話は一つである。
懸念は消えて、晴れやかな顔をしている朱実。そんな彼女を前にして、治は一歩踏み出した。
「じゃあ、朱美。これから宜しくな……末永く」
「こっちこそ、宜しく……末永くね。治、大好きよ」
朱美はそう言って、治に口付けをした。紆余曲折あったものの、無事に二人は結婚を前提とした恋人同士になったのだった。
次回投稿予定日:2023/8/7(幕間)
糖度警報と言っても、単純に甘くならないのがこの二人。
さて、甘味の後は苦味も欲しいですよね←




